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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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車から降りて目の前に現れた水嶋家を見た椿の最初の感想はでかいの一言だった。
倉橋の家なんかじゃ比較にならないほどの大きさだ。倉橋はどちらかと言えば和風建築だったのに対して、水嶋は洋風建築であった。築年数もかなり経っていそうで、下手をすると国の重要文化財になってるんじゃないかと言うくらいだ。また敷地面積も半端ない。
なぜ敷地内に小さい川が流れているのか。次元が違いすぎる。
この家って固定資産税毎年いくら払ってんだろ?と椿はつい下世話な事を考えてしまう。

キョロキョロと椿が周囲を見渡していると、道を外れそうになり母親に手を引かれた。

「これからいくらでも見れるのだから大人しくしていなさいね」
「はい、お母さま」

母親と手を繋いだまま大きな玄関をくぐると、初老の男性が椿達の姿を確認した後、丁寧に頭を下げた。
それを母親は当たり前のように見ている。さすが令嬢と言うべきか。そもそも母親に頭を下げている人は富美子以外見たことが無いので、椿は新鮮な気持ちになる。

「百合子様。お戻りになるのを使用人一同心待ちにしておりました」
「心配を掛けてしまったわね。しばらくはこちらで世話になるわ。そうだわ、貴方にも紹介しないと。この子が娘の椿。椿、執事の瀬川よ。瀬川は私が生まれる前から水嶋家で働いているのよ」

母親に背中を押され椿は前に一歩踏み出すと、優しげな眼差しの瀬川と目が合った。
急いで背を伸ばし自分の名前を彼に告げる。
椿が話し終えると彼は目を細め、何か懐かしいものを見ているような視線を椿にぶつけてきた。

「これはこれは百合子様に似てご聡明そうなお嬢様でございますね」
「ありがとう。お兄様に私達の事を知らせに行ってくれたのも椿なの」
「さすがは八重様のお孫様でいらっしゃいます。目元も良く似ておられますね」
「瀬川、百合子は疲れているのだから、あまり立ち話をさせるな。早く部屋に案内しろ」

まだまだ話し終わる気配を見せない母親と瀬川に業を煮やしたのか、伯父は若干強めの口調で瀬川を咎める。
瀬川もそんな伯父の口調に慣れているのか、伯父に一礼した後に母親と椿を部屋まで案内する。
ちなみに八重と言うのは10年ほど前に亡くなった椿の祖母の名前である。
部屋までの道中、八重と言う人が気になった椿が母親に聞くと少々歯切れが悪いながらも教えてくれた。
部屋に入り、椿は先ほどからずっとしたかった事を母親に思い切って言ってみる。

「お母さま、おうちを探検してきてもいい?」

母親は少し考え込んだ後、玄関から外に出ない事を条件に椿の提案を受け入れた。
大丈夫。玄関からは出ませんよ。玄関からはね。それに家を探検だもの。家の中を探検じゃないもの、と、母親の言葉の揚げ足を取りつつ、椿は部屋から出る。

根が一般庶民な椿からすると、元を辿れば華族に行きつく大企業経営者の家とか物凄く興味があった。
野次馬根性なのは認めるが、気になるものは気になるのだから仕方ないと誰に言うでもなく脳内で言い訳をする。
それに、さっきは顔を見せなかった恭介の事も椿は気になっていた。
去年、恭介は母親を亡くしていると聞いたが、伯父は早々に仕事に戻ってしまった為、恭介の事を詳しく聞く事が出来なかった。
だが、恭介の事を歯切れ悪く語っていた口振りから察するに、水嶋家はゲーム通りになっていると見て間違いない。
と言う事は、椿が次にやるべき事は恭介親子をさっさと仲直りさせる事だ。
あの優しい母親の事だ、実情を知れば何とかしようと動くに違いない。だがこれ以上母親に心労をかけるのは良くないと椿は考えていた。
それにゲームの恭介のような性格になる前に手を打っておきたいとも思っていた。
ゲームでも手こずったのだから、現実世界であるこっちではゲームの比じゃないくらいの難易度に跳ね上がるはずだ。
大体あの傲慢で自分以外は皆敵だと他者を拒絶する性格はゲームだからこそ許容出来たのであって、現実にあんな性格の人間が居たらドン引き対象でボッチ確定である。
他人の気持ちを思いやれないような人間が水嶋のトップに立ってしまえば他社や従業員からの反感しか買わないだろう。それが長く続けば続くほど水嶋の不利益となり、結果衰退に繋がりかねない。
あそこまでの大企業だからつぶれることはまず無いだろうが、水嶋ブランドの信頼性は下がる。
大人になったら社交辞令ぐらいは覚えるかもしれないが、そんな不確定要素に望みをかけたくない。
それに、ちょっとした行き違いとコミュニケーション不足で水嶋親子の関係は冷え込んで行ってしまったのを見ていて、画面の外でなぜそこで遠慮する!もっと話し合えよ!と前世の時にもどかしく思ったものだ。

ともかく、伯父の約30年間培ってきた性格を変えると言う事はほぼ不可能である。
しかし、もうすぐ5歳児の恭介であれば割と簡単になんとか出来るのではないだろうかと椿は考えた。
まずは恭介に合わなければ話が進まないと想い、椿は家の中をくまなく歩き回ったが、結局恭介の姿を見つける事は出来なかった。
そんな時、ちょうど前から瀬川が歩いて来るのが見えたので、椿は彼に聞く事にした。

「せがわさん」
「これは椿様。瀬川と呼び捨てで結構ですよ」
「えと、じゃあ、せがわ。恭介ってなまえの子、いる?」
「恭介様ですか?…えぇ。ご在宅のはずですよ。恐らく温室か自室に居られるかと」
「ありがとう」

瀬川にお礼を言い、椿は温室に向かうべく足を進めた。恭介の部屋に行っても良かったが、個人的に温室が見たかったので温室を選んだ。
しばらく屋敷を歩いて、周りに誰も居ないのを確認した後、椿は近くの椅子を移動させ上に乗り、窓を開け庭に飛び降りた。
だが、温室の場所を知らない事に飛び降りてから気付き、椿はその場で頭を抱えるハメになる。
外に出た時点で人に聞いても家の中に連れ戻されるだけだろうし、方向音痴ではないから多分大丈夫だと勘で歩き始めた。

歩き始めて、そう言えば小さな川が流れていた事を椿は思い出し、その川を辿れば温室に行きつくのではないかと考えた。
川は外に流れ出ていたし、温室の中を川が通っていてもおかしくはない。もしくは温室の地下からの水が流れて川になっているかだろう。
川沿いに歩いて少しした後、予想通り目的の温室を見つける事が出来た。
ドーム型の温室は外から見ただけでも大きくて椿は圧倒される。
扉の前で一呼吸置いた後、椿は温室の扉を開けて中に入った。
モワッとした生暖かい空気が椿の体に纏わりつく。
温室内には様々な植物が植えられおり、所々で椿は足を止めそれらに目を奪われる。
金持ちの道楽と言うのは本当にすごいとしか言い様がなかった。

椿がよそ見をしながら歩いていると、どこからか視線を感じキョロキョロと周囲を見渡した。
すると、警戒心を剥き出しにした少年が陰から椿を見ていた。
この家に居る子供など椿か伯父の息子しか存在しない。それに幼少時のスチルで何度も見た顔だ。
スチルで見るより現実の方が百倍可愛らしい顔をしている。伯父は切れ長の目をしているが、恭介は母親に似たのか、パッチリとした二重の目をしていた。だが、口元と鼻は伯父そっくりで、ほぼ左右対称の顔はかなりの美少年と言っても過言ではない。
未だに警戒している恭介に向かって椿は話しかける。

「ねぇ。あなたが恭介くんでしょう?つばきはつばきって言うの。つばきのお母さまが恭介くんのお父さまのいもうとで、つばきたちはいとこ同士になるんだって。今日からこの家でおせわになるの。よろしくね」

なるべく優しく語りかけたはずだったが、恭介は椿が何者かを知り敵ではないと判断し、興味を失くしたのかフイッと顔を背けた。
挨拶は人間関係の基本だと前世で幼い頃から叩き込まれてきたせいもあり、それを無視した恭介の態度に椿は苛立ちを覚える。
なので椿は恭介に早足で歩み寄り、背けたほうの顔を覗き込んで再度口を開いた。

「よろしくね」

恭介が今度は反対方向に顔を背けた為、またもや椿は彼の顔を覗き込み口を開いた。

「よろしく」

恭介は椿の不躾な態度に驚愕し目を見開いている。
今まで自分と対等もしくは目上と言う存在が祖父と伯父しか居らず、大多数の人間に頭を下げられてきたのだ。得体のしれない女がいきなり自分と対等な態度を取るなど彼の予測範囲外だったに違いない。

「ねぇ、あいさつをしたらあいさつを返すのが礼儀だよ?水嶋のにんげんなのにそんなこともできないの?」

やや挑戦的に恭介に向かい言葉を発すると、彼は一瞬眉をひそませたあと椿から視線を外し、渋々と言った風に、か細い声でよろしくと呟いた。

「うん。よろしくね!恭ちゃん」

恭介は背けた顔を勢いよくこちらに向け、信じられないものを見る目で椿を見つめていた。

「おい。なんだその恭ちゃんて」
「恭介くんて呼ぶのながいから。つばきの事はつばきってよんでくれていいよ!」
「…かってにしろ」

これ以上椿に何を言っても無駄だと悟ったのか、恭介はそのまま温室から出て行った。
とりあえず、恭介にずうずうしい女だと言う認識を持たせる事が出来たので良しとした。
気弱な子では恭介に意見する事は許されないし、気が強いだけでは押しつけがましくなって反発を招いてしまう。

ありがとう歴代乙女ゲームのヒロイン達よ。君たちのお蔭で私は今乗り切れたよ。

とは言え、まだ始まったばかりだし油断は禁物である。
先ほどの挨拶の件で彼にずうずうしいながらも正しい事を言っていると思われる事が大事なのだ。
それはこいつを信用しても大丈夫だという根っこになる。

恭介は今の時点で既に母親を亡くしてお悔やみの言葉を周囲から掛けられてはいるが、陰では恭介を産んだせいで母親は死んだのだと言われているのを知っている。
そのせいで父親が自分から遠ざかっているのだと言う事も勘付いていた。
現時点で人間不信に陥り、他者との間に壁を作っているのだが、椿は恭介がまだ完璧な人間不信になっていないと考えており、現時点であれば矯正が効くのではないかと思っていた。
その為にもまずは恭介の信頼を勝ち取らなければならない。
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