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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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45 『立花美緒』という人間

「なんなのよ!あいつホント邪魔!」

美緒は帰宅後、自室の床に鞄を思い切り投げつけ大声を出した。
大きな物音が聞こえた事で立花家のメイドが美緒の部屋の扉をノックする。

「美緒様、どうなさいました!?」
「うるさい!どっか行って!」

癇癪を起した美緒にメイドは慌てて申し訳ありませんでしたと呟き部屋の前から立ち去って行った。

「なんでよ……なんで恭介様は私に一目惚れしないのよ」

私が主人公なんだから好かれて当然なのに、どうして私を助け起こしてくれなかったのよ。

今朝の出来事を思い出し、イライラした美緒は爪を齧る。
今まで何でも美緒の思い通りになってきた。
だから恭介も自分を好きになるものだと美緒は信じて疑わなかった。

確かに、ここは『恋花』に限りなく近い世界ではあるものの、ゲームそのものではない。
好感度を上げる会話の選択肢も決まった日時に指定の場所へ行けば攻略キャラが居るなんて事も無い、セーブもロードも無い現実の世界なのだ。
それを美緒は分かっていなかった。

元々、美緒は生まれた時から前世の記憶があった訳ではない。
4歳の時に椿と離れの庭で会った1週間前に母親が溢した「倉橋も役に立たないわね。あの女も相当しぶといし。もっと成長したら美緒が椿じゃないって水嶋にばれちゃうじゃない」と言う言葉がきっかけであった。
4歳児の前で言うセリフではないが、母親は子供を復讐の道具としてしか見ておらず、美緒の事は倉橋の使用人に押しつけていた。
だが、美緒は母親が言った『倉橋』『美緒』『椿』、そして『水嶋』と言うキーワードが引っ掛かり何度も何度も頭の中で反芻し、そして思い出した。
ここが前世の自分がプレイしていた『恋は花の如く咲き誇る』と言う乙女ゲームの世界であると言う事を。
同時に美緒がゲームの主人公であると言う事と同時に前世の様々な事も思い出したが、脳が処理しきれず熱を出して倒れてしまった。
寝込んでいる間に美緒は前世の様々な出来事を夢の中で追体験していた。
そうして、熱が下がり起き上がった美緒は現在の美緒になっていた訳である。

元々の美緒はあまり感情を表に出すような子供ではなかった。
母親から愛情を受けず育ち、父親は母親のご機嫌取りに夢中。使用人はいつも何かに怯えているような態度を取っていて美緒と積極的に関わろうとはしなかった。
そんな環境で育った美緒は自我の弱い子供であり、簡単に前世の記憶に乗っ取られてしまった。

そうして暮らしていく中で、使用人達や母親の会話から、美緒の住んでいる場所が倉橋家の母屋であり、離れの親子と言われていた椿と思われる子は離れで暮らしていると言う情報を知った。
その情報を知り、美緒は何としても椿を一目見て見たかった。彼女の名前が倉橋椿であれば、この世界が『恋花』の世界であると確定するからだ。

その後、使用人や母親の目をかいくぐって椿と離れの庭で出会い、恋花の世界かもしれないと言う美緒の疑惑は確信に変わった。

やっぱり、やっぱりそうなんだ!私はあの倉橋美緒なんだ!

美緒は喜びと同時にこれは神様が自分に与えてくれたプレゼントであると感じていた。

自分に対するプレゼントであると美緒が思うのも無理はなかった。
美緒の前世は省庁に勤める公務員を両親に持つ女の子として生きていた。
彼女は物心が付く前から両親によって英才教育を受けて育つ。
エリートである自分達の子供なのだから出来て当たり前だと言ってのけた両親は、少女の些細な失敗をしつこくしつこく叱責していた。
両親は常々、自分達は選ばれた存在であり、エリートになれない人間は皆クズで役立たずだと見下していた。

それを聞いていた少女は頑張って両親の期待に応えていた。
実際少女は小学校に上がるまでは天才だと持て囃されていた。
だがそれは、ただ単に成長が人よりも早かっただけと言う話である。
平均よりも早く寝返りをし、ハイハイをして立ち上がり歩き、走り、喋り、箸を上手に使い1人で着替えが出来る。
誰よりも早くひらがなを覚え、簡単な計算も出来た。
持て囃された少女は自分が両親と同じ選ばれた存在であると勘違いをする。
両親がしている事と同じように幼稚園の子供たちを見下し始めたのだ。
自分にはそれが出来る権利があると本気で思っていた。

だが、子供達も馬鹿ではなかった。
威張り散らす少女に最初こそオドオドして言う事を聞いていたが、誰に対しても同じ態度の少女に被害者は結束する。
少女の言う事に対してはいはいと受け流すようになり、誰も遊びに誘わなくなった。
ただ、相手を見下し喚く少女を冷ややかに見るようになっていっただけである。
こうして、いつの間にか少女は裸の王様に成り下がっていたのだ。

だが、自分が優れている事を疑いもしていない少女は、子供達は自分に対して嫉妬をしているのだと思っていた。
所詮は自分に勝てない役立たずのクズに何が出来ると言うのか、そう思っていた。

それが一変したのは小学校に入学してからである。
小学校でも少女は幼稚園の時と同じように他の子供達を見下していた。
だが3年になり、分数を習い始めてから少女の天下は終わりを告げる事になる。
少女は分数が理解出来なかったのだ。
そこからどんどん成績は落ちていき、テストを見た両親からも怒られる事になった。
今まで他人を見下していた少女は、成績が落ちてしまった自分が周囲に見下され始めているのではないかと被害妄想に陥った。
そして、家に籠る事が多くなった少女は徐々に学校を休むようになり、ついに部屋の外に出る事が出来なくなってしまう。
誰も彼もが自分を見て笑っている様に感じていた。
落ちこぼれになった自分を認めたくなかった。
両親に見捨てられた自分を直視したくなかった。

両親は最初こそ無理やり学校に連れて行っていたが、徐々に落ちこぼれの娘を外に出すのが嫌になっていた。
両親にとって少女は既に家族の恥で汚点になっていたのだ。
だから、少女が不登校になった事を幸いと思いほったらかしにしていた。
もう少女に何も期待はしていない。優秀でない少女に用は無い。そう言う事であった。

少女が不登校になり3年が経過し小学校6年生、12歳になっていた。
身なりに気を使わない少女の頭はボサボサで、日光に当たっていないからか肌は青白かった。

ある日、父親の同僚が家に飲みに来た時の事であった。
少女は父親が同僚を連れて来る事を知らされていなかった。
不幸にもお風呂上りの少女が2階の自分の部屋に戻ろうとしたところで、いつもより早く帰宅した父親と同僚に遭遇してしまったのだ。
少女は逃げる様に2階の自分の部屋へと戻ったが、落ちこぼれでクズのくせに客に挨拶もしない少女に対して父親は腹を立てていた。また、同僚に少女の存在を知られた事も父親のプライドをいたく傷つけた。

同僚が帰宅した後、酔っぱらった父親は自分に恥をかかせた少女の部屋に行き罵倒して暴力を振るった。

俺に恥をかかせやがって、この穀潰しが。恥さらしめ。どうしてお前みたいなガキが生まれて来たんだ。俺の人生に泥を塗りやがった。

他にも色々と言われた少女はただひたすらに父親からの暴力に耐えていた。
暴力をふるい暴言を吐いて気が済んだのか、父親は部屋を出て行った。
暴力に耐えていた少女は暴言や暴力を受けて腹が立ったのと、気の迷いで父親の後を追いかける。
そしてリビングに居た父親に向かってダイニングチェアを持ち上げ振り下ろした。
何度も何度も少女はダイニングチェアを父親に向かって振り下ろした。
リビングの続きになっているダイニングに居た母親は止める事も出来ず、恐怖に震えていた。

背中を丸めて床に蹲る父親を見て気が済んだ少女は椅子を下ろして自分の部屋へと戻った。
部屋に戻った少女は狂ったように笑い声を上げる。

こんなに簡単な事だったんだ!こんなにも簡単に私はあいつらよりも優位に立てるんだ!

少女はただただ優越感に浸っていた。
ダイニングチェアを振り上げた時に恐怖で固まった父親の顔を見て、少女は胸がすく思いがしたのである。

この日から、家庭内ヒエラルキーのトップが交代する。
あれほど威張っていた両親は少女の機嫌を損ねないように顔色を窺う様に生活するようになった。
自分に従う両親を見るのは、少女にとってとても愉快なものであった。

少女はこうして暴力で家庭を支配していたのである。
不登校なのは相変わらずであったが、この一件で自信を取り戻した少女は理解できなかった分数を再び学び始める。
3年生の時と違い、今度は理解する事が出来たのも自信に繋がった。
少女は担任が持って来ていた3年生の時からの教科書を読み勉強をし始める。
独学ではあったが、分からない所はネットで検索し、少女は教科書に書かれていた事を理解する事が出来た。
勉強の遅れを取り戻した少女であったが、今更学校には行く事はできない。
行ったとしても周囲から笑い者にされるだけだと思っていたのである。
それに少女は快適になった生活を捨てる事はしたくなかった為、そのまま不登校を続けていた。

不登校になった少女が部屋でしていた事と言えばゲームである。
3年間はパソコンがあったので、一日中ネットをして暇を潰していた。
だが、今や両親は少女の言いなりである。
少女は両親のクレジットカードを使いネットでゲーム機や商業、同人問わずソフトを買い漁った。
そして、ネットで話題になっていたある乙女ゲームを見つける。
それこそが『恋は花の如く咲き誇る』であった。

ゲームの中に出てきた攻略キャラの中で、少女が1番心惹かれたのは水嶋恭介であった。
顔がタイプであったし、何よりも金持ちである事が良い。
そして、身内であり共依存状態であった椿を振り切って美緒を選ぶ所に惹かれていく。
両親から愛情を受けずに育った少女は、一途で純粋な愛を求めていた。
誰かから強く愛されたいと言う欲求を持ち、自分だけを愛してくれる存在を欲していたのである。
その理想を体現していたのが水嶋恭介である。
そうして少女は2次元の恭介にのめり込んでいく。

更に月日が経ったが、両親と少女の仲は相変わらず悪いままであった。
時折、少女に苦言を呈してきた両親に対して暴力を振るってどちらが上かを分からせ、彼らを支配していたのである。
だが、そんな生活が長く続くはずがない。
少女の気分次第で暴力をふるわれ続けた両親に我慢の限界がきたのだ。

そして、その生活は少女が14歳になったある日、終わりを迎える事になる。

少女は喉が渇いたので、飲み物を取りにダイニングまで行き、冷蔵庫からお茶を取り出す。
冷蔵庫の扉を閉めて振り向いた時に、少女の目の前には母親が立っており、同時に腹部に衝撃を受けた。
少女は母親に刺されたのだ。
その後も何度も何度も母親に刺され、少女は14年の短い生涯を終える。

母親はこれから先の事を思い悲観したのだ。ずっと少女の奴隷として生きていく事が我慢ならなかった。
特にプライドが高く、自分が特別な人間だと思っていたから尚更である。
見下していた自分の子に頭を下げなければならない事や子育てに失敗した事が母親を追い詰めていた。
その結果が子殺しである。

その後、母親は逮捕され父親も職場を退職せざるを得なくなり、両親の人生は滅茶苦茶になった。
が、既に死んでいる少女はそんな事は知らないままである。

そして、少女は倉橋美緒に生まれ変わった。
前世の記憶を思い出し、これは自分に対する神様からのプレゼントなのだと美緒は思っていたのだ。

実際、ゲームの世界とは設定が違っていたのだが、美緒はそのどれもを都合よく解釈していたのである。
ただの中小企業の社長令嬢よりは病院院長の跡取り息子の継子と言う立場の方が良いに決まっている。

どんなに我儘を言っても自分なら許される。だって私は主人公なのだから。主役なのだから。

それしか美緒の頭には無かった。
そして、前世を思い出した美緒にとって、母親の愛情などすでに必要としていない。そもそも、前世で母親に殺された経験をした美緒にとって、肉親の愛情など信用出来るものではない。
その母親が再婚した後、美緒は白桜はくおう女子学院初等部に入学する事になる。
そこで気を利かせた継父が自身の病院に勤めている医者の娘達を美緒に紹介する。
美緒は上司の娘である自分に逆らわない存在を手に入れて満足していた。
だが、私生児である美緒を医者の娘たちは馬鹿にして、彼女を軽んじていたのである。
それにキレた美緒は継父に頼みこみ彼女らの父親を降格させる。

『お父さんにイタズラされたってお母さんに言うから』

そう継父に言ったのだ。
実際継父は美緒に対してイタズラをした事実など無い。
だが、惚れ込んで結婚して貰った負い目がある継父は美緒の母親から嫌われるのを何よりも恐れていた。
世間体だけで、人前では普通の母親を演じていた美緒の母親を見てきた継父はお腹を痛めて産んだ我が子を愛さない親はいないと信じきっていた。
その為、愚かにも美緒の頼みを聞いてしまったのである。
人事の権限など継父にはなかったが、馬鹿正直に自分の父親へと詳細を告げた。
話を聞いた美緒の義理の祖父に当たる立花院長は頭を痛める。

美緒の母親が立花院長の息子に近づいた時は、息子が美緒の母親に籠絡されるとは思ってもいなかった。
箱入りのボンボンを誑かす事など美緒の母親にとっては朝飯前であったのを知らなかったのが原因である。
それと同時に秋月家からある報告書を受け取った。
立花院長の独身の娘が既婚者と不倫していると言う報告書である。
秋月側としては美緒親子を厄介払いと称して立花に押し付けたかったのだ。
承諾しなければ公表すると脅迫され、立花院長は息子の結婚を許可するしかなかった。

立花院長は悩みに悩んで美緒のお願いを受け入れてしまう。
子供の言う事を聞くなんてと事情を知る人が聞けば馬鹿にするだろう。
だが、美緒が他の子供達に馬鹿にされていると美緒の母親に知られる事の方を立花院長は恐れた。
美緒を馬鹿にする事は秋月家を馬鹿にする事と同義である。

結婚から数年経ち、娘は不倫を清算し良縁に恵まれた。
ここで過去の不倫をばらされたら娘の縁談は無かった事にされてしまうし、立花家の評判も落ちてしまう。
更に、会長選挙が間近にあった為にこのタイミングでスキャンダルをばらされる事を恐れていた。
立花家の面子と医者の降格を秤にかけ、立花院長は医者の降格を選んだ。

この件以降、美緒を馬鹿にする子供は居なくなる。
逆らえば報復されると身をもって知ったからだ。
白桜女子学院初等部時代の美緒は学年の女王様であった。
誰も彼もが自分に従っていて非常に気分が良かった。

これらの事から美緒は自分が願えば何でも叶うのだと思い違いをしてしまう。

そして今日、美緒は初めて自分の思い通りにならない現実に遭遇したのである。

「あり得ない。何でよ」

自分が運命の相手なのだから惚れられるのは当然の事なのに、という考えしか美緒の頭には無い。

「椿だってそうよ。なんで陰気くさくなってない訳。あれじゃ私の引き立て役にならないじゃない」

恭介の隣に居た椿はゲームの時と違って前髪で顔を隠してはいなかったはずである。
椿からにじみ出る得体の知れない雰囲気に気圧されたのは不覚であった。

なぜ、恭介はあのような態度を取ったのかを考えていた美緒はある事を思い出した。
恭介と椿は婚約者だと言う事である。
最初にそれを聞いた時は忌々しいと感じていたが、婚約者が近くに居たのであれば、あの態度も仕方がないと美緒は解釈する。

「そうよね。椿は私に害を与える存在だもの。わざと冷たくする事で恭介様は私を守ってくれたんだわ。それにあの子だって恭介様は照れてるだけだって言ってたし」

きっとそうに違いないと美緒は結論付けた。
自分に都合の良い解釈をした美緒は途端に上機嫌になる。

まずは椿を恭介から引き剥がさなければ、と美緒はこれからの事に対し計画をし始める。
結局のところ中身14歳の少女の企みなど穴だらけなのだが、美緒はそれに気付けない。
この美緒の良い所は、とても前向きな所ですね。
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