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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 三月に入り、行われた期末テストでは特に順位に変動もなく、いつも通りの結果で、他の人もいつも通りだと聞いていたが、椿は少しだけ気になったことがあった。
 毎回、しつこいくらいに順位を自慢していた美緒が今回に限って全くそういった自慢を口にしていないのである。
 むしろそういった話を避けているように見受けられた。
 美緒はずっと一桁順位を維持していたので、もしかしたら順位を落としてしまったのかもしれない。
 結果が掲示されないので、椿には美緒の結果を知る由もないのだが。

 などと美緒の件を考えていた椿の元に、和服姿の母親がやってくる。

「椿ちゃん? 用意はできたの?」
「今、髪のセットをしてもらっておりますので、少々お待ち下さい」
「あら、そうなの。……やっぱり翡翠の簪にして正解ね。帯に合わせても良かったのだけれど」
「椿様は何でもお似合いになりますから、悩みますね」
「えぇ、本当に」

 母親と話しながらも使用人の佳純は器用に椿の髪の毛をまとめていく。
 最後に簪を差し込んで完成である。

「よく似合っているわ。可愛らしくてよ」
「ありがとうございます。お母様もとても大人っぽくて綺麗ですよ」
「まぁ、ありがとう」

 椿からの言葉に母親が顔を綻ばせていると、部屋の扉をノックする音が鳴る。

『百合ちゃん? 椿ちゃんの用意は終わった?』

 父親が姿を現さない母親と椿の様子を見にやってきたのだが、やはり年頃の娘の部屋を覗くのは無理なのか、扉を開けないまま声を掛けられた。
 用意も終わった椿は立ち上がり、部屋の扉を開けて父親と顔を合わせる。

「若草色の着物がよく似合ってる。帯の桜の柄もいいね。濃い色だからメリハリがあるし」
「ありがとうございます」
「旦那様、そろそろ」

 父親の背後に居た志信が声を掛ける。

「もう、そんな時間なんだ。それじゃ、行こうか」
「はい」
「佳純さん、菫ちゃんと樹さんのことをよろしくね」
「畏まりました」

 後のことを佳純や純子に任せて椿達は車に乗り込む。

「音羽様は真知子様しか存じ上げないのですが、他の親族の皆さんはどのような方なのですか?」
「僕も特別に親しくしている訳ではないからね。でもパーティー会場で顔を合わせて言葉を交わしたりはしたことがあるけど、その時の印象でいえば気さくな人、だったかな」
「真知子さんがお誘いして下さるくらいですもの、皆さん良い方々ばかりなのでしょうね」
「それを聞いて安心しました」

 少なくとも好奇の視線に晒される心配はないようで椿はホッとする。

「個人宅でのお花見、というのは初めてです。どのような雰囲気の中で行われるのでしょう」
「真知子さんからは、かなり気軽なものだと伺っているわ。そうそう、本家の奥様のご実家が茶道の家元なので、お茶を振るまっていただけるとか。野点もあるみたいで桜を見ながら楽しめるなんて贅沢ね。音羽様のご自宅の桜は有名ですから尚更だわ」
「そういえば、朝比奈本家にも大きな桜の木があるんだよね。昔はよく親族を招待して花見をしてたな」
「もしかして、中心にあるあの大きな木ですか? あれ、桜だったんですか?」
「そうだよ。椿ちゃんは新年会ぐらいでしか本家に行かないから分からないよね」

 朝比奈本家の庭に一本の大きな木が真ん中にあるのは知っていたが、それが何の木であるかまでは椿は知らなかった。
 すぐ近くに池があるので、少し離れて満開の桜と池を眺めたら風流だろうなと思い、その光景を思い浮かべた椿は無意識に「いいなぁ」と呟いていた。

「今度、母さんに花見をしに行ってもいいか聞いてみようか?」

 椿の呟きが聞こえたのか、父親が気を利かせてくれた。
 花見がしたい欲求に椿は勝てず、力強く頷く。

「じゃ、今日の夜にでも聞いておくよ。父さんが引退してからお客さんが来なくなって暇だって言ってたからきっと喜ぶと思うな」
「……それはお祖父様達の二人っきりの時間を邪魔することになりませんか?」
「一日くらい邪魔しても問題ないでしょ。平気平気」

 軽い口調の父親にいいのかな? という気持ちになる椿であった。

「あ、それから茶会だけど、椿ちゃんはできるだけ百合ちゃんから離れないでね。あと決して一人にはならないこと。いい?」
「それは構いませんが、なぜですか?」
「私が椿ちゃんのお目付役だからよ」
「……お菓子にすぐ食いついたりしませんよ」

 つまり椿が食べ物につられてしまうかもしれないから母親の側に置いておこうということである。
 割と好き勝手してきたツケがここで回ってきたことに椿は落ち込んでしまう。

「椿ちゃんがまだ他の方が主催するパーティーに慣れていないから、という理由もちゃんとあるのよ? どなたが招待されているかは真知子さんから伺っているから心配はしていないけれど、私が側に居た方がフォローもしやすいでしょう?」

 だから私の側から離れないでね、と母親は付け加える。
 椿も慣れない場所に一人で居るよりは母親と一緒に居た方が安心ではある。

「分かりました。お母様の側から離れたりしません」

 椿の返事に両親は揃って笑顔を見せた。
 しばらく車を走らせた一行は、音羽邸へと到着する。

「お待ちしておりました」

 控えていた音羽家の使用人がやってきて椿達を庭へと案内してくれた。
 庭にはすでに何名かの招待客が居り、現れた椿達にチラリと視線を向けてくる。
 真ん中で招待客と喋っている男性が恐らくは音羽本家の当主なのだろう。
 父親よりもいくらか年が若そうな見た目をしている。
 彼は使用人に耳打ちされ、椿達が到着したことを聞かされたのかすぐに視線をこちらに向けた。
 父親が一歩足を前に出して、音羽家当主へと挨拶をする。

「この度はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、出席していただき光栄です。特に奥様とお嬢さんは滅多にこのような場に出席されませんから、今日のことを聞いた友人達から羨ましがられたんですよ」
「妻も娘もあまり人前が得意ではないので、今まで機会もありませんでしたが」
「いえいえ、事情は分かっております。どうぞ今日は楽しんで下さい」

 音羽家当主に視線を向けられ、椿と母親はその場で会釈をする。

「お初にお目にかかります。妻の百合子です。こちらが娘の椿です。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「ようこそお出で下さいました。真知子さんが奥様とご友人だと伺いまして、是非出席していただけないかと思っておりましたので、嬉しい限りです」
「このような機会がなければ、お会いできませんでしたので、真知子さんにも音羽様にも感謝しております」
「とんでもないことです。私としても願ったり叶ったりですから」

 どこか椿が違和感を覚える会話をする二人。
 母親は誰に会いたいと思っていたのだろうか。少なくとも目の前にいる音羽本家の主人ではないことは理解出来たのだが。
 椿が考え込んでいる間に二人の会話は終了し、母親に連れられて音羽家当主夫人と会話をしている真知子の元へと向かう。
 母親と椿は音羽家当主夫人と真知子に挨拶をして、大人達はそのまま会話を始めてしまう。
 これは長くなりそうだと、椿が視線を彷徨わせていると、真知子の傍らに桜色の着物を着た少女が居り、つまらなさそうに地面を見ていることに気付いた。
 椿は大人の話に無理に入るのはよくないと、同じく暇を持て余しているだろう少女に向かって話し掛ける。

「ごきげんよう。真知子様のお嬢様かしら?」
「はい、そうです」
「私は朝比奈椿と申します。母が真知子様と友人なんですの」
「私は音羽佐和子おとわさわこと申します。母の友人の百合子様のことはよく伺っております」

 よく通る声でハキハキと喋る佐和子は、帰国子女らしく物怖じしない性格をしていると椿は感じた。

「佐和子さんとお呼びしても構わないかしら?」
「もちろんです。私も椿さんとお呼びしてもよろしいですか?」
「えぇ。勿論よ」

 椿は年下と知り合う機会が中々無いので、非常に新鮮な気持ちになる。

「私は鳳峰学園の中等部の二年生なのだけれど、佐和子さんはおいくつなのかしら?」
「私も鳳峰学園に通っています。初等部の四年生です」
「まぁ、そうでしたのね。実は初等部の一年生に私の妹がおりますのよ」
「存じております。菫さん、でしたでしょうか? 黒髪の生徒の中では目立ちますし、お可愛らしい方なので有名なんです」
「そのように仰っていただけると姉として鼻が高いですわ」

 佐和子に菫を可愛らしいと評されて、椿は目尻が垂れ下がる。

「鳳峰学園の学校生活は楽しいですか?」
「行事で焼き芋を頂いたり、遠足で友達と一緒にハイキングしたりして、これまで一度も経験したことがなかったので、新鮮でした。それに皆さんとても良くして下さるので、学校に行くのが本当に楽しいんです」
「転入して人間関係を築くのは中々に大変なことですけど、佐和子さんはお友達が沢山いらっしゃるのね。人気者ね」
「そんなことはないです」

 佐和子は照れくさいのか頬を染めて椿から視線を逸らしてしまう。

「椿さん、もう佐和子さんと仲良くなられたの?」

 女三人で会話をしていた母親が椿に話し掛けてくる。
 会話が一段落したということだろう。

「そうだとよろしいのですが、私は年が離れておりますので、佐和子さんが緊張されていないか不安ですわ」
「いえ、椿さんはとてもお優しい方ですので、緊張が解れました」
「ありがとうございます。佐和子さんもハキハキとした可愛らしい方ですから、もっとお話ししたいと思って、つい色々と話し掛けてしまいますのよ?」

 再び頬を赤く染めた佐和子が今度は下を見ることなく椿に対して笑顔を向けていた。
 和やかに椿達が談笑していると、どこかから甲高い声が聞こえてくる。
 その声の主は徐々に椿達の方に近づいてきて、椿の母親が居ることに気付いたのか、きらびやかな着物を着た五十代ぐらいの女性がこちらに話し掛けてきた。

「あらあら、まぁ。もしかして水嶋様のお嬢様でしょうか? このような場でお目にかかるなんて光栄ですわ」
「お初にお目にかかります。朝比奈百合子と申します」
「あぁ、そうでしたわね。朝比奈家に嫁がれたと伺っておりますわ。それにしても、まぁなんてお綺麗な方なのでしょうか」
「光栄です」

 言葉少なめな母親の態度を見ると、あまり好意的には捉えていないようである。
 それもそうかと椿も思う。彼女はまだ名前を名乗っていない。母親が名乗ったにも拘わらずだ。
 真知子などあからさまに眉を顰めている。
 こちらの対応に全く気付いていない女性はひとしきり自分の自慢話をして満足したのか、軽い足取りでその場を後にした。

「今の方はご当主のはとこに当たる方のご友人よ。名前は別に覚えなくていいわ」
「苗字くらいは教えて下さらないと困りますわ」
「……広岡さんよ」

 様、と付けないあたりに真知子の嫌悪感が出ている。

「本当は招待する予定では無かったんだけど、広めるにはスピーカーが必要でしょう? そういう方があと数名おられるのよ。本人はまだ到着してないみたいだけど」
「私、上手く出来るかしら?」
「そこは水嶋家のご息女であり、朝比奈家の嫁である貴女の腕の見せ所でしょ」
「……頑張りますわ」

 どこか覚悟を決めた顔をしている母親を見て、椿はやはり音羽家当主を含めて何かを企んでいると感じていた。
 だが、椿に知らされていないということは、子供が口を出すべき問題ではないということである。
 両親に聞いて素直に教えてくれるとは椿には思えない。このまま、成り行きを見守るしかないということだ。

 しばらくして、音羽家の使用人が母親と真知子にこっそりと耳打ちしてきた。
 二人は顔を見合わせて軽く頷き合っている。
 間もなくして招待客が庭にやってきたらしく、後方で他の招待客がざわめき始める。
 嫌なざわめきだと思い、椿が後方へと視線を向けると、他の招待客の好奇の視線に晒されながらやってきた人達を見て彼女は目を見開いた。

 そこに居たのが倖一の両親であったからである。

 彼らはなぜ自分達がこのような視線に晒されるのか分かっていなかったようだが、倉橋社長が椿の母親と目を合わせた瞬間に全てを理解したのか一瞬固まった後で深々と頭を下げたのである。
 倉橋社長が誰に頭を下げているのかを見て倖一の母親も全てを理解して同じように頭を下げた。

 ずっと頭を下げている二人に向かって母親は歩み寄って行く。
 椿はこの時点でようやく大人達が何を考え計画していたのかを察することが出来た。

「どうか、頭を上げて下さい」

 母親の呼びかけでも二人は頭を上げることはない。

「申し訳ございません。まさか朝比奈様も招待されているとは存じ上げませんでしたので、すぐに帰ります」
「私共が音羽家のご当主様に倉橋社長と私共を招待して下さるようにお願いしたのです。倉橋社長は何も悪くありません」
「……それはどういうことでしょうか?」

 考えてもいなかったことだったのか、倖一の父親は頭を上げて母親を見ている。

「私は倉橋社長やそのご家族が周囲から何と言われているのか存じております。当事者でもなく、当時は何の関係も無かった貴方やご家族を責めるのは筋違いです。けれど、私が直接、倉橋社長にお会いすれば更に風当たりは強くなるのは分かっておりました。それを理由にして今まで見ないふりをしていたことを謝罪致します。申し訳ございませんでした」
「止めて下さい! 朝比奈様を傷つけたのは紛れもなくこちらです。責任を取れる立場にあの人が居ないのであれば、その立場にいる自分共が代わりに言われるのは仕方のないことだと理解しています。朝比奈様が頭を下げる必要はどこにもありません」

 頭を下げる母親に倖一の両親は慌て始める。
 倖一の父親の言葉に母親がゆっくりと頭を上げた。

「……あれから十年です。私はもうよろしいのではないかと思っています。あの人と倉橋社長は全く違いますし、社長とご家族の皆さんは素晴らしい人格者でもあります。これ以上皆さんを好奇の視線に晒すのは私が我慢できないのです。どうかもう私に遠慮などなさらないで下さい」
「……有り難いお言葉だと思っております。ですが」
「倉橋社長」

 颯爽と現れた父親が母親の隣に立ち、彼女の肩を抱き寄せる。

「どうか妻の意思を尊重して下さい。妻の言葉は水嶋家の総意でもあります。罰はすでに本人に嫌と言うほど当たっていますから」
「……」
「私が傷つけられたことは事実です。ですが、私は社長のご子息の倖一さんに娘を助けていただきました。倖一さんがおられなかったらどうなっていたかを考えたら恐ろしくてたまりません。倖一さんは勇気のあるお子さんです。優しいお子さんです。そのような倖一さんを育てられた社長と奥様をどうして私が責められるでしょうか。私は社長とご家族の皆さんに胸を張っていただきたいのです。責められて下を向いて欲しくないのです」

 必死になって両親は説得しているが倖一の両親の顔は硬いままである。
 そこへ、音羽家当主が姿を現した。

「先輩、ここら辺で頷いてくれませんか?」
「は?」
「あのですね、朝比奈様は許したい、僕は倉橋の会社の悪評を払拭して更に利益を得たい。利害関係が一致してるんですよ。ここで先輩に頷いてもらえないと会社の悪評が払拭できなくて困るんです。だからオーナー命令です。頷いて下さい」

 突然の音羽家当主の言葉に、小声で「お前それは横暴だろう」「会社の為なら恩のある先輩を売るのもやむなしです」などと応酬していた。
 音羽家当主と倖一の父親の小声での応酬は続いていたが、根負けしたのは倖一の父親の方であったらしく、彼は額に手を当てている。

「話し合いは終わりましたか?」

 二人の応酬を見ていた父親が声を掛ける。

「はい。倉橋社長には納得していただけました。ね?」
「……申し訳ないという気持ちは変わりませんが、朝比奈様のお気持ちを無視する訳にもまいりません。朝比奈様と水嶋様のお心遣いに感謝します」

 倖一の父親の言葉を聞いた母親は安心したように父親に向かって微笑みかけた。
 様子を見ていた甲高い声をしていた広岡は、同じくきらびやかな着物を着ていた同年代くらいの女性と何やらヒソヒソと話をしていた。
 椿はそれを見て、"スピーカー"という意味を理解する。
 つまり、母親が今の倉橋社長と家族を許したと吹聴して欲しい為に招待したということだ。
 十二月のパーティーの時にはすでにこの計画は決定していたのではないだろうか。
 離婚して十年という節目でもあるし、倖一の両親と面識のある音羽家の親族である真知子に母親の方から申し出たのかもしれない。ちょうど椿のパーティーへの出席が解禁されたということも関係しているとみた。

 これで倖一の家族は部外者から後ろ指をさされることはなくなった訳である。
 少なくとも正面から彼らに嫌みを言う人間は居なくなる。
 椿は上手いこと丸く収まって良かったと胸を撫で下ろした。
+注意+
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