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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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ある日、水嶋家の庭を散歩していた椿は、庭に白詰草が生えているのを見つけた。
金持ちの家に生えているなんて珍しいと椿は白詰草が生えている場所に近寄り、思わず四つ葉がないかくまなく探してしまう。
庭の一角にしゃがみ込み、何かをしている椿を見つけた恭介は彼女が何をしているのか気になり、近づいて行った。
恭介の足音が聞こえていたはずの椿が振り返らずに、一心不乱に草を触っている様子に思わず恭介は喋りかけていた。

「何をしてるんだ?」
「四つ葉のクローバーをさがしてるの」
「四つ葉のクローバー?」
「知らないの?四つ葉のクローバーを見つけた人には幸運がおとずれるって言われるんだよ?」
「なんだ迷信じゃないか」

まるきり信じる気の無い恭介の態度に椿は若干苛立ちを感じ、彼を巻き込んでやろうと考えた。

「…伯父さまにプレゼントしたらよろこぶと思うんだけどなー」
「まさか、お父さまがそんな迷信を信じるはずがないだろう」
「じゃあ椿が伯父さまにプレゼントしちゃお」
「なっ」

恭介は自分の父親はそんな迷信を信じないと思っていたが、姪でもある椿からのプレゼントであれば喜んで受け取る事は簡単に想像が出来た。
また手紙だけのやり取りをしている恭介と違い、椿は何度か2人きりで会っている事を恭介は知っていた。
その為、椿にこれ以上点数を稼がせてなるものかと自分が先に四つ葉のクローバーを見つけてプレゼントするんだと決め、恭介もその場にしゃがみ込み四つ葉のクローバー探しに躍起になった。
そんな恭介の姿を見た椿は、やっぱこいつちょろいわーと横目で彼を盗み見て思うのであった。


椿と恭介が庭の片隅でしゃがみ込み何かを探している姿を、椿の母親である百合子は屋敷の2階の窓辺から楽しそうに見ていた。
同じ部屋には朝比奈薫の姿もあり、楽しそうに2人を見ている百合子を愛おしげに見つめていた。

「随分、恭介君と仲良くなったみたいだね」
「えぇ。恭介さんを初めて見た時は随分と大人びた子供だと思っておりましたけれど、椿と遊ぶようになってから子供らしさが垣間見える様になって安心しておりますのよ」
「良い意味で椿ちゃんに振り回されてるからね」
「椿は少々お転婆な所以外は全く手の掛からない子ですので、親としては助かっておりますけれど、あまり甘えて来ないのが心配ですわね」

椿は多少の無茶をするが、基本的に聞き分けが良いし物覚えも早く、周囲の空気を読むのに長けている。
4歳までの養育環境のせいで椿の子供らしさが失われてしまったのではないか、自分のせいで椿の人格形成に多大な影響を与えてしまったのではないだろうかと百合子は不安なのだ。

「それは周りに大人しか居なかったからじゃないかな?同年代の子供と接してたら子供らしさも出て来るよ。ほら、恭介君が子供らしさが垣間見える様になったって百合子さんも言ってたでしょ?椿ちゃんがお転婆だって事、百合子さんは知ってた?」
「向こうに居た時は大人しい子でしたわ。1日中庭の池をのぞき込んだり、お絵かきしたりとか。・・・恥ずかしながら、私は椿とあまり向き合って来なかったので、そう言う一面しか知らないのです」

百合子は出来る限り椿と交流を持っていたが、それでも通常の親子関係のような密な関係では無かった。
胸を張ってこの子はこう言う子ですと言える程、百合子は椿の事を心から理解出来ていないのだ。

「大丈夫、これから知って行けばいいだけだよ。百合子さんは母親歴がまだ4年ちょいなんだし、初めから完璧な母親なんて存在しないよ。誰だって失敗しながら子供と一緒に成長して行くもんなんだしね」
「それは・・・そうなのですが」

百合子は俯き、躊躇する様に呟いた。
歯切れが悪い言い方をした百合子に何かを察した朝比奈が声を掛けた。

「他に何か心配事があるの?」
「いえ、大した事ではございませんの。それに椿の事での心配事でもございませんし」
「悩みや心配事があるのなら、誰かに聞いて貰う事で心が軽くなったりもするし、意外な答えが返って来るかもしれないよ。僕は口が堅いからね。その証拠に春生が昔、理沙からもらった手作りチョコを食べて、あまりの硬さに前歯が欠けた事だって誰にも言ってないんだから」
「ふふっ。今仰られておりますわ」
「あ、これは春生には内緒ね。百合子さんに知られたと知ったら僕、春生から怒られちゃうから」
「えぇ。秘密にしておきますわね」

朝比奈の軽い言い方に百合子は思わず笑い声をあげてしまう。
百合子の兄である春生と20年以上の付き合いがある朝比奈なら信用しても構わないだろうと百合子は判断し、自身の悩みを彼に打ち明ける事にした。

「あの…突然ですけれど、朝比奈様はお慕いしている方はおられますか?」
「うぇっ!」

突然の百合子の問いかけに虚をつかれた朝比奈は素っ頓狂な声をあげてしまった。
声を上げた朝比奈に驚き、百合子は思わず彼をジッと見てしまう。

「あ、ごめん。突然の事で驚いて。好きな人、好きな人ね。えっと、うん。いるよ。好きな人。それがどうしたのかな?」

顔を赤くし、かなりの早口で朝比奈は喋り出す。
朝比奈の様子が変わった事を百合子は不思議に思ったが、あまり突っ込んで聞くのも悪いと思いあえて流す事にした。

「でしたら、その想いが一瞬で無くなる事はあると思われますか?」
「えっと、そうだな。無くなる事はないかな。15年近く彼女の事が好きだから、多分死ぬまで彼女の事を愛し続けていくと思うよ」
「そう・・・ですわよね。普通はそうなりますわよね」
「と、言うと?」

朝比奈に先を促され、百合子は言うべきかどうかを考えたが、ここまで言ったのだから後はどうにでもなれと開き直り口を開いた。

「私、倉橋の事を本当に愛しておりました。彼の為なら何でも出来ると思い、彼の力になりたいと思っておりました。裏切られてもまだ彼を愛しておりました。けれど、富美子に叱責され、椿の手紙を読み自分は何て愚かな女なのだろうと思ってしまったのです。そうしたら、倉橋に対する愛情が綺麗さっぱり消え失せてしまったのです。あれほど愛しておりましたのに、何の未練も無くです。私は何て薄情な女なのだろうかと怖くなりました。私は普通の人と違ってどこかおかしいのではないかと思い不安なのです」
「それが、百合子さんが不安に思っている事?」
「えぇ。薄情な女だと軽蔑された事でしょう」

百合子は温和な朝比奈から軽蔑の眼差しで見られるのを恐れ、視線を逸らし、自嘲気味に口にした。

「特に薄情だとは思わないよ」
「え?」

意外な答えに百合子は思わず顔を上げ、朝比奈と視線を合わせた。
真っ直ぐに見つめて来る朝比奈の視線に、百合子は少々狼狽え彼から視線を外してしまう。
その百合子の様子を気に留める事も無く、朝比奈は再び口を開いた。

「お互いがお互いを思いやって助け合う事で、他人同士が夫婦になり家族となって行くものだと思うんだよ。百合子さんの場合は百合子さんだけが夫婦になろうと努力した。相手の方が夫婦になることを拒否した。一方通行であったとしても、片方が我慢する事で夫婦の形を成す事は可能だよね。でもさ、自分を蔑ろにされ続けてれば、そりゃ愛情が枯れていくのは当たり前だよ」
「・・・愛情が枯れる」
「そう。よく永遠の愛なんて無いって言われるけど、だからこそお互いに思いやりと慈しみの心を持って愛を育んでいかなきゃいけないって事なんだと僕は思ってる。百合子さんの場合、薄情とかじゃなくて、愛想が尽きたって言う方が正しいかな。それは誰にだって起こり得る事で珍しい事じゃないよ。普通の事」
「・・・愛想が尽きた」

その言葉が百合子の胸にストンと落ちた。愛想が尽きるのは普通に起こり得る事だと言われ、百合子は幾分心が軽くなるのを感じた。
世間知らずの箱入り娘として育った百合子にとって、愛とは永遠のもので死が2人を分かつまであるものだと思っていた。
だから、あっさりと倉橋に対して愛情が消え失せた事で、百合子は自分がどこかおかしいのではないかと悩んでいたのだ。
けれど、朝比奈の話を聞き、百合子は自分の考えが世間のものとは違いがあると理解した。
それほどまでに朝比奈の言葉は説得力があり、百合子が納得出来るものであった。
思わず百合子は朝比奈を尊敬の眼差しで見つめてしまう。

「え?どうしたの?」

突然百合子から見つめられ、薫はハッキリと分かるように狼狽えていた。

「さすが朝比奈様ですわ。博識でいらっしゃいますわね」
「や、やだな、僕なんて独身だし、両親と兄夫婦くらいしか見てないから、そこまで的確な事を言ってる訳じゃないよ」
「それでも、私の心を軽くしていただけましたわ。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「そこまで分かっておられる朝比奈様を旦那様に出来る方はきっとお幸せでしょうね」
「え、あ、う、うん。そ、そうかな」

百合子としては、夫婦として何が大事かを知っている朝比奈はきっと良い旦那様になるだろうと思っての発言だったのだが、朝比奈はその発言に動揺し、かなりどもりながら喋っている。

「えぇ。ですので、朝比奈様がお慕いしている方と思いが通じる事を願っておりますわ」
「あ、ありがとう。そうだね。そうなればいいな」

あからさまに落胆している朝比奈に何か掛ける言葉を間違えただろうかと百合子は不安になる。
しかし、ガバッと顔を上げた朝比奈は大声で百合子の名前を呼んだ。

「あ、あの!百合子さん!」

朝比奈が言葉を続けようとした瞬間にバッターンと大きな音が鳴り、扉が開いて椿と恭介が百合子と朝比奈の居る部屋へと入って来た。
椿と恭介の手と服は土まみれになり、頬にも手で擦ったのか土が付いていた。

「お母さま!これ私が作ったんですよ!」

そう言った椿の手には白詰草の花冠が握られており、椿は百合子にしゃがんでくれと言うジェスチャーをしている。
椿の指示した通り、百合子がしゃがむと椿から頭の上に花冠を乗せられる。

「どうかしら?似合う?」
「お似合いですお母さま。とってもきれいです」
「ありがとう。あら?恭介君も作ったの?」
「え、あ、はい」

やはり恭介は遠慮があるのか、椿親子から一歩引いた場所に立っていた。
しかし後ろ手に持っている花冠に百合子は気づき、さりげなく話題にする。
そっと恭介が差し出した花冠を百合子は手に取り、その出来栄えに感嘆の声を上げた。

「まぁ、上手に出来たわね。恭介君は手先が器用なのね」
「そんな事、ないです」
「そんな事あるわ。ねぇ朝比奈様もそう思われますでしょう?」
「本当に上手に出来てるね。さすが春生の息子だなぁ」

と、朝比奈は恭介の手先の器用さを褒めた。
褒められた恭介は満更でもない様子で口角を上げながらソワソワとしていた。
そんな恭介の様子を見て安心した椿はポケットから四つ葉のクローバーを取り出し、母親に手渡した。

「あら?四つ葉のクローバー?」
「はい。お母さまにさしあげます」
「ありがとう。押し花にしてしおりにするわ。本を読むのが楽しみになるわね」

百合子は嬉しそうに、四つ葉のクローバーをティッシュで包み本に挟んだ。
嬉しそうな百合子の顔を見て、椿は満足し恭介を伴い手を洗って来ると告げ部屋を出て行った。

「おい、椿。いいのか?四つ葉のクローバー1個しか無かったのに」
「だってお母さまにあげるために探してたんだもの」

あっさりと言い放った椿の欲の無さに恭介は少し驚いた。

「・・・ほら」

おもむろに恭介は椿に手を伸ばし、握りしめていた手のひらを開き、中にあった四つ葉のクローバーを差し出した。

「いいの?」
「別に。それにまた探せばいいだけだろ。まだ1個あるし、そっちはお父さまにプレゼントするから構わない」
「ありがとう恭ちゃん!」

溢れんばかりの笑顔で椿は恭介に感謝の言葉を述べ、四つ葉のクローバーを丁重にハンカチで包んだ。
樹脂で固めてアクセサリーやキーホルダーにしても良いかもしれないと椿は思い、ポケットにハンカチを戻した。

「今日のおやつはショートケーキだって瀬川が言ってたよ。四つ葉のクローバーのお礼に私のイチゴ恭ちゃんにあげるね」

それだけ恭介に伝え、椿は手を洗う為に走って洗面台へと行ってしまった。
残された恭介は予想以上に椿に喜ばれた事が嬉しかったのか、口元に笑みを浮かべ上機嫌であった。
人から感謝される事がこんなにも心が温かくなるものだと恭介は知らなかった。

それにしても水嶋の名に連なる者であるにも関わらず、はしたなく廊下を走って行った椿に注意しなければと恭介は思い、椿の後を追うのであった。
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