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第三十話 陛下と呼ばない理由




戦争があったというのに街は賑わい活気づいていた。国土は狭いが人口は多いため人口密度がハンパない。
百に手を引かれながら商店街を歩く。

「オーティスは鉱山が多くて宝石がよく取れるんだよ。ほら、見て綺麗っ」

露天に並ぶのは食べ物が5割、装飾品が4割くらいだ。質が良いアクセサリーばかりを並べている店もあれば、裸石だけ並べている店もある。城にあるような最高級品ではないけれど、これだけの数が並べば見るだけでも楽しい。

「この世界ってまるで昔のヨーロッパみたいだよね。着る服とか、建物とか。ちょっと違うのは魔女かなぁ。火あぶりにされるんじゃなくって、神様の子どもって言われてるし」

「そうだな」

「日本みたいに豊かじゃないけど、人が暖かくて好きだなぁこの世界」

そう言えば百は向こうに帰りたいと思わないのだろうか。あたしは魔術で行き来できるけど、百は違う。レオナードに殺される前に向こうに送ろうとは思ってたけれど、百はそれを望んでいるのかな。

「百は帰りたいと思わないのか?」

百はきょとんと首をかしげながらあたしを見上げる。

「帰るっていっても方法わからないし・・・」

「もし、帰れるとしたら?」

「うーん・・・・最初は帰りたいってずっと思ってたけど、こっちに来ていろいろ学んでいろいろ知って、今の生活が当たり前になってるから帰ろうとは思わないかな」

そっか、と返事を返した。
百の言っていることはすごくよくわかる。確かに恋しいと思うことはあるけど、今の生活を手放したいとは思わない。それだけの年月をここで生きて、ここに大切な人がいるから。

「恵理ちゃんは帰りたいの?」

「ううん。あたしもこっち気に入ってるから」

百は満面の笑みであたしの手をきゅっと両手で握った。

「じゃあもっと好きになるようにこの街案内するからね!あっそうだ、神殿に行こうよ!」

百に言われるがまま手を引っ張られてたどり着いたのは、城からも見えていた大きな古い建物の前。少し錆びれた外観が逆に趣がある。ドローシャの神殿は一般公開されず入れる人もかなり限定的だったが、ここは市民も自由に出入りできるらしくいろいろな人が神殿から出てきた。

「ステンドグラスがものすごく綺麗なの。この世界には神様もいるらしいよ」

すごいよね、と百は嬉しそうに言って中へ足を踏み入れた。天井が高く装飾が細かいのはオーティスも同じ。ちょっと狭くて日本の教会に似ている。

「おやおやモモ様、お久しゅうございます」

「あ!ルファシスさん!」

知り合いがいたらしい。見た目は若いけどやたら貫禄のある男は、百に礼をとって顔をあげた。暗めのアッシュグリーンの髪が特徴的だ。彼はあたしを見ておやおやと目を見開く。

「このお方はどこのお嬢様ですかな?」

「ルファシスさん、この人はあたしの友達なの。えっと・・・名前なんて名乗ってるんだっけ」

「ヴィラです、どうぞよろしく」

ほほほと嬉しそうに彼は笑った。

「見目麗しくどこぞのご令嬢かと思いました。そうですか、モモ様のご友人・・・。おっと失礼、私はルファシス・ブレアージュと申します。以後お見知り置きを」

「どうも」

えらく礼義の丁寧な人だ。ヒューバートや金髪男のような無礼なやつばかりじゃなくて、オーティスにも普通の人がちゃんといるんだと分かって安心した。

では、とまた頭を下げて彼は教会を出て行く。百は手を振って見送った後振り返ってあたしを見た。

「ルファシスさんはね、ブレアージュ家っていう貴族の当主で、お城では偉い人なんだよ」

「へぇ」

最初に会ったのがあの慇懃無礼なヒューバートじゃなくてあの人だったらよかったのに。・・・なんて今更思ったり。
落ち着いたところで、イスに2人並んで座って銅像やステンドグラスを眺める。

「百」

「んー?」

「最近お城の軍とか大人数が動いたりしなかった?」

「戦争ってこと?」

いや、と言葉を濁して先を促す。百は唸りながら腕を組んで上を見ながら口を開いた。

「城ってけっこう人が出入りするらしいけど、戦争中だからかなり警戒してるみたいなんだよね。でも今休戦してるから、どこかで衝突があったり軍隊が動いたりはしてないと思うよ」

「・・・そう」

オーティス王国でないならば、ヤルマかまたはその他か。どちらにしても一度ドローシャに戻って王妃軍の報告を聞かなくちゃいけない。こんなときにテレポートが使えたら楽なのに・・・習得しておけばよかった。

でも、オーティスを離れるのもなぁ。オーティスはいつ戦争があってもおかしくない状態。王家に関わっている以上、百も必ず巻き込まれるだろう。心配だからここに残りたいけど、泥人形を置くには距離が遠いし魔力の補充もきかない。でもだからと言ってずっとここにいるわけにはいかないし・・・。

そうだ、泥人形の方をドローシャに飛ばそう。片道分の魔力で済むし、情報も入るし指示も出せる。

「恵理ちゃん、お昼ごはんは露店で買って食べよう」

「そうだな」

「行こう行こう」

あたしたちは立ち上がると神殿を出て再び露店の並ぶ通りに出た。お腹が空き始めるといい匂いが鼻について、目線がそちらに行ってしまう。
百が食べ物選びに熱中している間、あたしはこっそりと鳥の泥人形を作って空に飛ばした。曇り空に黒い点がスッーっと横切って行く。

「恵理ちゃんこれおいしいよ!」

はい、と手渡されたのはパンに煮た肉やキャベツが挟んであるサンドイッチ。一口かじってみると予想以上に甘辛くておいしかった。味はあちらの角煮饅に似ている。舌が肥えて庶民料理が口に合わなくなるなんてことは全くなさそうだ。

「そういえばここのお金ってルディ(ドローシャのお金)でいいのか?」

「ううん、違うけどルディも使えるよ。というかルディならどこの国でも使えると思うよ」

なんと、ドローシャのお金は世界の共通通貨らしい。じゃあしばらくは買い物には困らないだろうな。
それからは百が買ってくる食べ物を次々に平らげてお腹が満たされた頃には露店街を出ていた。

「相変わらずよく食べるよねぇ」

「・・・それは言わないでくれ」

それから図書館へ行ったり公園へ行ったりしているとあっという間に時間が過ぎ、どっぷりと日が暮れた頃に帰れば仁王立ちになっているヒューバートに出迎えられた。











「ついはしゃいじゃった」

クスリと笑ってクタクタになった百を先に座らせる。あたしは晩餐会に招待してもらえることになり(百がヒューバートに頼んで仕方なく許可が出たそうな)、簡単なドレスを着せられて赤絨毯の綺麗な部屋に来た。長いテーブルに用意されている席は約8席。もちろん上座に座っているのはヒューバート、そしてその隣に百、さらに隣にはあたし。向かい側に居たのは昨日見た金髪の男だった。顔はいいのに危ない雰囲気が漂っている。

「あんた誰?」

ストレートに聞けば彼はあたしを睨んだまま口を開く。

「近衛第一騎士のアレフ・ダグラス。お前に名乗るような身分ではないのだがな」

アレフかぁ、アルフレットとちょっと被るな。同じ騎士だし。
オーティスの騎士制はドローシャのように主人に仕える・・・というものではない。近衛騎士という王の側近を務める文武両道の兵士がおり、それぞれに順位が付けられるらしい。第一騎士ということは騎士のトップ、ひいては軍のトップということだ。ドローシャに例えるならドラーグ・ディッチ左将軍のポスト。
険悪な雰囲気になって百がオロオロしだしたところに他の人たちも部屋にやってきた。

「遅れて申し訳ありません」

そう言って一番に頭を下げたのは昼間に神殿で会ったルファシス。彼はあたしを見るとウインクを投げて席に座る。
次は白い服に銀の刺繍が施された服を着ている・・・・神官だと一目でわかった。あたしの前に来ると膝を折って礼をとる。

「始めまして、神官長のゼオノア・マクレーンと申します。どうぞよしなに」

「ヴィラです」

そしてもう一人、濃い藍色の髪と琥珀色の瞳を持った男。見た目から女たらしっぽい。そして尻軽そう。

「どうも、モモ様の友達さん。俺はロディー・アーノルド、議長を務めている」

「ども」

ドローシャではファーストネームだけ名乗る時もけっこうあるけど、どうやらこの国はファミリーネームもファーストネームも両方名乗るらしい。たぶん世襲制の影響が強いからだろう。次代の王は王の息子が継ぐ、そうすれば王妃にと送った貴族の血脈が王に流れることになり、結果“家”が栄えファミリーネームの価値が上がる。けど王が神様に選ばれるドローシャにはそれがないから、“家”の価値や地位よりも自分の“役職”が大きなステータスになる。

「あいつはどうした」

「もういらっしゃると思いますが・・・」

まだ一人揃っていないとヒューバートは顔をしかめる。申し訳なさそうに言うのはルファシスさん。

「もういい、始めよう」

そのヒューバートの一言で一列に並んで控えていた侍女たちが動き出す。ワゴンで運ばれてきたのは前菜らしく3つのスプーンにそれぞれ一口サイズの料理が乗っている。一応戦争中だというのにこんな贅沢して大丈夫なのかな。
次々と並べられていくそれが物珍しくて見ていると、田舎者とでも言うように鼻で嗤うアレフが目についた。・・・むかつく。

「お飲み物はワインでよろしいですか?」

「あ、お酒は控えてるから」

「畏まりました。ではこちらがよろしいでしょう」

今度は飲み物を注いで回る侍女たち。ワインを選り好みしていたロディが一番最後で、それからグラスをヒューバートが持ち上げた。

「では、オーティスのさらなる繁栄を祈って」

かんぱーい。一口飲むとぶどうジュースの味がした。けっこうおいしい。
少しづつ皿を空にすると新しい料理が出てくる。ちょっとづついろいろなものが食べられるのってものすごく楽しくて好きだな。
無言で料理を食べていると場の空気を読んだルファシスがあたしに話しかけた。

「ヴィラ様はどちらからお越しですかな?」

「あたしはドローシャから」

ピタリとヒューバート・アレフ・百以外の手が止まる。ルファシスはほう、と面白そうに顔を綻ばせる。

「ドローシャは素晴らしく豊かな国でございましょう?」

「とても」

「我がオーティスも中心の隣で神の恩恵を受けていますがやはりドローシャの方が圧倒的。王様も神に選ばれ全ての分野において才能豊かな人物なのだとか」

キラキラと顔を輝かせて話を聞いているのは百。こちらに来てから3年経つけど、やっぱり知らないことの方が多いあたしたち。百はずっとオーティスにいたから、ドローシャの話がとても新鮮なんだろう。

「ドローシャ王の顔って見たことある?」

一瞬ドキッとしたけど、百が訊ねたのはヒューバートだったらしい。よかった、あたしに訊かれても返答に困る。見たことあるって言えば確実に怪しまれるけど嘘をつくのもあまりいい気分はしない。

「ああ、あるぞ」

「どんな人?」

「完璧すぎて少し怖かったな」

へぇ、と百は口を丸く開ける。ヒューバートの言っていることは本当にあたしも共感できる。容姿も空気も付け入る隙が全くないので、こちらが尻ごみしてしまう。それを恐怖と錯覚するんだ。あの圧倒的な雰囲気はレオナード以外誰も持つことができない。

「ヒューよりかっこいいのかな」

「え・・・う・・・うん、たぶん・・・」

好きな女にレオナードと比べられるのがものすごく複雑な気分だったんだろう。ヒューバートが挙動不審に頷いたので、可笑しくて笑えば睨まれた。けど彼の顔は割と幼いのであまり怖くない。

「前途多難だね、お・う・さ・ま」

「貴様・・・っ」

ギリッとヒューバートが歯ぎしりしたところに、バタバタと駆け込んできた男が約一名。灰色の瞳と黒い髪のまあまあ顔のいい人だ。

「おまたせ。悪いわね、待たせちゃって」

・・・・・・・今変な言葉が聞こえてきた気がする。彼はあたしを見るとまあまあと目を丸くさせた。

「噂どおりね、今度陛下を誑かしに来た女ってあんたのことでしょ?」

聞き間違えじゃなかった。男なのにおネエ言葉使ってる・・・・・オカマ?顔がいいから別に気持ち悪いとか生理的に受けつけないとか全く思わないんだけど、ものすごく違和感が・・・。

「残念だけどねぇ、陛下にはもうモモ様っていう大本命がいるんだから諦めなさい!」

「ザック!」

オカマの名前らしきものを叫んだヒューバート。だけど百は今の言葉の意味を全然わかっていないらしく、笑顔で頭の上にハテナマークを浮かべていた。
それにしても誑かすって・・・・・。

「ヒューバートには一欠片も興味ないんだけど」

「おい女、誰が余の名前を呼んでいいなどと許可した」

そんなこと言われても、あたしオーティス市民じゃねえし。あたしの隣に座っていた神官長が見かねたらしくあたしにこそっと耳打ちした。

「陛下、もしくは主上・・・と」

「えー」

なんか敬意を払う気にはなれない。むしろ

「ヒューちゃんって感じ」

ヒューバートは顔を見事に引きつらせた。無言で睨んでくるアレフの眼光が痛い。

「女、この国は余の国だ。この国にいる以上は余のルールに従ってもらう。いくらお前が百の友達であろうと、他所者は黙って大人しくしていろ。それができないなら不法侵入とみなし牢に入れる」

「ヒュー!」

百が慌てて宥めるけど、彼はよほど立腹したのか言葉を撤回する気がないようだ。

「・・・・まあいいよ。牢に入れるなり拷問にかけるなり好きにすればいいさ、ヒューバート」

そんなに呼び捨てされるのが嫌なんだろうか。非難の視線があたしに集まったけどどうでもいい。あたしはあたし個人としてもドローシャ王妃としてもヒューバートを陛下と呼ぶようなことはしない。だって、あたしにとっての陛下はレオナードただ1人だから。



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