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第三十五話 おかえり



あたしは帰ってすぐに百の部屋へ行った。とにかく大きなベットに横たわりたかったんだけど、既に先客がいたらしい。

「あ、恵理ちゃんおかえり」

「うん、ただいま」

邪魔だ、と言わんばかりにヒューバートから睨まれる。けどちょうどいいかと思い直して、懐にしまっていた手紙をヒューバートに手渡した。

「これルファシスから」

内容はレオナードを監禁した罪を告白し、ドローシャへの償いのために自首するというもの。あたしが無理やり書かせたんじゃない。彼が自分からお詫びに、と書いてあたしに託したんだ。

ヒューバートはすべて読み終わる頃には真っ青になっていた。そりゃそうだろうな。自分の部下が中心の国に手を出した・・・だなんて。これでドローシャの怒りを買えばオーティスは潰されてしまう。

「ヒュー?どうしたの?」

「いや、・・・・なんでもない」

手紙はヒューバートの内ポケットに仕舞われた。百は不思議そうに顔を覗き込む。

「毒女、この内容は一切他言無用だ。わかったな」

「はいはい」

ヒューバートはごほんと咳をひとつすると、百と再び向き合って背筋を伸ばす。一方百のも気まずそうに両手を膝の上に置いて俯いた。そのまま会話はなく、もじもじと相手を窺っているだけ。
なんだよこの初々しいカップルは。

「お邪魔みたいだから小屋行くからな」

気持ちが伝わったのはいいけどどうすればいいかわからない小学生カップルのようだ。・・・ま、本人たちが幸せならそれでいいけど。
あたしは部屋から出ると溜息を吐いてそのまま背もたれた。レオナードはあの離宮を出た後どこへ行ったんだろうか。なぜ何も連絡を寄こしてくれなかったんだろうか。

レオナード・・・・せっかく会えると思ったのに。くそう。

あたしはいつも以上重たい身体に昨夜寝ていないことを思い出して小屋へ急いだ。何度見てもずいぶん簡易なベットに横になり、そのまま何も考える暇もなく意識が落ちて行った。










夕日に街が赤く染まる時刻。
王城の門に黒衣の背の高い男が立っていた。彼は剣を抜き、門番の首に突き付ける。

「中に入れろ」

「何度頼まれても脅されてもそれはできない!我々に剣を向けるのならば逆族とみなすぞ!」

「こんなに丁重にお願いしているのだが、やむを得ないな」

男は門番を足で蹴って吹き飛ばした。その穏やかでない様子に次々と兵士たちが集まる。

「敵襲だ!備えよ!」

「これより先には通さんぞ!」

「大人しくするんだな、死にたくなかったら」

あっという間に30人ほどの兵士に囲まれた男は、大きなため息を吐くと剣を握り直して構えた。冷えたような感情のない声で言う。

「どうしても通してもらえないのならば無理やりにでも中へ入れてもらう」

剣が振りかざされた。金属がぶつかりあう音が響いたが、男は兵士を斬ることなく適当にあしらうと城の中へと駆ける。

「待て!」

「侵入者だ!捕えろ!」

迫り来る兵士を退けながら、また後ろから追ってくる兵士を巻きながら、黒衣の男はひとつの塔の中へ入って行った。乱暴に部屋の扉を次々と開け、何かを探しまわるかのように駆け廻る。

男を見た侍女たちの悲鳴と兵士たちの怒号が響き渡った。部屋で百とお茶をしていたヒューバートが何事かと立ち上がった時、
ドン!!
と乱暴に扉が開いて一人の男が飛びこんで来た。

「え・・・え・・・・えっ!?」

「オーティス王、突然無礼な訪問をお許しいただきたい」

「そ、それは構いませんが・・・・」

動揺したヒューバートがおろおろしていると、部屋に兵士たちが流れ込んでくる。男を捕えようとしたところで、それはヒューバートが片手で制した。

「剣を納めよ。そのお方は剣を向けて許されるような方ではない」

「しかし、この者は侵入者ですが・・・」

「余が許す。兵士たちは部屋を退出せよ」

「ヒュー・・・」

不安そうにヒューバートを見上げる百に、彼は大丈夫だよと優しく笑った。
ヒューバートは膝を折って礼を取ると黒衣の男に向かって口を開く。

「このようなお迎えになってしまい誠に申し訳ありません、レオナード陛下」

黒衣の男―――レオナードは青い瞳をヒューバートに向けて頷いた。疲れているのか多少顔色が悪い。

「こちらこそ暴挙に出たこと、お詫び申し上げる」

レオナードの持つ独特の威圧感にヒューバートの足が震えた。百も怖がってヒューバートの後ろに隠れる。

「・・・・ここまで来た経緯を、聞かせてくださいますね」

「ええ、これはオーティスにも大いに関係がある」






レオナードが離宮を抜け出せたのは今から一週間ほど前のこと。それからドローシャへ向かおうとしたのだが、ドローシャでは規則で国民以外国土を跨ぐことを許されていない。王であるレオナードは当たり前たが国民証を持っていなかった。よってドローシャに入ることを拒否され、事情を説明しても信じてもらえず、せめて連絡を取ろうとしたのだが調教した鳥も国外郵便もないためオーティス王に助力を願おうとした。が、今度は門番に信じてもらえずに2・3日の交渉の末、痺れを切らしたレオナードは強行突破に出た、とのこと。

話を聞いたヒューバートの表情は固まっていた。向かい合って座っているレオナードは連絡を取るのにここまで手こずるとは、と肩を竦めてため息を吐いた。さっぱり話のわからない百は物珍しそうにレオナードをちらちらと窺っている。

「ドローシャの王が誘拐に門前払い・・・・・あの・・・誠に申し訳ないのですが、実行犯はどうやら我が国の官が行ったことのようで・・・・」

「それはよいのです。とにかく今すぐにドローシャへ連絡を取りたいのですが」

「ええ、もちろんすぐに用意させましょう」

レオナードは侍女に出された紅茶を一口飲むとすぐにカップを置いた。ヒューバートは一生懸命に頭を働かせながら失礼のないように話しかける。

「陛下を捕えてどうするつもりだったのでしょうね。人質にしても・・・それはあまりにバカげている。ルファシスによるとベルガラが仕掛けたことだと言っておりましたが、しかしドローシャを敵に回してどうするつもりだったのでしょう」

「わかりませんが・・・少なくとも人の私利私欲というものは際限を知らない。彼らが自分の欲望がために私を利用しようとしたのかもしれませんね。最も、それにしては離宮の警備が手薄でしたが・・・」

そう言いかけたときに、部屋の隅にちょこんと黒猫が座っていた。てこてことレオナードの隣にやってくると慌ててヒューバートが身を乗り出す。

「うわっ、申し訳ないすぐに追い出します」

「構いませんよ」

レオナードは毛並みの見事な黒猫を、壊れ物を扱うかのように丁寧に抱き上げて膝の上に置いた。猫は身じろぎひとつせずくてんと横になる。

「いずれにせよ事の犯人がベルガラならばオーティスにも被害を及ぼすでしょう。我々を敵に回した以上、必ずベルガラは滅ぼします」

それが“見せしめ”。中心の国を敵に回した末路を、世界に知らしめるいい機会だとレオナードは薄く笑った。ヒューバートはレオナードに対する恐怖心を押し隠しながら頷く。

「申し訳ないのですが少し休ませていただいても?」

「ええもちろんです。お疲れでしょうからすぐに部屋を用意させましょう」










外の騒がしさに目を覚ますともう夕方だった。ガヤガヤとやけにうるさくって、何かあったのかなと思いながら小屋を出ると・・・・。

「レオナード!?」

ちょっと待って、なんでここにいるんだよ。まだ半分覚醒しきれていない頭を振って彼の後を追った。もちろん猫に化けて。
茶色の髪、青い瞳、どこからどう見てもレオナードだ。どっと安心しながら、でも剣なんか振り回して何やってるんだろうと思いながら追いかけてみれば辿りついたのはヒューバートと百の居る部屋で。

「オーティス王、突然無礼な訪問をお許しいただきたい」

「そ、それは構いませんが・・・・」

レオナードの話によると連絡手段がなくて、仕方なく無理やりここへ突入してきたのだとか。よく考えてみれば手紙を運ぶカラスが街中に売ってあるはずないし、ドローシャへ入るのも国民証がないと無理なんだった。
あたしは会えた喜びと無事だったことの安堵にレオナードに近づけば、さすがレオナード、すぐに気づいてくれた。

部屋に入って誰もいなくなると、あたしは猫の姿を解いてレオナードに抱きつく。

「アホ!どれだけ探したと思ってるんだよ」

「・・・悪かった」

レオナードだ。あたしの探してたレオナードだ。温かい手も、あたしを見つめる青い瞳も、優しすぎる微笑みも。
信じられない、あんなに探してたのに突然ひょっこり現れるなんて。レオナードらしいけどさ。

「なぜヴィラがここにいるんだ?」

「探してたら・・・なんとなくここに居着いたというか、動きやすかったし」

百が居たから。これは話さないでおこう。

「それよりベルガラからドローシャに手紙が来たよ。1か月以内にオーティスを襲撃しろ、だと」

「やはりベルガラか。交渉へ向かう途中、意識を失う直前に一瞬だけ妙な薬草の匂いがしたんだ。おそらくベルガラがよく使用しているムルグだろう」

「ムルグ・・・・強睡眠薬草ね。他の兵士たちは?ブライエ書簡長は?」

レオナードは厳しい顔に戻って首を横に振る。そっか、と言いかけた言葉はレオナードの胸に押し当てられて消えた。
レオナードがこうしてあっさり離宮から抜け出せたのは――――たぶんルファシスの所為だろう。彼はオーティスへ襲撃を望んでいるわけではなかった。だた、世界の理の矛盾を思い知らせたいだけで。

「ヴィラ」

「ん?」

「――――会いたかった」

うん、あたしも会いたかったよ。傍にいないだけでどうしようもなく不安で、絶対無事だって思ってたけど、それでもやっぱり不安だった。

重なった唇に心の底が熱くなるのを感じた。心だけじゃない身体もじわじわと熱を持ち始める。涙が一滴だけ、ぽたりと落ちた。レオナードは心配そうにあたしの顔を覗き込む。

「ヴィラ?」

「レオナード・・・・・おかえり」

レオナードはあたしの目尻に口づけると、今まで以上に綺麗な笑みで「ただいま」と言ってくれた。




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