ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
東方凡人記:33話
「はぁっはっはぁっ」

ダッダッダッ。

俺は薄暗く長い、長い回廊をひたすらに走っていた。
後ろからは『ヤツ』がゆっくりと追いかけてきていた。

「私を虚仮にした事を死で償うが良い」

そう。見た目幼い吸血鬼、レミリア・スカーレットがそこには居た。
今、俺はこの吸血鬼に襲われていた。が、ずっと歩いているお陰で距離は離れるばかり。
余裕で逃げ出せると思いながら走るペースを速め、さらに距離を離した。いつしかレミリア・スカーレットの姿は見えなくなっていた。

安心したのもつかの間、突如正面に2つの妖しく赤く光る物が見えた。
あれは何だ、と用心しながらも回廊を進むと次第に人の姿が現れていた。

ソイツは紅い瞳でこちらを睨み、その手にはナイフが握られていた。
そのまま仁王立ちしていたかと思いきや瞬時に俺の目の前に移動して――


………


「うわあああああああっっ」

はぁ、はぁ。と荒い呼吸をしながら起き上がる。……何だ、今の夢は。

心臓がばくばくと脈打つ音が聴こえて来る。あぁ、ビビった。ひどい悪夢だった。
そこまで考えた時、先程までに置かれていた状況を思い出し警戒した。

悪夢というより正夢に近い気もするが……。

俺がいるのは以前紅魔館に訪れた時に泊めて貰った客室だった。
どうやらベッドに寝かされているみたいだ。気を失ってから俺はどうなったんだっけ。

死んだんだっけ? と、手を胸に当ててみる。緊張状態でバクバクと脈打っている。
間違いなく俺は生きているが、一体この状況は何なんだ。

このまま寝ていても何も分からないので起き上がろうとすると。

「いっっ!!!」

全身、主に脇腹から激しい痛みを感じベッドから転げ落ちた。
そしてどっさりと倒れた衝撃で声にならない悲鳴を上げた。

「~~~~っっ!!」

呼吸をする度痛む。よく見れば俺が着ている服の下には包帯やら何やらが色々と巻かれていた。
前回みたいにパンツ一丁では無いのが救いだが、これは本当にどういう状況なんだ。
倒れたまま懐を弄った。札は……有った。念のために札に霊力を込めながらゆっくりと立ち上がった。

「起きられましたか」

ドアの方から聞こえてくる声に震え上がる。気がつけば目の前に紅魔館のメイド長が居るではないか。
先程の悪夢も相俟って恐怖もひとしおだった。
痛む体に鞭打って構え、札を相手に向け威嚇する。満身創痍であるのは誰から見ても確実だが俺の精一杯の抵抗だった。

「安心してください。もう攻撃するつもりはありません」
「……え?」

だけど予想に反して相手は戦意など全くないようで。
俺の気絶している間に何があったのか全く知る由もないので訊いてみる。

「どういう事ですか」
「全てはお嬢様の遊びでしたのよ」
「そうですか」

………遊び?

「ってどういう訳じゃおらぁ!! っ……痛っ」

怒号した瞬間全身に電流が走ったかの如く痛む。

「無理をなさらないで下さい」
「お前らが原因だろうがっ!」

冗談の訳が、遊びの訳がないだろう。本当は何かを企んでいるんじゃないのか、こいつらは。
俺は警戒したまま構えを解かずに咲夜さんに札を向けたままでいた。

「その物騒な物を仕舞って下さいませんか」
「信用出来ません」

すると仕方がありませんね、と呟く彼女。
やる気か、やはり。俺は即座に霊力を込めていた札から霊弾を射出しようとした。

……

……が、出ない。

不発かッ!?と思い握っている札を見るとそこにはある筈の札が無かった。
馬鹿な、俺は確かに札を握って―――。

はっとして咲夜さんの方を見ると、手に札を持ってヒラヒラさせていた。

「そんなバナナ」

何時の間に奪い取ったんだ。時を止めて? それは無い、俺に触れる事はできない筈。何故なら触れた瞬間に俺の時間が動き出すから。

札だけ引き抜いた? それも無い。俺はしっかりと握っていたし。
もし札だけの時間を元通りにしても時間停止して握り締められている手から引き抜こうとしたら千切れてしまう。

『全てはお嬢様の遊びでしたのよ』

頭に先程告げた彼女の言葉が再生された。……まさか。

「これはお返しします」

咲夜さんは呆然と立ち尽くし力無く垂れている俺の手を持ち上げ札を握らせた。

「お嬢様の所に参ります、着いて来て下さい」

昨日あった事の全てを説明するのだろうか。返事をせずに首だけを縦に振って着いていった。


☆☆☆☆☆


「大丈夫ですか? 肩をお貸ししましょうか」
「結構です」

先導している咲夜さんが振り向き、言った。何を考えているのかよく判らない今あまり彼女には近付きたくなかった。
肩を借りた瞬間にナイフで突き刺す、って事はまずないだろうけれども。
それでもやはり怖かったのと、俺は少し意地になって拗ねていた。

咲夜さんは本当の意味で本気を出していない。先程の出来事からすると彼女の時を操る能力に、そんな制限なんて無かったのだろう。

わざと俺に勝たせた? でも、何の目的があってか判らない。
元より彼女に敵うとは思っていなかったがそれでも悔しかった。……まぁ、俺も男の子である。
気がつくとレミリアさんの部屋の前に立っていたようで、俺はノックもせずに乱暴にドアを開けた。

「遅かったじゃない」

すると前にここに来た時の同じ様にレミリアさんが座っていたわけで。
苛立ちながらも恐れつつ、という不安定な心持で俺は言葉を放った。

「どういう事ですか」
「どういう事、とは?」
「昨夜の件です」
「咲夜?」

レミリアさんは俺の後ろに佇むメイド長を指さした。

「茶化さないで下さい」

かなりイラッとしたが相手のペースに飲まれてはいけないと考え冷静になった。

「せっかちな男は紳士にはなれないわよ」
「おいおい、幻想郷の紳士の代表格に何を言う」
「……」

ジト眼で俺を見るレミリアさん。一先ず相手のペースは崩れた。しめたとばかりに話題を戻す。

「咲夜さんが遊び、と言っていましたがどういう事なんですか」
「あぁ、あれね」

あれねっておい。俺にとっては一生トラウマに成りかねない事件だぞ。

「ただの遊びよ。予想以上に愉しめたわ」
「ちょっと待てコラ」

今にも掴みかからんとする俺を後ろから咲夜さんが制する。
何時もだったら「Oh! 美人さんに掴まれてる!」とか考えていただろうが今はそんな余裕は無かった。

「全く。ちゃんと説明するわよ」

俺は黙って相手の口から続きの言葉が発せられるのを待った。

「最初から殺す気なんて無かったのよ」
「嘘つくなコラ」

咲夜さんに掴まれた体勢のまま飛び掛ろうとしたがそのまま抑えられる。更にずきっと傷が痛む。いてぇ。

「私も最初はそこまで痛めつけようとは思わなかったわ」
「館で壁を破壊したり大暴れしたからですか」
「違うわよ」
「……はい?」

じゃあ何故、と言おうとしたが相手が先に告げた。

「思ったより頑丈だったから」
「ざっけんな」

やはり一度は殴った方が良いだろう。

「それにフランの件で私が怒って咲夜を仕向けたと思っているんでしょうけど」
「違うんですか」
「違うわよ。少しは腹が立ったけどそこまで狭量じゃないわ」

……全然理解できない。ならば俺を襲った理由は一体何だと言うんだ。襲われ損か? 襲われ損なのか?

「リュート、貴方は少し妖怪を、紅魔を嘗めている。だから私が教えてやろうと思ったのよ」
「はぁ?」
「最初私と対峙した時に畏れが全く無かったし。そんな調子だと幻想郷では更に苦労する事になる、と思って教育してあげたのよ」

感謝しなさいと続けるレミリアさん。俺は納得いかねえぞ。しかも教育て。

「でしたらそもそも咲夜さんを仕向けなくてもレミリアさんが少し脅かせば良かったんじゃないんですか」

しかもこんな怪我したんだぞ、おい。

「そこはホラ、愉しまなきゃ損じゃない」
「俺は損しまくったよ!!!」

殴られ損のくたびれ儲けだよこの女郎。

「いいじゃない。ケガだってパチェに頼んで治して貰ったし」

パチェ……? パチュリーさんの事か。図書館で未だ分厚い本を読んでいる姿が浮かび上がった。

「つまり僕に妖怪の認識を改めさせる為にやったと」
「そういう事よ」

ならばフランドールも仕掛け人であったのだろうか。だけれどもあの振る舞いは演技には見えなかった。
それを言えば咲夜さんとレミリアさんの殺気も演技とは思えなかったが……。

考えていても埒が明かないので問い掛ける事にした。

「じゃあフランドールもこの事を知っていたんですか」
「それなのよ」

どれなのよ。ツッコミを入れたかったが黙って聞いていた。

「私はただ幻想郷で浮かれているバカに教えてやろうとしただけだったけど」

一々一言多いんだよ。

「思いもよらぬ誤算が出てきたのよ」
「誤算……ですか」
「ええ。それも良い方の」

更に続ける。

「紅霧異変を起こした時。霊夢と魔理沙がウチに異変解決に来て、
それから彼女達がフランと弾幕ごっこをしてからフランは比較的落ち着いていたわ」

紅霧異変ってなんだ。と疑問に思ったが話のペースを崩すのもアレだったので黙って頷いて知っているふりをする。

「でもフランに後もう少し刺激が欲しかった」
「そこで僕がちょうど紅魔館に迷い込んで来たと」
「最初は適当に一日を過ごさせて帰すつもりだったわ。だけど……」
「僕の運命を見て考えを変えたと」
「ええ。まさかフランの居る地下室に自分から向かう馬鹿がいるとは思わないでしょう」
「……」

その馬鹿については反論出来ない。自覚してるし。

「そしてフランは予想外にリュートに懐いたのよ」
「僕に……ですか」
「ええ」
「新しい玩具が出来た、ではなくて?」
「どちらでも構わないわ」

俺が構うんだよ。

「それでフランがリュートと遊びたい、と駄々をこね始めた時に思いついたわ」
「今回の件を?」
「そう。リュートには妖怪の事をもっと畏れてもらう必要があった。
それこそフラン相手に間違った立ち回りをしない様に」
「成る程……」

それも妹への愛故に、という訳だったのか。
迷惑も甚だしいぞ畜生!と叫びたかったが空気を呼んだ。俺偉い。

んで、気になった答がまだ出ていなのですが。

「それで誤算というのは」
「そうね。私の計画の打ち合わせを咲夜とした時の事よ」



……

………

『死なない程度にガンガンナイフを投げまくって頂戴』
『本当にそこまでして宜しいのでしょうか』
『ええ。フランと弾幕ごっこをして結果はどうあれ生き残った奴よ、過激にやっても構わないわ。……でも途中で私に見せ場を作りなさい! いいわね』
『……わかりました、お嬢様』
『フランにバレない様にね。では次にリュートが来た時に愉しく遊びましょう』

………

「と、あの時に最後に言った台詞だけをフランが盗み聞きしていたみたいなのよ」
「……それで?」
「自分だけのけ者にされてると思って私に突撃したという訳よ」

そしてあの時にフランと弾幕ごっこをして和解出来たわ、と満足気味に語ったレミリアさん。

「……オチは何処ですか」
「オチたじゃない」

そこまで意味深に引っ張ってオチがそれか!? あぁん、こら!!

「だったら僕があの時言った様に最初からそうしていれば……」
「それじゃあ駄目だったのよ」
「どうしてですか」
「とにかく。運命を変えてくれたのはリュートだったって事よ」

やはりよく理解できない。レミリアさんは自分から動いてはいけない運命だったのか。
彼女の能力で何かが見えていたのか。

「フランには、いいえ。私達姉妹には最後の一押しが必要だったのよ」

ありがとう。と言うとレミリアさんは頭を下げた。
あのプライドの高いレミリアさんが礼を言って頭を下げたのだ。

俺はしばらく驚きのあまり硬直した。同時に昨夜の事が脳裏に浮かんでいた――。

レミリアさんに担架を切った時の事を思い出す。フランドールから逃げている、と言い放った時。

何を言うか。お前は散々『外』で色々な物から逃げて来ただろう。
あれはつまらない、これは嫌だと。レミリアさんは寧ろ彼女なりにフランドールと向き合っていた筈だ。

それなのに。これじゃあ本当に『偽善者』じゃねぇか――。

ギュッと悔しさから強く手を握り締めた。情けなさで涙が滲み出てくる。

するとポン、と肩辺りに何か感触が。俺の心中を察してか咲夜さんが微笑みながら、慰める様に肩に優しく手を置いていた。

「振りかざす『偽善』の方がマシ、じゃあなかったのですか」

何で貴女は一々俺の考えている事が解るんだ。
非常につっこみたい事この上無かったが今はその言葉が非常に有り難かった。俺はゴシゴシと少し出ていた涙を袖で乱暴に拭いた。

「咲夜さん」
「何でしょうか」

あの時気になっていた事を尋ねる。

「貴女はレミリアさんに『死ね』と命令されたら本当に従うんですか」
「全ての命令に従うのが忠誠ではありません、主と向かい合うのが忠誠だと私は心得ています」

それが完全で瀟洒なメイドの勤めですから、と。その言葉に感心したのかレミリアさんは目を閉じてゆっくりと首を縦に振っていた。

やはり俺が口出しするまでもなく皆強かったのだ。ただ単に殴り合いや弾幕ごっこの強さではない。心の……。
俺だけ逃げてばかりはいられない。やはり外に帰らねば。

「良い勉強になりました。有難うございます」

……脇腹の痛みを感じる度やり過ぎだろうと思わざるを得ないが。

「せいぜいこれからは気をつける事ね」
「はい」
「でもまたすぐに調子に乗るんでしょうけど」
「……否定はできませんけど」

やれやれ、と言わんばかりの顔のレミリアさんである。

とりあえずこの件は解決、という事でよろしいのだろうか。ともかく一旦人里に戻らないと。
ふと、今何時頃かなと窓を覗いた。……暗い。どうやら俺は丸一日寝てたみたいだ。

「っと。俺、丸一日も寝てたんですねぇ。外がもうこんなに暗いや」
「丸一日?」

首を傾げるレミリアさん。こういう仕草を見ると可愛らしい子供にしか見えない。

「咲夜、リュートが気絶してから何日経ったかしら」
「ええと……確か今日で三日かと」

えぇ。俺ってば三日間も……。あれ? 三日……。

「三日……?」

ええと……三日といえば……。

「三日……みっ……!?」
「どうしたのよ」
「どうしましたか」

三日、三日と呟く俺をどうした、と見つめる二人。

「ああああああああああ!!!!!!」

紅魔館をつんざく俺の声。
三日ってタイムリミットじゃねぇか!

「リュート、起きたの?!」

次に嬉しそうな声でこの部屋に飛び込むフランドール。
紅魔館の中を自由に出入りして良い事になったのだろうか。

でも今は……

「フラン! 悪いが今お前の相手をしている暇はないッッッ!!」

一言告げると全速力で紅魔館を出ようと走り出した。

「あっ、リュート! ……行っちゃった」

遊び相手が、と呟くフランドール。

「一体どうしたのでしょうか」
「フランは何か知ってる?」
「そういえば……『外に帰る』って言ってた」
「外……ねぇ」

窓から全速力で走り抜ける俺を見下ろしてニヤ、と笑う紅魔館の領主。

「もう遊びに来ないのかな」
「どうかしらね」

☆☆☆☆☆

「うおおおおおっっ」

ずざざざざざぁっ! と激しく足を動かせながら紅魔館の門から出る。

「リュートさんっ!?」

美鈴さんが驚いた表情で俺に声をかけてきているが応対している暇すらない。

神社はあっちかッ! ずざぁっと足を止めてブレーキ。そのまま方向転換しそのまま博霊神社へ行く為森の中に入る。

ザザザザザッと草を掻き分け木々を避け、ちょっかいかけてくる妖精を弾幕で追い払う。
あぁ虫ケラが! こういう時に限って邪魔しにきやがる!!
小さい光弾をかわしつつひたすらに博霊神社へ向かって走る、走る。

そのまま走り続けていると……湖が前方に見えた。霧の湖だ!
湖に何故か点々と浮いている大小様々な氷が目に入る。何でこの季節に氷……。
何だっていい、今の俺にゃ有り難い! これを足場にしてショートカットをすれば!
意を決して俺は氷の上をたん、たんと素早く跳び移り湖の上を真っ直ぐ進んだ。

「ふん、ふん!」

これは意外とバランス感覚が必要……!

「うぉっとととと」

体勢を崩しよろけながらも次の足場の氷へ跳び移る。

ばぎっ!!

しまった、氷にヒビが! ダメだ、このままじゃ湖に落下しちまう――。
そう思った時、近くに一際大きい氷の足場を発見した。よっしゃと大きく跳躍し、着地にせいこ――「むぎゅっっ」う?

直後足元に変な感触を感じてそこを見やると。

「ふいうち……とは……やるようになった、じゃない……」

最強で天才の妖精がそこには居た。どうやら思いきり踏み付けてしまったみたいだった。

「大丈夫か!?」
「あたいは……ここまでよ」

がくっ、と眼を閉じて倒れ伏した。

「チルノォォォーー!」

お前の犠牲は無駄にはしないッ! 俺は溢れ出る涙を堪えながら先へ進んだ。



……

………

ようやく陸地に降りると俺は再び走り始め、また森の中へ。すると今度は前方に何やら暗い影が――。

「チィッ、妖怪かっ!?」

今は一分一秒争っている時間は無いのに、と札を取り出す。札に光の属性が込められ、明るく輝いた。
この便利な目眩ましを喰らえぃ! 暗い影に近付き、札を翳す。

「閃光『フラッシ……「あ、リュートなのだー」え?」

眼前にいる妖怪はつい最近友達になったルーミアで……その。
もう振り上げた札が止まりません。バシュッッと凄まじく眩しい光が札から放たれた。

「眼が、眼がぁぁぁぁ」
「わ、悪ぃ! わざとじゃねえから!」

ルーミアにリアルバルスをしてしまった。目の辺りを手で抑えながらあちらへこちらへよろよろと歩き回るルーミアに一言謝り、即座にまた全速前進。

また尊い犠牲者が。チルノ、ルーミア。お前達の事は忘れないぞ――。
無理矢理感動で締めようともうヤケクソである。



☆☆☆☆☆



「死ぬっ……ひぃ、肺が限界……」

走りすぎて息を吐く毎に血の味がする。すげぇ苦しい。脇腹は更に痛んでくるしふくらはぎも限界。
だが、着いたのだ博霊神社に。どさぁっと鳥居の近くで大の字に倒れこんだ。
目を瞑り大きく深呼吸……あぁ、走りすぎてあんまり空気が吸えん。
ぜーはーとしばらく眠る様に休憩し、呼吸を整える。

(そろそろ立ち上がって紫さんを探さないと)

そう考え、瞼を開けた。

「こんばんは」
「こんばん……わぁっっ!!」

倒れこんでいる俺を覗き込みながら誰かが挨拶をしてきたので咄嗟に驚きながら返事。
転がり込んで距離を離すと条件反射で札を握り締めた。

「あら、弾幕ごっこがお望みかしら」
「滅相もない」

絶対にやらんぞ俺は。
暗がりで相手が良く見えない。俺は目を細めて相手をしっかりと見据えた。

「……何だ、紫さんか」
「何だ、とは失礼ね」
「すみません。色々あり過ぎましたので」

ふぅ、と溜息を吐きながら札を仕舞う。

紫さんの方を見ると扇子を片手に持ってスキマに腰掛けていた。やっぱり便利な能力ですこと。
とか羨んでいると紫さんは俺の頭の先っぽからつま先までジロジロと見始めた。
何だ、俺は視られ続けて快感を感じる変態ではないぞ――とか思った矢先。

ゴーンッ

「んがっ!!」

またタライが降ってきた。

「な、何故タライが……?」
「その変なことを考える癖は直しておきなさい」

幻想郷の連中は読心術を心得ているのか。本当に。

「ギリギリセーフって所ね」
「え?」

ギリギリセーフって何だ。

「今の貴方、どれ位妖怪に近いか判る?」
「えっと……2分の1くらい?」

幻想郷にもいる所謂半妖ってヤツ。とか考えていたのだが。

「いいえ。大体8分の7くらいね」
「はちぶんのななッ?!」

それって最早ほぼ妖怪じゃん! 早く帰して貰わないと本当に妖怪にになっちまうぞ!?

「紫さん早く俺を外に! ハリー! ハリー!! ハリー!!!」

すると黙って俺に向けて扇子をふっと振り下ろす。……タライか!?

ヒュッと軽く横にステップ。

すると俺の立ち位置にゴーン、と音を立てながら落下するタライ。
はん。3度当たる俺じゃあないぜ! と、どや顔で相手を見ていると。

ごいんっ

「ぶっ!!」

落ちてきたのは1つじゃなかったようで。

「少しは落ち着いたかしら」
「……はい」

頭の中でタライがぶつかる音が延々とリピートされていますがね。
ていうかタライってえらい古臭い。この人はドリフから時代が動いていないのか……?

とか思考していたら青筋を浮かべながら笑顔でこっちを見ている紫さんが居たので俺はすぐに目を逸らして脳内で前言撤回した。

すると数秒後、重い空気の中紫さんが口を開いた。

「貴方を外に帰すのは私の仕事では無いわ」

え? じゃあ誰がするんですか。と返そうとしたら神社の母屋から歩いてくる人影がひとつ。

「あれは……霊夢?」

縁起の良い紅白、特に丸出しの肩が特徴の巫女服で直ぐ判った。

「そう。外来人を外に帰すのは博霊の巫女の仕事」

ざっざっとゆっくり歩いてくる霊夢。そして俺達の前に立ち、一言。

「面倒臭い」

紫さんは苦笑いし俺は盛大にずっこけた。

「ってリュートさんじゃない。こんばんは」
「……こんばんは」

俺はうつ伏せに寝たまま顔を上げて挨拶した。

「それじゃあリュート。霊夢が結界を一箇所一時的に開けるからここから鳥居をくぐって真っ直ぐ進みなさい」
「紫がやればいいじゃない」
「どうやら霊夢は全くノリ気じゃないみたいですけど」

その年からそんな物臭でどうするんだお前は。実際の年齢は知らないけれど。

パッパッと砂を払いながら立ち上がる。
すると紫さんが俺の近くまで寄り、耳打ちした。

「……本当にそんなんで了承してくれるんでしょうか」
「大丈夫、試してみなさい」
「?」

疑問符を頭に浮かべながら俺を見る霊夢を横目に、
俺はがま口財布を取り出して賽銭箱に向かい残り全部をそれにぶちまけた。

現代に幻想郷(ここ)のお金なんて必要ないし。そしてそのまま紫さんの居る所に戻るとガッシリと両肩を霊夢に掴まれた。

「協力するわリュートさん」
「あ、そう……」

俺はこの一件で金の重大さを思い知らされた。本当に博霊の巫女はこれでいいのか。と言う想いを込めた視線を紫さんに送るが逸らされる。

「それじゃ、さっき紫が言った様に鳥居をくぐって真っ直ぐ進みなさい」
「は~い……」

片腕をぐ~るぐ~る回しながらやるわよー! と気合を入れる霊夢。もう、本当に何なんだこいつ。

しかし、もう幻想郷ともお別れか。すーっと澄んだ空気を思い切り吸う。
甲子園までたどり着いた高校球児が土をつめるならば俺は空気を肺に思い切りつめよう。
ぶはぁーっと吐き出す。あ、しまった。全部吐き出しちゃった。

「早く行きなさい」

紫さんにビシッとケツを日傘で殴られて押し出される。地味に痛かった。

「はい。二人ともさようなら」
「ええ、さようなら」

紫さんはいつもの調子で、そして霊夢は何やら集中していた。結界を開くのに力を使っているのだろう。

俺は頭を下げると走り出した。鳥居をくぐり、そのまま真っ直ぐ、真っ直ぐ。
本当にここから真っ直ぐ走って帰れんのか……? と疑い始めた時、急に辺りが明るくなり始めた。

「うぉっ!! なんじゃこりゃ!」

何も無い、ただ白い空間が広がった。何コレ怖い。

だが真っ直ぐだ、真っ直ぐ――。
俺は言われた通りにただ真っ直ぐ突き進んだ。振り上げた手も白色の光に包まれ、次第に確認するのも困難になってきた。

うわっ。すぐ目の前にある手足も見えねぇ、なんじゃこりゃ。
するとそのまま俺の視界は白色の世界に染まった。







-----------------おまけ-------------------

「はぁっはっはぁっ」

ダッダッダッ。

俺は薄暗く長い、長い回廊をひたすらに走っていた。
後ろからは『ヤツら』が列を成して追いかけてきていた。

変な『罪』と書かれたフェイスマスクをして全裸で追いかけてくる(股間はバラ補正がかかってて見えない、というか見たくない)謎の集団。

何だ、こいつらは。俺に何をする気だ。それに何より――。


『ゆかゆかーゆかりんゆかりゆかゆか!』
『ゆかりん! ゆかりん!』
『ゆかりんりんりん!!』


こいつらの歌っているこの電波ソングは何だ!!!!


「くるなッ!!」

札からレーザーを射出し、数多もの謎の連中を吹き飛ばす。

『かっわいいよっ! かっわいいよっ!!』
『ゆっかりーんりーん!!』

直ぐに立ち上がるとまた追いかけてくる。何でダメージ無いの!?
恐ろしくなった俺はまた全速力で走り出した。

……

後ろを見ると『ヤツら』はいなくなっていた。

どうやら巻くことが出来た様だ……。と安堵の溜息を吐くと今度は目の前に人影が。
誰かが立っている。

俺は警戒し、いつでも札から霊力を放てるように構えながら近付いた。

「……紫さん?」

そう。日傘を差して佇んでいる紫さんがそこにはいた。
俺の声を聞くとこちらの方へゆっくりと向いた。

俺は奇妙な連中が列を成して追いかけてきている、と言う事を告げる。

「変な連中が追いかけてきてるんですよ! 早く逃げないと!」
「そうね」
「いや、そうねって……ッ!!」

突如、俺の付近にスキマが現れた。
呆気に取られた俺はそのままスキマに捕らわれ身動きが出来なくなる。

「な、何をっ……!」
「リュート、貴方も罪袋の一員に成るのよ」
「罪袋っ!?」

ばっと紫さんが扇子で指し示した方を見る。

『少女臭がっ! 少女臭がっ!』

また連中が奇声を発しながらこちらへ向かってきていた。
その一人の右手には誰かが被るであろう、『罪』と書かれていたフェイスマスクが握られていた……。

「嫌だーーっ! やめてくれっ!! 助けてくれぇぇぇっ」

そのまま『少女臭が! 少女臭が! 浄土宗が!』という電波BGMを聴きながら俺の意識は深い闇へと葬られた――。


……

「はっ!?」

ズバッと布団を跳ね除けて起き上がる。

「……夢か」

それにしてもヒドい悪夢だった。
……全く、夢ってのはしょっちゅう意味の解らん展開になってしまう。
一体、ここは何処で誰のお宅なんだろう。俺は先程までレミリアさんに襲われていたハズだが……。

見たことの無い部屋に少し戸惑う。とにかく此処の家主に色々とたずねてみよう。

ダンッと戸を開けると俺の鼻腔をいい匂いがくすぐった。
これは、この匂いは。

幻想郷に来て全く食していない俺の、いや、万人の好物であるあの匂い――。

カレー臭だ!!

俺が脳内で声を発すると同時に隣の部屋の戸が開く音がした。
そちらの方を見やると紫さんが居た。どうやら寝起きらしい。
ここは彼女の家なのだろうか。と考えたがそれよりも俺は別の事に気をとられていた。

今ここの台所で作られているであろうカレーの事に。

「紫さん、すごいカレー臭しますよ!」

……と言うと狂気の表情を浮かべて日傘を振り上げる紫さんの姿が見えた。
俺の意識はメメタァ! という音声と共にそこで途切れた。
おまけの無理矢理感が異常!

今回は早めに投稿できました。
最近は暇がかなり出来ていたので誤字脱字の加筆修正も全話にできましたし。
……それでもヒドい誤字が更に生まれているのを見て軽く凹みましたけど。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。