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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

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 夏休みが終わり、二学期が始まって那須への自然学校を間近に控えたある日の放課後、椿は二階の校舎の窓から美緒達が大人しそうな女子生徒を連れて歩いている姿を見つける。
 大人しそうな女子生徒のオドオドとした様子から不穏な気配を感じ取った椿は、急いで美緒達の後を追いかけていくと敷地内の温室へと辿り着いた。
 温室の中に入る直前に何の用でここまで来たのか、美緒達に対する言い訳を椿は考えたが、思い浮かばなかったので、ありのままを話す事にしようと思い温室の扉を開けて中に入る。
 扉の開く音で誰かが来たと分かったのか、美緒達が勢いよく振り返った。

「ちょっと! 誰……ゲッ、朝比奈椿!」

 嫌な奴が来たとでも思ったのか、美緒は顔を歪めている。
 椿が見たところ、大人しそうな女子生徒を囲んでいる美緒達以外には誰も居らず、見たままをいえば、体育祭のときの鳴海と同じような状況だと感じた。
 というか、同じである。
 だからこそ、美緒は突然現れた椿の姿を見てゲッ、などと口にしたのだ。
 大人しくしていろと言っていたにも拘わらず、再び同じことをしている美緒に対して椿は、わざとらしいため息を吐いた。

「な、何よ! 私は何もしてないわよ! そうでしょ!」

 このままでは恭介にあることないことを吹きこまれると思ったのか、美緒は大人しい女子生徒に向かって同意を得ようと話し掛けた。
 彼女は美緒の勢いに飲まれたのか、黙ってコクコクと何度も頷いている。

「ほ、ほら。私達は園芸部の彼女に聞きたいことがあったから案内して貰っただけよ。それを貴女が勘違いしたんでしょ?」
「本当にそうですのね?」

 椿は腕を組み、美緒に向かって凄んでみせると、彼女は「当たり前でしょう!」と口にして、もう用事は済んだから、と取り巻きを引き連れて温室からそそくさと出て行ってしまう。
 残された椿は、同じく残された大人しい女子生徒に話を聞こうと口を開く。

「ねぇ、貴女」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 何でもないんです! 許して下さい!」

 椿が口を開くや否や、青ざめた彼女は大声で一方的に話した後、逃げるように去っていってしまった。
 置いてきぼりをくらった椿は、温室で頭を抱える。
 美緒の報復を恐れたのか、椿を恐れたのか、はたまたその両方かは分からないが、被害者と思われる女子生徒に逃げられるとは思わなかった。
 だが、確実に美緒は彼女に対して何かをしていたはずなのだが、女子生徒本人が何でもないと言っている以上、椿が出しゃばる訳にもいかない。
 本当に美緒が彼女に植物のことを聞いていただけかもしれないが、真実は分からない。
 一応、杏奈と千弦にもあの女子生徒の情報を聞いておこうと椿は思い、温室から立ち去った。

 翌朝、椿が教室の自分の席に座って担任が来るのを待っていたところに、同じクラスの鳴海が近づいてきた。
 彼女は椿の前の席の生徒に断りを入れ、椅子に座って椿に話し掛けてくる。

「ごきげんよう、朝比奈様」
「ごきげんよう、鳴海さん。あまり行儀がよろしくなくてよ」

 横向きに座っている鳴海に椿は軽く注意をするが、彼女は全く気にしていない様子で話を続ける。

「朝比奈様のお耳に入っているか存じませんけど、二学期になってから八組の小松こまつさんがターゲットになっちゃったみたいですね」
「ターゲット?」
「えぇ、体育祭以降は大人しかったのですが、我慢できなかったみたいですね。二学期になってから一人にターゲットを絞ったらしいって噂です。でも誰も攻撃されてる現場は見てないんですよね。ただ、小松さんが立花さんに連れて行かれる頻度が多いってだけなのと、立花さんのグループの生徒から聞いたって情報があるだけですけど」

 鳴海の話を聞いた椿は、もしや昨日の大人しい女子生徒が小松なのだろうかと思い、女子生徒の特徴などを彼女に聞いてみる。
 鳴海の詳しい説明により、温室で美緒達と一緒にいた大人しい女子生徒が小松本人であるということが確定した。
 なぜそんなことを聞いてきたのかと鳴海に訊ねられ、椿は昨日あったことを彼女に伝える。

「やっぱりそうなんですね。立花さんは質問してるからって言ってたみたいですが、お聞きするだけだったらわざわざ取り巻きを連れて行く意味ありませんもの。元々、小松さんと仲良くしていた子が立花さんのグループに入ったことで、彼女も自動的にグループに所属することになっただけらしいですし、可哀想ですね」
「大人しそうな子でしたから、今更一人だけグループを抜けることもできないのでしょうね。それにしてもなぜ、彼女だけが……」

 確かに小松は『恋花』のもう一人のヒロインである透子の性格に似通っている部分はあるが、美緒は以前から主人公二人の性格に当てはまる生徒を無差別に攻撃していたはずだ。個人を執拗に攻撃するとは、何か理由があるのだろうか。

「それが、立花さんのグループの子がお手洗いで話しているのを私、個室に居たのでお聞きしたのですが」
「誰がいらっしゃるか分からない場所で話すなんて迂闊ですわね」
「本当に。……でも、言ってる本人達も意味が分かってなかったようなので、聞かれても問題ないと思ったのかもしれません」

 どういうことだと思い椿は首を傾げる。
 頭にクエスチョンマークのついた椿に気付いたのか、鳴海が詳細を説明し出す。

「『名前が一緒だからあんたがそうなんでしょ』って美緒様が言ってたけど、あれどういうことなんでしょうか? って話してたんですよ。何のことやら私も意味が分かりませんけど」
「名前? ……あの、ちなみに小松さんの下のお名前って御存じ?」

 椿は猛烈に嫌な予感がして鳴海に訊ねてみた。

瞳子とうこさんですよ。小松瞳子さん。瞳に子供の子で瞳子さん」

 小松の名前を聞いた瞬間に椿は机に突っ伏した。
 美緒のことを馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だと椿は思っていなかった。

 『恋花』のもう一人の主人公の名前は夏目透子だ。下の名前が同じだったとしても、偶然なだけで小松が夏目透子になるはずがない。
 そんなことにも気付かなかったのだろうか。もしくはそれだけ美緒が追い詰められているということだろうか。
 どちらにせよ、このまま椿は黙っているわけにいかない。美緒を止めないと小松が追い詰められて取り返しがつかないことになりかねない。
 手っ取り早くもう一度、現場を押さえるしか打つ手はないが、美緒のグループ内で取り巻き達が連携をとっていたとしたら厄介かもしれない。
 体育祭以降、美緒は大人しくしていると椿は思っていたが、もしかしたら、美緒が取り巻き達に椿の居場所を知らせるように命じていた可能性もある。


 美緒と接触をしていなかった椿が知るはずもないが、実際のところ、彼女は大人しくしていた訳ではなく、グループ内外関係なく言い掛かりをつけていたのをグループ内のみに限定して行っており、グループ内の生徒達に対して、外部に漏らして椿が出てきたらお前らも巻き添えにしてやると言っていたので表沙汰にならなかっただけである。
 美緒のグループの生徒達は親が医者の生徒が多く、大人しく控え目な生徒が多かったことと、当初は一人だけではなく無差別だったので生徒達は我慢していただけだった。
 けれど、二学期に入ってから小松一人をターゲットにしてしまったことで、彼女に同情した数名が仲の良い外部のグループの生徒に事情を話してしまったのである。
 そこから、ゆっくりと噂が回って、こうして椿の耳に入った訳だ。

 鳴海は一度被害に遭っている現場を椿に見られていたので念の為に伝えてただけであった。
 なんとかしたいと椿は思っているが、小松に攻撃している現場を押さえなければ美緒に注意しても昨日のように逃げられてしまう。

 だが、運良く新学期早々に自然学校がある。そこでならば美緒達の気が緩んで現場を押さえるのは可能かも知れないと椿は考えた。
 尤も現場を押さえたとしても、昨日と同じく小松に逃げられる可能性もあるし、本当のことを言わないかもしれない。これは椿の評判が悪いせいでもある。
 小松のフォローは千弦にお願いしたほうがいいのかもしれないと考えた椿は後日、彼女に詳細を話したのだった。


 こうして迎えた自然学校当日。
 初日は午前中に移動。昼食を食べた後に、クラス毎に施設や工場の見学に行く予定であった。
 希望者の登山があるのは二日目なので、初日の生徒達は心なしかはしゃいでいたりする。

 椿は鳴海が常に隣にいる状態で過ごし、施設の見学を終えてホテルへと戻ってきていた。
 ホテルの部屋に入り、椿は椅子に座って休憩している。
 同室になっているのは、言うまでも無く朝比奈椿係となっている鳴海だ。
 友達と同じ部屋になりたかっただろうに申し訳ない気持ちになったが、鳴海が引き受けてくれなかったら、椿がたらい回しになっていたことは確実であった。

「避暑地だけあって涼しいですね。カーディガンを持ってきて正解でした。友人が那須に別荘を持っているので、今の時期は羽織る物がないと、と申しておりましたので。ところで朝比奈様も那須に別荘を持ってたりするんですか?」
「家の父親名義の別荘は持っておりませんわ。朝比奈の祖父や水嶋家でしたら各地に別荘がございますが。そういう鳴海さんは別荘をお持ちなの?」
「成金ですからね。お金持ちの象徴である別荘は必須アイテムですよ。とは言っても、小さい別荘なんですけれど」

 荷物の整理をしながら、鳴海は軽い口調で口にしている。

「あ、夕飯は六時からでしたよね?五時半には部屋を出た方がいいですね。夕食は中華らしいですよ。私、点心が好きなので楽しみなんです」
「こちらのホテルの料理長は、都内の高級ホテルで料理長も務めていた方のようですので、素晴らしいお料理だと思いますわ」

 鳴海と二人で夕食が楽しみだと話しながら、夕食の時間を待った。
 そして五時半になり、椿と鳴海は部屋を出て、食事場所となる広間へと移動する。
 入口の前に教師が名簿を持って立っており、椿と鳴海はクラスと名前を教師に伝えて広間へと入った。
 入口でチェックは済んでいるので、自由にどこにでも座っていいことになっている。
 椿は周囲を見渡し、杏奈の姿を探したが、見つけることができない。

「朝比奈様、こちらの席にしましょうか」

 さっさと席を決めた鳴海が、キョロキョロと周囲を見渡している椿に向かって話し掛けてきた。
 てっきり鳴海は友人とご飯を食べるものだと思っていたので、杏奈の姿を探していた椿は彼女の言葉に驚いてしまう。

「……私とですか? ご友人と一緒でなくてもよろしいのですか?」
「この広い会場で見つけるのは至難の業ですから。それに食事くらい一緒にとらなくても友情にヒビは入りません」
「それはそうですけれど。あまり私と一緒に居るのを他の方に見られてしまうと、鳴海さんのご迷惑になりますし……」

 積極的に椿と行動を共にしている姿を多数の生徒に見られると、鳴海の評判が落ちるのではないかと彼女は心配しているのだ。
 そんな椿の心配を他所に、鳴海は飄々とした口調で答える。

「鳳峰学園では、成金は見下されているのですから、成金である私が歴史ある朝比奈家のご令嬢に取り入っているところを見られたくらいで、今更どうということはありません。それに私の友人達は私のことを中身で判断してくれていますから問題もないです」

 さぁ、と言って鳴海の隣の席を手で促す。

「では、お言葉に甘えますわ。それと、あまりご自分で成金だと卑下なさらない方がよろしくてよ。成金と申しますけれど、貴女の親御さんは一代で財を成せるほど商才のある素晴らしい人物だということでしょう。むしろ、そのような優秀な方が親御さんであることを誇りに思うべきですわ」

 会社を潰す寸前にまで追いやった成金でもなく由緒正しい家柄でもない椿の実父を思えば尚更である。
 鳴海は椿からそんな言葉を聞けるとは思っていなかったのか、目をぱちくりとさせている。

「鳴海さん、お品書きはご覧になりまして? 干アワビのステーキがあるのですって。蒸し点心と国産牛の炒飯も気になりますわね」
「……私は、デザートのタピオカ入りココナッツミルクの方が気になります」
「杏仁豆腐ではなくて残念なところです」

 夕食のお品書きを見ながら、椿は話していたので気付いてはいなかったが、鳴海は少しだけ彼女に対する印象を変えたのだった。


 夕食の時間が近づいてきて、生徒達が続々と広間に集まり始める。
 集まり始めた生徒達の中に杏奈や千弦の姿もあったが、椿は立ち上がって手を振り回してここだよ! とやるわけにもいかない。
 幸い、椿の視線に気付いた杏奈が彼女の正面の席へと腰を下ろして、同席している鳴海に挨拶をしていた。
 鳴海に向けていた視線を椿へ向けた杏奈が話し掛けてくる。

「あーあ、天国は今日までか」
「初等部の生徒は問答無用で登山に回されましたものね。明日が憂鬱ですわ」
「まだ涼しいのだけが救いよね」
「本当に」

 明日の登山のことについて椿が杏奈と話していると、広間に美緒のグループが入ってくる。
 彼女達は近くの席に集団で座ると、美緒を中心として談笑し始めた。
 傍らには席がなくて狼狽えている小松がいるにも拘わらず、美緒達は彼女を無視して話を続けている。
 さすがにこれはダメだろうと思い、椿が注意しようと席を立ちかけたが、先に美緒達の近くに座っていた千弦が立ち上がって小松に話し掛ける。
 立ちかけた椿は、隣に座っている鳴海に制服の裾を引っ張られたので、大人しくそのまま座り、成り行きを見守った。

「小松さん? 席がございませんの?」
「え? あの……」
「でしたら、私とご一緒致しませんか? ちょうど席がひとつ空いておりますの。私、観葉植物について一度、小松さんとお話ししたいと思っておりましたのよ? さぁ、こちらにいらして下さいな」

 ニコニコと笑みを浮かべながら小松の背中に手を回して、千弦は彼女を自分達の座っている席へと案内する。
 その様子を美緒は面白くなさそうな顔をして眺めていた。

「とりあえず、千弦さんが動いて下さって助かりましたわ」
「話を通しておいて正解だったわね」

 椿の席からは小松の居た場所は少し遠かったので、千弦が先に動いてくれて助かった。
 それにしても、美緒のあからさまな態度が気に掛かる。
 明日は、登山と施設見学のグループで分かれているため、椿は美緒を見ていることはできない。
 初等部からの持ち上がりである杏奈や千弦も同様だ。

 できるだけ早く現場を押さえたい椿は、夕食後に担任へ登山から施設見学の方へと変更させて貰えないかと頼んでみたが、やんわりと断られてしまう。
 ガックリした椿がトボトボと歩いていると、千弦から声を掛けられた。

「正当な理由も無く変更できるわけありませんでしょう?」
「ご覧になっておりましたの?」
「夕食のときにこちらを見られてましたから。それと、小松さんでしたら、明日は登山の方へと変更していただきました。立花さんとのトラブルを引き合いに出したら先生方から許可が出ましたので」

 さすが、教師からも信頼を寄せられている千弦だ。
 学校側も現状をなんとかしたかったとみえる。
 とりあえず、明日の心配はしなくてもよくなり、椿はホッとする。

「それから、明日の登山ですが、私の側には近寄らないようにお願い致します」
「……え?」
「小松さんが椿さんを怖がっておりますのよ。登山に変更していただいた条件として椿さんが側にいらっしゃると困ると仰っておりましたので」
「そういえば、逃げられた実績があるんだった」

 これは椿の方から小松に近寄るのは無理だと理解し、椿は項垂れる。

「……では、小松さんのことは千弦さんにお任せします。何とか私の方でも現場を押さえて注意はしますので」
「とにかく、今は立花さんから遠ざけることが優先ですものね。小松さんのことはお任せ下さい。それとなく話も伺ってみますので」

 千弦によろしくと言い残し、椿は鳴海の待つ部屋へと戻って行った。


 翌日、登山コースの生徒達がロビーに集まり、バスに乗り込んで出発する。
 事前に椿は杏奈と共に山を登ると言っていたため、鳴海は友人達と一緒に行くことになっていた。
 到着したバスから降りて生徒達が各々スタートしていく。
 登山グループには恭介や佐伯、篠崎もおり、彼らは他の男子生徒達を伴って出発していた。
 美緒は教師の機転により、最初から施設見学グループへと回されていたため、登山は非常に平和なものであった。

「上手く千弦さんが事情を聞き出してくれてればいいのだけど」
「まぁ、藤堂さんなら大丈夫でしょう」

 千弦に小松が怖がるから近寄るなと言われている椿は、千弦達よりも随分と先を歩いていた。
 椿が小松に事情を聞けない以上、千弦に頼むしかない。

 昨晩はチャンスを逃してしまったが、椿はどうやって美緒が小松を攻撃している現場を押さえるかを考えながら、三時間ほどの登山を終えた。

 ホテルに戻った椿は夕食まで時間があったので、千弦から今日の情報を聞こうとして彼女の部屋を訪ねた。
 同室の蓮見から、まだ小松から話を聞いている最中だと聞かされ、椿は千弦が帰ってくるまで部屋で待たせてもらうことにする。


 一方で、千弦は小松から話を聞いて一人憤っていた。
 無差別で攻撃していたときは、一度だけしか言わないということや椿が口を出したことで、(表向きは)一旦収まっていたということもあり、さほど問題があるとは思っていなかったのである。
 だが、今回の小松の件は極めてたちが悪い。
 早急になんとかしなければと思い、千弦は小松と別れて美緒を探しに向かった。
 さほど時間も掛からずに、千弦は美緒を見つけて彼女に声を掛ける。

「立花さん、お話ししたいことがあるのですが、お時間よろしいかしら?」
「何よ、旅行に来てまで文句を言うの?」
「文句ではございません。注意です。お間違えなきよう」
「もうすぐ夕食だから嫌」

 フンとそっぽを向いた美緒に千弦はため息を吐く。

「でしたら、昨日の小松さんへの態度ですが、今ここで申し上げてもよろしいのですね」

 人気の無いところで言うつもりだったが、構わないのだな? と美緒に凄んで見せると、それは困るのか彼女は千弦を鋭く睨みつける。

「美緒様、このような場所で騒ぎを起こされますと、後々面倒になりますから。ここは大人しく藤堂様についていくべきかと」

 琴枝の言葉に、美緒が周囲を見渡し始めて、自分達が注目を浴びていることにようやく気付いたらしい。

「仕方ないから話だけは聞いてあげる」
「では、こちらに」

 ホテルの非常階段口から外に出て、非常階段の踊り場で千弦は美緒と向き合った。
 成り行きで琴枝も一緒にいるが、問題は特に無いだろうと千弦は気にも留めずに話し始める。

「貴女のやっていることは幼稚で浅はかで醜い行為です。すぐにお止めなさい」
「あれは罰ゲームよ。私の言ったことを聞かなかったから罰を与えただけ。他のグループの人間が口を出さないでよね」
「友人関係において無抵抗の方に一方的に罰を与える行為は存在しません。大抵のことは謝罪で事足ります。貴女のなさっていることはゲームの範疇を超えています」
「まーた、鳳峰の生徒うんぬん言うつもりなの?」

 あー嫌だ嫌だ、と言いながら美緒は冷ややかな笑みを浮かべている。

「鳳峰の生徒としてではなく、人として最低の行いをしているのだと申し上げているのです」
「なんですって!?」
「何でもかんでもご自分の思い通りになると誤解なさっておいでですが、貴女にそのような権限はございません。親の権力を盾にして偉そうになさるのはお止めなさい。みっともない。そもそも、水嶋様と親しくする女子生徒がいらっしゃるとして、貴女に何の関係があると言うのですか? 口を出す権利をお持ちなのは椿さんだけですわ。恥知らずも大概になさいませ!」

 これまで、美緒は千弦から注意を受けたとしても、やんわりとしたニュアンスのことしか言われていなかったので、ここまで攻撃的な物言いをされて二の句が継げないでいた。
 口をパクパクとさせている美緒を横目で見た千弦は、彼女から思いっきり顔を逸らして非常階段から立ち去って行った。

 残された美緒は手に持っていたハンカチを思いっきり壁へと叩きつける。

「何なのよあいつ!」
「美緒様」
「恥知らず!? 恥知らずですって!? この私を!」
「美緒様、落ち着いて下さい」

 琴枝の制止にも耳も貸さずに、美緒は癇癪を起こしている。
 すると、部屋に居ない美緒や琴枝を不審に思っていたグループの生徒達が、騒がしい声がする非常階段へとやってくる。
 彼女達は癇癪を起こしている美緒を見て、かなり引いていたようであるが、理由を琴枝から説明されて納得したようであった。

 癇癪を起こしていた美緒であったが、大声を出してすっきりとしたのか、ようやく落ち着きを取り戻す。
 落ち着いた美緒を見て、彼女の機嫌を良くしようとしたのか、戸草、柏木かしわぎ、大地が口々に千弦を非難し始める。

「それにしても、藤堂様もこのような場で言わなくてもいいと思いませんか?」
「正義感が強い方ですからね。やはり、人目につく場所で小松さんを無視したのがいけなかったのでは?」
「他のグループの揉め事にまで口を出すなんて、空気が読めない方ですよね」

 勿論、彼女達は本気でそう思っていた訳ではないが、美緒の機嫌が再び悪くなって八つ当たりされるのを恐れたのだ。

「やっぱり、親が政治家だと子供も似るものなんでしょうか?」

 柏木の言葉に美緒が食いついた。

「政治家? あいつの親って政治家なの? だとしたら口が立つはずよね」

 美緒と千弦は幼稚園が一緒だったのに知らなかったのかと思った面々であったが、それを口にしたら確実に彼女は機嫌を悪くするので、誰も指摘したりしない。

「学校の先生達も藤堂様には一目置いているみたいだし、肩身が狭いですね」
「何よ、政治家ってそんなに偉いわけ?」
「藤堂様のお祖父様は元首相ですし、藤堂家自体が議員を多く輩出している名門ですから」

 だから、学年内でも権力を持っているのだと戸草が続けると、琴枝は美緒が投げ捨てたハンカチを拾い、綺麗に折りたたんだ後でポツリと口にする。

「でも、政治家って大変ですよね。ほら、自然学習初日の朝にテレビのニュースでやってたじゃありませんか」

 琴枝の言葉を合図に、彼女達は今朝のニュースのことを話し始める。

「確か、違法献金の件でしたっけ? あれってどこから情報が漏れるんでしょうね」
「その議員の秘書とかじゃないですか? ニュースでも言ってましたし」
「ですよね。この間も政治家の人が汚職事件で問題を起こしてたし、女性関係とか別の違法献金問題で会見をしてたりとか」
「でも藤堂議員はクリーンなイメージの政治家だからスキャンダルとは無縁ですよね」

 それまで大人しく四人の話を聞いていた美緒が彼女達に話し掛ける。

「ねぇ汚職事件とか違法献金とかってなに?」
「え? あ、汚職事件というのはですね……」

 頭に? を浮かべている美緒に大地がなるべく分かりやすく説明をする。

「つまり、マスコミさえ味方につければ、罠に嵌めることも可能なんだ……」

 ポツリと呟いた美緒の言葉に四人は言葉をなくす。

「実際、本人が白でも、マスコミが黒だと言えば黒になりますから可能でしょうね。そのマスコミから逃げる為に政治家の先生が立花病院によく入院なさってますもの」
「ちょ、ちょっと琴枝さん!」
「事実じゃないですか。それに」

 美緒に聞こえないように琴枝は小声で戸草に耳打ちする。

「あの方はそこまで頭は回りませんよ」

 耳打ちされた戸草は琴枝を見つめて、声には出さずに確かに、と口を動かした。

「美緒様、そろそろ夕食の時間ですので、一度部屋に戻りましょう」

 未だに何かを考えている美緒に琴枝が声を掛けて、一行は部屋へと戻る。

 部屋へと戻る途中で最後尾にいた、とある生徒がニヤァと口元を歪めて嗤っていたのだが、彼女の変化に残りの四人は誰も気付けなかった。 
+注意+
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