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竜人兵馬、只今王都にお出掛け中 前編

 ベルトナールの暗殺に向けて、王都に偵察に出掛ける準備を整え、ふと思い付いてサンドロワーヌの街を覗いてみると異変が起こっていた。

 荷物を満載した馬車が、次々と街を出て街道を西へと進んでいく。


 街の中でも馬車に荷物を積み込む人や、乗り合い馬車の乗車を巡って取っ組み合いをする人、大きな荷物を背負って西門を目指す人など、まるで住民が街を放棄して逃げ出そうとしているようだ。

 そして、サンカラーンを望む城壁の上には、完全武装の兵士が目を光らせている。


 サンカラーンのどこかの里が攻撃を仕掛けているのかと思い、サンドロワーヌに近い森の中を見回してみたが獣人族の姿は無い。

 それどころか一番近い里では、のんびりとした朝の風景が広がっている。


「どうなってるんだ……?」

「どうした、ヒョウマ」

「いや、サンドロワーヌの様子が変でさ……」


 千里眼の使えないラフィーアに、サンドロワーヌの状況を伝えると、俺と同じように首を捻ってみせた。


「たぶん、ヒョウマが原因ではないか?」

「どういう事? 俺が攻め込んで行くと思われているのか?」

「おそらくそうなのだろう。これは推測でしかないが、少なくともベルトナールはケルゾークを襲った部下がヒョウマの手で全滅したことを把握しているはずだ。その話が、どこからか漏れ出せば、パニックに陥った群衆が街を捨てて逃げだしても不思議ではなかろう」

「なるほど……だが、オミネスの方面に逃げる人はいないみたいだ」

「それは、オミネスまで辿り着く前に襲われる心配をしているからだろう」


 ベルトナールは、この状況を把握しているのだろうか。

 いや、例え把握していても、これほどまでに住民が行動を始めてしまったら、押し留める方法は無いのかもしれない。


 たぶん群衆心理というやつなのだろうが、先日の暴動にしても、今日の集団逃亡にしても、サンドロワーヌ住民の精神が酷く不安定な気がする。


「それは仕方ないだろう。これまでベルトナールは連戦連勝だったのに、ここに来て不始末続きだ。馬の暴走騒ぎ、民衆の暴動、そしてケルゾークでの敗北。その上、肝心のベルトナールの姿がサンドロワーヌに無いとなれば、民衆が動揺するのも無理は無いだろう」

「確かにそうだが……あまりにも民衆の反応が急激すぎないか?」

「あるいは、誰か扇動した者がいたのかもしれんな」

「なるほど……その可能性はあるな。いやむしろ、その可能性のほうが高いのかもしれないな」


 アルマルディーヌ国内では、王位継承争いが起こっているらしい。

 現在、一歩も二歩もリードしているベルトナールを失脚させようという魂胆なのだろう。


「ヒョウマ、その様子ならばベルトナールが現れるのではないか?」

「そうだな。サンドロワーヌがこれほど混乱しているなら、自分の目で確かめに来るかもしれないな」

「好機ではないのか?」

「いや、フンダールから毒殺してくれと頼まれている。それに、毒殺の容疑を出来れば他の王子になすり付けてくれとも頼まれているから、暗殺するなら王都だ」


 フンダールから教えてもらった王都のベルトナールの屋敷を探って毒殺の機会を覗い、サンカラーンの別の里が襲撃を受ける前に息の根を止めてしまいたい。


「では、やはり王都に向かうのだな」

「あぁ、今回はベルトナールを仕留めるまで戻らないかもしれない。アン達を頼む」

「任せておけ、ヒョウマの帰る場所は私が守っておく」


 ラフィーアをギュッと抱きしめた後、アルマルディーヌの王都ゴルドレーンへと空間転移した。


 サンドロワーヌの街は大混乱に陥っていたが、遠く離れた王都にも落ち着かない空気が漂っていた。

 ただ、サンドロワーヌのような殺伐とした感じではなく、まるで祭りの前のような浮ついた感じがする。


 白昼に姿を晒して王都を歩くのは初めてなので、とにかく怪しまれないように人の多い通りを目指したのだが、裏町から表通りに抜ける間に王都が騒がしい理由が分かってきた。

 どうやらアルマルディーヌ王国を挙げて、サンカラーンへの戦が行われるらしい。


 第一王子アルブレヒト、第二王子ベルトナール、第三王子カストマールの三人に、それぞれ5千人の兵が与えられ、サンカラーンへの攻撃を行うらしい。

 まさか、王城に盗みに入った翌日に、すぐに報復が決定されるとは思ってもみなかった。


 すぐさまダンムールに引き返そうかと思ったが、遠征が行われるのは一ヶ月も先になるようだ。

 ベルトナールは手勢を率いて空間転移出来るが、他の王子達は空間転移は出来ないので、国境まで自分を含めた兵を移動させる必要がある。


 王都ゴルドレーンからサンドロワーヌまでは馬でも五日程度掛かる道程であるし、これから遠征の準備を整えて移動を始めるとしても、最低でも十日以上の時間がかかる。

 しかも、今回は三人の王子が同時に作戦を行う必要があるらしく、準備期間も加味して30日後の開戦となったらしい。


 随分と悠長な話だと思ったが、何千人もの兵を率いての移動はゲームのように簡単ではないのだろう。

 それにしても、情報がダダ洩れと言うか、兵の数から遠征の日程、それぞれの王子が狙う里までもが街頭で告知されている。


 この情報がサンカラーンに渡れば待ち伏せを食らう可能性が高くなるのに、声高に告知して回っているなんて理解に苦しむ。

 だが、良く考えてみれば、アルマルディーヌ王国内で獣人族は自由に行動出来ない。


 正当に存在が許されているのは奴隷だけで、首輪をしていない獣人族を見掛けたら、討伐される可能性が高い。

 王都でいくら宣伝したところで、サンカラーンには届かないと高を括っているのだろう。


 実際、俺がこの場にいなければ、アルマルディーヌの出兵計画はサンカラーンに伝わらなかっただろう。

 だが、俺が知った以上は、サンカラーンへの攻撃が行われる前に計画を潰してやる。


 王都の中心部、大勢の客で賑わっているカフェのような店に入り、さらに噂話に耳を傾けてみた。


「やはりベルトナール様の圧勝だろう」

「いやいや、今回はアルブレヒト様が命運を賭けた戦いをなさるはずだ」

「カストマール様はどうだ?」

「相変わらずの腰抜けぶりではないのか?」


 戦いに参加する三人の王子の評価は、ベルトナール、アルブレヒト、カストマールの順番のようだ。

 5千人の兵は、国王から貸し与えられたもので、この戦いの成果いかんで次の国王が決まるのではないかと言われている。


「まぁ、志願兵は圧倒的にベルトナール様の所へ集まるだろうし、勝負は見えているだろうな」

「いや、ベルトナール様の戦術では送り込める兵に限りがあると言われている。志願しても戦場に出られなければ手柄の立てようがない。志願兵はアルブレヒト様の所に集まると俺は見てる」

「だが、噂ではカストマール様は兵の損耗を嫌うから、安全に戦場に出たければカストマール様の陣に入るべきだとも聞くぞ」

「それは戦の初心者にとってはだろう。戦場は、己の命を賭け金にして他人の命を奪って儲ける博打場だ。カストマールのお坊ちゃんの陣じゃ出世は望めねぇよ」


 どうやら戦には志願兵も参加できるようだ。

 参加に際して、何か決まりがあるのかもしれないが、王子に接近するには良い手段かもしれにない。


 それにカフェの客の話では、志願兵は戦場に着くまでの途中の街でも募集を掛けるそうだ。

 今すぐでなくても良いならば、潜入の準備を整える時間はありそうだ。


 もう一つ、俺にとっては耳寄りな情報を手に入れた。


「今夜は城で決起の宴が開かれるそうだぞ」

「戦に向けて血を滾らせる王子が、戦乙女を選び、一夜を共にするそうだ」

「女達にとっては、今夜が寵愛を勝ち取れるかどうかの戦だそうだ」

「良家の箱入り娘が、今宵ばかりは煽情的なドレスに身を包んで王子にアピールするらしい」


 なんだそれ、羨まけしからん話だな。

 だが、パーティーが行われるのであれば、ベルトナール暗殺には持って来いだ。


 もう少し情報を集めて、潜入を試みるのも一つの手かもしれない。

 あくまでも、ベルトナールの暗殺を狙うためであって、良家の子女の煽情的な姿が見たいからではないぞ。


 綺麗な女性に鼻の下を伸ばしているうちに、毒を盛られて悶え苦しみながら死んでいく。

 何とも情けない死に様だが、普段お高く留まっていそうなベルトナールにはお似合いだろう。


 ただ、パーティーが行われるという情報を得たが、城の何処で行われるのかが分からない。

 カフェを出て、もう少し城が良く見渡せて、しかも怪しまれない場所を探して通りを歩いた。


 まだ先の話とは言え、これから戦争が始まるというのに、どこを歩いていても深刻な顔をしている人を見掛けない。

 先日襲撃を受けたケルゾークの悲惨な状況を見ている俺としては、何を考えているのか理解しがたいのだが、直接被害の及ぶ可能性の低い王都の住民とすれば、当然の反応なのかもしれない。


 日本に居た頃の俺も、シリアで起こっている内戦の悲惨な映像を目にしても、どこか遠くの世界の話と感じている部分があった。

 ここゴルドレーンに暮らす人は、サンドロワーヌの人々のように、自分達が襲われるとか戦火に巻き込まれるとは考えていないのだろう。


 事態を深刻に受け止めているのは、前線に送られる兵士の家族ぐらいなのだろうが、それとてもベルトナールの下に送られるならば、危険は少ないと思っているかもしれない。

 これまでの連戦連勝が、王都の住民の意識にも大きな影響を及ぼしているような気がする。


 考え事をしながら歩いていたら、街の中心部を外れて下町のような場所に入り込んでいた。

 道行く人の多くは体格の良い男性で、防具を身に着け、武器を携えている。


 どうやら冒険者が集まる一角のようだ。

 雑貨屋の店先で商品を吟味する振りをして、隣りの酒場の話に耳を傾けると、この辺りでも話題はサンカラーンへの遠征一色のようだ。


「金を稼ぐためなら命は惜しくないと言うならアルブレヒトの陣だ」

「ちゃんと金は払ってくれるのか?」

「そいつは問題無いが、戦術らしい戦術は無い力押しだから、生き残る自信が無いなら止めておけ」

「あんた、アルブレヒトの陣に加わった事があるのか?」

「あるぞ。酷い負け戦だったがな、うはははは……」


 軒先に樽を並べた立ち飲み席で、話の中心になっている髭面の男は、志願兵の経験があるようだ。


「カストマールの所は断られるそうだが、本当なのか?」

「本当だ。基本的にカストマールは志願兵を受け入れていない。受け入れるのは貴族様の兵だけらしい」

「ちっ、お高くとまりやがって、気に入らねぇな」

「ベルトナールの所はどうだ?」

「あそこは、とにかく規律が喧しい。命令に背く奴は途中で放り出されるそうだぞ」

「それも面倒だな、やっぱりアルブレヒトの所で、俺様の腕で負け戦を勝ち戦にするしかねぇな」

「馬鹿め、獣人共の突進を舐めてっとあっと言う間にあの世行きだぞ」


 アルブレヒトの陣に加わった事があるという髭面の男は、獣人族との戦いの恐ろしさを若い冒険者達に語って聞かせた。


「動きを悪くする金属鎧は足枷にしかならねぇ。そんな物を着込んでいるぐらいなら、素っ裸で丈夫な盾を持ってた方がマシだ。とにかく奴らは速い。初撃を受け止めて足を止めさせなきゃ勝負にならねぇぞ」


 髭面は、足下に置いてあった頑丈そうな鉄盾を軽々と持ち上げて、表面に残る傷の自慢話を続けた。

 冒険者にとっての戦争は、市民よりも命の危険を間近に感じるもののようだが、それでも一種の討伐イベントのような空気は否めない。


 そして、市民や冒険者の話を聞いていて感じたのは、獣人族への根深い差別感情だ。

 戦争が始まるというよりも、魔物の討伐が始まるような空気を感じる。


 今回の戦争は、始まる前に潰してしまうつもりだし、この先もサンカラーンへの侵略は許さないつもりだが、戦いを防いだだけでは差別意識までは改善されない気がする。

 そして、差別意識が無くならない限りは、戦いも無くならないような気がしてならない。


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― 新着の感想 ―
[一言] >差別意識が無くならない限りは、戦いも無くならない 差別意識は、カースト構造を持つ権威主義社会の権威者が創る法制度によってできた社会構造の問題ですから、「意図して身分差別や金権差別を創る事…
[一言] 奴隷としての獣人しか見てない市民よりも 手ごわい敵だと見ている冒険者の方がいっそ差別心は少ないのかしら
[良い点] アルマルディーヌ王国の王都で3人の王子がそれぞれ5000名以上の 兵士を率いてサンカラーンを攻めて来る事を知ったヒョウマ。 果たして、どうなるのか楽しみですね。 差別意識は根深いのかな。…
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