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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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文化祭も無事に終わり、2学期の中間テストは大きな問題も無く終了した。
今回の中間テストでは、恭介が相変わらずの首位。3位が千弦で5位に佐伯、12位に杏奈と言う結果であった。
椿はと言えば、1学期の期末テストと同じ13位と言う結果であった。
順位が下がらなかった事に椿はひとまず安心する。

ちなみに杏奈から聞いた話だが、これまでの中間、期末テスト共に『恋花』の攻略キャラである、篠崎大和しのざきやまとが毎回2位をキープしているらしい。

それを聞いても、椿は特に篠崎を一目見てみたいという気持ちにならなかった。
と言うのも、これまで椿は、母親と恭介、美緒のことで手一杯で、さほど攻略キャラを重要視してこなかったからである。
だから、中等部から登場する攻略キャラについても、あまり興味を持っていなかったのだ。

篠崎が中等部にいることは、他の生徒の噂話などで知っていたが、名前を知っているだけで、顔を見たことは無い。
いや、通りすがりにチラッと見たことはあったのかもしれないが、そんなにマジマジと他人の顔を凝視しないので、気付かない、といった方が正しいだろう。
おまけに、恭介という婚約者がいる椿に対して、わざわざ篠崎が格好いいとか言う話をしてくる生徒は杏奈以外には存在しない。
その杏奈も、椿が他の攻略者に興味を持ってない事を知っているので、話題にする事も無かったのである。
ゲーム内でも、優等生であった篠崎は、こちらでもそうらしい。

ついでに、美緒の方はといえば、6位と言う結果だったそうだ。
昼食時にカフェテリアで大声で自慢していたので嫌でも耳に入ってくるのである。
最初からそんなに飛ばして大丈夫なのかと思ってしまうが、そもそも椿が心配する義理もない。

その美緒なのだが、最近特に増長して大変な事になっている。
昼食時もそうなのだが、恭介が佐伯と居る時でも構わずに突撃しているのだ。
前までは、烏丸がブロックしていた事もあり、無闇に突撃する事も無かったのだが、移動する時以外に恭介が1人で居るのがほとんど無い状態に痺れを切らしたのだろう。
佐伯と居ようが、クラスメイトと話していようがお構いなしになっていた。

そして、ある日の昼食時。
椿と杏奈は隅の方で昼食を食べていた。
あまり人に聞かれたくない話をする事もあるので、カフェテリアでは隅の方の席を選んでいる。

「それにしても、あの子すごいわね」

杏奈の視線の先には、料理皿に手を伸ばそうとしている恭介を止める美緒の姿があった。

「手を離せ」
「恭介様は和食なんて食べない!こっちのジャーマンポテトにして!」

ジャーマンポテトの皿を突き出している美緒を一瞥した恭介は、こいつには何を言っても無駄だと思ったのか、彼女を無視して自分の食べたいものをさっさと選んで移動し始める。
無視されているにも関わらず、ずっと恭介に喋りかけている美緒の姿は、ある意味で同情を誘う。

「何度も言ってるけど、あのメンタルは本当にすごいわ」
「水嶋様には逆効果になってるけどね」
「肉食系嫌いだからね。どっちかと言うと大人しくて控えめなタイプを好みそう」
「庇護欲そそるタイプね。特に水嶋様って自分が相手を守ってあげたいって欲が強そうだもの」

根本的に女性は守るべきものとして認識しているのだから、美緒のようにグイグイ来る子は苦手なのだろう。

「でも、面白いわよね」
「何が?」
「水嶋様と性格似通ってるレオとは、女性の好みが正反対なんだもの」

レオンの話が出た事で椿は「へぇー」と興味なさ気に呟いて、杏奈から視線を逸らす。
しかし、椿の行動を気にしていないのか、杏奈は話を続ける。

「レオはどちらかと言えば、守ってあげたいよりも、共に並び立って欲しいって思ってるから。水嶋様は後ろに居て欲しいけど、レオは隣に居て欲しいってタイプね」
「へぇー」
「その好みにあんたバッチリ当てはまってる訳だけど」
「……」

椿は杏奈から視線を外したまま、無言で窓の外を眺めて素知らぬふりをした。

「まぁ、現時点でどうしようも無いんだから言っても無駄か」
「そうそうそう!その通り」
「都合の良い時ばっかり。あんたって奴は」

呆れたような視線を椿に送った杏奈はため息を吐く。

「でも、文化祭終わってから特にひっついてるわね」

居心地が悪くなり、椿は話題を変えた。

「あぁ、委員会の仕事の話をしていようが佐伯君と居ようがお構いなしだもの」
「最近、特に恭介さんの機嫌が悪いからね。あの人の性格考えると私が間に入った方が良いのかも」
「こればかりは放っておいても良いことなさそうだものね。切れる前にストレスで胃をやられそう」

そう。恭介がハッキリと相手を拒絶しようとするのは、最終手段でしかない。
それまでは、どうしても我慢してしまうし、軽い拒否しかしない。
女性に対して強く出ることが出来ないのは分かっていたが、ここまでとは椿も思っていなかった。
我慢強さが仇となり、先に恭介の方が体を壊しかねない。
そうなる前に椿が出るしか無いのだ。
恭介に任せた夏休みの時とは違う。あまり過保護にし過ぎるのもどうかとも思うが、何かのきっかけがない限り、恭介はあのままだろう。
とりあえず、一旦美緒を遠ざけた方が良い。
近いうちに彼女に言いすぎないよう気を付けながら、注意しなければ、と思いながら、椿は昼食を終えた。

しかし、椿達と同じように美緒の行動を睨み付けるように見ている千弦の姿があった事に椿は気付いて居なかった。


それから数日後。
タイミングを見計らっていた椿の元に、杏奈からある情報がもたらされる。

「今、藤堂さんが立花さん連れて裏庭に行ったってさ」
「え?」
「蓮見さんが私に言ってきたのよ。椿さんには言うなって藤堂さんに言われたらしいから、なら私にだったら言っても良いって解釈したんでしょうね」
「杏奈さん経由で私の耳に入ること計算してらしたのね」

蓮見がわざわざ言ってきたと言う事は、服装の注意などではなく恭介の件についての注意をすると言う事だろう。
先を越されてしまったのは仕方が無い。だが、椿が加勢して2対1になるのはさすがにどうかとも思うし、千弦がそうなるのを許さない。
だから千弦は蓮見に、椿には言うなと言付けたのだ。

「どうするの?」

行くのか放っておくのかと問われ、椿は迷うこと無く口を開く。

「行くに決まってるでしょう」

杏奈にそう告げると、椿は裏庭に向かって早足で歩き始める。
裏庭に到着した椿はなるべく足音を立てないように気をつけながら周囲の様子を窺った。
千弦の事だから、校舎に聞こえるような場所で言うはずが無いと思い、さらに奥へと進んでいく。
すると、かすかに人の話し声が聞こえ、椿はそちらの方へと静かに向かった。

木の裏に隠れながら声のする方を覗くと、千弦と美緒が対峙して話をしている真っ最中であった。
初めて美緒が取り巻きを引き連れていない現場を見て、椿は、いつもであれば、取り巻きの数人は居るはずなのに珍しいと思ったのである。

「だーかーらー。恭介様から迷惑だとか言われてないし、あれは恭介様の照れ隠しなんだってば。大体、風紀委員ってだけで、あなたに恭介様の事で何かを言われる筋合いないんだけど」
「恋をなさるのは勝手ですが、相手の気持ちを推し量ろうとしない事に関して私は口を出しているのです。水嶋様は貴女の都合の良いお人形さんではございませんのよ?」
「推し量るも何も、恭介様は私と同じ気持ちなんだから大丈夫なんだってば!」

全く言葉の通じない美緒に千弦が苛立っているのが見て取れる。

「私は、水嶋様が明確に拒絶なさらない以上、口を出す真似はしないと決めておりました。ですが、最近の貴女の態度は目に余ります。まず、未婚の女性が異性の腕に自分の腕を絡ませるなどあってはならない事です」
「いつの時代の人間よ。それに自分の武器を使って何が悪いの?」

そう言いながら、美緒は腰に手を当て、自分の胸を強調し出した。
確かに中学1年生にしてはあるのかもしれないが、所詮は中学1年生である。
美緒が言うほど……な結果に椿は首を捻った。

「ですが、鳳峰の生徒がそのようなはしたない真似をなさるのは許容できません」

きっぱりと言ってのける千弦だが、美緒は全く意に介していないのか涼しい顔を浮かべている。

「お上品な事言ってるけど、結局私が羨ましいんでしょう?」
「……どういう事ですの?」

勝ち誇ったような笑みを浮かべた美緒が得意げに話し始める。

「どうせ、あなたも恭介様が好きとかそう言う話でしょ?鳳峰の生徒として~なんてえらそうな事言ってるけど、結局嫉妬じゃない。みっともないのはどっちよ」
「……そのような事実はございません」
「どうだか。初等部の事だって、聞いてるわよ?随分と朝比奈椿に突っかかって行ってたみたいじゃない」

痛いところを突かれたのか、千弦は表情は変わらないものの何も喋らない。
それに気分を良くしたのだろう、美緒はさらに喋り続ける。

「いくら綺麗事を言ったところで、嫉妬してる以上、私が聞く義理なんてないでしょ」
「……確かに初等部の時は、椿さんに対しての嫉妬があった事は確かです。ですが、今は違います。椿さんは私の大事な友人の1人です。そして水嶋様は椿さんの婚約者です。椿さんと言う婚約者が居られるにも関わらず、言い寄るのはいかがなものでしょうか?」

勿論、千弦は椿と恭介が嘘の婚約者同士だと知っている。
だが、美緒にその事実を言えば増長するのは目に見えていると思ったのだろう。
美緒は、千弦から椿と恭介が婚約者だと聞いても顔色を変えない。
それどころか、今も得意げに笑っている。
椿も千弦も美緒の真意が分からない。

「だから何?あの2人の婚約は将来無かった事になるんでしょう?知ってるわ」
「え?」

これには椿も、え?である。
何故ごく限られた人間しか知らない事を美緒が知っているのだろうか。

「どういう……事、なのでしょうか?」
「あれ?知らないの?じゃあ教えてあげる」

自分が上に立てた事がよほど嬉しいのだろう。美緒は得意気に喋り始める。

「朝比奈椿は18歳で死ぬからよ」
「は?」

思わず椿はその場でひっくり返りそうになった。
それはあくまでもゲーム内の設定であったからだ。
実際の椿は自ら命を絶つような真似をするつもりはない。
完璧に美緒の勘違いなのだが、それを信じ切っているようであった。

千弦もその答えは予想していなかったのか、唖然としている。
それもそうだろう。
いきなり18歳になったら死ぬと言われて、はいそうですか、と言える人間は居ない。
この子は何を言っているのだろうか、そんな表情を千弦はしていた。

「朝比奈椿は18歳で死ぬの。これは変えようのない事実なの」

これ以上は、ゲームの設定のことを話されたところで千弦が混乱するだけである。
美緒が、なぜ椿が死ぬ事になるのかを言いそうな気配を察し、椿は木の後ろから出ようとしたが、不意に後ろから肩を捕まれてしまう。

千弦と美緒の会話に気を取られていた椿は、背後から近寄ってくる人物に気付けなかった。
一体誰が?と思い、椿は振り返ると、そこには無表情の恭介が立っていた。
恭介は椿と目が合うと、ここは僕に任せておけと言う様な視線を投げかけて、千弦と美緒が対峙している場所に行ってしまう。

いつも通りの無表情ではあるが、長い付き合いの椿だからこそ分かる。あれは相当怒っている。
何が恭介の逆鱗に触れたのかは分からないが、確かに恭介は怒っていた。
あまりの気迫に椿は呆然とその場に立ちつくし、事の成り行きを見守るしかない。

「水嶋様!?」
「恭介様!助けに来てくれたのね!」

突如現れた恭介に千弦は驚き、美緒は喜んでいる。
しかし、千弦は恭介から放たれる怒りのオーラに気付いたのか、そっと恭介から視線を逸らした。
そんな事には気付かない美緒は、いつも通り恭介に近づいていく。
それを片手で制した恭介が美緒に向かって口を開いた。

「今、椿が死ぬと言ったな」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「なぜ、椿が死ぬかどうかをお前が知ってるんだ」
「そんなの見たからに決まってるじゃない」

美緒の言葉に恭介は怪訝な顔をしている。
予想の斜め上の答えが返ってきて驚いているのだろう。
だが、恭介は怯むことなく美緒に言葉を投げかける。

「見た?違うだろう。お前がそう仕組むんじゃないのか?」
「は?え?」
「椿はそう簡単に死ぬような奴じゃない。誰かの策略でなければありえない。お前がそう仕組まない限り、椿は絶対に死ぬ事はない。違うか?」
「……だって、見たんだもん。ちゃんと見たんだもん!何で私の方を信じてくれないのよ!」

恭介が椿の肩を持った事で、美緒は勢いを削がれてしまう。
だが、美緒はすぐに何かに気付いたのか、ハッとして恭介を見つめて口を開く。

「そっか、そうよね!恭介様はあいつに洗脳されてる状態だもんね!」
「……洗脳?」
「そうよ。恭介様の父親と上手くいって無いから、頼れるのがあいつしか居ないんだもの。だったらあいつの言う事を鵜呑みにするのは当たり前よね」

美緒の斜め上の発想に恭介は頭を抱えている。
それにも関わらず、美緒は言葉を続けた。

「大丈夫よ!恭介様の父親はちゃんと恭介様を大事に思ってるから!嫌われてなんかないんだからね!怖いかもしれないけど、1度じっくりと話し合えば誤解は解けるから!」
「た、立花さん!他所のご家庭の事情に口を挟むのはお止めなさい!」
「私は恭介様のためを思って言ってるのよ!あんたこそ部外者なんだから口を挟まないでよ!」

恭介が何も言わないのを良いことに、美緒はペラペラと喋っている。
千弦が止めているのにお構いなしである。
それまで、頭を抱えていた恭介は、ようやく落ち着いたのか顔を上げて美緒を見据えた。

「お前は1つ大きな勘違いをしている」
「え?」
「まず、僕と父との関係だが、至って良好だ。父とは休日に食事に行ったり、乗馬に行ったりしている。もちろん、お忙しいから月に1度が良い所ではあるが」
「なんで、なんで……仲違いしてないのよ!」

ゲームと違い過ぎる結果に美緒は憤りを隠せない様子である。

「確かに、幼い頃はすれ違いもあった。だが、周囲の人達が父を諫めたり、僕を手助けしてくれたりしたお陰で、元の親子関係に戻れたんだ」
「……そんなの、認めないから」
「認めなかろうが、それが事実だ。それから、もう1つ訂正させてもらうが、僕は椿に洗脳などされていない」

きっぱりと言い切る恭介に美緒はそうではないと反論し始める。

「洗脳されてるに決まってる!恭介様はあいつの言いなりになってるじゃん!あいつは性格最悪で根暗で陰険で、えーっと……と、とにかく!恭介様の足を引っ張る存在なんだから!」
「よく僕の前で、僕のいとこの悪口が言えるな。大体、僕は椿の言いなりになっているつもりはない。自分の事くらい自分で決められる。もっとも、あいつの意見の方が正しければ話は別だが」
「それがすでに洗脳されてるって言ってるの!」

何を言っても洗脳されていると言い切る美緒に恭介は呆れ顔である。

「僕は、4歳の頃から椿の事を知っている。どういう性格の人間なのかは、お前よりもよっぽど理解している。少なくとも、陰険で根暗な性格はしていない」
「それは恭介様の前でだけよ!演じてるだけだもん!」
「人というのは本音と建前を使い分けて生きてるものだろう。それに僕は椿の本音を全部では無いが知っている。だからお前の言うような人間でない事は確かだ」

話を聞いた美緒が反論しようと口にしかけるが、それよりも早く恭介が口を開いた。

「それに椿は僕に対して、偉そうに命令してきた事は一度も無い。いつだって僕の意思を尊重してくれている。だからこそ、僕は椿を信頼しているんだ」
「……何よ、何よそれ」
「あと、僕の事を名前で呼ぶのは止めてくれ。迷惑だし不快でしかない。今後呼ばれても返事はしないし居ないものとして扱うから」
「そ、そんな!今まで何も言わなかったのに!」
「入学早々、揉め事を起こして父に迷惑をかけたくなかったからな。大体、僕は毎回嫌だと伝えていたはずだ。他の女子生徒は、それで察してくれていたから伝わっていると思っていたんだが」

美緒の狼狽え振りを気にもせず、恭介は話し続けている。
この際だから全部言っちゃえ、と言う心境なのだろう。

「それから、僕は人形でも何でも無い。自分が行きたい所に行くし、食べたい物を食べる。誰の指図も受けない。大体、僕はお前の自尊心を満たす為の道具では無い。覚えておけ」
「……」
「聞こえなかったのか」
「…………わかった」

蚊の泣くような声で美緒は渋々と了承する。
言葉とは裏腹に、表情は全く納得していない。
美緒の表情など、気にしてもいない様子で恭介は千弦の方に向き直る。

「……藤堂、僕が言わなければならなかったのに、面倒事を押しつけてすまなかった」
「い、いえ!とんでもございません。私の方こそ差し出がましい真似をしてしまいました」
「いや、正直助かった。ありがとう」
「は、はい」

話を終えた恭介は、おもむろに千弦の腕を掴み、「行くぞ」と言ってその場を後にしようとした。
だが、立ち去ろうとした恭介を美緒が慌てて呼び止める。

「待って恭介様!」

美緒から話しかけられても、恭介は足を止める事はおろか、振り向きもせずに進んでいく。

「恭介様!恭介様!」

必死になって叫ぶ美緒であったが、恭介は全く振り向こうとはしない。
むしろ、腕を掴まれている千弦がチラチラと後ろを振り返るほど、美緒は必死であった。
だが、どれだけ叫んでも、恭介が振り返る事は無いと理解したのか、美緒はその場で両手を握る。
そして、悔しそうな顔をしながら、嫌々ながら絞り出すような声を出したのである。

「……水、嶋様」

その声を聞いて、恭介は足を止めて美緒の方を振り返る。

「それでいい」

ようやく恭介が止まった事で美緒は笑顔を浮かべたが、すぐに恭介から言われた言葉を聞いてショックを受けているようであった。
恭介は、千弦の腕を掴んだまま再び歩き出して、その場を後にする。

椿も美緒の事が気になったが、ここで自分が出て行けば火に油を注ぐ事になりかねないと思い、恭介の後を追った。
校舎に近づいた所で恭介と千弦の姿を見つけて、椿は駆け寄る。

「恭介さん、千弦さん」
「あぁ、椿か」
「椿さん、なぜここに?……まさか、ずっとご覧に?」

椿が居る事を知っていた恭介と違い、知らなかった千弦は本当に驚いている。

「杏奈さんからお聞きしましたの。心配でしたので、こっそりと。ごめんなさいね」
「綾子さんったら」

口止めしたはずの蓮見が杏奈を経由して椿に伝えるなど、思いもしなかったのだろう。

「まぁ、よろしいでしょう。水嶋様がおいでになった事で上手くまとまりましたから」

千弦の言う通り、椿もあそこで恭介がやって来るとは思ってもいなかった。

「八雲が貴臣に言って、貴臣から僕に伝えられた。さすがに、女にばかり任せるのはどうかと思ったから、あそこまで行ったんだ」
「ご足労をおかけして申し訳ありません。ですが、助かりました」
「構わない」
「それをお聞きして安心致しました。それでは、私はこれで失礼致します」

迎えを待たせているのか、千弦は会釈をして玄関の方へと行ってしまう。
椿と恭介もすぐに玄関へと向かい、お互いの家の送迎車まで歩いて行く。
そして、椿が朝比奈の送迎車のところまで行こうとすると、背後から恭介に声をかけられた。

「椿」
「はい」
「……死なないよな?」

表情と声に変化は無いが、目が不安げに揺れている。
なるほど、あの時、恭介の逆鱗に触れたのは『死』と言うワードだったのか、と椿は納得した。
椿が予想している以上に、恭介の中で実母の死は大きなトラウマになっているのだろう。
そう思い、椿は出来る限りの笑顔を浮かべて恭介に答える。

「私が死ぬような人間に見えますか?」

いつも通りの椿の言葉を聞いて、恭介は安心したのか「だよな」と呟いて、椿に挨拶をした後に水嶋の送迎車に乗り込んだ。
椿もすぐに朝比奈の送迎車に乗り込み、帰宅する。
だが、先ほど恭介は、椿が自分に対して偉そうに命令してきた事は一度も無い、と言っていたが、これまで割とそういう場面はあったはずである。
長い付き合いだから、本気で言っているか冗談で言っているか分かっている、ということだろうか。
何にせよ、椿は恭介が自分を信頼してくれているという事実が嬉しかった。

そして、美緒はこの日以降、恭介に対して無茶な要求はしないようになった。
いきなり、水嶋様呼びをし始めたので色々な憶測が飛び交ったが、誰かから注意でもされたのだろうと言う結論になり、すぐにその噂も鳴りをひそめた。
相変わらず美緒は、恭介の隣を陣取っているものの、多少は態度が改善された事に椿は胸をなで下ろしたのである。
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