夢を叶える仕事
空想科学祭の出展作品です。
企画も「FINAL」という事で、是非ともこの作品も「最後」までお楽しみ頂ければと思います。
真っ白な部屋の中央に設えられた台座。その上には人の小指の先ほどの輝きがあった。金属だろうか。
小石の様なそれの周りには、穴が六つ、その石を囲うように穿たれている。レーザーの射出孔だ。
白い壁の構造膜に無反射素子が走る。それと同時に、室内に暗闇の帳が落ちた。
まもなく、小石を囲む様にしてレーザーが放たれ、台座の穴から天井に駆け上る六条の光の軌跡が生まれた。
珪窒化モリブデンを触媒とした固体レーザーによって、極短波のパルスが放たれ、周囲は熱と光に包まれる。人間の可聴範囲を超えた高音が部屋を埋めた。
レーザーによって生み出された熱は素材を溶かす。
白というよりも、光と言ったほうがしっくり来るようなまばゆい色で、とても視認はできないが、射出孔の付近には、黒い蒸気のようなものがあるはずだった。
レーザーが角度を変える。平行に迸っていた光は、互いが角度を変え、交差する。交差し、光が収束した点は小石の付近だった。レーザーの高温で溶かされた素材が、収束点に送られ、微細なパルスの変化で、ある構造体へと組み上げられていく。
それは極々小さな世界で行われる創造。ミリやマイクロよりもさらに小さなスケール。人の目には映らない極小の世界。それは十のマイナス九乗。0.000000001メートルの世界で物質に干渉する技術。
ナノテクノロジーと呼ばれる技術で、その創造は行われていた。炭化水素と共に高温で熱せられ、生成された炭化タングステンは、その分子をナノレベルでハニカム構造に組み上げられ、さらにその六角形が組み合わされると、炭化タングステンナノクラスターと呼ばれる物質が作られる。金剛石と称されたダイヤモンド、そのダイヤモンドの同素体でダイヤモンドよりも遥かに強い硬度を誇ったハイパーダイヤモンド。それらをさらに優にしのぐ世界最硬の強度を持つとされた人工の構造体。それがTCNC(TungstenCarbideNanoCluster)だ。
もはやその硬度ゆえに外部からの加工を容易に許さないTCNCは、不可塑性物質として、レーザーによる直接形成によって製品になる。つまり、「そういう形の素材」として分子を組み上げるのだ。その為、出来上がった物質の炭化タングステン含有量は99.999%以上。実質一切の不純物を含まない状態、まさに素材そのものでもあるのだ。
レーザーの照射が終わった。
台座の上の小石、すでに生成が済んでいた分のTCNCは少しだけ、その大きさを成長させていた。
手のひらに収まるような小さな球の一点に円盤が交わり、その上には、指輪にしては少し大きいくらいの円環。
それはいわゆる、おしゃぶり、だった。
部屋が一瞬、暗闇に包まれる。低く短い音が響くと、再び部屋に明るさが点った。見れば、壁がその姿を変えていた。
白と言う色は変わらないままだが、先ほどまでの継ぎ目すら見えないのっぺりとした白い壁は姿を消していた。変わりに現れたのは、部屋を囲む壁の一面に現れた透明なパネルであった。
パネルに格子状の切れ目が入る。カシュっというガスの抜ける音と共に、格子が互い違いに交差しながら壁の中に消えていった。
「さってさて、どんな出来かな」
消えたパネルの代わりに現れたのは男だった。
隅々にまで糊の効いた白衣を纏った男は、周囲に、いくつものホログラフのモニターを浮かべていた。
部屋に入ると中央の台座に近づきながら、まるで、虫でも払うかの様に平手を振るう。払われた手を受けて、周囲のモニターが光の残滓となって消えていく。
「あっ! ちょい、タンマ!」
男の慌てた声が白い部屋に響く。
振るった掌を慌てて、握り拳に変える。崩れ行く光の砂礫となって消えていく残滓の一つを、その握り拳が捉えた。
「これは、消しちゃ駄目っと」
そのまま、拳を引き戻す。無数の残滓と消えたモニターがその輝きを失う中、一つのモニターが再び形と輝きを取り戻した。
「そうそう、これこれ」
モニターには幾つかの映像や、文字が並んでいた。メーターの数値の間を行き来する針が、せわしなく動き、それに連動してか、色とりどりのグラフが様相を変える。
「んーっと、えー」
男は眉間にシワを寄せ、自ら引き寄せたモニターに視線を注ぐ。細める目に呼応して、モニター内のデータが拡大されていく。
「これ、と。んー、これ。あと、ホイ、ホイ」
モニターをしげしげと見つめていた男はピンピンとデコピンをするようにしてモニターを弾く。弾かれた部分に表示されていたデータが、先ほど同様光の塵となって消えていき、残ったデータが大きく表示される。
もう一度、モニターを眺めると、表示されているデータに納得がいったのか、頷きながら、男は顔を上げる。先ほどとは違い、今度は軽く腕を振るう。男の正面で光っていたモニターは、男の側面へと音もなく中空を滑った。
男は、モニターが開けた道を進み、台座に近づくと、左手を伸ばした。先程まで、モニターを操作していたのは右手だ。今まで白衣のポケットに入れていた、手袋のはまった左手が台座の中央、鈍く黒い輝きを放つおしゃぶりへと伸びた。
おしゃぶりを手にすると、男はそれを様々な角度から眺める。
黒く鈍い光沢を放つおしゃぶりは、完璧な球形で、しげしげと眺める男の瞳が湾曲して映り込んでいる。
球面に沿っていびつに変形した男の瞳が小さくなり、大きくなり、そしてしばたたいた。
「ふんふん」
男から頷きの鼻息が、明るい響きで漏れる。
「やー、これ、いいんじゃない! なかなかの出来よ」
左手におしゃぶりを持ったまま、右手を脇のモニターに伸ばす。空中に光るデータを掴むと、目の前に引き寄せた。
ぐにょりと、映像が引き伸ばされ、粘体の様に形を歪に変えるモニターを掴んだ右手を、男は、左手のおしゃぶりを起点にくるりと回した。
すると、モニターは、更に形を歪に変えながら、徐々に収束し、やがて、おしゃぶりを包み込むように、球体の形となっていく。
モニターがおしゃぶりを完全に包みこもうかと言う所で、男は左手を離す。すると、おしゃぶりがモニターに包まれ浮いた。
「ほい、解析っと」
宙に浮かぶ光球をトン、と、指で押す。漏れ出る光が強さを増し、それに呼応するように甲高い電子音が響き始める。
「にしても、タングステンのカーバイド。世界で一番硬かった物質で、こんなもん作るたぁ、酔狂なことだねぇ」
内部に取り込んだ物質の解析を始めるモニターをよそに、男は白衣のポケットから一冊の紙の本、文庫本を取り出す。手袋をはめた左手でだ。
右手で指をパチン、と鳴らすと、新しいモニターが現れる。そのモニターに向かって、文庫本を放り投げた。
またも、空中で物質を受け止めたモニターは、光を文字の形にして、空間に吐き出した。
『これはまさに化学と科学の極みとも言えるだろう。無から有、とは、誇張に過ぎるが、元素を自由に操り物質を組み上げる技術。中世、あらゆる知識人が夢見た錬金術ですら可能にした。悠然と歩みを進めた果ての極地を、我々は泰然と誇るべきであろう。
かつて、約束の地で、果実を口にするよう嘯いた者を、誰が悪蛇と指させよう。腹に業を抱えず、胸を張るべきだ。いかなる煌びやかさでも、父への捧げ物として、産み出そう。
我らが稚児の口に携えるのは、果実の種が芽吹き、大樹となって生まれた実りである。
知は我を愛す。我は知を愛す。歩むべき螺旋の階段の先に父の背を求めて。』
「十字架を背負ってた人の文章ってのはどうにも好きになれないもんだ」
世界最高最硬の物質で象られたおしゃぶりを讃えた文章がそこには浮かび上がっていた。
男の目の前で、レーザーの走査を浴びる黒い物体は、まさに、科学の極致とも言えた技術の、文字通り結晶である。その技術を駆使したおしゃぶりは、生まれて来た命への祝福と、前途ある知が明るく照らされるようと祈りを込められて作られた物だ。
「まぁ、それが望まれたものであればどんなものでもお作りしますけどね」
そう、男が独りごちると、まるでそれが合図であったかのように、おしゃぶりを分析していたモニターの音がやんだ。
モニターは四つの円グラフと二つの折れ線グラフ、そして一つの解析結果の文章を照らし出す。それら全ては緑の淡い発光に彩られていた。
「さて、完成だ」
モニターの支えを失ったおしゃぶりが、ポトリと重力の法則に従い、男の右手がそれを遮った。白衣のポケットから、赤子が口にする部分の既製のシリコンカバーを取りだし、被せる。
正真正銘の完成である。
「ところで、こいつはいつの時代の夢なのかな」
男は、自らの掲げた『夢』が、誰によって、何時、思い描かれたものか、ふと気になった。
そのギラリと黒光りする様が、栄光を讃える文章に反して、ひどく醜悪なものに見えたからだった。
「これ、何時の?」
そう、男が声を上げると、先ほどの文章を浮かび上がらせていたモニターが、新たに光る。
文字の奔流があふれ、そして止まる。
文庫本を支えるモニターが示したのは奥付だった。
そこには2024年発行と在る。
2024年にこの夢は描かれたということだ。その夢を描いた男が、成し遂げられそうにない希望を、未だ来ていない時に託した文章。
それを、今、この白衣の男は現実の形として生み出している。
夢で描かれた物。それを成しえる未来。それは白衣の男にとって過ぎ去りし時がとうに生み出すことを可能にした物であった。
2024年より、遙か先の未来。それが男の居る時だ。過去を見、描かれた夢を生み出す。それが男の仕事だった。
男の居る未来は遙か高みの技術を現実の物としていた。過去数多の虚構の中で生み出された、夢、空想、想像。そんな物達を余すことなく、生み出すことさえ可能な世界。登り詰めた科学が魔法へと進化を遂げた世界。
そんな世界で男は、男達は、夢を叶える仕事をしていた。
生まれながらに、飢えることを知らず、凍えることを知らず、病めることを知らず、老いることを知らず、そして、自由に死せることを知る彼らの使命はそこにあった。
魔法を成し遂げるまでにかかった時間。自らの足がゴールに届かぬと知りながら、いつの日かどこかの誰かが踏むであろう頂の為に研鑽を続けた人々の想い。その想いに応えることこそが、彼らの誇りであった。
過去、虚構として描かれた夢達。それが虚構などで終わらないということを証明してみせること。
男達が行っていることはまさにそれだった。
「ロイツさん」
男が、文庫本の作者の名前を口にした。
「正直、こんなおしゃぶり悪趣味だなぁと俺は、思うけどさ。ま、でも、こうして無事、形になったよ、あんたの想い描いたもんは。ちょっと遅くなっちゃったかもだけど」
そう言いながら、おしゃぶりをかかげて見せた。
文庫本を取り込んでいたモニターが、光を失うと、本が、男の手袋をはめた手に落ちる。
かかげたおしゃぶりを、文庫本にコツンと当てると、それぞれを白衣の左右のポケットにしまう。男の挙動に反応し、解析用のモニターも光を失った。
レーザー孔のある台座が、床へと音もなく潜っていく。
男は台座に背を向け、部屋を後にした。語られた夢と、象られた夢を、それぞれ左右の手に携えて。
彼の仕事は夢を叶える仕事。
最後の祭に際して、SFと言うより空想科学小説を書こうと思った。
このジャンルには、常に自己言及を続けるSFとは何ぞや、と言う命題があるが、過去のそれらの議論はここでは習わない。SFとはと言う明確な定義を引かずして独断を述べれば、SFと空想科学は違う。
SFと言うジャンルは空想科学を内包すると言う関係性にあると思う。
では、空想科学とは何か。
一言で言えば、「夢」であると思う。そこに夢が、前向きで心躍るような空想が繰り広げられているか。それが空想科学小説には欠かせない。
魔法を化学式に置き換えてもいい。ロボットが自我に目覚めてもいい。恒星系を飛び出した人類が新たな知性と出会っても構わない。でも、そこには夢が無ければいけない。そうでなくては空想科学小説ではない。
重ねて言うが、あくまで、私的な感覚として、だ。
逆に言えば、ネットワークを発達させた人類が、記憶や精神をネットワークに置き、身体と切り離したときに、ゴーストはどこ宿るのか。機械文明を発達させた先にある魂の欠落。と言った様な、ディストピア、翻って現代の大量生産資本主義批判みたいな物語は、優れた批評であり得、ギミックの妙によって読ませるハードなポリティカルSF足り得るかもしれないし、事実、僕も好んで読むが、やはりそれは空想科学ではない。
今回の拙作は「夢を形にする」と言う設定で夢を描いた。
文明の進歩、技術の進歩は、夢を、明日へ、未来へ、と、仮託する行為の連続で進んでると思う。
各々が、自らに出来る範囲で研鑽に努め、そして、出来なかった課題を次の世代へ託す。そうした、尊い営みの果ての技術。それがどのように活かされるのか。そこに、僕は夢を見た。
これまでの歴史が、明日の為に。明日が、これまでの歴史の為に。
そんな未来が来れば良いと、そして、逆説的ではあるが、それは望みさえすれば、夢として語ることさえすれば、いつか叶うはずである。そんな祈りをあとがきに変えて。
それでは、またいつかどこかのあとがきで。
「……またいつかどこかで……じゃねぇよ!!」
大声で叫ぶと、男は腰を下ろしていた椅子を蹴立てて立ち上がった。勢い、手にした本を、床に叩きつけようと手を大きく振りかぶった所で、男の挙動が止まる。
そのまま数秒。
そこに、静止した空気を破るかのように声が響いた。
「フレッドォ! お前わかってんだろうなぁ!? その資料になんかあったら、半年はただ働きだぞぉ」
自らの振り上げた手を忌々しげに見つめる男。眉間には深いシワが刻まれている。自らのやりたかったことと、今、自分に投げられた注意の言葉がせめぎ合って生み出された表情だった。
やがて、冷静な思考が激情を冷ます。
フレッドと呼ばれた男は、脇の作業台に文庫本を置くと、自ら蹴倒した椅子を起こし、そこに、ドカリと腰を下ろした。
未だ深く皺の刻まれた表情で、叩きつけてやりたい本を睨む。
紙の書籍なんて、確かに、小学校の時、社会科見学に行った中央美術館でガラス越しに見たきりだ。学術的、文化的価値そのものは高くないということだが、そうでもなければ、資料としてだって現物は提供されないだろう。
そもそも、金銭の多寡にかかわらず、クライアントからの預かり物だ。そのクライアントが変なやつであろうと、その預かり物の内容が癪に障るものだろうと、フレッドはそれを如何ともすることはできない。クライアントに依頼されたものを作る。それが、未来創造工房で働くフレッドの務めだからだ。
ありとあらゆる「未来」をお作りします。煉瓦地に、焼きごてで彩られた風で描かれた文字のホログラフは、この工房の仕事を雄弁に物語っている。工房長を筆頭とし、工員六名の小さな工房だ。
古今東西、ありとあらゆるフィクションや伝承の中に浮かび上がる、触れるものの心をかき立てる未来の造形物。それは、時に、空に夢を馳せた古代の人々が描く、人間を大地の鎖から解き放つ大鷲のような大きな翼や、自らの意識を1と0に変換しネットワークの大海を自由に泳ぐ装置などなど、人は未来に数多の夢を託してきた。
そういった「過去の未来」を、「未来である今」のテクノロジーで再現する。それが、未来創造堂、ひいてはそこの工員であるフレッドの生業だ。
そして、今、フレッドに課されたタスクは、ある好事家からの依頼。二十一世紀に書かれた無名な作家のSF作品の再現してくれというものだった。
「いやぁ、この作中に描かれている世界観とおたくの工房がマッチしてねぇ」とは、嫌味に肥えたその好事家の言だが、なにはともあれ、クライアントの資料に目を通してみたところで、先ほどの怒りにつながったのだ。
兎にも角にも、フレッドは、このSF作品、ひいてはそれを書いた作者が気に食わなかった。作者の言葉を借りれば、空想科学小説らしいが、知ったことではない。
話の骨子は単純だ。技術を極め、生命維持としての生産活動に重きを置かなくても良いくらいに発達した文明を持つに至った人々が、その技術を駆使し、過去、未来として想像された産物を形にしていくという流れである。
確かに、やってることは、ウチの仕事と似ているかもしれない、とフレッドも思った。
しかし、その動機が、この作家の思い描いた、ないしは望んだのかもしれない、空想の未来と、フレッドでは大きく異なる。
なぜ、役に立ちやしない、趣味の悪いおしゃぶりなんぞを作らねばならないのか。そんなものは、それがクライアントの依頼だからで、なんでクライアントの依頼をこなすからと言われれば、報酬をいただけるからなわけで、つまりは仕事だからだ。
当然、テクノロジーと社会システムの構築が高度な次元でなされてる今時、なんの労働もしなかったところで、空腹や寒さや肺炎程度で死ぬことなんてありはしない。飯も電気も機械生産だ。しかし、高度な社会には高度な経済システムが存在し、価値を生み出し経済に参加しなければ、文明生活の恩恵は享受できない。
しかも一次産業みたいなことはすべて機械が行うのだ。肉体と時間を切り売りするだけでは、固有な価値なんてものは生み出せない。金を払うに値するのは「革新」と「創造」と「情動満足」だけだ。
なんてことはない。古くはブルジョアジー達に雇われたプロレタリアな人々が慎ましく労働に準じた様に、今のフレッドも、労働をしてお金を稼いでるに過ぎない。
そうでなければ、航空力学の「こ」の字も知らないどっかの狩猟民族が、壁画で描いたようなへんちくりんな翼を、予算の関係上、反重力装置無しで、むりくり人間を飛ばせる代物にするために残業などしたりはしない。ましてや、どんなレトロなアニメーションで見たんだか知らないが、法律で禁じられてる反物質を利用した兵器を作れなんて言ってくる馬鹿な客の相手をして、胃痛を覚えることなど。
そんな日々を、文明人の矜持なんていう、それこそ絵空事で済まされたんではたまったもんではない。
大体、この作家自体が気に食わない。あとがきで悦に入ってる所なんか、特にだ。小説なんてせいぜい掌編程度の分量の癖に、長々とあとがきを垂れ流すなんて、語るに落ちている事がわからないんだろうか。
そんな語りたいことがあるんなら、それを物語に変えて、小説の中に盛り込むのが小説家って生き物では無いのか。
「おらぁ、フレッド、手が止まってんじゃねぇのか!!」
突如、苛立ちの赴くままに物思いにふけっていたフレッドの意識を、ドスの利いた声が叩いた。
工房長の一声だ。
条件反射がフレッドの全身を奮い起こす。
そうだ、こんな、未来を読み違えるような三流SF作家になど、腹を立てては居られない。誰になんと言われようと、自分の仕事をこなすまでだ、とフレッドは気持ちを切り替えた。
クライアントからもらった資料の束をデスクに仕舞うと、本だけを手にして作業場に足を向ける。
作用場に降りる階段に片足を掛けた時、フレッドは、自らの思いつきを声に出してみることにした。
「親方ぁ! TCNCをレーザー塑型する機械買ってくださいよぉ!!」
姿を見せない親方に、大きな声で呼びかける。その表情には意地の悪い笑みが浮かんでいた。
刹那、声なき返事は、高速で飛んでくるスパナに姿を変えてフレッドを襲う。
「うひぇあ!!」
フレッドは慌てて振り返ると、急いで階段を駆け下りる。
靴底に薄い鋼板の入った安全作業靴が、金属の階段を叩くガンガンと言う音が響き、一瞬後にひときわ大きな音が重なる。親方のスパナの投擲は正確無比だ。
そのけたたましい音に尻を叩かれるように、フレッドはその場から身を翻した。
親方の怒りを避け、自身の作業スペースに戻ったフレッドは、再び資料を開く。
「誇り、か」
フレッドは自身の仕事に誇りを持っている。親方や先輩たちの業を尊敬している。
形は違うが、誇りなら確かにここにある。絵空事の中の人間達がどう生きようとも関係ない。俺は自分の腕と誇りに掛けて、誰かが何時の日か語った夢を象ってみせる。それが例え、いけ好かない金持ちの為だったとしても、この思いと出来上がった夢だけは本物だ。
「馬鹿が馬鹿なことを考える暇があるなら、手ぇ動かせ」
階上から野太い声が降って来た。
「かなわねぇな。全部お見通しかよ」
そうだ、手を動かそう。フレッドはそう自分を鼓舞した。
彼の仕事は夢を叶える仕事。