挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

42/179

42

そして、ついに鳳峰学園初等部の卒業式の日がやってきた。

この日、朝から朝比奈家は大騒ぎであった。
初等部の制服に身を包んだ椿の姿がこれで見納めになるので、両親がこぞって使用人に写真を撮らせていたのだ。
卒業式の後には水嶋家と合同で食事に行く予定になっており、その時に家族写真も撮る予定なのにも関わらず、両親は椿の制服姿を撮らせている。

「あの小さかった椿ちゃんがこんなに立派になって…。いつの間にか私の身長も抜かしてしまったわね」
「初めて会った時は僕の周りをちょこちょこ歩いていたのに、時間が経つのは本当に早いね」
「えぇ、本当に。怪我も病気も無く健やかに育ってくれて良かったわ」

調子に乗ってモデル立ちをしながら写真に撮られていた椿を見ながら、両親は感慨深げに話していた。
当の本人はもうどうにでもなれと言う心境である。

「あ、椿ちゃん。そのバレッタは春生からのホワイトデーのお返し?」

撮影が終わり、椅子に座った椿の頭に見慣れないバレッタが留められているのを見た父親が訊ねてきた。
椿はハーフアップにした髪を留めているバレッタに手を伸ばし軽く触れる。

「はい。水嶋の伯父様からのお返しで頂きました。桜をモチーフにしていますので、卒業式にちょうど良いと思いまして」
「そう言うところ、春生は本当にぬかりないよね」

父親は呆れたような感心しているような微妙な声を上げた。
確かに伯父は周辺にあるイベントに役立ちそうな物をプレゼントする事が多い。
伯父自身の好みを押し付ける訳でも無く、役に立つ物をプレゼントしてくれるので、椿はありがたいと思っていた。

ホワイトデーの日、伯父と恭介が朝比奈家までお返しを持って来てくれた。
比較的小さめの紙袋と洋菓子のセットを貰い、椿は丁寧に伯父にお礼を言った。
そして、紙袋に入っていた箱を開けると、今椿が付けているバレッタが入っていた。
重ねられた花弁にスワロフスキーがあしらわれており、素人目から見ても大変素晴らしい物であった。

「これは、桜……でしょうか?これからの季節にピッタリですね」
「季節を選ぶからどうかとも思ったんだが、椿は髪が長いから、あっても困らないだろう?」
「そうですね。大切に使います。ありがとうございました」

再度、椿は伯父にお礼を言う。
そして、椿は何気なく伯父の隣に居た恭介に視線を向けると、聞いてもいないのに彼が口を開き始めた。

「バレッタは父さんが選んだけど、洋菓子セットは僕が選んだものだからな」

つまりは、さっさと洋菓子セットの箱を開けて喜べと言う意味だと椿は解釈した。
バレッタを箱に戻し紙袋に入れた後、洋菓子セットの包装を解く。
蓋を開けて中を見ると、クッキーやマドレーヌ、フィナンシェにガレットなどが中に入っていた。
さすが恭介、長い付き合いなだけあって椿の好みを熟知していると感心した。

「たくさん入ってますね。何日持つかな」
「せこい考えを口に出すな」

椿は中身を見ながら月曜はこれとこれ、火曜はこれとこれとブツブツと呟いていた。
分かってはいたが、そんないとこの姿に恭介は呆れるしかない。

「ありがとうございます、恭介さん。美味しく頂きます!」

小さくガッツポーズをした椿が目を輝かせ口にする。
お世辞では無い本心からくる感謝の言葉に恭介は満足した様子を見せた。

あれから10日程経過しているが、恭介からのお返しである洋菓子セットは既に全て椿の胃の中に収められていた。
そして、贈ってもいないレオンから今年もホワイトデーのプレゼントとして、スミレの砂糖漬けとチョコでコーティングされたシュトーレンが贈られてきた。
家庭の事情で日本に行く事が出来ない、とホワイトデー前にレオンから電話で聞いていた。
だから、今年は国際宅急便で届いた訳である。
毎年毎年マメな事で、と椿は逆に感心してしまう。
贈られてしまっては無視する事も出来ないので、椿は母親に電話してもらいレオンに取り次いでもらった。

「スミレの砂糖漬けとシュトーレンが届きました。ありがとうございます」
『届いたか。オーストリアまで行って買ってきたんだからな。味わって食べろよ』

それを聞いて椿は、あのレオンが自ら足を運んだなんて…!と驚いてしまった。
怖い、恋って怖いと椿は恐怖に打ち震え、ホワイトデーの1日は幕を閉じた。

椿が回想している内に登校時間が迫って来ていた。
使用人から声を掛けられ、椿は鞄を持ち玄関へと向かった。

「では学校に行ってきます」

両親に挨拶し、椿は玄関を出て停められていた車に乗り込んだ。
車を走らせてしばらくすると、運転手の不破が椿に話しかけてきた。
普段、彼の方から話しかけてくる事など無いので、椿は驚いてしまう。

「ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう。6年間貴方にも迷惑をかけたわね」
「使用人とはそう言うものでございます」

思えば、運転手の不破は相当我慢を強いられてきたはずだ。
お転婆な椿に振り回される事も多々あったはずなのに、不破は文句1つ言わなかった。

「貴方は使用人の鏡ね」
「最高の褒め言葉ですね。ありがとうございます」
「だから、今度コンビニに寄ってね」
「それは致しかねます」

さり気なく椿は自分の願望を口に出してみたが、速攻で不破に拒否されてしまった。
やはりまだコンビニは早いらしいと椿は落胆する。
寄り道出来るようになったと言っても、基本的に寄れるのは公園か馴染みの店だけであった。
夏にあった菫の誘拐未遂で使用人達は無意識に気が緩んでいたと気付かされ、今まで以上に気を引き締めるようになっていた。
それは運転手の不破も例外ではなく、夏以降に公園へ寄る回数も随分と減ってしまっていた。
それ自体は仕方のない事であるし、椿は納得していた。

そろそろ学校に着きそうだと窓から見える景色で気付き、椿は鞄から鏡を取り出し髪や制服に乱れが無いかを確認した。

「到着致しました」

椿は不破から声を掛けられ、車が初等部に到着した事を知らされる。
鏡を鞄に入れ、車を降りた椿は不破から卒業式後の予定を聞いていた。
不破によると、自宅に帰り着替えた後にお店に行くとの事だった。
椿は分かりましたと不破に返事をして、校舎へと向かった。

教室に行き、千弦に挨拶とお願いをしようと思い、椿は軽く周囲を見渡して千弦を探した。
すると友人と話している千弦を見つけたが、楽しそうに話をしているところを邪魔するのは申し訳ないと思い、椿は先に杏奈へ挨拶する事にした。

杏奈のクラスの前まで来た椿は、教室の中を覗いた。
椿の姿を確認した他の生徒達は一様に視線を合わさないようにと逸らしている。
椿はまるでメドゥーサにでもなった気分であった。

すると、他の生徒達のいつもと違う様子に気が付いたのか、ドア付近を見た杏奈が椿の来訪に気付いた。

「ごきげんよう椿さん」
「ごきげんよう杏奈さん。」

椿の元まで来た杏奈と挨拶を交わした。

「杏奈さんの制服姿が今日で見納めなので、見に来ましたの」

杏奈に聞かれるよりも早く、椿は来訪理由を口にする。
それを聞いた杏奈は何とも言えない微妙な顔をしていた。

「それだけ?」
「えぇ、それだけです」
「自分のクラスに帰れ」

杏奈から冷たく言われ、椿はめそめそとその場で泣き真似をするが、泣き真似だと初めからばれているので杏奈には全く効果が無い。
泣き真似をして気が晴れた椿は、すぐに表情を笑顔に変えて杏奈に喋りかけた。

「卒業式の後、一緒に写真を撮りましょうね」
「それは構わないけど」
「絶対ですわよ?いなかったら家まで押しかけて撮りますからね」
「どれだけ写真を撮りたいのよ」

椿のあまりの必死さに杏奈は思いっきり呆れていた。
写真に残したいのは、思い出は形に残った方が良いに決まっていると椿が思っているからだ。
心のアルバムにしまい込むには思い出が多すぎてね…と椿が呟くと、杏奈は即座に他の話題を振ってきた。
ボケをスルーされる事ほど辛いものはないと椿は実感する。

「でも今日は家族で食事に行くとか言ってなかった?」
「ですので、あまり長居はできませんのよ」

だからこそ、椿は効率良く杏奈と千弦と写真を撮りたいのだ。

「だったら、早めに写真を撮りましょう。藤堂さんにも話をしておいた方がいいわね。もうすぐ先生が来るわよ」

杏奈に言われて椿が時計を見ると朝の会の時間が迫っていた。
慌てた椿は杏奈に別れを告げて自分のクラスへと戻った。

自分のクラスに戻った椿は、千弦の元へと向かう。

「ごきげんよう千弦さん」
「ごきげんよう椿さん」
「突然ですけれど、千弦さん。卒業式の後、一緒に写真を撮りたいと思っているのですが、よろしいかしら?」
「写真くらい大丈夫ですけれど……」

椿の突然の申し出に千弦は面食らったが冷静に言葉を返した。
千弦は椿の方から写真を撮りたいなどと言われるとは思ってもいなかったので戸惑っているが、別に椿と写真を撮る事が嫌な訳でも無い為、申し出を承諾した。
千弦から許可を得て、椿は嬉しそうに微笑む。
そして、忘れない内にもう1つのお誘いもしなければならない、と椿は再び口を開く。

「それと、春休みなんですけれど、家に遊びに来ませんか?」
「椿さんのご自宅に?」
「えぇ。お互いに学校での姿しか存じ上げませんでしょう?プライベートの姿をお互いに見て、話して理解していきたいと思っておりますの」

回りくどく椿は言っているが、単に千弦を家に招待して一緒に遊びたいだけであった。
ちなみに両親には既に話を通してあるので、後は千弦の返事待ちである。

「予定を見てみない事には分かりませんが、時間があれば伺いますわ」
「しゃ」
「社交辞令ではございませんわよ」

時間があれば、は断る時の常套句だと椿は思っていたので、思わず社交辞令ですかと聞こうとしたのだが、千弦がくい気味に否定してきた。

「ちゃんとご自宅に伺いたいと思っておりますわ。予定が分かり次第連絡しますので」
「えぇ。よろしくお願いします。連絡お待ちしておりますわ」

そこまで話したところで担任が来た為、2人の会話は終了した。
すでに同じクラスの生徒達は椿と千弦のこう言った会話に慣れているので、特に変な雰囲気になる事も無かった。
と言うよりも、椿と関わり合いになりたくないと言った方が正しいのかもしれない。
何もしなければ椿から攻撃されないとようやく生徒達は学んだのか、さわらぬ神にたたりなしと言った感じで当たり障りのない対応をしている。
中には口を滑らす生徒も居て、その度に椿にスパッと斬られていた。

担任が来た事で朝の会が始まり、卒業式の諸注意を聞く。
胸に付けるリボンは入場前の待機場所で下級生が付けてくれるから慌てない、慌てさせないようにと言い含められた。

朝の会が終わり、廊下で出席番号順に並んで待機場所へと移動する。
待機場所にはリボンを持った下級生が待っており、やってきた卒業生に順番にリボンを付けていっていた。
椿も下級生にリボンを付けてもらい、椅子に座った。
心なしか下級生の指が震えていたような気がするが、きっと気のせいだと椿は自分に言い聞かせた。

そして今日、最前列で卒業式を迎えなければならない。
椿の苗字は朝比奈なので、出席番号は6年間ずっと1番であった。
最前列と言う事で、椿は式の途中で寝ないかだけを心配していた。
睡眠時間はばっちりと取ってきたし、きっと大丈夫だろうと思っていたが、単調な祝辞を聞いて眠気に襲われないかが不安である。

眠気覚ましのツボってどこだっけ?

そう思い、椿は自分の手を揉みツボを探していた。

自分の手を揉んでいるのに夢中になっていると、式の開始時刻が来たらしく、生徒達が立ち上がる。
椿も慌てて立ち上がり、入り口へと並んで歩いて行った。

そして音楽が鳴り響く中、卒業生が入場していく。
卒業生全員の入場が終わり、卒業式が始まった。
そして予想通り、校長の祝辞と来賓の祝辞の長さに椿は途中で飽きてしまっていた。
幸い眠くはならなかったのだが、本題に入る前の部分が長すぎるのだ。
椿は祝辞を右から左に聞き流しながら昼食のメニューに思いを馳せていた。

長い祝辞も終わり、卒業証書授与が行われる。
椿は1組で出席番号も1番なのだが、男子の方が先なので1番最初にならずに済みホッとしていた。
練習は何度もしているが、それでも1番は嫌なものがある。
そんな事を椿が考えている間に男子の卒業証書授与が終わり、女子の番になった。
初めに朝比奈椿と名前が呼ばれ、椿は大きな声で返事をして壇上へと卒業証書を受け取りに行く。
無難に卒業証書を受け取った椿は一瞬で気が緩んだ。後はもう座って、時々立つだけで終わりである。

卒業証書授与は千弦の番が終わり、杏奈も終わり、佐伯も終わりついに恭介の番がやってきた。
恭介の名前が呼ばれ、彼は壇上へと卒業証書を受け取りに行く。
厳かな雰囲気の中、女子生徒達の視線は恭介に釘付けになっている事だろう。
生憎、椿は最前列に居る為、後ろの様子を見る事は出来ないが予想は付く。

卒業証書を受け取り、振り向いた恭介の顔は水嶋の御曹司の表情であった。

恭介も6年間で随分と仮面を被るのが上手くなったと椿は思う。
女子の扱いはまだまだではあるが、佐伯の振る舞いを見て色々と勉強しているらしい。
不安は残るが、ここで気を揉んでも仕方ない。

その後も卒業式は進み、恭介が卒業生代表として答辞を述べた。
在校生の中ですすり泣く声も聞こえたが、あれは感動したのではなく、恭介が卒業して居なくなってしまう事が悲しいだけだろうなと椿は冷めた頭で感じていた。

そうして全ての行程が終わり卒業式が終了した。
教室に戻った椿達に担任から祝辞が述べられ、中等部に行っても頑張れよと言う言葉を頂戴し解散となった。

正門辺りに行くと、既に保護者でいっぱいになっていた。
椿は辺りを見渡し、派手な色の頭をした人を探していると、背の高いその人はすぐに見つかった。
そちらの方に椿は早足で向かう。

「お父様、お母様。叔母様、それと伯父様」

椿が声を掛けると笑顔の両親が迎えてくれた。
伯父と杏奈の母親も両親と一緒に居り、恭介と杏奈が来るのを待っていたようであった。

「卒業おめでとう椿ちゃん」
「立派でしたわ」
「ありがとうございます。お父様、ところでカメラはお持ちですか?」
「持ってるけど、誰かと一緒に撮るのかい?」

父親の言葉に椿は頷く。
あまり時間は掛けられないので手早く済ませなければと椿は焦っていた。

「椿、それが終わったら私とも写真を撮ろう。親父に見せびらかす用に」
「それは良いですわね。ぜひ写真を撮りましょう」

伯父の悪乗りした提案を椿は快諾した後、父親を引き連れて千弦を探した。

ほどなくして、椿は千弦を発見する事が出来た。

「千弦さん。さぁ、写真を撮りましょう」
「分かりましたわ。後で私の方のカメラでも撮ってくださいます?」
「勿論ですわ。さ、お父様」

そう言って椿と千弦はカメラに笑みを向けた。
何度か父親がシャッターをきり、千弦のカメラでも撮影をする。

「良く撮れたと思うよ。水嶋のパーティーにも来てくれてたね。いつも椿と仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてね」
「水嶋様のパーティーでは挨拶だけで申し訳ございません。椿さんとは6年間同じクラスで、仲良くさせていただいております。こちらこそよろしくお願い致します」

千弦が父親に向かって深々と頭を下げた。
と、父親が椿の耳元で「礼儀正しい良い子だね」と囁いた。
そうであろう、そうであろうと椿は鼻が高くなる。
ここで、千弦の事を詳細に紹介したい椿であったが、時間があまりないので長居する事が出来なかった。

「千弦さん。これから家族で食事会がありまして、お話ししたいのは山々なのですが」
「構いませんわ。私も食事会がありますもの。お互いに大変ね」
「そう言っていただけるとありがたいですわ。それでは春休みの件、連絡をお待ちしておりますわね」
「えぇ。明後日までに連絡を致しますわ」

それでは、と千弦と別れて母親達のところまで椿達は戻ると、先ほどは居なかった恭介と杏奈が揃っていた。

「藤堂さんと写真は撮れた?」
「バッチリですわ。さ、杏奈さんも。あ、恭介さんも入ります?」
「僕はいい。どうせ食事会の後に撮るんだろ?」
「それもそうですわね」

恭介に断られた為、仕方なく椿は杏奈と2人で写真を撮る。
何枚か撮影し、伯父とも写真を撮った後に着替えの為、椿は両親と自宅に帰った。

自分の部屋へと戻った椿は水色のワンピースに着替え、白いボレロを羽織った。
手ぐして髪を軽く整えた後、玄関ホールまで向かう。

「お待たせしました」
「そんなに急がなくてもよろしいのよ?」

ものの10分も掛からずに椿が部屋から降りてきたので、母親は椿を焦らせてしまったのかと心配していた。

「だってお腹空いたんですもの。今日はホテルのレストランでしょう?鉄板焼のお店」
「もう、椿ちゃんは食べ物の事になると目の色が変わるんだから」
「椿ちゃんはそれで良いの。色気よりも食い気で十分だよ。ね、椿ちゃん」

父親の目が全く笑っていないのを見て、椿は思わず真顔になる。
相変わらず大人げない人だと、椿は自分の事を棚に上げていた。

玄関ホールで待っていると弟妹達の準備も終わり、出発となった。
人数が人数なので車1台と言う訳にも行かず、2台に別れての移動となった。

椿は父親の運転する車に乗りホテルへと向かった。
車中では、父親からレオンの事を根掘り葉掘り聞かれたが、当たり障りない返答でお茶を濁しておいた。
さすがに、嘘を言ってレオンの立場をこれ以上悪くするのは椿の本意では無いからだ。

そんな話を父親としている内に車はホテルへと到着した。
父親は車を従業員に預け、家族連れ立ってホテル内のレストランへと向かった。

レストランのスタッフから案内され、個室へと通される。
個室には既に恭介と伯父が来ており、席に座ってお茶を飲んでいた。
部屋の中は鉄板を囲むように座席があり、広々としている。

「ご用意させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む」

伯父が答えると、スタッフが鉄板の準備を始める。
何名かのスタッフが生の状態の料理を運び、料理人がそれらを鉄板で焼いて調理してくれた。
弟妹達はまだ幼いのでお子様ランチコースになったが、これも普通に美味しそうであった。
鉄板でミディアムレアに焼かれた国産牛と伊勢海老のグリルを堪能する。
ステーキソースでも美味しいが、わさび醬油で頂いても美味しく白米が進んだ。

デザートのバニラアイスまでペロリと平らげた椿は熱いお茶を飲んで胃を休ませた。

「相変わらず良く食べるよな」
「命に感謝して頂いておりますから」
「……こんなに信用の無い言葉初めて聞いた」

悪かったな食い意地張ってて。

「恭介、食べられるはずなのに人目を気にして残す人よりも、美味しそうに食べる人の方が一緒に食事をしていて楽しいだろう?」
「それはそうですが……正直、椿は食べ過ぎだと思います」
「見た目に出なければ問題はない」

おいそこの親子ちょっと表出ろ。

「椿ちゃん、大丈夫よ。まだ平均体重なんですから」
「思春期の子供に何言ってるんですかお母様」
「女の子はちょっと肉付き良い方が好まれるんだよ」
「ほっそりした人を妻に持つ人に言われても説得力がまるでありません」

頼むから太る前提で話を進めるのは止めて!

週3でスイミングに通って毎回1キロくらい泳いでいるから基礎代謝は普通の12歳より高いはずだ。
だから食べ過ぎてもカロリーオーバーはしていないはずなのだ。

「……体重が維持出来ていれば食べ過ぎていようとも大丈夫ですわ」
「スイミング、辞めたら変わるぞ贅肉に」
「無駄に俳句にするの止めてくれる!?」

上手い事言ったとドヤ顔をしている恭介を椿は睨み付けたが、彼は全く意に介していない。
本当に憎らしいと椿は歯ぎしりしたい気持ちでいっぱいだった。
そんないとこ同士のギスギスした会話を横目に、伯父はスタッフに耳打ちをし、何かを持って来て貰っていた。

「恭介、椿」

伯父から声を掛けられ、椿は恭介を睨み付けるのを止めて伯父に視線を向ける。
すると、伯父は手に持っていた花束を椿と恭介に差し出してきた。

「改めて卒業おめでとう」
「……ありがとうございます」
「ありがとうございます。チューリップですか?春らしくて良いですね。とても綺麗です」

恭介は照れてしまい、思わずぶっきらぼうに返事をしてしまった。
だが、物を贈られる事に慣れてしまった椿はスラスラと感謝の言葉を口にしていた。

「恭介、大きな病気もせずに育ってくれてありがとう。水嶋の家に生まれた事で苦労を掛ける事も多いが、無理はしなくて良い。1人で抱え込む事はせずに相談してくれ。その為に親が居るのだから」
「はい」

心なしか恭介の声が震えていたが、それを指摘するような無粋な人間はこの場には居なかった。
そんな恭介を見る伯父の目は優しさに満ちていた。

何とも言えない感動の空気が流れているが、伯父は次に椿へと向き直り口を開いた。

「椿にも色々と助けられてばかりだったからな。こんな形でしか君に感謝を表せないのが心苦しいところだ」
「特に気にしておりません」

伯父は椿に重荷を背負わせている事に心苦しさを感じているのだろう。
椿本人は自分がそうしたいから行動しているだけなので、特に気にしてはいない。
しかし、伯父は椿が何もいらないと言ったところで納得するような人間では無かった。
仕方なく椿は現実味のない言葉を口に出した。

「どうしても心苦しいとお思いであれば、私が就職難に陥った場合は水嶋で雇って下さいね」
「善処しよう」

伯父に向かって椿が茶目っ気たっぷりに言うと、伯父も口元に笑みを浮かべながら答える。
伯父は真面目な人ではあるが、冗談が通じない訳では無かった。
そう言う部分で椿は伯父と話しやすさを感じていた。

「えー水嶋じゃなくて朝比奈陶器に来なよ。今ならデザイン開発部に僕が居るし」

椿があっさりと水嶋に就職しようと口にした事が父親のお気に召さなかったのか口を挟んできた。
勿論父親は本気では無く、冗談である。
しかし、父親の言葉を聞いて伯父も口を開いた。

「朝比奈陶器は長男の譲治さんが今度社長に就任するんだろ?で、薫は取締役を打診されてるんだから同じ部署で働くのは無理だ」
「耳が早いなー。そう言う情報をどこから仕入れてくるのさ」
「さぁな」

ついに朝比奈陶器も代替わりするらしいと父親と伯父の会話で椿は知った。
ちらりと母親を見ると、特に表情の変化が無かったので、事前に聞かされていたのだろう。
こう言う時、子供はいつも蚊帳の外だ。

「それで、やるのか?」
「現場の方が面白いんだけどね。さすがにもう無理を言っていられる状況じゃなくなったと言うか…」
「年貢の納め時だな」
「デザイン自体はこれからも出来るように取り計らってくれるっぽいし。仕方ないかな」

これが水嶋の社長と朝比奈陶器の次期取締役の会話なのが恐ろしい限りである。

その後、父親の昇進祝いへと移行し食事会はお開きとなった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ