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第三十四話 理不尽




お酒を勧められなかったのは一昨日の晩餐会で飲まなかったのを覚えていてくれたからだろう。あたしはグラスに注がれたジュースを一口だけ飲んで置く。
一番最初に出てきたのは小さいサラダだった。白いドレッシングが甘酸っぱくておいしい。

「うん、おいしい」

「ヴィラ様のその一言で厨房の者が喜びましょう」

穏やかなルファシスに見守られて、あたしは次々と運ばれてくる料理を平らげる。控えている執事や侍女たちも嬉しそうに微笑んでいた。全ての料理を出し終えて彼らが退出すると、ひと際静かになった部屋であたしはひとりごちる。

「我ながらよく入るなこの量」

「よく食べる女性は魅力的でございますよ」

「それはありがと」

パクリとフォークに刺さった蜜柑を加えると、ルファシスは物思いに耽る様子で口を開いた。

「・・・・世界とは、不思議なものでございますなぁ。ドローシャは神に愛され全ての恩恵を受けている。方やわが国では戦争状態・・・もうすぐ滅んでしまうかもしれないのです」

「そうだね。ちょっと幸せが偏ってるかも」

「異世界よりいらしたヴィラ様に解っていただけるとは、嬉しい限りでございます。しかし世界のほとんどの者たちがそれを当たり前だと受け止め、“おかしい”とは微塵も思っていない。それは変でございましょう?私が望んでいるのは等しく平和な世界、ただそれだけなのです。誰かの幸福のために誰かが不幸になる、弱肉強食の世界など我々人類には相応しくない。理性と知性こそが人が豊かにし力をもたらした原動力なのに、私たちはそれを発揮しようとしない・・・これを怠慢と言わずして何が怠慢なのでしょうね」

等しく平和な世界。その思想は神に対する信仰からは少し逸脱したもの。主張しても指をさされて笑われるだけだろう。
でも確かにルファシスの言う通りなんだ。誰も疑問に思わない、誰も正そうとしない。それは世界の理が人々の心の中で絶対であり続ける限り変わらないけれど、少し考えたらバカバカしいってことにすぐ気づく。

「あたしもその意見には賛成だよ」

ルファシスさんは意外そうに目を見開き、次に安心したように笑みを零した。

「安心いたしました。こんな話ができるのはヴィラ様だけでございます。貴女には力がある、そう、陛下に耳を傾けさせる力が。陛下はいささか流されやすい。それは側近の騎士だったり、または想い人であったりと。貴女の言葉もまた、陛下に届くでしょう。いずれこの国を担うことになるモモ様も貴女の言葉になら賛同するはずです」

「そしたら世界は等しく平和になる?」

「ええ、きっとその力になると思います」

それはとってもお優しい考え。でもね。

「確かに、ルファシスの言う通り世界は等しく平和であってほしいよ。だけど、その思想ってゾロア教の思想じゃなかったっけ」

ルファシスの身体が僅かに揺れた。しかし彼は変わらない穏やかな眼差しであたしを見る。

「異教徒を毛嫌いなさいますか?」

「ううん、むしろそっちの方が自然な考えだと思ってる。この世界はあまりにも理不尽だ。限られた人間だけが穏やかに過ごせて、それ以外は違うだなんてルファシスの言うとおり変だろう。だからあたしは異教徒だからって理由だけで差別したり罰したりしようとは思わない。――――だけどね、あたしには大切なものがあるんだよ。その存在がある限り、あたしは神を決して裏切らないよ。なんだかんだ言いながら結局逆らえないのさ。


―――――だからあたしたち魔女は“神の子”だと言われてるんだろうね」


ルファシスは大きく息を吐いて苦笑いを浮かべる。それはどこか悔しそうな、初めて見た彼の表情の変化だった。いっときの静寂が訪れた後、彼はゆっくりと息を吐いて口を開く。

「参りましたな、ただの女性ではないと思っておりましたが・・・・まさか魔女だとは・・・・」

「ルファシス、世界はすべて理不尽なんだよ。お優しい世界なんて存在するわけないだろ。親がいる子供、身寄りがない子供、豊な生活、貧しい生活、健康な体、病気で散っていく命。世界だけじゃない、生そのものが理不尽なんだ」

どれだけ他人の幸せを羨んでも手に入らない、だったら今ある幸せで生きて行くしかない。それを忘れて他人の幸せばかりを欲しがる人間が本当に不幸なんだ。それはドローシャであろうと端の国であろうと変わらない。

・・・・あたしだって、普通の家庭をどれだけ望んでいたことか。

「ルファシス、あたしは綺麗事は嫌いじゃないけど、あたしの大切なものにまで手を出すなら話は別だ」

「さすが魔女、全てをご存じか」

全てではない、けれど断片的には。
そう言うとルファシスさんは俯いて目に薄く涙を溜めた。

「・・・私はかなりの高齢でして、もうすぐ老いが始まるほどの年なのです。外交官として様々な国へ行き、いろんな国の生活を見てきました。初めてドローシャに行った日を今でも覚えております」

天井を見上げ、思い出すようにどこか遠くを見て目を開く。

「初めて見たドローシャの空はあまりにも青くて澄んでいて・・・・完璧だった。見た瞬間に涙が溢れ出ました、こうも美しい空があったのだと。自分の目が信じられなかった。それくらい完璧で影ひとつない空でした。そして私は思ったのです。神はあまりにも残酷だ。神と呼ばれ崇拝されながら、なぜドローシャだけを贔屓する?なぜ端の国を見捨てるのです?」

「ルファシス、それはあたしもオーティスに来て感じたよ。ドローシャでは朝露ひとつで世界が輝いて見えるほど美しかった。けれどここではそれがない」

はい、とルファシスは小さく返事を返した。あたしは肘をついて顔を近づけると、睨むように彼の瞳を見つめて首を捻る。

「ルファシスの主張はだいたいわかったよ。でも残念だね、まさかあんたみたいな常識的な人があたしの敵だなんて、ね」

――――レオナードを返しなさい。

そう言葉を紡いだあたしの声は、自分でも驚くほど低く冷たかった。ルファシスは目を見開いてあたしから距離を取る。

「・・・・・レオナード王を呼び捨てになさるとは・・・・・まさか貴女はエルヴィーラ王妃か」

「そんなことどうでもいい。お前が5か月前にベルガラの王と接触していたのはわかってるんだ。早く返せ」

彼は黙り込んで視線を彷徨わせ、それから腹を括ったようにあたしを見ると伏せて地に頭を付けた。

「私のした行為・・・決して許されることではないでしょう。許していただこうなどと思ってもいません。ですが私は知ってほしかったのです。中心の国を横目に戦場へ赴く兵士の気持ちを・・・家族の涙を」

「だからといってなぜベルガラと手を結んだ。敵国だろうが」

「私は確かにドローシャの王に手をかけました。しかし彼のような神の恩恵を一身に受けた完璧な人物が思い通りになると思うほど私は愚かではありません。ベルガラの企み、オーティスへの襲撃と世界の覇権を入手することは必ず失敗すると踏んでおりました」

「・・・呆れた」

「しかし現に、貴女様がこうしていらしたでしょう?」

「・・・・・・レオナードは?」

「国境沿いに離宮がございます。そこにお連れしております」

「わかった」

レオナードが無事だと改めて分かり、安堵のため息を吐くとあたしはルファシスを見下ろして目を細める。
ルファシス。優しくて愚かな、普通の人間。だけどレオナードに手を出した、この世で最も重い罪を背負う罪人。

「本当に理不尽、だな」











あたしはドローシャにルファシスを連れていくことにした。一応罪人だから。
テレポートを使ったのはいいんだけど、人を連れていた所為か見覚えのない場所に到着。夜で辺りは真っ暗だし、しかも森の中だし、どうしようか迷いながら歩いているとなんとか城までたどり着くことができた。

・・・テレポートで人を運ぶのはこれきりにしようと誓いながらオーティスに戻れたのは既にに翌日の昼で・・・。太陽の照る中あたしは鳥に化けてレオナードが居るという離宮へ向かった。
国境沿いに離宮を設けるなんて珍しい。そう思いながらあたしはそれらしい城を見つけて中に入る。

・・・・ここにレオナードがいるんだ。
あたしらしくもなく緊張しながら最上階の廊下をゆっくり歩く。造りはほとんどオーティスの城と変わらない。異なるのは天井の高さや廊下の幅がちょっと狭いのと、人気が全くないことくらいだろうか。レオナードを監禁してるはずなのに何故見張りがいないんだろう。これならすぐに逃げ出せちゃうんじゃ・・・・。

「誰かいねえのー?」

しーんと静まりかえって返事はない。あたしは階段を降りて一階でやっと人と会うことができた。侍女の格好をした女の人はあたしを見て目を丸くする。

「ここにレオ・・・ドローシャ王がいるって聞いたんだけど、どこ?」

ぐいっと詰め寄れば彼女はビクリと肩を震わせた。

「あ、そっそれが一週間ほど前に・・・・いなくなりまして・・・・・・」

「えええええええええええ!!」

いや、確かに大人しくしてるようなヤツではないけどさ!一週間前って・・・・・連絡よこせや!!

「我々もまさかこんな離宮にドローシャの王がいらっしゃるとは思わなくて・・・・慌てて解放したんです。それからは一度も姿をお見かけしておりません」

「・・・わかった」

何やってるんだろ、あいつ。
・・・・・とりあえず、一から捜索し直しのようだ。




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