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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 新学期が始まり、以前よりは頻度が減ったとはいえ、美緒は相変わらず恭介の側に居る状態が続いていた。
 ただ、前のように無闇やたらと恭介の腕に自分の腕を絡めたりするような接触はしなくなり、美緒が興味のあることを喋っているだけである。
 恭介は、そんな美緒に返事をする訳でもなく、彼女と視線も合わさずにマイペースに行動している。
 恭介が切れたことにより、美緒も思うところがあったのか、これまで授業中以外は恭介の教室まで来ていたのに、今では、たまの休み時間と昼休みと放課後くらいしか近寄ってきてはいなかった。
 どういう心境の変化だろうかと不思議に思ったが、椿が美緒に聞いたところでまともに答えが返ってくるとは思えない。
 だが、美緒との接触が減っている状態であり、恭介が特に何も椿に言ってこない状態であるのならば、余計なことをして彼女を刺激するのは止めた方がいい。
 美緒を刺激した結果、恭介にしわ寄せが行っても困る。

 そして、四月後半になり、春の遠足で椿達は都内の動物園に来ていた。
 動物園が休みの日であったため、鳳峰学園の貸し切りで園内には中等部の二年生しかいない。
 貸し切りということで、クラスごとの班など無く、自由に他のクラスの友人と見て回ってもいいことになっていた。
 当然、椿は杏奈に声を掛けており、二人で園内を見て回ることになっている。

「さて、どこに行く?」
「パンダは人が多そうですわね。ですが、パンダの写真を撮ってほしいと菫と樹にお願いされておりますから、参らないわけにも」
「じゃ、しばらくベンチに座って生徒達が引くのを待ちましょうか」
「そうね」

 さすがに、一番人気とあって、パンダがいる場所は人だかりができていた。
 椿も杏奈も、あの人混みの中に突っ込んでいく勇気も気力も持ち合わせていない。
 杏奈と二人で近くのベンチに腰を下ろして、生徒達が流れていくのを観察する。

「あ、水嶋様」

 杏奈の言葉に視線を向けると、恭介が佐伯と篠崎を伴ってパンダのいる方向に歩いている最中であった。
 すぐ後ろには、美緒と烏丸の姿もあり、隙あらば恭介に話しかけにいっている。
 美緒の陰に隠れているものの、恭介に話し掛けている烏丸の姿を見て、転んでもただでは起きないとはこのことか、と椿はある意味で感心した。

「あの二人、話が合うとは思えないのですが」
「合うわけないでしょ。烏丸さんが渋々くっついてるだけだもの。同じグループに属してるけど、実質二つに分かれてるし」
「それ、同じグループでいる必要ありますの?」

 椿の問いかけに、杏奈は黙って首を振る。

「烏丸さんにしたら、水嶋様にしつこく言い寄る立花さんが嫌われて遠ざけられれば良いと思ってるんでしょ。で、後釜に自分が収まろうって算段なんじゃない?」
「ある意味で利害が一致してるわけですわね」

 利害の一致と言っても、美緒が烏丸の考えに気付いているとは思えない。
 今は、自分に従っている烏丸に機嫌を良くしているだけだろう。

「あそこのグループも脆そうよね」
「どうかしら? 脆そうに見えて意外としっかりしてるかもよ? それに、本当に脆かったらとっくに崩れてるでしょう?」

 それがないということは、一定の統率は取れているということなのだろう。
 真正面からぶつかることがあったら面倒そうだなぁ、と椿はぼんやりと人混みを眺めながら思っていた。
 すると、パンダを見ている恭介が一瞬だけ椿に視線を向けてきたのに気が付いた。
 何か用事でもあったのかとも思ったのだが、ほんの一瞬だったので、大した用事でもなかったのだろうと椿は判断し、再び人混みを眺め始める。 
 人混みを眺めていた椿は、恭介達がパンダの場所から離れたのを見てベンチから立ち上がった。

「相変わらずの民族大移動ね」

 一気に人が減ったパンダが展示されている場所を見て、椿は正直な感想を口にする。

「人が少なくなってよろしいのでは?」

 興味が無さそうに呟いた杏奈と共に、恭介の後を付いて行った生徒達がごっそりと居なくなったパンダ達を、椿達は思う存分に見ることができたのだった。
 だが、椿の目の前にいるパンダはずっと笹を一心不乱に食べているだけで動こうとしない。

「なんというか、もっと積極的に動いて欲しいものですわね」
「……ねぇ。さっき水嶋様が椿さんを見てたのって、一心不乱に笹をむさぼるこの子を見て、椿さんを思い出したからじゃ」
「……まさか、そのような話があるものですか」
「でも、この場所に居たよね? 水嶋様」

 真偽の程は後で恭介に聞くとして、答えようによっては、あいつ泣かす。

「ほら、パンダの写真を撮るんでしょ?」

 杏奈からデジカメを差し出されたことで、恭介に対して憤っていた椿は本来の目的を思い出して落ち着きを取り戻した。そして、一心不乱に笹を食べているパンダや寝転がっているパンダを写真に収めたのである。

「もっと愛らしい姿を収めたいものね」
「赤ちゃんパンダじゃないと無理じゃない? 大人のパンダは意外と大きいし」

 確かに、杏奈の言う通りであると、レンズ越しに大人のパンダの怠惰な姿を見て実感する。

「そろそろ次に行こうか。水嶋様も先に進んでるだろうしね」
「恭介さんの後だと、人が少なくてゆっくり拝見できるので助かりますわ」

 まばらになった生徒達の姿を眺めつつ、椿は杏奈と共に次の場所へ移動を始める。

 恭介のことだが、常に美緒のグループの女子生徒達が側にいる状態は可哀想だとは思うが、何から何まで彼女たちを制限してしまうと、不満が爆発して収拾がつかなくなってしまう。
 恭介もそこら辺は理解しているので、美緒を含めた女子生徒達が側にいることを許容していると言っても良い。
 現時点では一定の距離は保たれているからこそ、恭介は何も言わないのだろう。

 その後、椿と杏奈は、通常よりもゆっくりとした足取りで、動物達を見て回っては写真に収めていた。
 椿は帰りの車内で、志信に頼んで撮った写真を現像してもらおうと考えていた。習い事が終わる頃には出来上がっているはずである。

 椿がベンチに座ってデジカメの写真を確認していると、隣に座っている杏奈が声を掛けてきた。

「ねぇ、最近…」
「朝比奈様」

 杏奈の言葉を遮って少しだけ息を切らせた蓮見が椿に声を掛けてきた。
 小走りできたのか額に汗が浮かんでいる。
 そんなに焦って何の用なのだろうかと思い、椿はベンチから立ち上がる。

「蓮見さん、何かご用でしょうか?」
「八雲さん。少しばかり朝比奈様をお借りしてもよろしいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。では、朝比奈様。ちょっとこちらへ」

 椿の質問に答えてくれない蓮見に、やや強引にその場から連れ出される。
 何を聞いても答えてくれなさそうな雰囲気の蓮見の後ろを、椿は大人しく付いていくしかない。
 蓮見が人気のなさそうな道を進んでいく様子に、椿は何か秘密の話をされるのではないかと察することができた。
 ある場所に到着して、蓮見は足を止めて振り返り、椿と視線を合わせてくる。

「朝比奈様。あちらの陰からちょっと奥を覗いてみてください」
「え?」
「早く」

 蓮見に急かされ、椿は大人しく言われた通りに陰から覗いてみる。
 覗いた椿の視線の先では、美緒とその取り巻き達が一人の女子生徒を囲んで、何やら話をしている最中であった。
 囲まれている女子生徒が、俯いて黙っていることから、友好的な雰囲気とは言いがたい。
 どちらかと言えば、美緒にあまり良くないことを言われている、といった風に見える。

 そこへ、颯爽と現れた千弦がたった一人で乗り込んでいき、美緒達と話をし始めた。
 美緒の表情から察するにあまりいい話ではなかったようで、機嫌を悪くした彼女はその場から取り巻きを引き連れてさっさと立ち去ってしまう。
 千弦は攻撃されていた女子生徒に話し掛け、彼女は何度もお辞儀をしては足早にその場を後にした。

 一人残された千弦の元へ蓮見が駆け寄り、椿のいる方に向かって指をさした。
 こちらを向いた千弦は椿がいることに多少驚いたようであったが、すぐに表情を戻して、こちらに歩いてくる。

「蓮見さんが見せたかったのってこれ?」
「えぇ。朝比奈様は、どう思われました?」
「どうって……一方的に立花さん達が責め立てているようにしか見えなかったけど」

 椿の返事を聞いた蓮見は「やっぱり」と呟く。
 同時にため息を吐いた千弦が、詳細を椿に説明し始める。

「これまで、学校であのような場面を何度か目にしたことがありますの。私のグループの子達も何人か被害にあったようで。見かけたら注意してはいるのですが、立花さんはイジメじゃないと申しますし、被害に遭われた生徒も身に覚えのないことを言われているだけだと……」
「言われている内容とかは?」
「水嶋様に色目を使うな、とか関わるな、とかですわね。けれど被害に遭われた生徒は、特に水嶋様に近づいてはいないようですわ。ただ、連絡事項を伝えたことがある、とは申しておりましたが、それが理由だとしたらあまりに無差別過ぎますわ」

 千弦の話をまとめると、美緒はどんな理由があろうとも、恭介に近寄る女子生徒を許せない。だから文句を言っているということだろう。
 勝手に牽制しているだけだと思えば、無差別なのも納得できる。
 だが、「水嶋様に近寄るんじゃないわよ!」と身に覚えのないことを言われても、言われた方はポカーンとするしかない。
 今は言い掛かりレベルで、まだイジメとまではいっていないが、いずれ文句を言うだけでは済まない事態になるかもしれない。

「もしかして、立花さんが恭介の側にいる時間が減ったのって」
「えぇ。あのようなことをなさっているからですわ」

 なんという無駄なことをしているのだろうか。
 知らなかったときは、恭介の負担が軽くなっているのだから良しと思っていたが、他のまともな生徒が被害に遭うのはさすがに見て見ぬふりはできない。

「エスカレートする前にどうにかしないと」
「一応、先生の耳にはいれてあるのですが、あまり強くは出られないみたいですわね」
「あぁ、寄付金か」

 これまで、教師が美緒に対して注意はしても、強く出ることができなかったのは、立花家が多額の寄付金を鳳峰学園に納めているからだろう。
 教師からの注意というのも、立花家以上に寄付金を納めている水嶋家が関わっているときだけであったことから、教師には期待できそうにない。

「今回は、もう終わってしまったから仕方ないけど、次に見かけることがあったら私からも言ってみる」
「ほどほどに。あの手のタイプは、追い詰めすぎると何をなさるか分かりませんわよ?」
「えぇ」

 頷いた椿は、そこで千弦達と別れて杏奈の元へと戻って行った。
 ベンチに座ってデジカメをいじっていた杏奈は、椿が戻ってきたことに気付いて片手を挙げる。
 椿は、杏奈の隣に腰を下ろして、先ほど自分が見たことの説明をした。

「あぁ、ここ最近、私の友達も何人か言われてるみたいね。身に覚えがなさ過ぎて首を傾げてたけど」
「ですが、これまで無差別に牽制などなさらなかったのに、どうして急に」
「それね、さっきベンチに座って考えてて気付いたんだけど、言われてる生徒の性格がさ、大人しくて、控えめな性格の子と明るくて素直でお人好しな子の二パターンに分かれてるのよね。椿さん、気付いた?」

 杏奈からの問いに、椿はしばらく考え込む。
 大人しくて控えめな子と明るくて素直でお人好しな子? それどこのヒロインだよ、と思ったところで、そういえばどちらも『恋花』のヒロインの性格だということに椿は気付いたのである。

「……つまり、ゲームの恭介さんが好きになった女の子と似た性格をしているから、攻撃していると?」
「水嶋様が自分に好意を向けていないと気付いたまでは良かったんでしょうけどね。それで、ゲームのヒロインと似たような性格をしている生徒と水嶋様が仲良くなったら、水嶋様が相手を好きになっちゃうかもしれないから攻撃しよう、という斜め上の思考になったんだろうけどさ。普通はそこに辿り着かないわよ」

 椿は人目があることも忘れて、その場で頭を抱え込む。
 確かに、可能性はある。現在の恭介の好みのタイプを本人から聞いたことは一度も無いが、性格的に『恋花』のヒロイン達のような性格をしている子を好みそうではあるのだ。
 もっとも、そういうタイプはどんな男にでもモテるのだが。

 それにしてもなぜ美緒は、自分を見つめ直して、恭介に好きになってもらえるように努力する方向に行かなかったのか。
 もしかしたら美緒は、恭介に好意を向けられていないことに気付いて、もう一人のヒロインである夏目透子のことを思い出したのかもしれない。
 そこから、『恋花』の美緒や透子と同じような性格をした生徒に矛先を向けるのは、理解できないが。

「あの子、人生二周目でしょう? なぜここまで、相手の気持ちを推し量ることができないのかしら」
「相当、精神年齢が低いんじゃない? まるで小学生よ」
「菫の方がまだ物事の道理というものを理解しておりますわ」

 椿は妹の菫を思い出して、渋い顔を浮かべる。
 七歳児ですら理解できていることを、美緒が理解していないことに椿は頭を悩ませていた。

「私も、さっき椿さんに伝えようと思っていたから、蓮見さんが言ってくれて助かったわ」
「さっき言いかけたのはこのことだったのね。でも、知ってしまったからには黙ってることはできませんわね」
「でしょうね。それに人数が多い分、言われるのは一度だけらしいし、身に覚えが無いことを言われてるだけで、被害に遭った子達もあまり気にしてないみたいでね」
「仮に恭介と仲良くなる女子生徒が出たら、一度だけでは済まされないでしょうね」

 むしろ、その女子生徒に攻撃が集中してしまうことも考えられる。その前に釘を刺しておいたほうがいいのかもしれない。

「椿さんも難しい立場でしょうけど」
「構いませんわ。相手と渡り合う術を持たない生徒を放っておく訳にはまいりませんから。それにしても、私が今まで現場に遭遇しなかったのは、取り巻きの人達が私を避けていると考えていいのかしら?」
「そりゃ、立花さんにとって椿は存在自体が最終兵器みたいなものだからね。椿を怒らせて、立花さんのみならず自分達まで連帯責任で攻撃されたら溜まったもんじゃないと思ってるから、椿の目につかないように避けてるんでしょ?」

 美緒の取り巻き達の中で二人の関係を知っていて、両家の祖父母、母親同士の確執を知っている人間にとったら椿とは関わり合いになりたくないし、できるだけ避けようとするだろう。
 椿を怒らせたら何をされるか分からないと取り巻き達に思われているのならば、彼女の思惑通りになっているといえる。
 だが、向こうが椿を避けているのであれば、こちらが現場を押さえるのは難しいかもしれない。
 杏奈や千弦に知らせてもらっても、言うだけ言って美緒はさっさと立ち去るのならば椿が現場に間に合わない可能性もある。
 現場に遭遇するためにも明日から、校舎の裏を巡回してみるかと考え、椿達は席を立ち、移動を始めた。

 歩き始めてすぐに、椿はクジャクが展示されている場所に恭介が通りがかったところに遭遇する。
 恭介が一羽のクジャクの前に立った瞬間、クジャクは彼の方を見ながら、それは見事な羽を大きく広げた。
 オスのクジャクに求愛行動をされた恭介は、何ともいえない表情を浮かべながら、クジャクが展示されている場所からそっと立ち去って行った。

 恭介のフェロモンは種族の壁すら越えるらしい。
 ある意味凄いと椿は感心し、少し可哀想にも思ったので、恭介がクジャクに羽を広げられたところを見ないふりして足早に立ち去ったのだった。

 こうして遠足が終わり、自宅に帰った椿は、現像した写真を片手に菫と樹に動物園であったことを事細かに説明しては、二人に質問攻めにされたのだった。
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