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第二十五話 出発




執務室の隣にある会議室、そこにレオナード、ヴィラ、新しく宰相に任じられたルードリーフ、そして軍のトップであるドラーグ・ディッチ左将軍が集まっていた。厳かな空気に包まれたそこは、国の頂点に立つ者たちによる会議の場に相応しい。

「先日の事件で政庁に巣食う異分子は排除した。異教徒もある程度始末し終え、正面から堂々と襲ってくるような輩はいない」

レオナードの言葉に左将軍とルードリーフの背筋が伸びた。ヴィラは足を組んだままチラリと目線を遣るのみ。

「よってある程度国の体裁は整った。これからは新しい段階に入る」

新しい段階、すなわち外交。ドローシャが世界の中心としての役割を果たすために、他国への牽制は欠かすことができない。魔女を後宮に入れた時点で歯向かうようなバカは滅多にいないだろうが、王が代替わりしたばかりの王国はなめられ易いのも事実だ。

「ディッチ左将軍、近衛軍の現状は」

名指しされた左将軍は、「はっ」と短く返事を返す。

「先日問題を起こしたホラージュ州を中心に全国各地に配備しております。陛下のご命令があればすぐに王都に集めることも可能です」

「総数は」

「48万7千です」

わかったと短くレオナードが返し、今度はヴィラに問うた。

「2年前まで、ベルガラとオーティスが戦争したのを知っているな?」

別名ノルディ戦争と呼ばれたそれは、ドローシャの南東側に位置するオーティス王国と、東にあるヤルマ王国のもう一つ向こう側にあるベルガラ王国が、ノルディという土地の覇権を巡って半年ほど争った戦争である。決着のつくことがないまま休戦協定を結んだのが2年前。今は軍事的な衝突はないものの、いつ再び戦火が上がるかわからない一触即発の状態だった。

「ああ、知ってる」

ヴィラが頷くと、レオナードは頷き話を先へ進める。

「ならば話は早い。ドローシャの先王はこの戦争に介入しなかったようだが、オーティスに難民が出始めるとドローシャに流れ込んでくる。ベルガラの難民もオーティスかヤルマを通ってこちらにやって来るかもしれない」

「ええ、厄介ですね。ドローシャの規則でも他国民の国内侵入は許されていませんが・・・いたずらに彼らを殺すわけにはいきません」

ルードリーフが取り出したのは一枚の世界地図。中央にある大きな大陸は逆三角形のような形をしており、その中心にある巨大な国がドローシャ王国で大陸の7分の1程度の国土を占めている。ルードリーフがペンで示したのはドローシャとその南東にあるオーティスとの国境線。

「今のところ目立った流民はいませんが、やはり山賊が多くなっているようです。もともとオーティスは小さな国ですから、また戦争が始まれば負けるでしょうね」

ベルガラ王国はそれをわかっているからまた戦争を仕掛けようと準備をしている。オーティスもオーティスで黙って待っているわけではなく、同盟国を当たって軍を貸してもらえるように外交を展開しているらしい。

「そこでだ、ドローシャはどちらにも与しないがこれ以上戦争が泥沼化させないように交渉を始める」

「ノルディの扱いはどうすんだ?」

「それは我々に委託させよう」

要するに、全てドローシャに任せて大人しくしろ、と脅しをかけるわけだ。ヴィラは片眉を上げて足を組みなおした。

「ディッチ左将軍」

「はい」

「近衛軍をオーティスとヤルマの国境沿いを重点的に配置しろ」

ドローシャは歴史上他国を侵略しないが、軍を目の前に出すだけで十分脅しになるだろう。他国がこちらに逆らえないと分かっている以上、下手に相手の機嫌を伺うよりずっと手間が省ける。

「承知致しました」

「ヴィラ」

「ん?」

地図を眺めていたヴィラにレオナードは視線を向けると、青と黒の瞳がお互いの顔を映した。

「俺が直に交渉をかける。城を留守の間はすべての権限をヴィラに委託する」

「えー、あたしも行きたいのに」

「それはできない。国内で何か起こった時に困るだろう」

ヴィラは恨みがましい目でレオナードを睨むが、こればっかりはどうしてやることもできないと言われてしぶしぶ頷いた。










幸せすぎるって怖い。
レオナードの顔を思い浮かべるが、どこからどう見ても文句のつけようがないってあんまりだと思う。切れ長の目はスッと涼やかで、鼻筋だって通ってるのに高すぎず低すぎず、青い瞳は宝石のように綺麗で見つめられたら赤面してしまうほど。レオナードの美人っぷりは女のあたしに対する当てつけかと思うほど憎らしい。

「もしかして、あたしって」

世界で一番いい男捕まえたんじゃ?正確には捕まえたんじゃなくって捕まったんだけどな。
そりゃ王様の元に嫁いだわけだから、贅沢し放題だし政治だってある程度好きなように動かせる。それはそれで魅力的な要素だとは思うけど、そういうのを抜きに考えてもレオナードは美人すぎるから問題だ。今は王様だから恐れ多くて近づけないという人の方が多いけど、レオナードは普通の貴族のままだったらものすごくモテていたんだろう。

王様だからローゼリアとかある程度の障害はあるけど、レオナードはこの上なくあたしを大切にしてくれる。シルヴィオたちもいるし、百さえこの場に居ればもう言うことないんだけどな。

「ヴィラ」

考えに耽っているとレオナードが部屋に入って来た。お風呂上りらしく髪を乾かしながら。

「レオナード・・・もう仕事終わったのか?」

「ああ」

まだ夕方なのに。
人事整理が終われば政務はホントに暇になったらしい。今まで忙しかったのは代替わりしたばかりで引き継ぎや法整備と人事の確認が煩雑だったから。それさえ終わればもともと仕事の早いレオナード、かなり暇を貰えるようになった。

「レオナードも紅茶飲む?」

「飲む」

指をパチンと鳴らすと、座ったレオナードの目の前にカップと湯気を立てているポットが現れた。むっとレオナードはそれに見入る。

「便利だな」

「だろ?」

一瞬で物を移動したり消したり現わしたりできる、テレポートを応用した移動魔術。ただし、肝心のテレポートはまだ習得できていなかったりする・・・。
レオナードがカップを傾ける様子を観察する。なんでだろう、同じ生き物なのにこんなに動作が違う。指の動きひとつひとつに洗練された美しさがあるというか、一言で言えば上品だ。さすが貴族出身。あたしはただのヤンキーなのに。

「・・・なんだ、この差は」

「?」

不思議そうにキョトンとこちらを見るレオナードすら可愛く見える。
・・・・・・。おいおい、あたしの思考がおかしいぞ。一度医者に見てもらおうかな・・・・。

「・・・暇、だな」

ぽつりと呟くと、レオナードはクスリと笑ってカップを置いた。

「侍女たちとのお茶会は?」

「昨日した」

「城内の探索は?」

「もう全て見終わった」

頼まれた政務だってもう片付けたし、本当にすることがない。このまま後1万年も生きるんだと考えたら、途方もなく長いことのように思えた。

「じゃあ俺の出番だな」

何が?って聞き返そうとすれば、レオナードがすっと隣にやってきてあたしの身体を膝の上に乗せる。厚い胸板も筋肉のついた腕も、あたしとは違う異性なんだって再確認させられて恥ずかしい。

「嫌か?」

ふるふると首を横に振れば、レオナードは満足そうにあたしの頭を胸の中へ閉じ込めた。
結局あれから気持ちを伝えることはできていないけど、未だに言う勇気が湧いて来ないので彼の優しさに甘えさせてもらっている。だからできるだけ行動で示そうと彼の要望には応えているつもりなんだけど、それすらも勇気がいるから毎日大変だ。

「明日からは離ればなれだからな」

あ、忘れてた。レオナードは明日から交渉にベルガラへ向かうんだっけ。

「・・・ヤダな」

ホントに嫌だ。ため息交じりにぽつりと呟くと、レオナードは顔下半分を手で覆って横を向いた。・・・・なんだ?

「・・・すぐに戻ってくる」

「すぐってどれくらいかかるんだ?」

「・・・1か月」

すぐ、ねえ。まだレオナードの下に嫁いでからまだ2か月、だけどとんでもなく長かった気がするし色々なことがあった。これから1か月も離れなくちゃいけないなんて考えたくもない。しかも明日からだなんて・・・・まだ気持に整理つけてないのに。

「寄り道するんじゃねえぞ?」

「わかってる」

「帰ってくるよな?」

「当たり前だ」

帰ってくるまでに、できるだけレオナードの仕事がないようにしておこう。そしていつもレオナードがおかえりって言ってくれるみたいに、今度はあたしがレオナードを迎えるんだ。

「・・・・浮気しないでね」

・・・おっとこれは失言だった。慌てて訂正しようとしたけど、何故かレオナードは喜んでて苦しいくらいにきつく抱き締められた。イタイイタイイタイ。

「ヴィラ以外の女はいらない」

「・・・・ん」

これだけの言葉が心に染みるように中へ入ってきて満たされる。そう、これが幸せって感覚。
重なった唇が信じられないくらい熱を孕んでて、触れるレオナードの肌に泣きそうになった。1か月―――とても長い時間、レオナードを忘れないように何度も何度も縋った。










―――朝。
天気は快晴、朝露の滴る中レオナードの出発式が簡単に行われた。同行するのはブライエ書簡長と50人の先鋭兵士のみ。ちょっと人数が少ないけれど、レオナードだから問題ないだろうということになったらしい。アルフレットも別の仕事があるので留守番だそうだ。隊列を組んだ兵士たちはドローシャ王国の大きな旗を抱えている。深緑に金色で文様が描かれていて、かっこいいけど持ってる人は重たいだろうに。
見送りに出て来たのはあたしと、珍しいことにローゼリアも表に出てきた。あたしが城に戻ってきてから、あたしに嘘をついたことを反省したのかあまり顔を合わせることがなかったんだけど。

「行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

レオナードは黒い馬に乗ると、あたしに背中を向けて出発した。大きな背中がだんだん小さく消えていく。
どうか無事に帰って来ますように。

さて、留守番組のあたしはレオナードの普段の仕事もやらなくちゃいけない。仕事に忙殺されて、あっという間に1か月過ぎちゃえばいいのにな。
そんな淡い期待を持って、レオナード達の姿が消えたのを確認すると城の中へ戻って行った。



恋愛遊牧民