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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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その日、いつものように椿は図書室で図書委員の仕事をしていた。

椿の座るカウンターには、ほとんど人が来ることが無く、相変わらず暇な時間が多い。
たまーに、ごくまれに、他人の評価を気にしない浮き世離れしている生徒が一番近いカウンターにいる椿のところまで来ることはあった。
そういうときは、なぜか図書室が緊迫した雰囲気になり、付近にいる生徒達の意識が椿に集まるのである。
と、いっても椿は普通に貸し出し作業をするのみなので、付近にいる生徒達の期待には応えられそうもない。
椿が普通に作業を終えて、生徒が本を持って図書室を出て行くと、ようやく付近にいる生徒達の意識が椿から逸れる。
たまーに、ごくまれにこういう事があるのだが、図書室を利用する常連はいい加減慣れてもらいたいものだ。毎回、注目を浴びるのは疲れてしまう。

このときも、浮き世離れした生徒が持ってきた本の貸し出し作業を終えて、椿はホッと一息つく。
そして、作業途中であったカバー用フィルム貼りを再開するべく、視線を机に落とす。
カバー貼りに集中していた椿は気付いていなかったが、視線を机に落としてからすぐに、1人の男子生徒が椿のカウンターの前までやってきていた。

「すみません」

その生徒から話しかけられるが、作業に没頭している椿には聞こえていない。

「すみません」

再度、その生徒は椿へと話しかける。今度は先ほどよりも少しだけ大きな声である。
だが、それでも椿はその生徒に気付かない。
いや、聞こえてはいたのだが、まさか自分に話しかける生徒がいるはずが無いと思い込んでいたのだ。
恐らく、隣に座っている図書委員に話しかけているのだろうと判断していたのである。

けれど、隣に座っている図書委員から肩を軽く叩かれたことで、椿は作業の手を止めて図書委員の方を向いた。

「何かしら?」
「いえ、あの」

目線を泳がせている図書委員が椿の斜め前に視線を送っている。
その視線につられて椿も前を向く。
そのときにようやく、椿は目の前に男子生徒がいたことに気付いたのである。

「あら、気付きませんでした。申し訳ありません」
「別に構わないよ。それよりもこれを」

そう言って男子生徒は本を椿に差し出した。
本を受け取った椿は貸し出し作業を始める。
すると、途中で隣に座っていた図書委員が司書に呼ばれて席を立った。

「すみません。すぐに戻って参りますので」
「お呼び出しですもの。仕方ありませんわ。焦らずとも大丈夫です」

恐る恐る口にする図書委員に椿は気にするなと声をかける。
何度も何度も謝罪の言葉を口にした図書委員は司書のところへと向かって行く。
それを見て、椿は視線を戻して貸し出し作業を終わらせるべく、男子生徒から差し出された学生証のコードを読み取った。

「返却は2週間後ですので、お忘れにならないようにお願いしま」

す。と続けようとして椿は言葉に詰まってしまう。
何の気なしにチラリと見た男子生徒の学生証の名前を見てしまったからだ。

篠崎大和しのざきやまと

学生証にはそう書かれていた。
それを見て椿は、なぜ攻略キャラが自分のカウンターに?と驚いてしまい言葉に詰まってしまったのである。
攻略キャラに会うのは佐伯以来だ。なるほど彼が篠崎大和か、と思い、椿は目の前に立つ篠崎を仰ぎ見る。

篠崎大和。
『恋花』の攻略キャラの1人である。
切れ長の目をメガネで隠した優等生キャラ。
中等部と高等部では、生徒会長を務め、教師や生徒からの人望が厚い生徒であった。
正義感が強く、義理人情を重んじる性格。
ゲーム内では、椿から苛められる美緒をよく庇っていた。それが、縁となり交流が始まり、やがて恋に落ちるのである。
そして、篠崎ルートの場合の椿も、もちろん死ぬ。
恭介以外のルートの場合、椿は幸せいっぱいな美緒を見て、半ば当て付ける形で死ぬことになる。
恭介以外のルートが全部そうなので、かなり手抜きではある。

そして、その篠崎大和であるが、彼は品行方正な人物を好む。
だからこそ、ゲーム内では協調性が無く、水嶋の名前を使って横暴な真似をする椿や恭介を嫌っていた。
けれど、今目の前にいる篠崎はどうなのだろうか。彼もゲーム内と同じで椿や恭介を嫌っていたりするのだろうか。
篠崎の目には何の感情も浮かんでおらず、椿は相手の感情を読み取れない。

「俺の顔に何か付いてる?」

ジッと見ている椿を不審に思ったのか、篠崎が問い掛けてきた。
椿は慌てて首を横に振る。

「いえ、知人の顔に良く似ていたものですから。嫌な思いをさせてしまって申し訳ありません」
「いや、別に構わないよ。俺はてっきり、体育祭の学年別リレーで転んだ奴だと思い出したのかと思っただけだ」

自虐的にそう呟いた事で、椿はあのとき転んだ黒組の生徒が篠崎だったと言うことを知る。
放送でも個人名を出していなかったし、恭介ばかり見ていたので周囲の声も聞こえていなかった。
椿が驚いた様子を見せた事で、篠崎は気付かれていなかったと知り、気まずくなったのか頭をかいた。

「余計な事を言ってしまったかな?」
「いえ……」

と言ったが、椿は続きの言葉が出てこない。
今更、惜しかったですね、と言ったところで空々しいし、頑張ったではありませんか、と言ったところで彼の気が晴れる訳でもない。
そんな、2人の間に微妙な空気が流れる。
篠崎は咳払いをして誤魔化しているが、用が済んだのであれば、図書室から去ればいいのに、と椿は彼を見て思っていた。
咳払いをした篠崎は、椿の隣の席に一瞬だが視線を向ける。
図書委員が戻ってない事を確認した篠崎は、もう一度咳払いをして、視線を泳がせながら言い出しにくそうに椿に話しかけてくる。

「君は、その、」
「はい」

相槌を打ったは良いもの、篠崎はその先を言おうとしない。
何が言いたいのかさっぱり分からない椿は徐々に苛立つ。
確かに、ほぼ誰も来ないカウンター業務をしているとは言え、1人の生徒にかかりきりになるのは印象が良くない。
言う事が無いのであれば、帰ってもらいたいと思い、椿は多少の苛立ちを含ませつつ、口を開いた。

「何が仰りたいのですか?」

椿から促され、篠崎は覚悟を決めたのか話し始める。
周囲に気を配ったのか、小声である。

「君は、朝比奈椿さんで間違いない?」
「えぇ」
「水嶋恭介のいとこであり、婚約者でもある」
「えぇ」

後半は嘘であるが、一応椿は頷いた。

「そんな君に聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
「水嶋恭介の弱点を教えてくれないか?」

篠崎から予想もしていなかった事を聞かれ、椿は「はぁ?」と間抜けな声を出した。
だが、すぐに持ち直した椿は、真面目に恭介の弱点は何かを考え出し、ある弱点を思い出したので、篠崎にそれを伝えようと口を開く。

「左の脇腹です」
「そう言う弱点じゃ無い」

間髪入れずに否定され、椿はムッとしてしまう。
篠崎は椿の機嫌を損ねてしまった事に気付いたのか、小声で「すまない」と口にした。

「いえ、構いませんが。あの、それよりもなぜ恭介さんの事を伺ったのですか?」
「……恥ずかしながら俺は、入学してから一度も水嶋恭介に勝った事が無いんだよ。テストでは、俺はずっと2位。体育祭のリレーでは水嶋に負けた。だから次の期末テストこそ、あいつに勝ちたいんだよ」

力説する篠崎を見て、最近恭介にまとわりついている男子生徒とは彼の事ではないだろうかと察する。
こんな事なら、杏奈から詳しく話を聞いておけば良かったと椿は後悔した。

「……貴方、最近になって恭介さんに良く話しかけておられます?」
「あぁ。勝つためには敵を知らなければならないからね」

こいつ、頭良いけど馬鹿だ!

大真面目に言ってのける篠崎を見て、椿はそう思った。
周囲から探るのならばともかく、直接恭介本人にいくとか何を考えているのだろうか。
いや、正々堂々と思って、恭介本人に近寄っているのかもしれない。

「ですが、恭介さんの弱点として私が存じ上げているのは、それだけですわ」
「やはり、死角無しか……」

弱点らしい弱点を聞き出すことができずに、篠崎は肩を落としている。
恭介の弱点はあるにはあるのだが、さすがに口に出すことはできない。
言ったところで、篠崎が納得するはずもないのだが。
そもそも、恭介の弱点と言えば、『積極的な女性が苦手』『他人とコミュニケーションをとるのが苦手』『好きな人に嫌われるのが怖い』などなど、総評してしまえば『ヘタレ』なのである。
これを言ったところで、普段の恭介を見ている篠崎は絶対に信用しないだろう。
大体、恭介に正々堂々と勝ちたいのであれば、不要な情報のはずだ。

篠崎の欲している恭介の弱点は、何の教科が苦手だとかの勉強面の事だろう。
それこそ篠崎の言った通り死角が無いので、椿は彼の力になれそうも無い。

「何かヒントを得られたらと思ったんだけどな」
「お力になれず申し訳ございません」
「いや、こちらこそ仕事の邪魔をしてすまない」

じゃあ、と片手を上げて挨拶をした篠崎は図書室を後にした。
篠崎の背中を見送り、椿が前を向くと、こちらを見ていたであろう生徒達が一斉に頭を動かして視線を外した。
どうやら、椿と篠崎が話しているのを見ていたらしい。
出来る限りの小声で話していたので、聞こえていなかったと思いたい。

それにしても、と椿は先ほどの篠崎との会話を思い出していた。

ゲームの恭介とは違い、こちらの恭介はちょっとぶっきらぼうではあるものの、水嶋の名前に甘える事もせず、学校行事なども積極的に参加しているかなり目立つ生徒の1人でしかない。
だからこそ、篠崎と恭介がぶつかるはずはないと思うのだが、まさかライバル視される事になっていたとは。

恭介にとっては不運でしかないだろうが、こうなってしまっては仕方ないので頑張ってもらいたい。
こればかりは椿にもどうすることもできない。
できることと言えば、篠崎に弱点を教えないことくらいだ。


この日、図書当番を終えて帰宅した椿に、佳純から一通の手紙が渡された。
椿に手紙を送る人物など、レオンしかいないため、いつものように受け取った後、自室の机の上に放置する。

夕食後に、ようやく椿はレオンからの手紙を読み始める。
最近になって、レオンからの手紙は全て日本語で書かれるようになっていた。
つまり、彼は完璧に日本語をマスターしたということである。
相変わらず綺麗な字を書くよなー、などと思いながら読み進めて、彼の近況報告が書かれた手紙を読み終える。
返事を書くのは後でいいか、と椿は鞄から教科書類を取り出して勉強を始めた。

後日、返事を書くのを忘れていた椿は、日本の風景が印刷されたポストカードに、短くメッセージを書いたものを慌てて送ることになる。
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