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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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水嶋本社の自室で春生は弁護士から上がって来た離婚協議書に目を通し、最終確認をする。
倉橋ももっと粘るかと思ったが、案外あっさりと手を引いたあたり、ようやく自分のしでかした事の重大さに気付いたのかもしれない。
それにしても、あの倉橋の愛人・秋月奈緒子にも困ったものだ。
幼少時より、百合子を目の敵にし張り合ってきた。
彼女の環境を考えれば当然の事だと言えるが。

元々秋月奈緒子の母親は、春生達の父親である水嶋総一郎の婚約者候補と言われていた。
ホテル経営が好調だった秋月家に問題は何も無く、本人も総一郎を慕っていたらしく自分こそが水嶋家当主の妻になるものだと信じ切っていた。
だが、総一郎は春生達の母・八重と出会ってしまった。実は最初の婚約者候補は八重であったのだが、本人の病を理由に断っていたのだ。八重自身は庶民の出では無かったが、秋月家よりは大分格下の家の出だった。1度断られた相手との結婚に周囲は反対し、なんとか秋月との縁談をまとめようと躍起になった。しかしそんな周囲の反対を他所に総一郎は八重との結婚を推し進め、結局強引に結婚してしまう。
そこに至るまでに秋月奈緒子の母が暴走し、方々に被害が出てしまった為秋月家の縁談は頓挫し、総一郎自身が水嶋の規模を今の2倍にすると豪語した為、周囲も拳を下ろす他なかったのだが。
そして有言実行で本当に規模を2倍にした総一郎の手腕は大したものであると周囲は感心する他なかった。

総一郎と八重は結婚後すぐに渡仏しそこで日系スーパー等の会社を興し年々事業を拡大して行った。
そして春生が4歳の時に日本に帰国し、水嶋の後を継いだのである。
一方、秋月奈緒子の母は親族の男性と結婚し、百合子と同い年の娘・奈緒子を生み落とすと彼女が幼い頃から洗脳を始める。

『あの女の子供に負けるな』

そう聞かされ続けた奈緒子は百合子の事を敵視し始め、張り合って来た。
最初は単純に母親の愛情が欲しかっただけだ。実際、奈緒子が百合子に勝てたものがあると、奈緒子の母は大げさなくらいに奈緒子を褒め称え、愛情を与えてくれた。
母親の愛を得たい為に奈緒子は百合子に嫌がらせをし続けた。
百合子は元々おっとりした子なので、それらを我関せずでスルーしていたのだが、それがさらに奈緒子の自尊心を傷つけエスカレートする結果になってしまった。

その結果がまさか、倉橋に色仕掛けして籠絡させ、百合子と倉橋を結婚させ、百合子の出産後のタイミングでバラす事になるとは思ってもいなかった。
奈緒子はあるパーティで倉橋を見た時にこの計画を思いついたのだ。倉橋は見た目が百合子の兄の春生と似ており、性格も俺様タイプで百合子の周囲にいるような、水嶋の名前に気圧され下手に出るような男達とは真逆のタイプであった。
箱入りで人を疑う事が無い百合子なら簡単にのめり込んでしまうだろうと奈緒子は考え、名前と年齢を偽り倉橋に近づき誘惑し、倉橋と付き合い始める。
そして百合子に関する無い事ばかりを倉橋に吹き込み自分の味方にし、水嶋と縁続きになれば倉橋は恩恵を受けられるとその気にさせ、倉橋を利用し百合子を口説かせた。
案の定、百合子は今までに居ないタイプの男性でグイグイ引っ張って行く倉橋の姿に百合子は夢中になった。
たまに『前の彼女の事が忘れられないんだ』と言っては百合子に自分が彼を支えなくてはと思わせ、奈緒子の計画通り簡単に結婚まで運ぶ事に成功した。
その後、百合子に子供が生まれたタイミングで生後数か月の我が子を連れて百合子の前に現れた。
秋月の家の反対にあい別れたが、子供が出来た事が分かり奈緒子が倉橋に連絡をしたら、すでに百合子と結婚していたとありもしない嘘を百合子に告げた。
心優しい百合子は自分の母と同じく自分もまた彼女の幸せを壊してしまったと良心の呵責に苦しんでしまった。しかも相手が秋月の娘だったのだから尚更だ。

そうしてあっさりと倉橋の家の主導権を百合子から奪い、奈緒子は勝利と優越感に酔いしれていた事だろう。
奈緒子は倉橋の事を駒の1つくらいにしか思っていなかった。その証拠に悪事がばれた時点で奈緒子はさっさと実家に戻っている。

今回秋月家に対して水嶋家があまり強く出れないのも、総一郎との一件のせいだった。
水嶋の方から持ち掛けていた縁談で水嶋と秋月の間で話はまとまりかけていたのをひっくり返したのだから、今回のような事が起こっても水嶋は秋月を糾弾する事は出来ない。完全に水嶋が撒いた種だからだ。言うなれば自業自得でしかない。

定期的に百合子や椿の事を知らせに来ていた倉橋を信用した事が愚かだったと春生は後悔している。
それにまさか奈緒子が自分を犠牲にしてまで百合子に関わって来るとは春生は想像もしていなかった。
さらに言えば、同時期に恭介を産んだ春生の妻の産後の肥立ちが悪く、百合子の事にまで手が回らなかったと言うのもある。

この負の連鎖をいい加減止めたい所だが、椿と美緒が同い年の時点でそれは無理だろう。
自分勝手な大人の事情に巻き込まれた幼い子供達に対し春生は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「専務。協議書はそれでよろしかったでしょうか?」
「あぁ、業務外の事なのに悪い」
「いえ。構いません」

淡々とした口調で宮村は春生から書類を受け取りファイルにしまいこんだ。
これであの倉橋との縁が切れると思うと清々する。
百合子と離婚し、水嶋は倉橋から手を引く。これだけ聞けば手ぬるいと思うかもしれない。
だが、元々倉橋の会社は他社製品の委託販売を主としてやっていた。水嶋の縁者だからと商品を委託していた会社もあっただろう。
だからこそ、水嶋と何の関係も無くなったと聞けば、今まで委託していた会社は一斉に手を引くはずだ。
売り物が無くなれば売上は落ち、経営は困難になる。そうなれば倒産するのも時間の問題。
優秀な人材がトップであるならば、潰れるのは免れるかもしれないが、あの男には無理だろう。大体優秀であったなら、自社製品の開発くらいとっくの昔にしているはずだ。
水嶋は離婚して仕事の口利きをしなくなっただけだ。それは世間から見れば当たり前の事で、そうされても仕方ない事だと納得してくれる。よって、従業員の恨みを買うハメになるのは倉橋を始めとする経営陣だ。
余計な恨みを買うのはご免だが、ただで見逃すほどこちらもお人好しではない。

春生が椅子の背もたれに体を預けた瞬間、部屋の電話が鳴り、宮村が受話器を取り対応した。
用件を聞いた宮村が一旦保留にし、顔を上げ春生に問いかけてくる。

「専務。朝比奈様がお見えになっているそうですが」
「会議とでも言っておけ」
「畏まりました」

宮村は春生が会議中であると受付に話し、電話を切った。
どうせ大した用事でもないのだから、わざわざ時間を割いて会う必要性もないだろう。
午後から取引先の社長との打ち合せが入っている為、重要事項の確認をしていると、突然扉が開き、人が飛び込んできた。

「ほら!会議なんて嘘じゃん!居るじゃないか!ひどいよ春生」
「不法侵入で警備員に突き出すぞ。どうやって来た」
「受付で途方に暮れてましたのでお連れ致しました」

遅れて入って来た鈴原があっさりとネタばらしをしてくる。
鈴原とは高校時代からの付き合いだが、相変わらず上司を上司とも思わない男だ。
ちなみに目の前に居る男は朝比奈薫。お互い鳳峰学園初等部の頃からの付き合いになる。
朝比奈陶器社長の三男で、今は朝比奈陶器のデザイン開発部に所属し陶器類の絵柄のデザインを主に担当している。それとは別に、たまに絵を描いては収入を得ているらしい。なぜ人気があるのか不思議なほどだが、薫の絵画はかなりの高値で売れているらしい。
初等部の頃から隣に居て、いつの間にか周囲には親友だと思われていた。母親がドイツ人なだけあって、色素が薄く彫が深い美形である。だが見た目に反して温和な性格で少々頼りない面もあるけれど、人格は保証できる男だと春生は長年の付き合いから知っていた。

「で、アポも取らずに何の用だ」
「百合子さんを僕に下さい」

ちょっと待て、お前今何て言った?仕事の話じゃないのか。なぜここで百合子の話が出て来るんだと春生は思わず頭を抱えた。
そんな春生に気付く様子も無く、薫は話を続ける。

「離婚するんでしょ?もたもたしてたら他所の男に取られちゃうじゃないか!今の内に言っておかないと」
「そもそも予約制じゃねぇよ。大体まだ離婚は成立してないし、成立しても半年経たないとは再婚出来ないだろうが」
「それでもいいから!椿ちゃんだっけ?その子の面倒も見るよ!ちゃんと百合子さんも椿ちゃんも愛すし幸せにするからさ」

言い出したら聞かない男だと長い付き合いで春生は理解してはいる。思わず口調が荒くなってしまったが、ここには鈴原と宮村しか居ないので何の問題も無い。
薫が百合子に対して好意を持っているのは知っていた。と言うか、倉橋の事が無ければ百合子と結婚していたのは薫であったのだ。
百合子が倉橋と結婚した後、2年ほど海外を彷徨っていたのは、単なる失恋旅行だったのだろう。
人格はまぁ、問題は無いし百合子と椿を大事にすると言う言葉に嘘も無いだろう。
兄としては、妹には今度こそ幸せになってもらいたい。

「だったら頑張って百合子を口説くんだな」
「えー口利きしてくれないの?」
「当たり前だろうが!それぐらい手前でやれ。それで百合子がお前と再婚するって言うなら俺も親父も文句は言わない。好きにしろ」
「ちょこっと協力してくれたりとかは?」

三十路のおっさんが上目遣いするのはやめろ。ちっとも可愛くないんだよ。

「しない」

拒否の言葉を口にすれば、薫は口を尖らせブーブー文句を言っている。
すると部屋の電話が鳴り、鈴原が受話器をとる。

「朝比奈様、会社の方からお戻りになられるよう連絡がきております」

 未だ文句を言っている薫に向かって鈴原が電話から耳を離し内容を伝える。
薫は、えぇーもう?と文句を言いつつ、こちらに別れの挨拶をし名残惜しそうに部屋から出ていったのだった。

「相変わらず台風のような方ですね」
「テンションが高いだけだ」

でも類は友を呼ぶとも言いますしねと言う鈴原のセリフは聞かなかった事にした。それを言うならお前も類友なんだがなとは言わなかった。不毛な言い争いは避けるに越したことは無い。
薫が出て行って30分後、またもや部屋の電話が鳴り、鈴原が受話器をとり、用件を聞く。

「専務、百合子様がお見えになっております」

本当に薫は運が無い男だと憐れみながら、春生は百合子に会う旨を伝えてもらった。
数分後、富美子を伴った百合子が部屋に姿を現した。心なしか興奮しているようにも見える。

「お仕事の最中に申し訳ありません」
「いや、まだ時間はあったから大丈夫だ。それでどうした?」

用事もないのに会社に来るはずが無く、急ぎの用件であるのは明らかだろう。
ましてや電話でなく直接となれば事は重大であると考えてもいい。

「あの、恭介さんからお手紙を届けに参りました」
「恭介から?私にか?」
「えぇ。椿からお願いされましたの。私もお兄様が恭介さんを避けているのは良くない事だと思っておりましたのよ。丁度良い機会ですし、少しは歩み寄る事も必要ではありませんか?」

百合子からの提案を春生も理解は出来る。
春生も好きで恭介を避けている訳では無い。
妻の理沙が亡くなり、春生はその死に目に会えなかった。仕事で地方に出ていた為、容体が急変したと言われてもすぐに駆けつけることも出来ず、病院に付いた時にはすでに理沙は旅立った後だった。
理沙にしがみつき泣いている恭介は目に入らなかった。
言い訳にしかならないが、それだけショックを受けていたのだ。元から体が弱かったが、出産が出来ない程ではなかった。だが、産後の肥立ちが悪く寝込むことが多くなっていった。

理沙が亡くなった後の半年間の記憶はおぼろげだ。仕事はちゃんとしていたらしい。
気付いた時には、恭介はこちらを見ないようになっていたし、何より恭介に理沙と同じあの目で見られるのが怖かった。
恭介越しに理沙に責められるような気がして怖かった。『なぜ来てくれなかったのか』そう責められるのが恐ろしかった。
だから気付いた後も恭介を避け、気付けばもうどうやって接すれば良いのか分からなくなっていた。
このままではいけない事は自分でも分かっている。
だが、今更どうすればいいのか分からず、この有様だ。
改善するきっかけが目の前にあるのであれば、抗う事なく従うべきかもしれない。
それに直接会うのではなく手紙なら自分の素直な気持ちを伝えられるかもしれない。

「確かに百合子の言う通りかもしれないな。手紙は必ず読む」
「では確かに。きちんとお返事を書いて下さいね」
「あぁ、分かった」

百合子は春生が手紙を受け取ったのを確認した後、付き添って来た富美子を伴い帰って行った。
春生は手紙をしばらく見た後、そのまま鞄に仕舞い込んだ。

「読まれないのですか?」
「家に帰ってからな」

責めるような鈴原の視線を受け流し、春生は午後からの仕事の確認をし始めた。
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