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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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恭介との出会いから1週間。椿と恭介の追いかけっこは、もはや水嶋家の定番となりつつあった。
使用人達は微笑ましいものを見る目で見つめている為、恭介の助けにはならず、むしろ恭介の居場所を椿に教える程だ。
恭介の行く先々に現れては、矢継ぎ早に話しかけ返事を強要してくる椿の姿に恭介は根負けし仕方なく相手をしている。
とは言っても人気の無い所を好む恭介の行先など自分の部屋か温室くらいしかないので椿が見つけるのは容易いのだ。
恭介も恭介で病床の母親を見て来たせいか、女性はか弱いものだと言う印象が刷り込まれている為、椿に対して暴力に訴えるような真似をする事は無かった。
そもそも、椿は引き際をちゃんと見極めて恭介に話し掛けている為、恭介がキレる前に毎回撤退している。その為、恭介もしつこくはしてくるが、無理強いしては来ない椿に対し困ってはいるが、心の底から嫌悪している訳では無かった。
いくら人間不信であったとしても、放って置かれるのは嫌だと言うなんとも面倒くさい性格をしているのが恭介なのである。
ゲーム内の恭介とは違い、人間不信も傍若無人も軽度~中度なので、まだ椿の言葉に耳を傾けてくれる余裕がある。
もっとも、ゲーム内での恭介は椿の負の感情に引きずられ感染したと言っても過言ではないので、現時点での恭介はただの小生意気で意地っ張りでちょっと傲慢なガキンチョである。

椿が水嶋家に来るまではどうやって暇を持て余すかと考えてばかりだった恭介は、この1週間暇を持て余す余裕すら無かった事に気付いてはいなかった。
母が亡くなった後、誰かに構って欲しい、愛されたい、自分と向き合って欲しいと恭介は願っていた。
祖父は恭介に対し、水嶋の後継者としてしか接しておらず、その関係は世間一般で言う所の祖父と孫の関係とは程遠かった。
父親である春生も恭介を避け始め、すれ違いの生活を送る日々で恭介は誰にも自分の寂しい気持ちを打ち明ける事が出来ず、孤独だった。
そこに現れたのが椿だ。彼女は恭介の気持ちを知っているかのようにグイグイ恭介のテリトリーに侵入して来る。
『いっしょに遊ぼう』『あの部屋には何があるの?』『この花は何ていうなまえ?』『今日のおやつはモンブランだって楽しみだね』などなど、恭介がいくらすげなく断ってもまるで堪えず、不死鳥のように復活しては毎日恭介に話し掛けて来る。
そんな椿に根負けし、恭介は渋々相手をしているのだ。しかしこれは表向きの理由である。
実際は椿から構われるのが嬉しいのも事実なのだ。自分と血の繋がりがある存在であり、ちゃんと自分と向き合ってくれる椿に恭介は好意的な感情を抱いていると言ってもいい。
だが、恭介には水嶋家の後継者と言う肩書がある以上、自分の感情を表に出すのは憚られた。
祖父から毎日のように『水嶋の男は相手に真意を悟られてはいかん。常に冷静沈着に務め相手よりも優位に立たねばならない』と言われていたからだ。
だから椿の方から話しかけて来てくれて無理やり巻き込まれるのは実のところ有難くも感じていた。

その日も恭介は温室でいつものように椿から話しかけられていた。

「ねぇ恭ちゃん。ささぶねってしってる?」

椿の言葉に恭介は少し考えた後、首を縦に振った。やった事は無いが本を読んで知っている程度であった。

「じゃあ、ささぶね作ってつばきときょうそうしよう」
「いやだ。なんでしょみんがやるような遊びをぼくがやらなくちゃならないんだ」

即答で拒否である。しかしながら、子供の扱いなど簡単だと椿は思っている。大半の男はプライドが高く負けず嫌いである。そして恭介も例にもれずそうであった。

「ふーん。恭ちゃんつばきに負けるのがこわいんだー」
「はぁ!?そんなわけないだろ!ぼくがおまえに負けるわけない」
「じゃあ、つばきときょうそうしてくれるよね?」
「…仕方ないな。そこまで言うならやってやるよ」

少し挑発しただけでこの有様である。
椿は近くにあった長細い葉っぱを2つ程千切り、1つを恭介に渡した。
持って来ていた幼児用のハサミを取り出し、折り曲げた両端の部分に切れ目を入れる。
後は両側を組み合わせて完成だ。
椿は使用した幼児用のハサミを恭介に手渡した。
先ほど椿の手元を凝視していた恭介はぎこちない手つきながらもなんとか笹舟を完成させた。
1回見ただけで作れるとはさすがである、と椿は尊敬の眼差しで恭介を見た。
お互いに不格好な笹舟を手にし、温室の外の川から、せーので同時に流した。

川の流れに乗り移動する笹舟を2人で追いかける。
しかし、外に通じる箇所から笹舟は外に出てしまい、後を追う事は出来なくなった。

「あー行っちゃった。つばきのが先だったね」
「もう一回だ」
「えー」
「ぼくのは初めて作ったからあぁなっただけだ。次はぼくが先になる」

初めてだと言うのを差っ引いても、負けた事が余程悔しいのか恭介から再戦を申し込まれた。
特に断る理由もないので椿は快く引き受ける。

その後、恭介が勝つまで何度も再戦を申し込まれるハメになった。
夕食の時間だと温室まで瀬川が呼びに来るまで付き合わされた椿は、どれだけ悔しかったんだよ、とヘトヘトになりながら思った。

「おいつばき!明日もしょうぶだからな!にげるなよ」

そう言い放ち、恭介は走って屋敷に戻って行った。
残された椿は瀬川から、仲良くされているようで何よりでございます。と言うセリフを頂戴したのだった。


一方、両親の離婚協議は順調に進んでいた。
美緒親子は母親が出ていった時点で既に倉橋家を見限り美緒の母の実家に戻っていると言う。
驚くべきは美緒の母がそれなりの家の出身であったことだ。なぜ父親なんかの愛人になったのだろうか。父親以上の男なんて掃いて捨てる程居ると言うのに不思議でならない。
それに、水嶋が美緒の母に対して制裁を一切加えない事も疑問だった。
ここら辺はゲームの知識しかない椿にはあずかり知らぬ事柄であり、また水嶋家と美緒の母の実家の確執を知らないせいでもあった。
妻と愛人に捨てられた父親は抜け殻のようになり、こちらの提示する条件に考えもせず頷いているそうだ。
海外に行っている祖父は仕事の関係上すぐに戻るのは難しいらしく、全て伯父に任せている。

「父が出て来なくて良かった。あの人だったら倉橋に対する制裁だけじゃなく、倉橋の会社も潰しかねないからな。従業員からの余計な恨みを買うのは避けたい」

と伯父が心底安心したように呟いたのが印象的だった。
椿は子供だからと話し合いに同席することは出来ないが、母親と富美子の話を盗み聞きしているので大まかな状況を把握出来ている。
伯父達に任せておけば父親との問題に片が付くのは時間の問題だろうと椿はもう彼の事は考えない事にした。

笹舟の件から1カ月、恭介は徐々に椿に心を開いてきているような気がしているが、まだ決め手に欠けると椿は考えていた。
椿の事を好きになる必要性はないが、恭介からの信頼を得ないと将来美緒からアクションがあって仮に美緒を好きになってしまった場合のストッパー役が出来ないからだ。
本妻の子と愛人の子。愛人の子である美緒を選ぶのは椿に対する裏切りでしかない。よって、美緒の方を諦めるしか道はない。もしくはゲーム通り駆け落ちするか。
伯父は再婚する気は今の所ないらしく、恭介はこのまま1人っ子のままな可能性が高い。
駆け落ちしてしまった場合、椿が婿を取らないといけないハメになり、非常に面倒な事になる。
そもそも、あの美緒に恭介を任せることなんて出来ないししたくないと椿は考えていた。

恭介と2人でいる時は多いが、大体使用人の目があるので恭介は本音を椿に語ってはくれない。
なので、恭介と使用人の目が無い所で2人きりになり真意を聞かなければならなかった。
恭介から本音を聞き出さない限り、今の彼がどう思っているのか椿は分からず、対策も出来ないからだ。今の時点でちゃんと伯父と仲直りしたいのかどうかを確かめたかった。
覚悟を決めた椿は母親と恭介と富美子と瀬川が居るダイニングの床に寝っ転がり手足をバタバタとさせた。

「やだー!恭ちゃんといっしょにねるぅー!恭ちゃんといっしょじゃなきゃやだー!」
「椿ちゃん。床は汚いから立って頂戴」
「百合子様、そう言う問題ではございません」
「と、椿様は言っておられますが、恭介様いかがなさいますか?」

母達から注意されても椿はそのまま床で手足をジタバタとさせるのを止めない。
令嬢らしからぬ行動をしていると重々承知しているが、これまで教育らしい教育も受けていないのだからこれぐらいは許容範囲内だと思いたい。
恭介はそんな椿の状態を見てドン引いている。

「そこまで言うのならべつにかまわない」

床で寝転がっている椿から視線を外した恭介が、そう瀬川に伝えたのを聞いて椿は即座に立ち上がり、恭介の腕に飛びついた。

「やったー!恭ちゃんのへやにおとまりだー」
「まとわりつくな!床にねていたのにきたないだろ!」

口ではそう言いつつも恭介は腕を振りほどく気配を見せなかった。
そのまま、恭介の部屋に入り、子供用にしてはかなり大きいベッドに飛び乗った。

「行儀がわるい」
「恭ちゃんしかいないからへーきへーき」

椿の返答に恭介はため息を吐き、ベッドの空いたスペースに入って来た。
恭介はベッドサイドにあるスイッチを押して、部屋の電気を消し、代わりにランプを付ける。
オレンジ色の仄明かりが部屋を照らしている。
しばらくお互い無言の時間が続いたが、先に口火を切ったのは椿の方だった。

「ねぇ。かなしくないの?」

何がなんて言わなくても恭介には通じただろう。

「…ぼくは水嶋のあとつぎだ。かなしんでるとこは見せちゃいけないって言われた」
「だれに」

急に低くなった椿の声に驚いたのか、恭介は椿の顔を凝視してきた。

「おこってるのか」

怒っているかいないかで言えば怒っている。子供にそんな我慢をさせた人間に対しての怒りだ。

「だってかなしいものはかなしいよ。つばきもお母さまがもし死んだらってかんがえたらすっごくかなしいもの」
「そう、なのか?」
「そうなの!…ねぇ、恭ちゃんのお母さまってどんなひとだったの?」

母親の事を聞くのは酷なのかもしれないが、本人から聞かなければ真意が分からない。

「お母さまはやさしいひとだった。おみまいに行ったらいつもだっこしてくれて頭をなでてくれた。お父さまもいて、よくはなしかけてくれてた。でもお母さまが死んでからお父様はあんまり家にかえってこなくなって。ぼくと会ってくれなくなった。お父さまはぼくがきらいなんだよ」

ぽつりぽつりと恭介から呟かれる言葉に椿は胸が締め付けられるようだった。
察するに、現時点では母親の死そのものよりも父親から避けられている事の方が彼にとっては重要事項らしい。
母親の死から1年経ち、もう母親には会えないのだと恭介も理解はしているのだろう。
だからこそ、父親に愛情を求めている。

「恭ちゃんは、おじさまとなかなおりしたいと思う?」
「あたりまえだ!でもお父さまはぼくと会ってくれないんだ」

伯父の家族愛を見るに、恭介を嫌っていると言う事はまず無いと椿は考えていた。でなければ水嶋に帰って来る途中の車内で恭介の事を話題にするはずがないのだ。
会ってくれないと言うのであれば、第三者である椿が橋渡しするしか方法はないだろう。

「じゃあ、恭ちゃんのきもちを書いたてがみをおじさまにわたしたら?お母さまにたのんでおじさまにわたしてもらうよ」
「てがみって言ってもなにを書けばいいんだよ」
「んー。そうだなぁ。おしごといつもおつかれさまです、とか体にきをつけてがんばってください、とかいっしょにどこそこへ行きたい、とか。ようは恭ちゃんのすなおなきもちを書けばいいんだよ」
「めいわくじゃないか?ちゃんと見てくれるのか?」
「だいじょうぶ!おじさまはちゃんと恭ちゃんの事だいじにおもってるよ。つばききいたもん」
「ほ、ほんとうか?」

椿は力強く何度もうんうんと頷き、恭介をその気にさせた。
やる気になった恭介はすぐにでも手紙を書こうとしたが、とりあえず夜も遅いので恭介を落ち着かせお互いベッドに横になった。
正直、伯父から恭介の事を聞いたのは車中の時だけで大事だともなんだとも聞いていない。だが、大事に思っているのは確実だろう。例え嘘であっても本当になってしまえば何の問題もない。
後は背中を押してあげるだけで上手く事は回るはずだと信じ椿は目を閉じた。

翌日、朝早くから伯父への手紙を書いていた恭介は、書き上げた手紙を椿に手渡した。
その際、何度も絶対に見るなよ!いいか絶対に見るなよと念を押されたので、違うと分かっていてもフリなのかと勘繰ってしまう。
椿は手紙を開ける事なく母親にそれを手渡すと、母親は絶対に伯父に渡すと約束してくれ、富美子を伴って出ていってしまった。

水嶋の人間て決断すると行動すごい早いなーと颯爽と出て行った母親の後ろ姿を見ながら椿は感心した。
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