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第一話 脱走と遭遇
必死の抵抗も虚しく、結局城まで連れて来られてしまった。ロープでグルグル巻きにされた姿はまるで芋虫、口も布で塞がれているから声も出せねぇ・・・・・ちくしょうっ。
師匠は笑顔であたしを赤毛の騎士に差し出す。

「おてんば娘じゃがよろしくのぅ」

「暴れたりするんすか?」

「するのぅ。危ないからしばらくはこのままロープで縛っておいたほうがよかろう」

「了解しやしたー」

そしてなんと赤毛の騎士ヤローはあたしを米俵担ぎした。ちょっと!あたしは荷物じゃねえーーー!!仮にもあんたのご主人の嫁だろうが!丁重に扱わんかいっ!

「んんん″ん″ん″ーーーーっ」

「何言ってるかさっぱりです魔女さん」

「んん″~~~~!!!」

このまま大人しく結婚してたまるか。魔術を使いたいけれど師匠の特殊なロープの所為で使えねえ。もぞもぞと頑張って動いてるうちに赤毛はどんどん城の奥の方へ進んでいく。あーやべぇ、もう道わかんないぞ。

「あ、俺は陛下の騎士でアルフレットっつーもんです」

のんきに自己紹介してくる赤毛はあたしよりもちょっと年上に見える。だいぶ鍛えてるんだろう、あたしを抱える腕がずいぶん逞しかった。

「魔女さん名前は?」

そしてコイツはアホだ。どうやって言え、と?口が布で塞がれてるのが見えてないのか?
当然ながら返答できないままで、しかしまったく気にする様子のないアルフレットは次の話題を口にする。

「あー、今ちょっと城が騒がしいけど気にしないでくださいねー。8千年ぶりに王様が代替わりしたもんだから、何かとがやがやしててねー」

8千年ってことは、あっちの人の寿命に換算すると80年くらいか。ずいぶん長いな。(こっちの人の寿命は1万年らしい。ちなみにあたしは魔女だから寿命なんてどうとでもなる)

「まー、陛下も性格にちょっと問題あるけど根はいいヤツだから、魔女さんあんまり心配しなくていいっすよ」

性格に問題あるとかますます嫌だ。ああ、だんだん目の前の景色が涙でぼやけてきた。
果たしてこのまま結婚していいのだろうか。他の側室と寵を争ったり嫌がらせに耐えたり、相手が国王なら苦労は絶えないはず。自由に外を出歩くことも許されないだろうし、子供を産めなかったら風当たりがキツくなるだろう。うわ、なんて酷い人生。

「お、着いた」

周りを見渡せば、そこは無駄に広くて豪華な部屋だった。師匠の家は物がごちゃごちゃしてて混沌としていたけれど、この城は中世ヨーロッパを思い起こさせる。家具なんて見たこともないほど繊細な彫り物が施されていて、鏡台などは鏡の周りに宝石が埋められてた。とっさに税金の無駄遣いという言葉が浮かんだあたしは貧乏性だろうか。いや、普通だし。

「じゃーここで大人しくしててくださいね魔女さん」

ボスンッと乱暴にベットへあたしを降ろすと、アルフレットは鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。もちろんロープを解いてくれるわけなくて、あたしは芋虫状態のまま。

「ふぬぬぬぬぬ″っ」

女性らしからぬ声を上げてしまったのは御勘弁願いたい。力いっぱいロープを引きちぎろうとしたけれど、思った以上に頑丈なロープは切れそうな気配がなかった。もちろんそれだけで諦めるようなあたしではない。ごろごろとベットの端まで転がると、まずは口に宛がわれた布を家具の角を使って下へずり下ろした。そしてロープを角に当て擦りながら摩擦を利用して繊維一つづつを確実に切っていった。
ブチッ
と小気味いい音を立てて、ロープから完全に逃げだすことに成功。

「よっしゃ!これで逃げられる!あたしの時代ーーーーーー!!!」

これで向かうところ敵なし。あたしはすぐに猫に化けると廊下に飛び出した。








レオナードとアルフレットが廊下を歩いていると、奥のほうからものすごい勢いで黒猫が駆けてきた。すれ違いざまにむんず、とレオナードが猫の首を掴んで持ち上げる。

「なんだこの猫は。どこから入った」

「まー、猫っすからどこからでも入るっしょ」

特に興味の無さそうなアルフレット。しかしレオナードは猫をジロリと怪しんだ目で睨んだ。猫をひっくり返して正面を向かせるとパチリと目が合う。その黒猫は瞳も真っ黒で毛並みも美しく野良猫には見えない。

「げっ」

猫がしゃべった。
思わずアルフレットとレオナードは顔を見合わせる。









もうすぐ塔から抜け出せるーと思った瞬間誰かに捕まった。あちゃーっと思いながらも大人しく猫のフリしてたら、捕まえたヤツと目があった。茶髪に青い瞳の美人な男。ちょっと雰囲気が怖いけど目の保養とばかりに観察していたら、後ろにいる赤毛が視界に入った。アルフレットじゃん!

「げっ」

やべっ!声出しちゃった!
アルフレットは目をパチクリさせた後、しゃべる猫だーとか興奮していたからセーフ。問題は怖い茶髪の方。ますます視線が厳しくなって、首の根っこを掴む手にはさらに力が入っていた。そして男は口を開く。

「先日、魔女ベルデラに聞いたことがある」

うん?師匠に?

「化けた魔女と動物を見分けるには瞳を見るのが一番よい、と。魔女は姿形を変えることができても瞳の色までは変えられないそうだ。アルフレット、魔女エルヴィーラの瞳の色は?」

「黒髪に黒い瞳でしたねぇ」

じとーっとあたしを見つめる2人。完全にピンチ!どうすりゃいい!?どうするべき!?

「さっさと元の姿に戻れ。それともこのまま猫扱いしてほしいのか?」

「んなわけあるかーーー!!」

つい叫んじまったあたしはもう後戻り不可能。茶髪の男の空気が冷たくなり、アルフレットは笑い出した。

「あははっ、とんだ夫婦のご対面だな」

「はい!?夫婦!?」

「魔女さん、相手のレオナード・・・・結婚相手の国王ってコイツのことっすよ」

アルフレットは笑顔だったけどあたしは泣きたかったさ。顔はいいけどめちゃくちゃ怖い、しかも逃げようとしたところを本人に捕まるなんて・・・。
さようなら、平穏なあたしの人生。

その後レオナードという男は、猫のあたしを部屋にペイッと放り投げてどこかへ消えて行った。もちろん厳重に鍵をかけ、再び逃げ出せないようにして。








当然だけどあの後警備が厳しくなった。部屋の前には必ず2人の兵士が見張っている。面倒なことに、部屋を出る時は必ず侍女の誰かがついて来た。
もともとあたしの部屋がある塔には限られた人しか出入りできないらしく、見る顔はほとんど同じだったし廊下を歩いても誰かと会うのは珍しい。あたしに許された自由はこの塔の最上階(5階)のみだから窓から飛び降りるわけにもいかず、結局あれから脱走の機会はないに等しかった。
部屋に籠っていても師匠が会いに来てくれるわけがなく、訪れるのは機嫌のよいアルフレットか、いるかどうかを確認しに来たレオナードだけ。しかもあたしを一睨みすると一言も話さず去っていく。忙しいなら来るなといつか言ってやりたい。

そんな絵に描いたようなつまらない日々が続いて早一週間。侍女が洗濯物を取りに来たとき、新しい来訪者がやってきた。

「はじめましてエルヴィーラ様。わたくし教育係りを陛下より仰せつかりました、ルードリーフと申します」

「あ、ども」

水色の髪の青年。整った顔立ちの真面目そうな人だ。でも教育係りって・・・・これまた面倒くさいことを・・・。

「エルヴィーラ様は社交界のマナーと教養を学んでいただきます。王妃として恥ずかしくないよう、なにより陛下に恥をかかせぬよう御努力くださいませ」

「うへー、めんどくせー」

「なんですかその言葉遣いは」

「なんですかって言われても・・・・ねぇ」

一気に嫌そうな顔をしたルードリーフさん。言葉遣いとか、別にどうでもいいじゃんよ。

「品のカケラもない。それではまるで盗賊ではありませんか」

「うん、まあ盗賊と似たようなもんだったしね」

こっちの世界に来てから一時は荒んだ生活してたから今更気にならないし、そんな生活をしてたからこそ盗賊をバカにすることなんてできない。だって彼らも生きることに必死だったし、いつも家族を守るために手を汚していた。誰もが恵まれた生活を送っているわけではないのだと改めて思い知ったのはあの頃。

「・・・なんと浅ましい」

「そう思うんだったらあたしとの結婚を止めるように言ってくれ」

「止めるだなんてとんでもございません。法律上はもう既にご結婚されているのですから」

どうして人の了解を得ずに勝手に話を進めるんだ。結婚を破棄するってことは離婚ってことになるのか。バツイチも嫌だな・・・・。
あたしが不満そうに顔を歪めたのが気に食わなかったのか、ルードリーフさんは額に青筋を浮かべてどこからか取り出した大量の分厚い本をテーブルの上に置いた。当たり前だけど中身は日本の文字で書かれているはずがなく、アルファベットを崩したようなこの国の文字だろう。一応こちらの字は師匠に教えてもらって読み書きできるようになった。だけど日本語のようにスラスラと操れるわけではない。この本をすべて読み終わるのにどれだけ時間がかかるだろうと考えれば、読む前からとっても疲れてしまった。

「教科書です。エルヴィーラ様には政治学・経済学・法学、そしてテーブルマナーなど礼儀作法を学んでいただきます」

「ふーん・・・」

「陛下の配慮で現在エルヴィーラ様は表に出ることはございませんが・・・それは恥ずべきこととお思いくださいませ。今の状態では表に出ることはおろか陛下と共に生活なさることもできないでしょう。王妃という地位は何より国民に愛され、国を治める陛下を自覚と知恵を持って支えるものでございます」

「あたしはなりたくて王妃になったわけじゃねぇよ」

「何を仰います、魔女なれば王家に嫁ぐのは当たり前でございましょう?しかも前王妃のベルデラ様の弟子ならば、エルヴィーラ様が次代の国王のもとへ嫁がれるのも自然の流れです」

「そんな話聞いてねえ・・・」

師匠、せめてあたしを弟子入りさせたときに一言言って欲しかったよ。そしたら事前に逃げたのに・・・!








『世界には中心がある。その中心には神がいると言われ、そこに位置しているのがドローシャ王国であり、他国では見られない様々な恩恵を受けている。例えば魔女が生まれるのも国内のみで他国には存在しない。また、神の宣託により王が決められるのもこの国の特徴である。人々の寿命も中心に近づけば近づくほど長く、国内では約1万年だが隣国では約9千年、遠く離れた国では6千年と大きな違いがみられる。神の住まう世界の中心、それが我がドローシャ王国である。』

それはこの世界に来て何度も聞かされた記述だった。神様とか世界の中心とか、神話かと思えば嘘ではないらしい。
“魔女が生まれるのは国内のみ”
師匠がここに来る前に言っていた言葉。つまりこの国が世界の中心なのだろう。単純にすごいと思うし、自分が貴重な魔女だったってことに誇りも感じた。

ただし。

だからって結婚するなんてあたし納得しねぇよ。実家に帰らせていただきますから!
ルードリーフさんというお固い教育係がいなくなった後、あたしはシーツを繋げて脱出用ロープをせっせと作っていた。ここは5階だから結構な長さが必要で、足りない分は魔術で伸ばしつつ繋げていく。できあがったらベットの足に縛り付けて窓の外に垂らした。
うん、十分に余裕がある。
窓から覗いた限り人はどこにも見当たらない。今がチャンスとばかりに身を乗り出して降りていった。シーツが手にするすると滑りやすいことは計算外だったけど、なんとか無事に地面まで到達。猫に化けると一目散に門へ向かった。
本日は快晴、脱走日和。日本みたいに湿気が多くじめじめしてないからとても快適。久しぶりの屋外にテンションが上がって気分よく猫の足で突っ走ると、角を曲がったところで何故か足が地面から離れて宙に浮かんだ。

「・・・またか」

「げっ!」

あたしを捕まえた主は茶髪に青い瞳の持ち主で・・・。なんでここにいるんだレオナード!アルフレットまで!
当然だけどレオナードはとっても怒っていらっしゃる。美人が凄むと怖ぇよ。でもあたし負けねえ。

「タイミング良すぎるだろ!お前魔女かっ!」

アルフレットは苦笑を洩らしたけど、レオナードは呆れたようにため息を吐いた。首の根っこを掴まれているのが気に食わなくて、人の姿に戻ると身を捩って彼から離れる。
よく見ればレオナードは映画で見る王子様のような格好をしていた。一口に言うと安っぽく聞こえるけど彼が着れば様になる。

「いい加減に大人しくしてくれないか。これほどの贅沢ができて何が不満なんだ?」

彼は見た目も言葉も棘があると思う。会うだけで刺すような痛みを感じるんだ。要らないから、お金も地位も家族も。

だから、あたしを自由にしてくれ。

「魔女さんストップ!」

2人を無視して逆の方向へ走りだした。途中ぎょっとしてあたしを見る侍女や兵士に遭遇したがそれも無視。
目指すのはもちろん、城の外。




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