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第三話 小さな感謝



許せないと思う。ただでさえ自由のない生活をしているというのに、女の子たちと一緒にお茶をするのも邪魔されるなんて。
結局あの後解散させられてしまい、あたしは部屋で苛立ちと戦っていた。何も手につかなくて無駄に広い部屋をウロウロしてみたが、特に興味を持てるものが見つからずなんとなく窓から景色を眺めてみた。
こう改めてこの世界を見るとやはり日本と違うのだと実感する。一番の違いは暑い時期でも空気が乾いていて、湿気に悩まされることがほとんどないことだろう。そして澄み渡った青空は、排気ガスで汚染された東京では見られない不思議な青色。困ったことに、こちらの木は松のような針葉樹ではなくほとんどが落葉樹らしい。おかげでこの国に厳しい冬は来ないが、寒くなると緑が減って景色が寒々しくなる。

ああ、この世界を飛んでどこまでも行けたならいいのに。

自分らしくない感傷に浸ってそんなことを思う。詩の一節のようにくさい台詞を吐けるあたしはそれほどまでに追い詰められているんだろうか。・・・飛べたら。うん、飛んだら?

「あああああ″ーーー!飛べばいいんじゃん!鳥になればいいんじゃん!!なんで今まで気付かなかったんだろ!?よっしゃこれで抜け出せるーーーー!!!」

空から抜け出したのなら止められる者などこの城にはいない。鳥になればここから逃げられる、確実に。
興奮度マックスのあたしはさっそく窓枠に乗ると小ぶりの目立たない(すずめ)に化け、勢いよく窓枠を蹴った。身体が宙に浮いて幸福感に包まれたのも束の間、肝心なことを忘れていたあたしは地面に向かって急降下。

「飛び方わかんねーーーーー!!!」

ベチャッ
と音がして、それからの記憶は・・・・ない。








魔女がいなくなった。
その事実はあまりにも大きく深刻で、レオナードは美麗な顔を歪めた。城の中を探しても見当たらないため近くに隠れているわけではなさそうだ。第一、彼女はじっと一所で大人しくできるような性格ではない。すぐに捜索隊を派遣し国中を探させているが相手は魔女、そう簡単には見つからないだろう。魔女がいなくなったことをアルフレットに告げると、彼は血相を変えて城中を探し始めた。ちなみにルードリーフは少しだけ喜んでいた。・・・・気持ちはわからなくもないが。

そして今、彼女を慕う侍女たちがレオナードのもとへ抗議に来ている。彼女たちはさめざめと泣きながら、声高にレオナードを責めた。

「陛下がお優しくなさらないから・・・ヴィラ様は行ってしまわれたんですわっ」

「あんなに素敵な方でしたのに・・・!」

「陛下はヴィラ様のことを何もご存知ないのですね、わたくし幻滅致しました」

「陛下は夫婦が何たるか心得ていらっしゃらないようです。これではヴィラ様がお可哀そうですわっ」

女は面倒だ。レオナードは心の中で独りごちて、さきほど拾った雀に目をやった。どこにでもいるような普通の雀。しかし毛並みが美しく、息があったので気まぐれに拾って来た。今は果物籠の中でぐっすりと眠っている。
雀を見ていたことが癇に障ったのか、彼女たちの視線と口調が一層強くなった。

「ほう、陛下は女性よりも雀の方がお好きなのですね」

「まあこれは意外。皆様にお知らせしないと」

「世界中が驚きますわね。ドローシャの国王が女よりも雀を・・・だなんて」

「通りであれほど魅力的なヴィラ様に入れ込まないはずですわ」

恨めしそうな視線を寄こしながら、彼女たちは言いたいことだけ言うと部屋を出ていく。うるさいものがいなくなって、レオナードはため息をひとつ落とした。







イタイっ
という声は言葉にならなくて、代わりにうめき声となって口から出た。あまりの痛みに涙すら出なくて、僅かな力を振り絞って目を開ける。薄暗いそこは見たこともない部屋だった。家具の大きさと身体の違和感に、自分が雀の姿のままだと思いだす。
死ななくてよかった。今にも死にそうなほどボロボロだけど、でもなんとか生きてる。
迂闊だったと思う、飛び方もわからないのに飛び出すなんて。身体が変われば筋肉も変わる。それにあたしは鳥のように飛び方を本能で知ってるわけじゃない。行きなり飛べるわけなかったんだ。

ここがどこかわからないけど危険な感じはしない。落ちたところではないから、誰か雀好きなヤツが拾ってくれたんだろうか。硬質な下の感覚に、自分が寝ているのは何かの入れ物だと気づいた。

正直に言って、人の姿に戻れる体力はない。魔力はぐちゃぐちゃになった内臓や骨を修復するためにフル稼働しているから、戻るために魔力を割く余裕もない。まともに動くこともやっぱりできなくって、体力を取り戻すために寝ることにした。

しかし。

痛みが激しすぎて眠れない。あ″ーとかいてーーとか叫びたいけど叫んだら誰に聞かれるかわかんないから無理。結局何もできないまま痛みと格闘していると、部屋がだんだん暗くなってきた。窓から飛び出してからもう4時間以上経ってる。あたしが消えたことがバレて騒ぎになってたらどうしよう・・・などと考えていると、ドアの開く音と静かな足音が聞こえた。

人が来た!部屋の明かりが点いて心臓がバクバクと鳴る。拾ってくれた人が料理人で焼き鳥にするために拾った―――とかだったらシャレになんねぇ。あははははは。

足音がだんだん近づいてくる。その足音はすぐ傍までやって来て止まると、ぬっと天井に顔が現れてあたしは思わずこう声に出した。

「げっ」

ってね!だって拾ってくれたヤツがレオナードって、レオナードって!!
で、当の本人のレオナードはあたしを見て目を細め、眉間にしわを寄せた。いつもの難しい表情プラス怒っていらっしゃるようで。

「・・・やっぱりお前か」

ええ、お前ですとも。いつもより少し低いトーンの声が上から降ってきた。えへへと苦笑して見せたが、雀の姿だから相手にどう映っているかはわからない。

「部屋の前に落ちていたから変だと思っていたんだ。まさかとは思っていたが・・・」

「・・・どう、も」

「人の姿に戻らないのか?」

「いま・・・そんなよゆー、ありま、せ・・・ん」

一気にレオナードの表情が険しくなった。怒られる、とつい身体を小さくする。
しかし思ったような怒気を含んだ言葉は降ってこなくて、あたしは彼をまじまじと見上げた。

「医者は」

「い、らねぇ・・・自分で、できるから・・・」

ありったけの魔力を使っても、弱っている自分にできることは高が知れている。それでも着実に、少しづつ患部を治していた。時間はかかるだろうけど問題はない。

「お願いだから、ほっとい、て」

「何故あんなところで倒れてたんだ」

「うっ・・・鳥になって・・・飛んだら、逃げられる、かなーって・・・・」

もしかしなくてもこのエピソードってものすごく恥ずかしくねぇ!?とても言いたくなかったけど、無言で先を促すレオナードに負けて話を続けた。

「思って、・・・飛び出し、た・・けど、飛び方わかなんなく・・って・・・落ちた」

レオナードは形容しがたい表情した後、片手で頭を抱えた。眉が八の字を描いていて、無愛想なレオナードの困ったレアな顔はちょっとだけ可愛い。

「・・・・バカ」

返す言葉も見つからず、青い瞳に見守られてあたしはゆっくりと目を閉じた。








重い瞼を開けたと同時に飛び込んできたのは闇。暖かさと柔らかい感触に身をよじれば布が擦れる音がして、自分がベットの中にいることに気づいた。ボロボロだった身体もほぼ完治していて、人の姿に戻ると人間っていいなぁと思いながらもぞもぞとシーツの中に潜る。
目が慣れてくるとさっき部屋だとわかった。落ち着いたホワイトの壁、シンプルな家具、柔らかい匂い。レオナードの部屋だろうかと首を捻ると、ベットの端に人の姿を捉えた。あの茶髪は間違いない、レオナードだ。
好奇心で近寄り寝顔を拝見する。いつもの刺さるような厳しい空気がそこにはなく、あどけなさが普段よりも幾分が幼く見せていた。もともと甘めな顔立ちをしてるんだ、無愛想で俺が一番偉いんだぜみたいな態度さえなければ誰にでも好かれるタイプなのに。もったいない。

鼻摘まんでみてもいいかな。無防備な寝顔がいたずら心をくすぐる。落書きは・・・後が怖いから止めよう。
そっと手を伸ばしたその一瞬で世界がひっくり返った。いや、あたしがひっくり返った。目の前には目を覚ました可愛くない顔がひとつ。

「無事なようだな」

「オカゲサマデゲンキデス」

ちょっと距離が近いけど離れてくださいとは言えなかった。彼の発する空気が震えていると感じるほど怖い。こういうのを俗に王様オーラと言うんだろうか?いや、訂正。王様オーラなんて言葉ねぇし。

「これだけ城中をひっ掻き回しておいて、何か言うことはないのか?」

「す、すみませんでした」

ひっ掻き回すもなにも、そもそもあたしは結婚なんてしたくなかったんだ。あたしの所為じゃないぞ、決して。
静かな部屋にギシッと鳴るベットの音がやけに響いた。気まずいから、この空気気まずいから止めろ!

「あたし部屋に帰るから・・・!」

上に居るレオナードから逃れようとしたけど、ここがどこだか知らないことを思い出した。すぐ傍にある青い瞳を見つめ返す。

「帰るから・・・部屋まで・・・送って・・・・・・?」

レオナードの視線が厳しくて語尾が弱くなったのは仕方ない。うるさい心臓を落ち着かせると、大きく息を吐いてレオナードの肩をガッチリと掴む。さっきひっくり返された(押し倒された?)仕返しに、今度はあたしがレオナードをひっくり返した。驚いたらしいレオナードは目を大きく見開いてしばたく。

「迷惑かけたのは・・謝るけど、逃げようとしたことは謝んねえから!」

それからお礼・・!お礼を言えあたし!
なんだか自分が負けてる気がしてありがとうの一言が言えず、悶えていると不審そうにレオナードがあたしを見上げていた。

「どうした?」

腹を括るとゆっくり口を開く。
蚊の鳴くような声で、小さく囁いた言葉。そして額へ落とした、小さな口づけ。
あたしはがんばった。うん。

そして逃げた。



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