いつでもダンムールに帰れるヒョウマは、オミネスで密談をはじめました 後編
フンダールは、アルマルディーヌ王国の四人の王子について話し始めた。
第一王子アルブレヒトと第三王子カストマールは、良く言えば平均的、悪く言うなら凡庸な王子らしい。
その二人に較べて、卓抜した空間転移魔法を使って数々の実績を残して来たベルトナールが、現時点では王位継承の最右翼にいるらしい。
そして残る一人、第四王子ディルクヘイムは他の王子とは違った事情を抱えていた。
「なるほど、母親がアルマルディーヌの貴族ではなくオミネスの出身なのか。だから次の国王となればオミネスに取っては優位に物事を運べるようになるんだな?」
「いえ、話はそんなに簡単ではありません。ここから先は、私の憶測も混じっていると承知してお聞き下さい」
フンダールの推測では、今現在もディルクヘイムの所にはオミネスから何らかの指令が届いているらしい。
ディルクヘイムが全く王位に興味を示さないのは、身の安全を確保するためで、将来的にはアルマルディーヌの国王を裏から操ってオミネスに有利な政策を推し進めるのが目的のようだ。
「ですが、ベルトナールは勿論、アルブレヒトもカストマールも我の強い人物で、とてもディルクヘイムの傀儡になるとは思えません」
「だから、ベルトナール亡き後には、二人とも殺してしまうのか?」
「端的に言うならばそうなりますが、単純に二人を殺害してもディルクヘイムの統治が上手く進むとは限りません。当然有力貴族達が反発するでしょう」
アルブレヒトとカストマールを殺害しても、貴族の後ろ盾を持たないディルクヘイムでは国を纏められる可能性が低いようだ。
「どういう事だ? ディルクヘイムを王にするには二人を殺さなきゃいけないが、二人を殺してしまうとディルクヘイムは王になっても上手くいかない……どうしろと言うつもりだ?」
「国民や貴族共から望まれる形でディルクヘイムを王位に就けます。その為に、アルブレヒトとカストマールに手酷い失敗をさせた後に殺害していただきたい」
「つまり、二人を失脚させた後に殺害すれば良いんだな?」
「その通りですが、そう簡単には行きませんよ」
「まぁ、そうだろうな……だが何か考えるさ。空間転移魔法を使えば、ゴルドレーンの城に入る込むことだって出来るからな」
「まさか、実行されたのですか?」
「ケルゾーク襲撃の報復に、ちょっとばかり賠償の品を持ち出して来ただけだ」
俺がゴルドレーンの城から持ち出した物を教えてやると、フンダールは頭を抱えた。
「ヒョウマさん、やり過ぎです。それでは王家の面子は丸つぶれ、必ず報復に動きますよ」
「それならば、作戦を実行に移す前に警告し、それでも準備を進めるならば先に仕掛けさせてもらう」
「ヒョウマさん、それでは混乱が広がるばかりです」
「何も兵士を殺すと言ってるんじゃない。どんなに有能な兵士だって、食糧が無ければ戦えないだろう? 武器や防具も無しに戦場には出られないだろう?」
「まさか、奪うつもりですか?」
「兵士を殺すのと、どっちが良い? 俺は出来れば殺しは避けたいと思っているぞ」
「まったく……ベルトナールもとんでもない人を召喚してくれたものだ。だが積極的に殺さないだけマシかもしれませんね。アルマルディーヌもサンカラーンも我々にとってはお客さんです。一人殺されれば、それだけお客が減るのですから、なるべく殺さないでいただきたい」
アルマルディーヌの兵士を皆殺しにしたと言った辺りから、俺に対して警戒するような感じがあったフンダールだが、どうやら開き直ってきたようだ。
前回会った時には、腹の底が見透かせない感じの男だったが、この位の方が接しやすい。
「ところで、さっきからアルマルディーヌの心配ばかりしているが、獣人族の奴隷が解放され、ベルトナールによる侵略行為が止めばサンカラーンは大きく発展するんじゃないのか? そうなればエッシャーム商会もオミネス全体にとっても利益になるんじゃないのか?」
「それで、アルマルディーヌと同等の商売になれば良いのですが、サンカラーンの人々は里にもよりますが保守的と言うか、昔からの生活にこだわる人が多いのです。我々が主に取引しているダンムールまでの道沿いの里の皆さんは、まだまだ革新的というか新しい物にたいする拒絶感が少ないのですが……特にアルマルディーヌと接する側の里の人達は……」
「なるほど、住民が戻って人口が増えたとしてもオミネスの利益には繋がりにくいという訳か」
「そうですね。全くという訳ではありませんが、アルマルディーヌでの利益が大きく減ると、それを取り戻すのは難しいです」
フンダールの話しぶりからして、やはり取引高や利益の大きいアルマルディーヌが混乱する事への拒否感が大きいように感じる。
もしクラスメイト達が現代日本の知識を使った新しい製品や産業を振興すれば、フンダール達の考えも変わってくるかもしれない。
この辺りは武力とは違う、経済力も必要だという事の表れなのだろう。
ダンムールに戻ったら、忘れずに樫村に伝えよう。
「そうだ、話は全く変わるが、オミネスには思い付いた機械のアイデアとかの権利を主張する仕組みはあるのか? 例えば、新しいボードゲームを考えて、その原理は自分が考えたから作って売るなら権利の使用料を払え……みたいな感じなんだが」
「あぁ、特許のことですね。勿論、ございますよ。商業ギルドで審査を受ける事になりますが、登録されれば権利を主張できます」
「アルマルディーヌにもあるのか?」
「ございます。カルダットの者がアルマルディーヌで登録する事も可能ですし、一つの街で登録されれば原則国中で有効です」
「そうか、それって勿論利益に繋がるよな?」
「それは製品次第ですが……ヒョウマさん、何かお考えがあるようですね」
特許の登録が可能ならば、俺達には大きな可能性が秘められている。
元の世界の他人のアイデアだが、生きるために背に腹は代えられない。
「俺達の住んでいた世界は、こちらの世界よりも少し文明が進んでいたから、この世界には無い物が沢山ある。そうしたアイデアを特許として登録して、製品化をエッシャーム商会に頼む……なんて事も出来そうだな」
「それはそれは、是非とも詳しく伺わなくてはなりませんな」
「いや、俺からよりもダンムールの里にいるクラスメイトからの方が収穫があると思うぞ。自慢ではないが、召喚された仲間は同年代の者達の中では優秀な部類に入る者ばかりだからな」
「ほほう、それはそれは、それでは早速ルベチを向かわせる事にいたしましょう」
「そちらの商売が大きな利益を生むようになったら、情勢は変わるのか?」
「それは勿論、大きく変わっていくと思いますよ」
やはりアルマルディーヌとの戦争は、武力だけでなく経済の面でも力を付ける必要があるようだ。
「ヒョウマさんから伺った話は勿論本当でしょうが、私からすれば信じられないような短期間で驚くべき変化が起こっています。ですが、この先も同じようなペースで変革が進んでしまうと、世の中の大多数の者が対応出来なくなり大きな混乱が起こります。そして、その混乱の中で一番痛手を受けるのは、弱い者、貧しい者達です。ヒョウマさんとすれば、早く事態を改善したいと思われるでしょうが、少し、少しだけ待って下さい」
フンダールの言いたい事も良く分かる。サンドロワーヌで起こった暴動の様子を見れば、大勢の一般市民の手によって、獣人族の奴隷達が殺されてしまった。
急激な変化は、人々を過激な行動に駆り立てるし、その犠牲になるのは弱い立場の者達である事の方が多い。
「だが、ケルゾークの時のように後手に回れば、サンカラーンに被害が出るぞ」
「分かっております。ですから、皆さんに被害が及ぶまで待てとは申しません。被害を出さず、それでも世の中を混乱させない手段を考えていただきたい。その為ならば、私共も知恵や力をお貸しします」
「そうだな、大きな混乱をもたらすのは、俺達としても本意ではない。ただ、全く知らない世界に放り込まれて、俺達も混乱しているし、早く生活の土台を安定させたくて焦ってもいる。その辺りは理解してもらいたい」
「分かりました。ヒョウマさんとお仲間の生活の安定には、我々も力を貸すことをお約束いたしましょう」
「ありがたい。なにしろ俺達には情報が圧倒的に足りない。それを補う意味でも、ルベチのような情勢に明るい人を派遣してもらえると助かる」
フンダールはルベチの早期の派遣を約束してくれたのだ、俺も約束したダンムールまでの道路の改良に取り掛かると約束した。
そして、フンダールからは貴重な情報を手に入れる事ができた。
「アルマルディーヌ王国の王子は、十五歳になると王都ゴルドレーンに屋敷を与えられて独り立ちします。そして、ベルトナールの屋敷はこちらになります」
フンダールが指差したのは、王城に敷地を接する大きな屋敷だった。
「ベルトナールの立ち回り先としては、この屋敷か王城、そしてサンドロワーヌ城ぐらいでしょう。その他にも騎士団の兵舎や有力貴族の屋敷、特に第二王妃の実家であるコルツァーロ公爵家には立ち寄る可能性が高いですが、眠るのは自分の屋敷でしょう」
「ベルトナールは結婚しているのか?」
「いいえ、まだアルマルディーヌ王国の王子で妻をめとった者はおりません。ですが、どの王子にも婚約者はいると聞いております」
「そうか、結婚していないならば、寝室を襲ったとしても家族を巻き込む心配は要らないな」
俺のベルトナール殺害の意思は固いと何度も言ったが、それでもフンダールは何か言いたげな顔をしている。
「ヒョウマさん、どのような手段でベルトナールを殺すおつもりですか?」
「人の姿に戻った状態で、ベルトナールの近くに空間転移して、剣を使って斬り捨てるつもりだが……」
「毒殺とかは出来ませんか?」
「毒殺…? 毒殺かぁ……考えていなかったが、どうしてだ?」
「ヒョウマさんの方法ですと、ベルトナールを殺した人間は空間転移魔法を使う者だと知られてしまいます。護衛の者がいれば、ヒョウマさんの顔も見られてしまうでしょう」
「正体を知られずに殺した方が、都合が良いのか?」
「はい、それこそ第一王子アルブレヒトを陥れるには最適かと……」
フンダールの一言を聞いて、背中に冷たいものが走った。
一度覚悟を決めてしまえば、サンカラーンとアルマルディーヌの両方と商売を行うほどの商人だけあって冷徹な判断を下せるようだ。
「なるほど、使い方次第では第一王子と第三王子を争わせる材料にも使えるか?」
「仰る通りです。ご検討下さいませんか?」
「分かった、毒に関するスキルも魔物から奪ったはずだが、一度も使わずにしまい込んだままだから、魔物を実験台にして試してみるよ。あんまり気は進まないが……」
「ヒョウマさん、混乱を最小限に抑えたいと思われるのでしたら、手段を選ばないで下さい。自分の都合で人の人生を終わらせるのですから、覚悟は決めて下さい」
「そうだな。少なくとも俺は、アルマルディーヌ王国の全国民から後ろ指を指される存在になるんだと覚悟を決めるよ」
「勿論、私もお供いたしますよ」
「すまないな」
「そう仰るのでしたら、たっぷりと儲けさせて下さい」
「分かった、期待を裏切らないように努力しよう」
宿敵ベルトナールの居場所に関する情報は手に入った。
あとは、毒殺のためのスキルを探して試し、そして実行に移すだけだ。