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かわいそうな国のかわいそうな王妃様

作者:maruisu
 そう、昔々あるところに一人の大して美しくもない王妃様がいました。

 王妃様と王様は深く深く愛し合っては――いませんでした。残念ながら。
 だけど、王様は王妃様のことを大切にしていました。ですから不幸ではありませんでした。
 それというのも、王様と王妃様は政略結婚でした。
 王様の国はこの大陸でもかなり大きな大国でした。領土も広く、実りも豊かなとても裕福で幸せな国でした。
 その大きな国の隣に、ちっぽけな国が貼りつくようありました。

 それが王妃様の出身国です。

 王妃様はそのちっぽけな国の第3王女でした。
 一番上のお姉さんがその国の次の女王様になります。二番目のお姉さんが王様の国とは反対側にあるやっぱり大きな国に嫁ぐことになっていました。

 で、三番目の王女はこの大国に嫁ぐことになったのです。

 そうして嫁いできたのがこの国の王妃様です。

 王妃様は大して美しくはありませんでした。ちっぽけで貧乏な国の王女でしたから、着るものも持ち物も大きな国の人達からしたら笑ってしまうほどお粗末なものでした。

 王様はそんな王女を迎え入れてとても大切にしました。
 こうして王妃様は優しくて美しい王様に大切にされて、とっても幸せだと思っていました。

「ねえ、王妃。君はなんてかわいそうなんだ。
 一国の王女だというのに、おいしいものも食べられず、綺麗なドレスも着られずに、窮屈に過ごしていたなんて。
 君だってとってもきれいなドレスで着飾って、綺麗なお化粧をしたら、こんなに美しくなれるというのに。
 そんなこともできなかったとは、なんてかわいそうな人だったんだろう。
 その分、これからは私が君を大切にするからね。
 きっと君はこの国で、幸せになれるんだから」

 王様はことあるごとに王妃様にそう言いました。

 その度に王妃様は、私ってかわいそうだったのかしら? と考えました。

 王様はまだ若い王でしたから、王太后様――王様のお母さまがいました。
 王太后様も、王妃様に言います。

「あなたはなんてかわいそうな人だったんでしょう。
 小さくて貧しい国では、きちんとしたお妃教育は受けられなかったでしょう?
 わたくしが責任を持ってあなたをきちんとした王妃に仕立てますからね。
 王女と言っても名ばかりで農家の娘と変わらないような、農作業をさせられて、民に交わって暮らしていたなんて、なんてかわいそうな子なんでしょう」

 王太后様も、そう言って王妃様を見るとハンカチで涙をぬぐいます。
 王妃様はそのたびに、私ってかわいそうだったのかしら? と首を傾げました。

 確かに王妃様は美しくありません。
 この国の王族たちのように美しいドレスを着て、とてもきれいなお化粧をしても、七難は隠せません。
 肌の色は黒く、そばかすが浮いて、元は金色だった髪はストロベリー色に日焼けしてしまっています。
 顔だち自体も特徴があるわけでもなく、十人並みというのがしっくりくるというものでした。

 それでも王妃様は自分がかわいそうだとは今まで思ったことがありませんでした。

 でも、王様と王太后様に顔を合わせるたびにかわいそうだと哀れまれ、周りの人々もそう言うものだから、いつしか自分は貧しい国で生まれ育ってかわいそうなのだと思うようになりました。
 そう思えば思うほど、心はどんよりと曇り、部屋から出ることが辛くなってしまいました。

 すると、人々はなおも王妃様をかわいそうだと言います。

 いつしか王妃様は、自分は美しくなく、貧しい出身で恥ずかしい生い立ちで、かわいそうな人間なんだと泣いて暮らすようになりました。
 どうしてでしょう。
 まだ結婚する前は、貧しくても美しくなくても、自分をかわいそうだなんて思ったことはなかったのに……。

 こうして王妃様がこの大国に嫁いで、しばらくが経ちました。
 王様と王太后様は、そんなかわいそうな王妃様を見捨てることなく「かわいそうな王妃を私たちが大切にしないと」と言って、大事に大事にしていました。
 だけど、王妃様は一向に気持ちが晴れることはありませんでした。

 そんなある日、王国に事件が起こります。
 海を挟んだ向こうの大陸から、それまでこの国とは国交もなかった帝国が攻めてきたのです。
 これには王国中が驚きました。

 国中が、どうして帝国が攻めてきたのか全くわからずにいました。
 それにこの国はずうっと平和だったから、王族も民もみんな戦うことを忘れてしまっていました。

 そんな王国でしたから、国はあっという間に帝国に侵略されてしまいました。
 王族はみんな捕えられ、牢に入れられてしまいました。

 牢屋の中で王様も王太后様も泣いていました。

「私たちはなんてかわいそうなんだろう。
 何も悪いことはしていないのに、あんなに野蛮な帝国の皇帝に捕まえられ牢に閉じ込められてしまうなんて」

 王様はそう言って憂い顔です。王太后様も、自分たちはなんて哀れなんだと泣きました。

 一緒に牢屋に閉じ込められていた王妃様もはじめは泣いていましたが、なんだかおかしいと思い始め、だんだん涙が出なくなりました。

 なぜ、王様たちがかわいそうなのでしょう。
 王様たちは、国を守る使命があります。それを放棄して易々と敵に掴まり、牢屋で泣いているのです。
 王妃様は国民のことを思いました。
 王様たちが野蛮だという帝国の人々のことです。国民たちにひどいことをしているのではないでしょうか。
 そう思うと、王妃様は自分のために泣くことは出来なくなりました。

 したくもない争いに巻き込まれてしまった国民たちは、きちんとご飯を食べられているだろうか。寒い思いやひもじい思いはしていないだろうか。
 街や村は壊されていないだろうか、王妃様は心を痛めました。

 ある日、帝国の皇帝が王族たちに謁見しました。
 皇帝陛下の方が、立場は上です。なんて言っても戦勝国の皇帝なのですから。
 皇帝は王様の城の玉座に座って、謁見の間に並んだ敗戦国の王族をまじまじと眺めました。

 王妃様は、皇帝を見て驚きました。
 王様はキラキラと輝く金糸銀糸でできたひらひらのお洋服を着ていましたが、皇帝は無骨な鉄でできた鎖かたびらを着ています。
 王様は美しくやせ形の青年でしたが、皇帝はがっしりとした体躯の、逞しく自信に満ちた男性でした。

 皇帝はこの国の王族たちを見回します。
 そして、言いました。

「お前たちはこの国の支配者として、剣を取って戦ったか?」

 静かにそう問われ、王妃様は自分が恥ずかしくなりました。
 そうです。王妃様は敵に攻め込まれても自分がかわいそうだと思うことしかできず、部屋で泣いていただけでした。王様と抱き合って、帝国の野蛮さを嘆いていただけでした。
 王太后様と手を取り合って、己の無力さを悔やむだけでした。

「私たちもこの国も、こんなに武力に優れた国に攻め込まれてどうすればよかったのだろうか。なんて哀れな国民と、なんて哀れな私たちなのだろう。
 平和に慣れ過ぎて、戦うことなんて忘れてしまっているというのに」
 王様たちはそう言って部屋で震えて、何もすることが出来ませんでした。

 王妃様は、自分がいつからそうなってしまったのだろうかと考えました。
 まだ王女だったころは農作業もして、民と一緒に国防のための壁を築く手伝いもしていたのに。
 貧しい国だからこそ、自分たちの生活は自分たちで守ることが当たり前だったことを今更に思い出したのです。

 王様は王妃様と王太后様を守るように皇帝の前に出ました。
 王妃様はそんな王様の姿を見て、やはり王様はみんなのことを考えているのだと目頭が熱くなりました。

「皇帝陛下。
 我々は何もしていない! 武力を持たないこの国は他国に攻めてこられても戦うことなどできはしません!
 そんな哀れな私たちにこれ以上、何をしろというのでしょうか。どうか、お慈悲を」
 王様の言葉に、王妃様はがっかりしました。

「そうよ。私たちはなんて哀れなのでしょう。
 王族という立場に生まれたから、こんなふうに牢に繋がれ、幽閉されているなんて。
 帝国が攻めてこなければ、私たちは幸せだったのに」

 王太后様も王様に続いて言いました。

 二人の言葉に、王妃様は愕然としました。
 二人はこんな時まで自分たちを哀れんでいるのです。どうしてでしょう。王様と王太后様からは民を守る言葉も何も出てきませんでした。
 目頭が熱くなってしまった自分が、恥ずかしくなりました。

 言葉を失って立ち尽くしている王妃様を、皇帝陛下はじいっと見つめています。

「王妃よ、お前も何か私に恨み言があるのか?」
 皇帝陛下はゆっくりと王妃様にそう聞きました。

 王妃は皇帝をまっすぐ見ると、黙って首を横に振りました。

「いいえ、恨み言があるとすれば自分自身にです。
 私は今まで自分がかわいそうで哀れな人間だと信じて疑いませんでした。
 でも、私はかわいそうでも哀れでもありませんでした。そう、あなた達が攻めてきたときまでは」

 そう言うと、皇帝陛下は口を真一文字に結びます。
 その目には静かに怒りが浮かんでいるようで王妃は震えましたが、そのまま続けました。
 声は震え、足も震え、情けない限りでしたが、泣いているわけにはいかないとその時強く思ったのです。

「帝国が攻めてきたとき、私は自分が哀れだと泣いていました。この国に嫁いできたばかりにこんな目に……と。
 でも、そんなことはちっとも哀れでもかわいそうでもなかったのです。

 私が一番自分自身が哀れでかわいそうだ思うのは、王族だというのに民のために何もできなかったことです。
 こんな情けない王妃である自分が哀れです。あなた達に攻め込まれても、そんな女が王妃であるがために何もできないこの国の民がかわいそうでした」

 きっぱりとそう言いきった王妃様の顔を見て、皇帝はにいっと口の端を持ち上げました。
 王妃様は皇帝に怒られるのではないかと、びくりと肩を震わせました。
 だけど、皇帝は何も言わず王妃様の横をするりと通り抜けると、王様たちに対峙しました。

「この国は、我らの領土とする。
 この国の王族は、処刑なり幽閉なり、追って沙汰をするものなり」

 皇帝は一言だけそう言うと、この国の王族たちはまた牢に戻されてしまいました。

 牢の中で、王様と王太后様は王妃様を慰めました。
 皇帝にあんな風に楯突いては、貴女はきっと処刑されてしまうでしょう。なんてかわいそうで哀れな王妃なのだろう――王様たちは口々にそう言いました。

 でも、王妃様はもう自分を哀れだともかわいそうだとも思えませんでした。

「王さま、王太后様、本当に哀れむべきなのは私たちではありません。
 この国の民のことです。
 彼らは巻き込まれただけです。本来ならば私たちが守らなければならないのに、その責務を放棄しました。
 一番哀れまれなければならないのは、彼らのことです」
 王妃様は王様たちにそう言いましたが、王様たちは首を横に振るだけです。

「何を言うのですか? 民は自分たちでどこにでも行くことが出来ますよ。彼らには責任も何もありません。
 この国が嫌だというのなら、勝手に出ていくでしょう。
 そう、私たちが治めていた豊かで実りある大国はもうないのですから、好きなところに勝手に行きますよ。
 それよりも王族に生まれてきてしまったから、訳もなく処刑されてしまう私たちは、なんてかわいそうなのでしょう」
 王太后様はそう言いました。王様も隣で頷いています。

 王妃様はそうだろうかと首を傾げました。
 王様たちはこの国はもう帝国に支配されて蹂躙された、何の価値もない国に成り下がってしまったと、哀れだと言って泣きました。

 でも、本当にそうなのでしょうか。

 それからしばらくして、王妃様たちはまた玉座の前に引っ立てられました。
 そこで告げられたのは、王族の処刑でした。

 しかし、その中に王妃様だけは入っていませんでした。
 皇帝は面白そうに口の端を歪ませています。
 どうやら笑っているようでした。

「これはどういう事だ!? 
 処刑されるのは王妃ではないのか? 皇帝に逆らうようなことを言ったのは、王妃の方ではないか!」
 王様はそう言いました。
 その顔は、王妃様が初めて見るような歪んだ醜い顔でした。
 王様は捲し立てます。

「どうして王妃ではなく、我々が処刑されなければならないのだ!
 我々はこのさして美しくもなく、ふさぎ込みがちな面白味のない王妃でも慈しみ、大事にしてきた。
 こんな劣った王妃を助け、なぜ慈悲深い我々が処刑されなければならないのだ!」

 王様の言葉に、王妃様は涙を流しました。
 王様のその言葉で、王妃様は今まで自分が大事にされていたのではなく、自分はみなより劣っていると見下されていたからこそ、皆が優しかったのだと知りました。

 皇帝陛下はそんな王様の姿を見て、大声で笑いだしました。

「慈悲深いのなら、王妃の代わりに死んでやればいいじゃないか」

「お前たちは慈悲深いのではなく、ただ誰よりも自尊心が高く他の人間を見下しているだけだ。
 そんな奴らにかける情けはかけらもない。

 お前たち、この間王妃が言った言葉に何も思わなかったのか?

 それならば、処刑されるべきなのが誰かは、明白だろう」

 皇帝はそう言うと、王様と王太后様を牢屋に連れて行くように部下に命じました。
 王様は愕然としてその場に座り込んでしまいました。
 王太后様は目を回して、そのまま倒れ込んでしまいました。

 そんな二人を、部下の兵士たちが牢屋へ連れて行きました。

 そして残された王妃様に、皇帝は言いました。

「お前は間違いを犯した。
 しかし、それを己で気がつくことができた。
  だから処刑をすることはやめた。

 しかし、間違いは正されなければならない。
 お前がこの先どのように己の間違いを正していくか、それを見届けることにしよう。
 もしもお前が自分の間違いを正すことが出来なければ、俺がお前を殺しに行く」

 皇帝の言葉はとても厳しかったけれど、王妃様はそれがイヤではありませんでした。
 皇帝は王妃様がこの国に来て、初めて王妃様を認めてくれた人でした。


 それから王妃様は、この国の隅々まで歩き、民に頭を下げました。
 時に共に畑を耕し、街を守り、城壁を築き、民の生活を助けました。
 帝国領となったこの国で一生懸命元王族として、大国を守っていけなかったことを謝り続けました。

 豊かさに慣れた民は初めは自分たちを哀れんでいました。
 王族に守ってもらえずに戦火に巻き込まれた自分たちが哀れだと。

 だけど、必死に頭を下げる王妃様の姿に、だんだんと人は己を哀れむのをやめました。
 だって武器を手に取って国を守らなかったのは、国民も同じだったのですから。

 それならば誰かを責めて、自分を哀れむのではなくて、自分の暮らしは自分たちで守れるようにしようと王妃様は言いました。
 王が変わっても、国が無くなっても、ずっとこの土地に住めるようにするには、自分たちでどうにかしないといけないと民も思うようになりました。

 王妃様はそんな民の陰に日向になり、国の立て直しに尽力しました。

 そしていつしかこの国は、以前よりももっと交易の盛んな大きな大国となりました。

 皇帝は自分の領土にしたはずのこの土地を、王妃様に託しました。

 いいえ、王妃様はもう王妃ではありません。
 帝国領の一つであるこの国の新しい女王様として即位しました。

 女王様はもう、自分をかわいそうだとは思いません。自分を哀れむことももうしません。
 醜くても、美しいドレスなんてなくっても平気です。
 いつも民のことを考え、この国のことを考えている女王様は、とても明るく毎日が楽しそうでした。

 今では誰も女王様のことをかわいそうとも哀れだとも言いません。
 美しくなくても着飾っていなくても人々は女王様を馬鹿になんてしません。
 それよりも一緒に汗水流して働いてくれる女王様が、いつしかみんな好きになっていました。

「女王よ、あなたは自分の過ちと向き合った。
 己の間違いを正せる人間が哀れであるはずがない。
 あなたを非難する人間がいたら、私があなたを守ろう」

 皇帝陛下にそう言われ、女王様はとても嬉しく思いました。
 そして女王様は粗野で乱暴だけれど、実直で飾らない皇帝陛下がとても好きになりました。
 皇帝陛下も、器量はよくないけれど気立てもよく、明るく素直な女王を深く愛しました。

 こうして女王様はこの国で、いつまでも幸せに暮らしました。

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