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栄光の未来へ

作者: 山田結貴

 とある町外れの研究所で、年老いた博士が世紀の大発明をひっそりと完成させた。

 その大発明とは、誰もが求めても作り上げることは叶わなかったタイムマシンのことであった。

「ようやく、私の念願が叶う日が来た。これで、長年の苦労が報われる」

 博士は己の偉業に感涙し、白衣の袖で目元を拭う。

 男泣きというのは格好がつく代物とは決して言い難いが、今までの苦労を考えれば泣いても仕方のないことである。

 それもあってか、博士の心はその涙に溢れた表情とは裏腹に狂喜乱舞していた。

「私は、この情けない現状をこの手で変えてみせる。この、タイムマシンでな。ふは、ふは、ふはははは!」

 博士が長い月日と多額の私財を犠牲にしてタイムマシンを作り上げたのは、自分の優れた知識をひけらかすためでも、自己満足のために色々な時代をのぞいてみたいなどというロマンに満ち溢れた理由からでもなかった。

 動機はもっと単純で明快。そう、博士は己が歩んできた人生そのものを変えてしまおうと目論んでいたのだ。

「私は生まれてこの方、神から与えられた才能を発揮する場を与えられずにずっと過ごしてきた。でも、これで運命は大きく変化する。今まで失敗してきた分を、私が自らの手で修正してやるのだ」

 タイムマシンで自身の人生の分岐点となった部分を修正し、よりよい方向に運命をプロデュースする。それは、なんと素晴らしい考えなのだろうか。

 周囲の研究仲間にその計画を話すたびに「運命を変えるだなんて馬鹿げたことを。そんな夢物語よりも、今から世間で役に立ちそうな研究でも始めた方がいい暮らしが望めるだろうよ」などと言われてきたが、昔から天邪鬼じみた気質を持っていた博士はその言葉でさらに研究意欲が燃え上がり、とうとうタイムマシンの完成にまでこぎつけた。

 己を信じ切っているだけに、その絶対的な自信は揺るがない。

 早速博士は、自身の人生において修正するべく箇所をまとめるために早速過去を振り返り始めた。

「大体、あの時W大学ではなくT大学に進学していればよかったのだ。そうしていれば、後々に取り組むこととなった私の研究にはもっと莫大な費用を提供され、予算不足にあえぐことなく研究を実らせることができたはず。それに、専攻した研究にも問題があった。あの時はやはり、ガソリンや天然ガスみたいな資源の代替となるエネルギーを作る研究ではなく、人間の命令に忠実に従う、優秀な召使いロボットを作る研究をすればよかった。そうしていれば、ライバルの研究者に出し抜かれることなく新たなエネルギーを生み出して、地位も名誉も獲得できていただろうに。あと、妻にする相手も誤った。今の妻は、私のことを貧乏博士と罵る悪妻だが、奴と出会う前からの仲だった、おしとやかな幼馴染を選んでいればよかったのだ。彼女だったらきっと、私の研究を陰ながら支えてくれたに違いない。あの時選択を誤っていなければ、今頃私は。いや、まだあるな……」

 後悔というものは、考えれば考えるほど込み上げてくるものらしい。しかし、これ以上例を挙げていてはきりがなくなってしまう。

 博士はいい加減なところで切り上げ、タイムマシンに飛び乗った。

 必要最低限なものだけを積み込み、自身を過去へと導くレバーを引く。

 「いざ、栄光の未来へ」

 今の博士の胸には、希望の二文字が燃え上がっていた。

 

 博士が向かったのは、自身が十八歳の頃の時代。場所は、博士が当時住んでいた家の近所にある公園であった。

 ちょうど、どの大学に進学すべきか悩んでいた時期。そう、若かりし博士はここで判断を誤り始めたのだ。

「私はいつも、悩んだ時はこの公園で気分転換をしていたものだ。多分、もうすぐ過去の私が現れる」

 この時期は毎日のように公園に足を運んでいたはず。だから、ここで待ち伏せていれば絶対に過去の自分に出会えるはずだと睨んだのだ。

「お、やっと来たな」

 入口の方から、悩ましい表情を浮かべた青年が歩いてくる。彼こそが、若き日の博士であった。

「うむ、私の計算に間違いはなかったようだ。うまく、私が一番悩んでいた時期に来ることができたようだな。さて、奴にこれから歩むべき道を教えてやるとするか」

 そして、若き日の博士がベンチに腰かけたのを見計らい、物陰からそっと飛び出した。

「そこの青年よ、ちょっといいかな」

「はあ」

 気のない返事をしながら、若き日の博士は顔を上げた。

「君は私を見て、何か思うところはないか」

「いえ、別に」

「む、そうか。ならば、聞いて驚くな。実は、私は未来の君なのだ」

「はあ」

 普通過去の自分に正体を明かすことなど言語道断と扱われてもおかしくはないのだが、博士はこれをあえて実行した。

 いくら愚かな決断をした時代の自分であるとはいえ、目の前にいるのは自分自身そのもの。その頭脳の作りに間違いはないはず。未来の自分がタイムマシンを開発し、忠告をしにやってきたということくらい簡単に理解できるだろうと踏んだのだ。

「いいか。お前は今、人生の岐路に立っているはずだ。どちらに進むのが得策か、迷いに迷っているはず」

「はあ」

「そこで、私はお前にどの道に進めば輝かしい未来が待っているのかを教えに来てやったのだ。未来の自分が言うことなのだから、信用できて当然だろう」

「はあ」

「よって、今からどうすべきかをみっちり教え込んでやるからな。よく心にとめておくのだぞ」

「はあ」

「いいか? まずは……」

 博士はその後、時間の許す限り若き日の自分にこれからどのような道に進むべきなのか指示を続けた。

 大学はW大学ではなく、T大学に進むべきであること。己がのちに専攻すべき研究は、資源の代替となるエネルギーではなく優秀な召使いロボットを作るものであること。将来結婚すべき相手は、おしとやかな幼馴染であること。その他にも色々と語ったが、それは凡人では一度では覚えきれないような、莫大な情報量であった。

 しかし、これを聞く若き日の博士は、涼しげな様子で一方的に語られる話を耳に入れていた。博士の推測通り、今はまだ若いとはいえ、のちにタイムマシンという偉大な発明をする可能性を秘めている頭脳を持つ彼にとっては、これくらいのことを短時間で頭に叩き込むのはたやすいことなのであった。

「……まあ、私からは以上だ。一気にまくし立てたが、過去の私であるお前ならすぐに理解することができたはずだ。いいか、一応もう一度だけ念を押しておく。今私が言った忠告をきちんと守れば、お前の将来は安泰だ。この先決断を強いられるようなことがあった時は、必ず私の言葉を思い出せ。わかったな?」

「はあ」

「どうも先程から煮え切らない返事ばかりをするな。まあいい、私はこれで行くからな。目的を果たした以上、早いところここを去らなければ、私の未来以外にも余計なところに影響を与えてしまうかもしれないからな。では、さらばだ」

「はあ。では、さようなら」

 博士は過去の自分に背を向け、タイムマシンを置いてきた場所へと走っていった。

 そして、すぐさまそれに飛び乗り、自身を元いた時代に導くレバーに手をかけた。

「ふふふ。これでこのレバーを引けば、私は運命が書き換わった時代に導かれるはず。今までのみじめな生活とは、これでおさらばだ。ふは、ふは、ふはははは!」

 戻った先には、さぞかし素晴らしい光景が待ち受けているのだろう。一体自分はどのような邸宅をかまえ、どのような名誉を手にし、どれほど幸福になっているのだろうか……。

 期待が上乗せされたのか、レバーを引く手にかかる力は、過去に遡る時よりも幾分か強くなっていた。


「な、何だこれは。一体、どうなっているのだ」

 時間旅行を終え、元の時代に戻ってきた博士がまず発したのがこの一言であった。

 周囲を何度も確認し、己の目をこれでもかと言わんばかりに疑う。

 博士の目の前に広がっているのは、見慣れた研究所の景色。そう、過去で想像していた素晴らしい未来の断片すら、見受けることができなかったのだ。

「私の計算は完璧だったはず。それなのにどうして。これでは、何も変わっていないではないか」

 事態を飲み込めないまま呆然としていると、研究所の奥から博士の妻が出てきた。

 その表情は不機嫌そのもので、夫である博士のことを強くねめつけている。

「あなた、またしょうもない研究に時間を割いてるわけ? 少しはまともな発明をして、楽な生活をさせてちょうだいよ」

「人の研究をしょうもないとはなんだ。お前は、昔から私の研究に理解を示さない奴だな」

「何を言ってるの。昔からうだつの上がらないあんたを、働いて支えてやったのがどこの誰だか忘れたわけ? こんなわけのわからない機械にうつつを抜かして……このっ!」

「わっ! や、やめろっ」

 妻がいきなりタイムマシンに蹴りを加えたのを見て、博士はすかさず止めに入った。

「いいか? これはタイムマシンなのだ。この私が生み出した、世紀の大発明なのだぞ。それに向かって蹴りを入れるとは」

「タイムマシンですって? あなた、科学者のくせにそんな夢物語を見ているわけ。ああ、馬鹿馬鹿しい。そんなものが存在しているんだったら、私があなたと結婚するっていう運命を、どんな手を使ってでも食い止めたいわね」

「だから、蹴るなと言っているだろうが……ああっ!」

 何度目かの妻の蹴りを受けるなり、精密機器であったタイムマシンはとうとう煙を上げ、爆発音とともにその機能を停止してしまった。

「な、何てことを……」

 己の大発明が妻によって破壊されるのを目の当たりにした博士は、その場に膝をついて崩れ落ちた。

「ふん。ちょっと蹴っただけで壊れる機械が世紀の大発明なわけがないじゃないの。いつまでもロマンばかり追いかけてないで、少しは現実も見てちょうだいよね」 

 妻はそんな夫に冷たく言い放つと、研究所の奥へと戻っていった。

「どうしてこんなことになったのだ。私は何も間違っていないはず。私は……あっ」

 博士は悲嘆にくれていた時、ふと脳裏に過去の記憶が蘇ってきた。

「そ、そうか。全て思い出した。私は、私の手でこの未来を」

 それは、博士がかつて若き青年であった日の遠い記憶。近所の公園で未来の自分を名乗る風変わりな老人に出会い、これからどのような道を歩むべきなのかをこと細かに忠告を受けたのだ。

 しかし、生憎博士は天邪鬼な気質の持ち主。老人からの忠告とは全て逆の道を……。

一応【S・サイエンスF・フィクション】です。

他の方と少々方向性がずれている気もしますが、大目に見て下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして、青山柊と申します。 マグロアッパーさんの活動報告で、ゆんちゃん様のことを知り、この作品を最初に拝読させて頂きました。 とても面白かったです! 星新一のようなストーリーの作りで、…
[一言] ショート・ショートならではのオチが付いていて面白かったです。 天邪鬼な博士は結局どんな未来になろうとも、タイムマシンを発明して過去に遡って選択を変えるように助言したかもしれませんね。
[一言] 天邪鬼設定が出た時点で予想ができたw
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