02.気が付けば振り出し
まったく腹が立つったらない。
『それじゃあ、後は若い二人で』
っておいおい、今時ベタすぎるだろ。
お見合いなんてふざけたものに、連れていかれる私も私だ。花も恥らう十六歳、まだまだお見合いなんて必要ない。
さらに相手も相手でベタだった。
とりあえず返事は「趣味は徹マンですの。あのじゃらじゃらした音が良いですよね」「得意な料理? チキンうどんかしら、お湯入れて3分の」と上々の答えを用意した。
振り袖に髪は結い上げ、薄化粧。顔は根っからの日本人、純和風である。
自分で言うのもなんだが所作も文句のない、完璧な大和撫子の口からぺらぺらと返される返事に相手は戸惑っていた。と思う。そうでなくては困る。
私はお見合いをぶち壊しに行ったのだから。
うちは小さくはない会社をやっていて、私は一応社長令嬢という身分を持っている。それに相応しいだけの教養を身につけ、今まで素敵なお嬢さんポジションを守ってきた。
お見合いをすると聞いたのは前日のこと。そういう大事なことは、もっと早く言って欲しいものだ。まあ、言われてたら脱走したのは当たり前だから、うちの両親は娘のことを良く理解しているのかもしれない。
そして渋々ながらも私はお見合いの席に立ち、笑顔で颯爽とぶち壊そう計画は始まったのだった。
老舗の料亭で二人きりになってから、出来うる限り今まで築いてきた〝清楚なお嬢さん〟という夢を壊し、「ではK-1の再放送が始まりますので、おほほほほ」と一人で帰ってしまった。上出来だ。
そして今に至り──、一人で歩く帰り道、私は怒っていた。
(信じられない、信じられない!)
この年でお見合いなんて、本当に現実味が湧かない。お嬢様学校の級友の何人かは既に婚約者がいるし、お見合いもしていた。が、いざ自分の番となると信じがたい現実だ。だって、そんな前振りまったくなかったんだから、我が家では。
着物の裾を最大限にまで開き、私は怒りも露わに歩いていた。下駄がアスファルトを叩く荒々しい音が響くが、こんな心情で清楚なお嬢さんなんてやってられないのである。
「っ!」
足元を見ずに歩いていたのがいけなかった。
私は小さな段差に派手に蹴躓き、着物のせいで踏みとどまることも出来ずによろめいた。
こける、と思ったが、運良く腰までの高さの手すりにしがみつくことに成功する。ほう、と安堵の息が自然と出た。改めて見ると手すりの向こうは結構な高さだ。しかも川。振り袖で落ちたら、きっと泳げない川。
落ちたらマズイ、確実にマズイ。
手すりに引っかかって本当に良かった! 運動神経はそんなに悪くないと思っているが良くやった、私。
自画自賛をしつつ、手すりからよろよろと身を起こそうとしたその時、
「っ!!」
右手を誰かに強く掴まれた。
妙な浮遊感が全身を包む。
手が空を掴み、腹の底がふわりと浮くような、言い表せない気持ち悪さが走った。
この感覚、知っている。
どこかで、そう、かなり最近、先月あたり遊園地で無理矢理体験したような気がする。
────私の大嫌いなジェットコースターの落ちる瞬間のような。
目の前には在るはずのない、光を受けて不思議な色に輝く花が舞っていった。
「気持ち悪……」
まだジェットコースターの感覚が残っているようだった。
だから乗るのは嫌だって言ったのに。
乗れない訳じゃない。でも嫌なものは嫌だ。無理矢理乗せた友人に、恨み言の一つも言ってやらないと気が済まない。ほら見たことか、脳震盪で倒れてしまったじゃないの。
私は上半身を起こし、軽く目眩のする頭を押さえた。
「もう、どーしてくれるのよ……」
低く唸り、目を開けた私は唖然とした。
何だこれ。
やたら広い、洋風の見知らぬ部屋だった。私は大きなベッドの上で、呆然と辺りを見回した。記憶が繋がらない。
ジェットコースターの感覚は一気に吹き飛んだ。
そうだ、アレに乗ったのは先月だ。身体を見下ろすと私は振り袖を着ている。ということは、例のお見合いの帰りだ。あはは、洋風な部屋の中で振り袖が浮いている。おかしいわ。何がおかしいって私が。
そう、お見合いの帰り道だった。転んで手すりに引っかかって、そして落ちた。
いや──誰かに引っ張られた?
ぞっと背筋を悪寒が駆けた。私には霊感はないと思っていた。でも、川しかない手すりの向こうから誰が引っ張るっていうのか。え、もしかして悪霊?
「こっ、怖っっ!!」
怖い話は苦手だ。
私は涙目になって、ぞわぞわする身体を抱き締める。
夢だ、夢に違いない。私は無傷だし、水に濡れてもいないし。きっとあのまま転んで気絶している所を、誰かが助けてくれたに違いない。こんな豪華な部屋を用意できる人間だ。もしかしたら置いてきたお見合い相手が追ってきて、見つけてくれたのかも。良い人じゃないか、うん、凄い態度を取って悪いことしたなあ。でも婚約なんか、絶対御免だけど。
「目覚めたか」
不意に近くで声がした。
驚いて横を見ると、綺麗な蜜色の髪をした、少し年下の少年が立っていた。────どこか不機嫌そうに。
全てを好意的に考えて勝手に納得していたが、私のお見合い相手は純粋なる日本人だった。けっしてこんな眩しい色の髪ではなかったし、年も私より上だったはず。
「あの、どなた様でしょうかー。……というより、ここはどこですか?」
少年は私を偉そうに見下ろしている。じっと私の目を見つめ、少しの間をおいて諦めたように頷いた。
「私はラウヴェストルーア・イリアナン・マレディリカ」
「は……?」
長い、覚えられない、っていうか聞きたかったのは名前じゃなくて。
私は耳の右から左に抜けた長ったらしい名前は置いておくことにした。
「覚えておけ、お前の夫となる者の名だ」
少年は、簡潔にそう告げた。苦々しい顔のまま私を見下ろして。
再び私は意識を手放したくなったが、誰も怒るまい。
せっかくお見合いから逃げたのに。
現れたのは全部の過程をすっ飛ばした未来の夫だった。
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