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第二十六話 行方不明




城を出てから約10日。この日は初めて天気が崩れた。
降り注ぐ冷たい雨が長い時間馬を走らせている兵士たちの体力を奪う。人気のない山沿いを走っているため、ここで休息を取るのも難しい。金髪のブライエ書簡長はレオナードと並走して訊ねる。

「陛下・・・、これ以上激しい雨になりますと隊列も乱れ統率も取り辛くなります」

レオナードは厳しい顔で頷いた。先を急くあまり、ここまで飛ばし過ぎたかもしれない。さすがふだんから鍛え上げられた肉体をもつ兵士だからこそ着いてこれたが、一般人だと最初の2・3日でダウンしていたことだろう。

「もうすぐ集落が見えてくるはずだ。そこで休息を取る」

ブライエは頭を下げ後の方に下がった。
雨雲に覆い隠された空と雨のベールで色を濁した森に、レオナードはどこか違和感を覚える。国から離れた所為かもしれない。ドローシャでは雨の日も自然はこのような姿を見せず、雨の雫に葉がキラキラと光るような幻想的な美しさがあった。しかしここにはそれがまったくない。逆に自然はその猛威を奮い、人間に対して牙をむいている。

「風が出てきたな」

呟いた言葉は雨の音にかき消された。集落を目指して馬を速めようとしたところに、後の方から馬の悲鳴が響いてくる。

「何事だ!」

「わかりません!次々と倒れて・・!」

叫んだのは兵士の一人だった。レオナードが剣を抜いて後方へ向かえば、そこには死んだように横たわる兵士たちの姿。血を流してはいないようだ。

「敵襲か?」

「いえ、不審な人物は見当たりませんでした!」

何事かと辺りを見回しているうちに周りの者たちもバタバタと倒れ始め、兵士たちは見えない敵に襲われているのだと悟った。恐怖と戦慄がその場に走る。

「隊列を乱すな!剣を取れ!」

レオナードの叫びに、兵士たちは剣を手に取って感覚を研ぎ澄ませる。こんな状況でも冷静でいられるのは、一重に彼らが戦闘に慣れたエリートだからである。そして王を守らなくてはならないという使命が、皆の心を奮い立たせていた。

しかし。また一人、また一人と倒れて行く。

「陛下、お逃げください」

「ここはもう無理です」

とりあえず場所を離れようということになり、移動を始めた一同だが、兵士が倒れる速度は増すばかり。ついにレオナードも激しい頭痛に襲われて、そのまま意識は闇の中に沈んだ。









「はぁ!?連絡が取れなくなった!?」

どういうことだコラァと詰め寄れば、ルードリーフは青い顔で口をパクパクと動かした。

「ですから音信不通で・・・・行方不明に・・・」

あたしは頭を抱えて座り込んだ。レオナードがベルガラに出発してから12日目。国内政治もレオナードの指示を仰がなくちゃいけない時があるから、連絡は調教したカラスを使って逐一報告を受ける手筈になっていた。

「・・・とりあえず、安否の確認」

「はいっ」

レオナードに贈った青い身代わりの花は、今も机の上で綺麗に咲いている。ということは、レオナード自身に傷がついたり衰弱しているわけではなさそうだ。

「近衛軍を動かして――――は無理だな」

「はい・・・」

50万を一気に動かせば簡単に見つかるだろうけど、ドローシャの規則で近衛軍は王にしか動かせないことになっている。この“規則”ってのがものすごく厄介で、王にすら覆せないこれは向こうの世界の憲法のようなもの。法律だったらあたしも無視できるんだけど、規則だけは破ったらヤバイらしい。

「何故動かせないのですか?」

シルヴィオの問いに頭を働かせて別のことを考えながら答えた。

「規則4条、近衛軍は王の許可なしに動かすことはできない。9条の魔女の収集にも王の許可がいるから・・・・レオナードいないと何もできねえじゃん」

盲点だ。さっさとこんな規則無くしてしまえばいいのに、規則は建国の際神様から賜ったものだと言われていて、これだけは本当にどうしようもないらしいのだ。

「・・・なるほど」

「エルヴィーラ様、緊急事態です。州知事に呼びかけて全国の州軍を動かしましょう」

「いや、待った。最後に連絡が来たのは3日前だから、たぶんもう国外に出てるはずだ。州軍じゃ国外には出て行けないだろ。それに州軍を動かせば地方の警備が手薄になる」

「しかし・・・ヤルマに出るまでに10日以上かかります。まだ国内にいる可能性も・・・」

「カラスの往復時間を考えると連絡が取れなくなったのは7日目から10日目の間。あいつの体力ならその頃にはかなり進んでいたはず。国内で何か起こるとも考えにくいし、国軍ならともかく州軍を動かせば王が行方不明だと他国に知らせることになる。どんなに禁令を敷いても数を動かせば必ず情報は漏れるしな」

そんなことが国民に知れたらパニックになる。神に選ばれたドローシャの王とはいつも完璧でなくてはいけないのだから。行方不明だなんて論外。

「どういたします?」

心なしかルードリーフの声が震えていた。あたしは考え込むと彼の視線を捕えて頷く。

「王妃軍だけを動かそうか。5万程度なら秘密裏に動かせるし、少ない方が逆に統率が取りやすい。国軍だから外にも出せるしな」

「今はエルヴィーラ様のご友人を探しているとお聞きしていますがよろしいのですか?」

「中止させろ。軍はクロード・フォーゲルに統帥を任せてある。あいつを呼べ」

ルードリーフは頭を下げると執務室から出て行った。くたぁとテーブルにうつ伏せたらシルヴィオが心配そうにこちらを窺う気配を感じた。

「ヴィラ様・・・」

「大丈夫」

あたしがしっかりしなきゃ。レオナードは間違いなく生きてるんだから、後はなんとでもなる。身代わりの花・・・あと10個くらい作っておけばよかった。









それから10日間が経過してもレオナードの消息はわからなかった。もちろん連絡もなし。よほどあたしは怖い顔をしていたのか、アルフレットの身体がビクリと震える。
身代わりの花は相変わらず綺麗に咲いていて、絶対レオナードは無事なんだ。なのになぜ連絡が取れない?

「これは・・・・捕縛されてる可能性が高いな」

連絡は取れない、けれど身体は無事。つまりは誰かに捕えられているって考えるのが自然だ。
ルードリーフやシルヴィオの顔が青くなった。

「悲観するな、生きてるんだから。敵の目的がどうであれ、そのうち動きを見せるだろう。問題は相手が誰かということだ。あのレオナードを捕えたんだから、相当強いんだと思うんだけど」

強いなんてものじゃない。レオナードの剣術は桁違いで人海戦術なんて通用しない。賢いから騙されるようなバカでもない。

「もし襲撃を受けたとしたら恐らくオーティスかヤルマの領土内だろうから、国家絡みかもしれないな」

「まさか・・・」

ルードリーフはすぐに異論を唱えようとしたが、その先は言葉が続かなかったらしい。オーティスとベルガラは休戦中とは言え戦争状態にあるのだ。レオナードを人質にするはずがない、などと言い切ることはできない。あたしだってまさかとは思うけど・・・・。

「とにかく、いつ大事があってもおかしくない状況だ。ただ報告待ってるだけじゃ不安だし、あたしも直接探しに行くから」

「お待ちください!政務はどうなさるつもりですか!」

「ルードリーフに任せる」

「わたくしが!?」

あんた宰相になったんだろ、しっかりやれ。そう激励するとしぶしぶ彼は頷いた。そこへシルヴィオが前に進み出る。

「ヴィラ様・・・」

「シルヴィオはアルフレットと一緒に諜報活動しといて」

「畏まりました」

そうと決まったならぐずぐずしていられない。さっさと探しにいってさっさと見つけてこよう。
空から探そうと窓枠に足をかけたら、あたしが鳥になれることを知らないみんなはぎょっとした。

「じゃ、後は頼んだ!」

そのまま飛び出すと鳥に化けて羽を広げると、すいっと風が身体を押して空を滑るように飛ぶ。後ろから3人に見守られて、とりあえずあたしはオーティスとヤルマとドローシャの国境が交わる場所を目指した。




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