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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 十二月に入ったある日の晩、夕食を終えた椿が自分の部屋で勉強をしているとドアの向こうから父親に声を掛けられた。
 夕食の時に話し忘れていたことでもあったのかと思った椿は手を止めて部屋の扉を開ける。

「何かご用ですか?」
「うん。あのさ、再来週にホテルの開業一〇〇周年の記念パーティーがあるんだけど、椿ちゃんも行かない?」
「私が出席してもよろしいのですか?」
「勿論だよ。百合ちゃんは行けないから僕と二人なんだけどいい?」

 これまで椿は朝比奈家と水嶋家が主催するパーティーにしか出席していなかった。
 今回の主催は両家ではない、ということを考えれば椿が他家が主催するパーティーに出席することが解禁されたということである。
 ある意味で、椿の顔見せという意味もあるとみた。
 母親が一緒ではないことは残念だが、顔見せという意味を考えると行かないと駄々をこねることもできない。

「えぇ。不安もありますが、お父様が一緒ならば大丈夫です」
「良かった。あ、そうだ。併設されてる美術館に行って展示を見てもいいらしいから、時間があったら行っても構わないからね」
「それは楽しみですね」

 用事はそれだけだったらしく、父親はそれじゃ、と椿に声を掛けて部屋の前から立ち去って行った。
 今までは必然的に身内が多かったので、誰が来るかも分からないパーティーに出るのは不安でしかないが、いずれは出なければならないことになるのだから遅いか早いかの違いだけである。
 せめて顔見知りが居ればいいのだが、と思い椿は再び机に向かう。

 ホテルの一〇〇周年記念パーティーまでの間に椿は冬休みへと入り、合間に毎年恒例の水嶋家主催のパーティーに出席したり、両親とパーティー用のドレスを買いに行ったりと、慌ただしい日々を送っていた。

 そしてパーティー当日を迎え、膝丈のダークグリーンの襟ぐりが広く開いたキャップスリーブドレスを着た椿は父親と共に会場であるホテルへと向かう。
 出掛ける前に母親から食べ過ぎないようにとの注意を受け、車内でも父親に同じ注意を受けた椿は口を尖らせながら「分かってますってば」と口にしていた。
 椿の返答に苦笑して謝罪している父親であったが、心の底から悪かったとは思っていないようである。

「ごめんね、椿ちゃん」
「もう怒ってませんから」
「それは良かった。そうそう、今日のパーティーだけど一応、春生と恭介君も招待されているはずだよ」
「そうなのですか?」

 恭介が居るのであれば心強いと椿は一人でも知り合いがいる状況にホッとした。

「それにしても、ホテルの記念パーティーに招待されるなんて朝比奈陶器が何か協力してるんですか?」
「うん。ホテルのメインダイニングで朝比奈陶器の食器が使用されてるからね」

 それにホテルだったら来ないだろうし、と父親がボソッと言ったのを聞いて、そういえば美緒の母親の実家である秋月家はホテル経営をしていたことを椿は思い出した。
 父親が小声で口にしたということは、つまりそういうことだろう。
 ならば、秋月家の関係者は絶対に居ないはずである。
 だから父親は椿を誘ったのだなと思い至った。

 ほどなくして車はホテルに到着し、一〇〇周年記念パーティーが行われる会場に椿は父親と足を踏み入れる。
 途端に周囲からチラチラと視線を向けられた。
 椿は相手の顔を一瞬見ただけであるが、水嶋家と朝比奈家のパーティーでは見掛けなかった顔ばかりである。
 これは完璧なアウェーであると思い、椿は笑みを浮かべながらも冷や汗が流れそうになる。

 父親と一緒にホテルの総支配人に挨拶を済ませ、ホテルの関係者に挨拶をしていく。
 それらも終えた椿は知人と会い会話が弾んでいる父親から離れて、一人壁にもたれ掛かっていた。
 壁にもたれて会場内を見渡してみると、椿は恭介も伯父も見つけられなかったが、ある一人の女性と目が合った。
 彼女はニコニコと笑みを浮かべながら椿の方へと近づいてくる。
 確か、彼女は母親の友人である音羽真知子だったはずだ。

「音羽様、ご無沙汰しております」
「お久しぶりね。まぁ、ドレスが良く似合っていること。やっぱり若い子のドレスは丈が短くなくちゃいけないわ。椿さん。肌を見せられるのは今のうちだけなんだからね」

 ざっくばらんな真知子の態度と口調に椿は思わず笑みを零す。

「ところで椿さんのお父様は居らっしゃらないのかしら? 全くこんな可愛い子を一人にしておくなんて」
「父は話の長い方に捕まっておりますので、仕方ありません」

 椿が父親の居る方向を見つめると、真知子もつられてそちらに視線を向ける。
 父親と話している相手が本当に話が長いと評判の男性であったことを真知子は確認して納得した。

「なるほどね。ところで百合子さんはお元気?」
「はい。また同級生の皆さんと集まりたいと申しておりました」
「そう。それじゃ恵美里あたりに声を掛けてみようかしら」

 ハキハキと喋る真知子を見ていると裏表のない性格をしているのがよく分かり、椿は話していてとても気持ちのいい女性だと感じていた。

「椿さんがこのようなパーティーに参加されているということは、他のパーティーへの出席が許されたということなのかしら?」
「そのようですね」
「まぁ、それはちょうど良かった。実はね、三月に音羽本家が主催するお花見があるのだけど、椿さんも出席しない? うちは分家筋なのだけれど、本家の方と親しくさせていただいているから本家には話を通しておくし、基本的に親族とその友人家族しか招待しないのから変な人も来ないし」
「あの、お誘いは嬉しいのですが、私の一存で決めることはできませんので」

 申し訳なさそうな口調と顔で椿が口にすると真知子も失念していたのか、しまったという顔をしていた。

「そうよね。身内の気楽なパーティーだからと失念していたわ。ごめんなさいね。後で椿さんのお父様にも話をしておくから考えてくれると嬉しいわ」
「はい」
「それじゃ、良いお返事を期待しているわね」

 彼女も忙しいのか、それだけ言うと椿の元を去って行く。
 真知子が立ち去り、一人になった椿は再び壁にもたれ掛かる。
 話し相手が居ないと物凄く暇だと椿は腕を組んで斜め上を眺めているとどこからともなく誰かに声を掛けられた。
 声がした方へと椿が顔を向けると、そこにはいつも通りメガネをかけているものの髪の毛を上の方でまとめている鳴海が立って居たのである。

「……鳴海さん?」
「そうです。鳴海です」
「貴女も招待されておりましたのね」
「私が、というよりは父がですけど。パーティーは人脈を広げるのに最適な場所ですから、父はよく出席してるんです。今日は私が冬休みでしたから出席したのですが、まさか朝比奈様にお会いできるとは思いませんでした」

 どことなく嬉しそうな顔をした鳴海を見て、椿は彼女も知り合いが誰も居ない状況で不安だったのだなと察した。

「私も父に誘われましたのよ。特に予定もございませんでしたから。でも、知り合いがほとんど居ない状況でしたので鳴海さんに声を掛けていただいて安心しましたわ」
「あ、いえ。お父様と一緒に挨拶していたのは拝見していたんですけど、中々話し掛ける機会がなくて……。今見たらお一人だったので、チャンスだと思ったんです」
「あら、父と一緒にいるときに声を掛けて下さってもよろしかったのよ?」
「だって、朝比奈陶器社の方ですよ? 私みたいな……あ、」

 前に椿が成金だからと卑下する必要は無いと言ったことを思い出したのか、鳴海は言葉に詰まってしまう。

「心配なさらずとも、父は家柄で人を判断なさる方ではありませんわ。むしろ私と仲良くして下さっているのですから、きっと喜びます」
「そ、うでしょうか?」
「えぇ。……噂をすればなんとやらですわね。お父様」

 知人との会話が終わった父親がタイミング良く椿のところへとやってきた。
 父親は椿の隣にいる鳴海を見て、ニッコリと微笑みかける。

「お父様、こちら同じクラスの鳴海清香さんです」
「あの! 初めまして! 鳴海清香です。朝比奈様にはいつも良くしてもらっていて」

 椿から紹介された鳴海は早口で自己紹介をして勢いよく頭を下げた。
 そんな鳴海を父親は穏やかな笑みを浮かべながら見ている。

「初めまして。椿の父親の朝比奈薫です。娘はあまり交友関係が広い子ではないから、友達がいるのか不安だったんだけど、鳴海さんのような人が側に居てくれるなら安心だね」
「いえ! そんなことないです! 朝比奈様には助けてもらってばかりで」

 父親の言葉を受け、鳴海は下げていた頭を上げて頭と手を横に大きく振りながら口にした。

「それを仰るなら、私のほうこそ鳴海さんに助けられておりますわ。友人が少なくてクラスで浮いてしまう私に話し掛けてきて下さいますもの」

 鳴海は「そ、そんなことないです!」と慌てて口にしているが、父親に挨拶するのはそんなに緊張することなのだろうか、と彼女の態度を見て椿は思ってしまう。
 しばらく談笑していた椿達であったが、近くを通りがかった知り合いに父親が呼ばれてしまった。

「呼ばれてしまっては仕方ないね。残念だけど、失礼するよ。……鳴海さん。これからも娘と仲良くしてやってね」
「こ、こちらこそ」

 去って行く父親に鳴海は何度も頭を下げていた。
 父親の姿が見えなくなり、ようやく鳴海は落ち着きを取り戻す。

「そんなに緊張なさらなくても」
「でも、機嫌を損ねてしまって朝比奈様の側に居るのは相応しくないとか言われるかもしれなかったじゃないですか。あれで大丈夫でした? 私、変なこと言ってませんでした?」
「だ、大丈夫でしたわよ。父は嘘を言うような方ではございませんもの」

 何度も何度も椿に大丈夫かと聞いた鳴海は、最終的には納得したのかどこか安心したような表情を浮かべている。

「……でも、朝比奈様が私に助けられていると言っているのを聞いて私、本当に嬉しかったんです。少しくらいは朝比奈様の役に立てたんだなって思って」
「一年の頃は休み時間の度に図書室で過ごしておりましたから。鳴海さんから話し掛けてくださるのは助かっておりますの。それに体育の授業などの二人一組でやらなければならないことも率先して私と組んで下さいますし、あぶれることがなくなったので本当に助かっておりますのよ?」

 こういう機会でもなければ言えなかったことを椿は鳴海に伝える。
 だから気にするなと言いたかったのだが、鳴海の表情はどんどん暗くなっていく。
 どことなく重々しい雰囲気になってしまったが、それまで黙っていた鳴海が口を開いた。

「それは……打算です」
「え?」
「最初は噂と違って、そう怖い人でもないし二人一組にならなくちゃいけないときにいつも一人だったので、体育祭のときの恩返しだと思って行動してました。でも、朝比奈様と話す機会が多くなって、内面を知るにつれて私は朝比奈様ともっと仲良くなりたいと思うようになったんです。だから、朝比奈様が一人のときは率先して一緒に居るようにしていただけなんです。善意とかじゃないんです……」

 そういう意味での打算かと椿はホッとする。
 てっきり朝比奈家と水嶋家の恩恵を受けたいという話なのかと思い、椿は身構えてしまった。
 けれど、鳴海は椿と仲良くなりたいということは、つまり。

「……つまり、鳴海さんは私と、その……お、お友達になりたいということなのかしら?」

 お友達の部分で声が裏返ってしまい、いくら嬉しくてもこれはない、と椿はその場から逃げ出したくなる。
 だが、鳴海は椿の声が裏返ったことには触れずに、ためらいがちに口を開いた。

「身の程知らずなのは分かってますが、朝比奈様の仰る通りです。私は朝比奈様と友達になりたいんです」

 言い終えた後で鳴海は床に視線を落とし、手をいじっている。
 椿も椿で、鳴海から友達になりたいのだと言われ、視線を彷徨わせていた。

「私と友達になったりしたら鳴海さんのご迷惑になるかもしれませんけれど。ほら、私は他の生徒から怖がられておりますから、鳴海さんも同じように見られてしまうかもしれませんわよ? それでもよろしいの?」
「大丈夫です。元から友達は多い方でもないので問題ありませんし、今も付き合いが悪くなったとかも無いので大丈夫です」
「……それならば、別に構わなくてよ」
「本当ですか!」

 鳴海は途端に顔を上げて椿に近寄ってきたので、思わず後ずさってしまう。

「え、えぇ……。鳴海さんさえよろしければ」
「はい! よろしくお願いします!」

 鳴海の嬉しそうな声に椿も笑みを浮かべる。
 しかし、今回は千弦や佐伯の時とは違い、椿は鳴海に素の姿を一切見せていない。
 彼女は椿の内面を見て、と言っていたが、そうなると素の姿を見せたりしたら幻滅されてしまうのではないだろうかと椿は不安になる。
 今まで鳴海に見せていた姿や言ったことは嘘ではないが、高慢そうな言い方をしていたので、ギャップは相当なものだろう。
 椿はなるべく鳴海の前でははっちゃけないように気を付けようと誓った。

 その後も二人は世間話を続けていたのだが、鳴海は彼女の父親に呼ばれてしまい椿と挨拶を交わした後に立ち去ってしまった。
 相変わらず恭介の姿が見当たらない状況なのもあり、椿は併設されている美術館へ行こうかと考える。
 少なくとも時間つぶしにはなるだろうと思い、椿は美術館へと足を向けた。
 関係者しかパーティーに招待されていないこともあって、美術館はかなり空いている。

 美術館は二階建てになっており、一階は骨董品が多く展示されている。
 江戸時代の茶器や漆工、ガラスなどがあり、説明文を読みながらへー、ほー、ふーん、と言っては展示品を見て回っていた。
 人がほとんど居ないこととあり、ゆっくりと見ていた椿は、二階に展示されている絵画を見に行こうと階段を登り始める。
 二階が見える位置に差し掛かったところで、椿は真正面に黒髪と金髪の男がいることに気付いた。
 幸い彼らは椿に背中を向けて絵画を見ており、こちらに気付いてはいない。
 後ろ姿で分かる。あれは恭介とレオンである。間違いない。
 気付いていないうちにさっさとずらかろうと思い、椿は見なかったふりをして階段を降りようとしたが、登っている時には気にならなかったヒールの音がやけに大きく響いて聞こえる。
 ヒヤヒヤしながら階段を降りて椿は気付かれてないよね? と二階を見上げると、呆れた顔をした恭介と笑みを浮かべているレオンと目があった。
 バレバレであった。

 彼らは階段を降りて椿の前までやってくる。

「ご無沙汰しておりますわね。お元気でした?」
「あぁ。椿も元気そうで何よりだ」
「レオン様も招待されておりましたのね」
「総支配人が父と友人でな。その関係で招待されたんだ」

 会場内には外国人の姿もあったので、椿は特に気にして見てはいなかったのだが、レオンと父親も居たらしい。
 来日してるなんて聞いてないと椿は恭介を恨みがましい目で睨み付けた。

「レオの滞在は数日だったから言う必要はないと思ったんだ」
「出席が決まったのが急だったから言う暇が無かったんだよ。それに椿に会えるとも思っていなかったからな」
「いえ、少し驚いただけですから」
「驚いた割にはすぐに逃げ出してたけどな」

 椿は余計なことを言った恭介を勢いよく睨み付けるが、彼は視線を逸らしてあらぬ方向を見つめていた。

「別に気にしていない。それよりも椿に会えただけで俺は嬉しいけどな。ダークグリーンのドレスがよく似合っている。綺麗だ」
「……どうも」
「馬子にも衣装だろ」
「椿、お前のイトコの目が節穴のお陰で俺は無闇な争いをせずに済んでいるらしい。それだけは感謝だが、椿の美しさに気が付かないとは可哀想なことだ」
「僕はレオの目が心配になるけどな。色気より食い気の女のどこかいいのかサッパリ分からない」
「恋を知らない男の言葉ほど軽いものはないな」
「恋に溺れた男ほど愚かなものはない」

 恭介もレオンもうっすらと笑いながら軽い口調で話していたので、本気で口にしている訳ではないのだろう。
 聞いている椿からしたらケンカをし始めるのではないかとヒヤヒヤしたが、笑いながら小突きあったりしているので、彼らのいつもの会話なのかもしれない。

 結局、三人でしばらく話していたが、父親が椿を呼びに来たことで帰宅することになってしまった。
 後半はずっと美術館にいたので、大丈夫なのかと父親に聞いてみたが、挨拶しなければならない人には挨拶を終えていたので問題は無いとの答えが返ってくる。
 ついでにレオンの父親と総支配人が友人だとは知らなかったとも言ってたので、父親にとってもレオンが居たことは予想外だったのだろう。
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