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第十九話 魔女の名は



ヴィラは襲撃されたことを聞いても特に動揺せず、考え込んでいるレオナードを横目にバルコニーに出た。

「うわっ、すごい綺麗」

松明の光だろうか、地上に灯る天の川のような無数の光。レオナードはヴィラの言葉を聞いて呆れたような表情をする。

「悠長なことを。今どういう状況かわかっているのか?」

「これ見りゃわかるぞそんなこと」

光の数、すなわち敵の数だ。きっともっと多いのだろう。一面に広がる光と闘志を高まらせるような笛と足の音。まだ少し遠いが半刻もせずにここまでたどり着く距離だ。

「まさか裏目に出るとはな」

レオナードはひとりごちてため息を吐いた。
もともと、ジキルド・カトレアを捕える際の危険を考慮してここに避難しに来たのである。しかし何故か場所が突き止められ、こうやって襲撃を受けている。

「軍隊を城から呼び寄せても間に合わないだろう。ヴィラ、お前は鳥に化けて空から逃げるんだ」

「レオナードは?」

「応戦する」

ヴィラは不安そうにレオナードを見つめた。レオナードも視線をそらさず見つめ返す。

「無理だよ、あたしが王妃になったのは王を危険に晒すためじゃない、守るためだ」

そう言ってバルコニーから見える景色を目を細めて見渡した。レオナードは今までになく厳しい声を出す。

「こんな時にお前らしくないことを言うな。あいつらの目的がお前なら俺には危害を加えないはずだ」

ヴィラは静かに微笑んで横に首を振った。

「それは違う。たしかにあいつらの目的はあたしだったんだろうけど、レオナードを殺さない限りジキルド・カトレアは罪を免れることができないだろう。むしろこの襲撃の責を問われてますますまずい立場に立たされることになる。あいつらの目的はあたしを殺すことだけじゃない、証拠の隠蔽だ」

勅令を出した王さえいなくなれば彼の罪はうやむやになる。むしろ城に残って彼を捕えようとしているアルフレットやシルヴィオたちの立場が悪くなるだけだろう。

「夜、しかも森の中じゃ敵の正体をつかみにくい。あたしたちさえ皆殺しにすれば、あとはすべて他人に責任をなすりつければいいのだから」

眉をひそめるレオナードに、ヴィラは近寄って手を握った。

「・・・ドローシャの王に逆らう者など歴史上いない」

「史事には書いてないよ。なぜならこの国の王は神に選ばれた絶対的存在だからな」

だけど、王に逆らう者がいないなどあり得ない。人は結局、どんなに強大な力の前であろうと自分の身が危険になれば手段を選ばないものだ。史事にそれが書いていないのは、ドローシャ王をどこか神聖化したい傾向があるからだとヴィラは言う。

「人は貪欲だ。手に入れても手に入れても、次を求めようとする」

レオナードの手に力が籠った。

「だけどあたしはそれが悪いことだとは思わない。好きにすればいいさ、仁徳に背いても自分がよければそれでいいじゃないか。だからね・・・」

ヴィラは薄く笑って、レオナードの手にそっと口付ける。

「あたしだって好きにさせてもらうよ」

強い意志の籠った瞳で近づいてくる敵を見つめた。その目に迷いは一切ない。

「勝てるか?」

「地の利はあたしにある」

ヴィラはレオナードの腰に刺さった見事な剣を引き抜くと、それを掲げて手すりに手をついた。

「魔術ってのはね・・・師匠は念の力って言うんだけど、あたしは自然を操る力だと思ってるんだ」

剣に炎の渦が巻きついた。それを振りかざすと、敵に向かって炎が流れるようにあふれだす。それは一気に燃え広がり、人の焦げた嫌な匂いとうめき声、そして湖に飛び込む音が聞こえた。地獄を再現したようなその光景にレオナードは息をのむ。

「あーあ、湖に入っちゃダメじゃんか」

人魚は人を食うのに。
ヴィラはのんびりと人が焼け死にゆく姿を見守っている。人としてどこか空っぽなヴィラを、そっとレオナードが抱き締めた。

「・・・お前にこんなことをさせたくなかった」

「今更それを言うか?」

もう何もかもが手遅れだ。こうなることは既に決まっていたのかもしれない。逆らう術を知らないならば、流れに身を任せよう。

「レオナード、レオナードも共犯だぞ」

「わかっている」

2人で――――。










焼け焦げた匂いが充満する大地に、レオナードとヴィラが立っていた。茶色っぽい黒の髪色をした男は、恐怖のあまり腰を抜かして2人を見上げた。

「久しいな、ジキルド」

「へ、陛下・・・」

ジキルドは口をわなわなと震わせる。地獄海図のようなこの場で美しい2人は圧倒的な何かを感じさせる。もう彼を守る兵士たちはいない。おそらく王妃の魔術によって、全て焼け死んでしまったから。炎が広がって人が燃え尽きるまでの時間はあっという間だった。ジキルドだけにその炎が牙を向かなかったのは、自分を生かし尋問するためだろう。

「この度の襲撃、何ゆえかお聞かせ願おうか?」

レオナードの問いにジキルドは身を震わせる。

「しゅ、襲撃などと・・・!違います!これは陛下の御身をお守りするために出陣したわたくしの私兵でして・・・」

「何から守る、と?」

「もちろん異教徒でございます!噂で慰安のため別荘に向かった陛下を襲うのだと聞きました。ですからわたくしはそれを守るために・・・・」

彼の苦しい言い訳を聞いている間、ある意味ヴィラは感心していた。5万の兵を秘密裏に動かすなど、なかなかできる芸当ではない。
一方レオナードは往生際の悪いジキルドに苛立ちを隠さず問い詰める。

「それにしてはずいぶん不自然のようだな、ジキルド。お前の娘に毒を盛らせたり、刺客を放ったのもお前だろう」

「そんな、違います!わたくしははめられたのです!」

このままでは埒が明かないと、ヴィラはレオナードの袖をくいくいと引っ張った。レオナードは重々しく頷くと、ジキルドを鋭く睨んで見下ろす。

「もういい。後は審問会でゆっくり聞くとしよう」

「へ、陛下・・・」

情けない顔をしてジキルドはその場に崩れた。ヴィラは片眉を上げて彼に問う。

「月並みの言い訳しかできないお前にひとつチャンスをやろう」

「ヴィラ」

「いいじゃん」

ジキルドは一筋の希望を見出して顔を上げた。ヴィラがにっこりと笑うと、薄暗い中で血色の良い唇が鮮やかに浮かび上がる。

「お前にここを襲うよう命令した人物は誰だ?」

ジキルドの顔が凍りついた。

「で、でですから、これはわたくしが単独で陛下をお守りするために・・・」

「あくまでも言う気がないなら、残念だが拷問にかけても同じだろう。この場で殺してしまおうか。城まで連れて行くの面倒だし」

ジキルドはヴィラのその一言にガタガタと震えだし、助けを求めて辺りを見回した。5万の兵を戸惑いもなく殺す王妃ならば、この言葉に偽りはないだろう。

「ま・・・じょ様・・・・!」

彼は立ち上がり暗闇に向かって助けを求めるかのように手を伸ばす。

「魔女様!!キリエラ様!!お助けください・・・・!わたくしを、どうかお助けを!卿・・!!」

それは悲痛な叫び。キリエラ様、卿、と何度も口にする。しかし何も起こることはなく、絶望の表情で彼は空を見上げる。

「キリエラ、とは誰の名前だ?」

静かに問うたレオナードの声にビクリと身体を震わせた。

「魔女だと言っていたな。では、卿とは・・・?」

ジキルドが跪いて頭を下げると、歯ぎしりをしたままその場に硬直する。ヴィラがもういいだろう、とレオナードの肩を叩いた。

「これ以上追い詰めても同じだ。一旦城に戻ろう」

「・・・そうだな」

レオナードが頷いて彼を捕えようと近づいたとき、ジキルドはぺらぺらと早口で話し始めた。恐怖におののいた表情で、まるで狂ったかのように。

「魔女がいるのです!ニーナを・・・娘を人質に取られて私は仕方なく!」

レオナードは興味深そうに訊き返す。

「魔女、とはどんな女だ?」

「わかりません、会ったことはございませんが・・・とても美しく誰をも魅了する魔性だと聞いております。卿は王妃の座にキリエラ様を就ける気なのです!ですから・・・・」

バシュッ
と風を切る音がして、ジキルドの胸に矢が刺さった。ヴィラは矢が飛んできた方へ向かおうとしたが、レオナードに腕を掴まれて立ち止まる。

「やめておけ」

「でも・・・」

「ヴィラに何かあれば困る」

ヴィラがしぶしぶ頷くと、レオナードは安心したようにため息を吐いた。

「それにしても・・・ずいぶん派手にやったな」

彼の目線の先には焼け焦げた死体が山のようにある。ヴィラはああ、と思いだしたように口を開いた。

「死んでないぞ、全部」

「なに?」

「ただの幻術だ。そのうち起きるだろ。ま、湖に飛び込んだ奴らは助からないだろうけど」

あっけらかんと言い放つと、ヴィラは別荘に戻るように手招きする。どこまでもわからない女だと、レオナードは一人苦笑してヴィラの後を追った。










5万の兵の正体はジキルドの私兵ではなく、ホラージュ州という州軍だったらしい。彼らは王に仇をなす輩を捕まえると聞かされ、よくわからずに出陣を上から命令されたのだとか。
まあ、それよりも・・・・。

「せっかくの3日の休みが・・・」

まだ人魚見てない!遊んでない!
しかもあの後城に帰ったらバタバタしてレオナードに会えてない。夜もずっと一人きりで、寂しいけど仕方ないって自分に言い聞かせた。
もしかしたら、ローゼリアのところに行ってるのかもしれないけど。それは考えたくないので、枕に顔を埋めて耳を塞いだ。

レオナードのいない夜は落ち着かない。それは彼が隣に居ることが当たり前だったら。夢見が悪く、寝つきが悪い。・・・あたしってば完全に振り回されてる。

「勘弁して・・・」

呟いた言葉は闇の中に静かに溶けていった。
離れられないのはあたしの方だ。ここにいるって約束したけど、離れないって約束してほしいのはこっちなのに。完全にここの生活に浸かってしまっているあたしは、きっと元通りには戻れないだろう。もしレオナードがローゼリアの隣を望むのなら、思う存分皆の前で泣いてやる。

そう決心して、あたしは手元にあった本をドアに向かって投げた。
が。
ドアが開いてドスッといい音が響く。ずるずると落ちる本からはレオナードの顔が現れた。

「げっ」

「・・・また出なおす」

「わーーーちょっと待った待った!」

あたしは慌ててベットから出るとレオナードを引きとめた。彼は不安そうにあたしの顔色をうかがう。

「ごめんごめん!今のは本当に偶然だから!」

「・・・本当に?」

「まさかこんなにタイミングよく現れるとは思わなくて・・・」

レオナードは呆れたような大きなため息を吐いたけど、少しだけ笑ってくれたので安心した。

「悪かったな、ずっとこれなくて。後処理で忙しかった」

「ううん」

それよりちゃんと休んでって言ったら、レオナードはものすごく嬉しそうに抱きしめてくれた。
たったこれだけのことなのに、やっぱり安心する。レオナード、あたしどうしちゃったんだろう。




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