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光と闇の境界線
作:鷹槻れん



-1-


 先の満月の晩、パティスはブレイズと一緒(とも)に生きていこうと決意してここ――ブレイズの館――を訪れた。

 パティスがブレイズと初めて出会ったのは、彼女が十二歳のとき。
 その頃のパティスは、父の再婚という現実から逃げ出したくて家族との間に壁を作っていた。
 家出も、そんな折に二人――父と義母――を困らせたくて実行したことだ。
 表向きは義母を追い出してやるためだと自負していた。でも本当は父の再婚によって今まで築いてきた己の居場所がなくなるのではないかという恐怖と、自分がそのポジションを追われることで亡き母への思いまでもが奪われてしまうのではないかという危惧にとらわれてのことだ。
 でも、パティスには分かっていた。
 本当は、自分が新しく来た母に甘えたかったのだということが。
 年の割にしっかりした女の子。仕事以外の面では思いっきり頼りない父を、何不自由なくサポートすることが出来る少女。
 そういう仮面を脱ぎ捨てて、年相応の子供として大人に甘えてみたかった。
 でも、そうしてしまうと亡くなった母はどうなってしまうのだろう?
 父は、義母を受け入れることで母のことを思い出の中の人として整理してしまったように思えた。
 この上パティスまで義母を母として認めてしまったら、鬼籍の母はどう感じるだろう。
 誰も母のことを思い出さなくなってしまったら、それはすごく哀しいことなのではないだろうか。自分だったらそんなの耐えられない。
 そう思うと、どうしても素直になれなかった。
 せめて自分だけは母がこの世に存在していたのだということを誇示しなくては。
 そう思って頑張っていたのだ。
 ブレイズは、そんなパティスの揺れる心を的確に読み取り、そうして背中を押してくれた。
 パティス一人が頑張る必要はないのだ、と。
 誰かに甘えたいときには甘えていいし、亡き母を恋い慕う気持ちは忘れなくてもいいのだ、と。
 新しい母が来たからと言って、死んだ母親の存在が消えるわけではない。
 大切な人は、自分がそれと忘れなければ、いつでも傍に居てくれる。
 生きている自分たちが、何かの折にその人のことを思い出してあげられたなら、それでいいんじゃないか?
 言葉にしてはっきり告げられたわけではなかったけれど、パティスはブレイズがそう言ってくれているように感じた。

 十年前のあの日、逃避行の地として、偶然にもブレイズがいるこの町を選んだこと。そうしてブレイズに出会えたこと。それはパティスにとって一生の宝物だったと思う。
 あのとき、パティスがブレイズと共に過ごした期間はほんの一瞬だったけれど、それはパティスが彼に心奪われるには十分過ぎる時間だった。
 寂しい目をした、素直じゃない吸血鬼。
 その彼の、不器用だけど精一杯の愛情が、パティスにはとても心地よかった。
 成長したら必ずブレイズの元へ戻ってくると約束して彼と別れた時点で、パティスは大きくなったら必ずここへ戻ってこようと決意していたのだ。
 何年経とうとそれは変わらない思いで――。
 だからこそ、約束通りパティスはブレイズのところへ帰ってきたのだ。
 ブレイズも、あのときの言葉を忘れずパティスのことを待っていてくれた。
 それが凄く嬉しかった。
 少女から大人へと成長し、一人のレディへと変貌を遂げた自分ならば、ブレイズの横に立っても大丈夫だと思えた。
 もう子供扱いされて頭を撫でられたりからかわれたりすることなく、彼の横にいられる。
 十年ぶりに彼の腕に包まれたとき、ブレイズがちょっと戸惑う素振りを見せたことが、パティスにはこの上なく嬉しかった。
 普通の恋人同士のようにブレイズと共に過ごしていくこと。
 それがパティスにとって、唯一無二の願い。
 それなのに――。

 はっきり言ってパティスは怒っていた。
 どうしてブレイズはキスすらしてくれないのだろう?
 十年ぶりに再会したあの晩以来、彼は抱きしめてくれることはおろか、手だって握ってくれない。
 いや、きっと、髪の毛一本にだって触れられてはいないはずだ。
 仮にも女性である自分からブレイズに触れるだなんてこと、恥ずかしくて出来ない。
 そんなことをしたらはしたない女の子だと思われてしまうかも知れないから。
 だから我慢しているのに――。
 ブレイズにとって、自分はどんな存在なのだろう?
「ブレイズの馬鹿……」
 ソファにパタリとうつぶせると、パティスは出口の見えない迷宮をさまよい始めた。












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