アルマルディーヌ家の長男に生まれました
アルマルディーヌ王国では、王子の教育は王妃によって選ばれた者が行うのが通例となっている。
第一王子アルブレヒトの教育係は、第一王妃リディエーヌの実家であるジラルディーニ公爵家の縁者の中でも、王室の歴史や典礼、国内国外の諸事情に精通した者が選ばれた。
第二王子ベルトナールや第三王子カストマールの教育係も、同様に王妃の実家や後ろ盾となっている貴族の中から選ばれている。
言うなれば、後ろ盾となっている者達にとって都合の良い王子に育てられる者が選ばれている訳だが、人間は思い通りに育つとは限らない。
アルブレヒトの教育係を務めたブリアーノという男は、一族の中から選ばれたとあって有能な男だった。
そして、有能であるが故に、第二王子ベルトナールが非凡な才能の持ち主だと、まだ幼少の頃に見抜いていた。
俗物であればベルトナールの暗殺を提言していたのであろうが、ブリアーノはアルブレヒトの教育係を務めつつも、国の発展も望む者であった。
ベルトナールの資質は、国の発展に大きく寄与するであろう……それが、アルブレヒトの王位継承の障害となるのであれば、アルブレヒトを王に相応しい者として育てれば良い。
純粋な能力のみで較べた場合、アルブレヒトの王位継承が危ういと感じたブリアーノは年功序列を利用することにした。
第一王子だから当然王位を継承する。
通常の教育を施すと共に、既に王位は確実だと振る舞うように教え続けて出来上がったのが、現在のアルブレヒトという人間だ。
常に堂々とした次の国王としての振る舞いを義務付けられ、不正や小細工に頼るべからずと教え込まれた。
その結果、アルブレヒトが採る戦術は、正面からぶつかり力で捻じ伏せようとする王者の戦い方となった。
放出系の攻撃魔法は使えないが、身体強化の魔法に特化した獣人族を相手に、力押しの戦術を行えば、損害は増えるが得る物は乏しい。
当然、側近が搦め手を用いた戦術を進言したが、兵を率い、命令を下す立場となったアルブレヒトは耳を貸さなかった。
我はアルマルディーヌ王国第一王子である、そのような姑息は手段には頼らない……と。
ブリアーノの教育は、アルブレヒトに王としての振る舞いを身に付けさせたが、同時に思考の柔軟性を奪ってしまっていた。
ブリアーノが影で頭を抱える一方、アルブレヒトは己の生き方に寸分の迷いも抱いてこなかった。
ところが、王位を争うベルトナールという存在が無くなった途端、アルブレヒトの人生観は父である国王ギュンターによって粉々に砕かれてしまった。
何よりも優先すべきは国の利益であり、そのためには手段は選ばない。
王の座を得るためには、計略を用いて実の兄すらも亡き者とし、王の座に就いた後は果断な裁定によって国を引き締め、率いてきた現国王の言葉は、綺麗ごとに過ぎないアルブレヒトの人生観を完膚なきまでに叩き潰した。
ベルトナールの死後一週間の間に、ギュンターは第四王妃ジリオーラと第四王子ディルクヘイムを誅殺した。
ジリオーラとディルクヘイムは城に呼び出して殺害、使用人たちも纏めて殺害したそうだ。
しかも、それを王都の住民に気取られることなくやってのけたのだ。
アルブレヒトは、全ての誅殺が終わった後に呼び出されて、ディルクヘイムが誅殺された時の様子を聞かされた。
「では、ディルクヘイムは独力で父上と同じ考えに至っていたのですか?」
「その通りだ。なかなかの資質の持ち主であったな」
「であれば、殺さずに利用すれば……」
「甘いぞ、アルブレヒト。オミネスの息が掛かった者が残っていれば、次の暗殺の対象はそなたかもしれないんだぞ」
「だとしても、そのような騙し討ちで誅殺せずとも、正面から罪科を問い……」
「何を言っておる。ディルクヘイムに何の科があると言うのだ? 誅殺するのは我の都合であり、正面から兵を差し向ければ、無用に都を騒がせるだけだ。罪科は、儂が地獄に背負っていくものよ」
国王ギュンターの射るような視線は、アルブレヒトの偽善的な考えを咎めているようだった。
この席でアルブレヒトは、ギュンターから改めてオミネス侵攻時の役割を命じられた。
「オミネス侵攻の準備が整い次第、そなたは僅かな手勢を率いて前線の視察と激励を行う」
「視察と激励でございますか?」
「無論それは表向きの理由だ。実際には、平民や商人に偽装させた兵を率い、カストマールがオミネスに攻め入った後のノランジェールとサンドロワーヌの守護を行え」
「しかし、守護を行うだけならば、なにも兵を伏せていく必要は無いのではありませんか?」
「守護を行うだけならばな……オミネスには空間転移魔法の使い手がいる。だとしたら、自分の国が攻め込まれた時に、奴らはどんな手段に出ると思う?」
「後方の攪乱、もしくは挟撃狙いでございますか?」
アルブレヒトの答えに、ギュンターは満足げに頷いてみせた。
「そもそも、カストマールも兵を伏せた状態から侵攻を行う。となれば、後方の守りは薄いと奴らは思うだろう。手勢を送り込んで来るにしても、竜人なる存在を送り込んで来るにしても、手薄な場所を攻めるつもりで乗り込んで来る。そなたの役目は、そやつらの殲滅だ」
互いの戦力だけでなく、敵の深層心理さえも読みきっているかのようなギュンターの計略に、アルブレヒトは戦神と対峙しているかのような錯覚に陥った。
「父上、もしサンカラーンの連中が好機と見て攻め入ってきた場合はいかがいたしますか?」
「知れたことよ、殲滅するまでだ。それとも、獣人どもに遅れをとるつもりか?」
「とんでもございません。獣人共が攻めて来るのであれば、力で捩じ伏せてみせましょう」
「ほぉ、力でか……」
「はい、獣人共は己の力に絶対の自信を持っております。その自信を直属の勇士隊を正面からぶつけて、圧し折ってくれます……」
アルブレヒトは己の理想とする戦いを語るのに夢中で、ギュンターの眉間に不機嫌そうな皺が刻まれ始めたことに気付かなかった。
「では、そなたは獣人共に肉弾戦を挑むつもりか?」
「お任せ下さい。私が鍛えし勇士……」
「この、たわけ者が!」
部屋の空気がビリビリと震えるほどの一喝を食らい、ようやくアルブレヒトはギュンターの不機嫌さに気付いた。
「そなたには、無駄に兵を損じるなと言いつけておいたはずだぞ!」
「はっ、も、申し訳ございません。しかし、獣人共の自信を圧し折れば……」
「圧し折れば何だ! それで、獣人共が折れるとでも思っているのか! いったいアルマルディーヌ王国が何年獣人共と戦い続けていると思っている!」
アルマルディーヌとサンカラーンの戦いは、それこそ国が出来る前に遡る。
野に暮らす人族と森に暮らす獣人族とが出会った頃から、連綿と続けられてきた戦いだ。
「良いか、奴らは獣だ。手酷く負けても、少しの間を置くとスッカリ忘れて歯向かって来る。だから首輪を嵌めて、身分の違いを思い知らせてやっているのだ。堂々と戦う? 自信を圧し折る? 心得え違いをするな。獣が攻めて来たら、広い野で戦え! 城壁の上、盾の内側から魔法で狙い撃て! こちらに一人の犠牲も出さずに殲滅してみせろ! それが真の王者の戦いだと心得えよ!」
「はっ! かしこまりました!」
この後ギュンターは、噛んで言い含めるように細かい戦術をアルブレヒトに叩き込んだ。
愚鈍とまでは思っていないが、正々堂々とした振る舞いに固執するアルブレヒトに失望しつつあるのも事実だ。
ベルトナール亡き後、王子は二人。
アルブレヒトは頭が固すぎるが、逆にカストマールは軟弱すぎるきらいがある。
今度の戦いでの行動、決断によって、二人のいずれかを王として選ばねばならないが、どちらも王に値しないと思えば、ギュンターは切り捨てるつもりでいる。
無能な自分の子供を王に据えるくらいならば、有能な親族の子供を王に選んだ方が良い。
肉親としての愛情よりも、国の発展を選ぶのがギュンターという男だが、アルブレヒトは実父の非情さをまだ完全に理解出来ずにいる。
会談を終えて自分の屋敷へと戻ったアルブレヒトは、与えられた作戦を完全には納得出来ずにいた。
与えられた作戦には、次の王に相応しい振る舞いはどこにも感じられない。
王の視察であるならば、相応の兵を従え、先触れを出して堂々と行うべきだというのがアルブレヒトの考えだ。
サンドロワーヌやノランジェーヌを守護するのであれば、姑息な策略など用いずに、圧倒的な兵力を見せつけて攻め込もうという気すら起こさせないべきだ。
そして、攻めて来るのであれば、堂々と名乗りを上げて雌雄を決するべきだと考えている。
ギュンターの考えが理解出来ない訳ではないし、勝利を手にするためであれば正しい作戦だと思っているが、感情が納得しないのだ。
アルブレヒトはギュンターとは違い、獣人族に対して敬意を抱いている。
何度も正面からぶつかり合い、その強さを目の当たりにしてきたからだ。
そして、表向きには力自慢の獣人族を堂々と力でねじ伏せてたいと公言しているが、その言葉の裏には人には言えない欲望があった。
アルブレヒトは、屈服させた獣人族の女を思うままに凌辱したいという後ろ暗い思いを抱えている。
アルブレヒトの性に対する原体験は、馬の種付けだった。
種付け中の事故を防ぐために拘束された牝馬に、牡馬が圧し掛かり種付けをする姿に、アルブレヒト少年は異常な興奮を覚えた。
それ以来、アルブレヒトは獣人族の女性を凌辱するという妄想に囚われるようになっている。
勿論、アルマルディーヌでは、獣人族は奴隷であり物扱いで、性交を望むなど王族としてあるまじき行為だ。
だが、タブーであるが故に妄想は甘美になり、獣人族の里を攻め落とし、族長の娘を差し出させ、縛り上げ、思うままに凌辱するという欲望から逃れられなくなっている。
28歳になったアルブレヒトだが、人族の女性への性的欲求は薄い。
母親である第一王妃は、アルブレヒトの男性としての機能を心配しているようだが、妄想に耽っている時には、その猛りを抑えるのに苦労するほどだ。
だが、アルブレヒトの妄想を実現するのは容易ではない。
そもそも、王都には獣人族が存在していないのだ。
獣人族は汚らわしい存在とされている事と、万が一首輪が外れて王族に危害が及んだりしないためだ。
アルブレヒトが獣人族を目にするのは、地方の街と戦場だが、両者には天と地ほどの違いがある。
奴隷として酷使されている者達は、アルブレヒトの目にも汚らわしく映る。
一方、戦場で合いまみえる獣人族は、誇り高き戦士達だ。
アルブレヒトが手にいれたいと願うのは、言うまでもなく後者だ。
屈辱に顔を歪める誇り高き獣人族の女性を、思うままに凌辱する己の姿を夢想しアルブレヒトは激しく滾らせた。
「いや、やはり父上が正しいのであろう……目的を達成するのには、手段を選んではならないのだ……」
欲望に濁った瞳で、暗い笑みを浮かべるアルブレヒトの容貌は、偉大な王のものではなく、破滅に向かう愚者そのものだった。