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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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休日、椿はふっと両腕に違和感を感じ、目を覚ました。
両手を横に広げて仰向けで椿は寝ており、両腕に均等にかかる重みを不思議に思い、腕を動かそうとしたが、動かなかった。
腕が動かなかった事で完全に目を覚まし、椿は取りあえず右を見てみた。
腕のところに栗色の頭が見えた為、すぐに弟妹のどちらかだと察しがついた。
そして左を見ると、同じく栗色の頭が見え、右の頭よりも小さかった事から、こちらが樹だと判断した。

どうやら弟妹達は椿が寝た後に部屋に来て、彼女の腕を枕にして眠ってしまったらしい。
規則正しい弟妹達の寝息を聞いていると、椿は何故だか幸せな気持ちになってくる。

多分、今の私、最高に勝ち組だ

天使に挟まれた自分はなんて幸せ者なのだろうかと椿は感じた。
たとえ腕が痺れて悲鳴をあげていようともだ。
この痛みは愛の痛みであり、椿の弟妹達に対する愛の試練であると思っていた。
この程度の事、乗り越えられなくてどうする!と椿は居もしない架空の相手と根比べを始めた。

バカである。

この根比べは、椿のいつもの起床時間まで続いた。
止めたのは、椿を起こしに来た使用人である不破の長女であった。

「椿様、おはようございま…もう起きていらっしゃいましたか。お早いですね」
「おはよう。悪いけど、今の私は愛の試練の真っ最中だから、まだベッドから出ないよ」

椿の言葉を聞いた使用人は、椿の腕付近に見える2つの栗色の頭を見て全てを察した。

「椿様のお言葉と状況で全て察しましたが、腕の神経が圧迫されたままですと、麻痺がしばらく残ります。ですので、菫様と樹様を起こしてしまうのはとても心苦しいのですが、起こしますね」

そう言って、使用人が問答無用で弟妹達を起こした。
5歳の菫はぐずる事無く起きたが、まだ寝ぼけてボーっとしている。
3歳の樹は多少ぐずり、椿に抱っこを要求してきた為、痺れる腕に鞭打って樹を抱っこをし、背中をポンポンと軽く叩き、落ち着かせた。

使用人は椿の部屋のカーテンを開け、一旦部屋から出て行くと、弟妹達の部屋からそれぞれの着替えを持って再び椿の部屋に現れた。
着替えをベッドの上に置き、使用人は椿の部屋を後にし、次の部屋に向かった。

と、言う事で椿は寝ぼけている菫を本格的に起こし、用意された服に着替えるように言った。
菫も使用人が着替えさせてくれないのは分かっているので、ぐずる事も無く服に袖を通していく。
樹は補助無しでは着替えられないので、椿が着替え終わった後に服を着させた。

着替え終わった弟妹達を連れ、椿はダイニングへと向かう。
ダイニングには両親が既に揃っており、朝食を食べていた。

「おはようございます」
「おはよう。菫と樹が一緒だなんて珍しいね」

幼稚園の登校時間が椿の登校時間よりも遅い為、二人の起床時間はもう少し後なのだ。
父親は今の時間帯に起きているなんてと思っているのだろう。

「それが、昨日の夜、知らない間に私の布団に潜り込んでいたらしくて」
「いつきがトイレに行きたいって言うから、ついて行きました。それでへやにもどろうと思ったんですけど、くらくてこわくて…。姉さまのへやがちかくにあったから」

申し訳なさそうな顔をして、菫が昨晩の事を話し出す。
弟妹達が部屋に入って来た事に気付かないとは勿体ない事をした、と椿は後悔した。

「それで2人して私の部屋に来たのね。起こしてくれたら良かったのに」

黙って椿の部屋に入った事を怒られると思ったのか、菫の声はか細かった。
責めている訳では無い椿は出来るだけ優しい声を出して菫を安心させる。

「姉さま、おこってませんか?」
「全然怒ってないわ。むしろ嬉しかったくらいよ」

愛の試練と思うくらいに、喜んでいた事は事実である。

そして、家族5人揃って朝食を食べ終えた後、椿は菫にせがまれ鳳峰学園の事を話す事になった。
菫も鳳峰学園の初等部を受験する事になっている為、姉やいとこ達の通う学校と言う事もあり、興味津々なのだ。
樹は母親の方が良いのか、くっ付いて離れなかった為、菫と2人で移動する事になった。

2階のリビングに移動した椿は、菫に学園の思い出を話し始めた。
つい最近あった、秋の行事の紅葉狩りの事だ。

秋晴れになった紅葉狩りの場所は温泉地の近くにある自然公園であった。
バスで最寄り駅まで行き、10キロ弱歩いて行く。
帰りは温泉旅館に寄り、足湯に浸かったり、提供されるお茶とお菓子を頂いてバスで学校まで帰る。
相変わらず至れり尽くせりの遠足である。

椿はいつも通り杏奈と最後尾付近をウロウロし、時折、千弦達と会話しながら公園まで歩いて行った。
公園からは富士山が綺麗に見え、生徒達は感嘆の声をあげていた。
富士山を見ながらの昼食は格別のものがあり、また晴れていた為に良く見えた。
昼食を終えた生徒達は、公園内の散策に出ても良い事になっている。
椿も杏奈と共に湖を見たり、落ち葉を拾ったりして楽しんだ。

「綺麗な紅葉がありませんわね」
「落ちたのは大体切れ目が入ってたりするからね。人の足に踏まれてるだろうし」
「かと言って、木から取るのはちょっと」

そこへ、通りがかった千弦が椿達に声を掛けて来た。

「椿さん。何かお困りでして?」
「綺麗な紅葉の落ち葉が見つかりませんのよ。押し花にして、しおりにしようと思いましたのに」
「でしたら、道から少し外れた場所に落ちているものだったら綺麗なままかもしれませんわね。あ、椿さん!奥まで行ってはなりませんわよ!よろしいわね」

なるほど!と思い、椿が脇に入ろうとすると、千弦からの注意を受けた。

「私、本当に信用ありませんわね」

椿はその場で止まり、情けない声を出した。

「今までの自分の行動を考えればわかるでしょ」

同じく、脇に入ろうとしていた杏奈がきっぱりと言い切る。
蓮見とは違う系統のドライさに椿は涙が出そうだ。

脇に入った椿は落ち葉をかき分け、綺麗な紅葉の葉を拾って、袋に入れて行く。
やはり買ったしおりよりは自分で作ったしおりの方が愛着が湧くし、失くさない様にと気を付けるものだ。
椿はこれまでも、四つ葉のクローバーや桜、菫、秋桜などの押し花を作ってはしおりにしていた。
朝比奈家には本が沢山あり、椿も読書が好きであった為、しおりはあればあるほど助かるのだ。
それに趣味は押し花を作る事ですと胸を張って言えるのも良い。これがまた、年寄りの皆さんの受けがいいのだ。

と言う紅葉狩りの話を椿は菫に聞かせ、本に挟んであったしおりを取り出した。
それを菫に見せると、彼女は目をキラキラさせて食い入るように見ている。

「これがそのおちばで作ったしおりですね!」
「そうよ。気に入ったのなら菫にあげるわ」
「よろしいのですか!?」

ガバッと顔を上げた菫が椿と視線を合わせ、問いかけてきた。
しおり自体は沢山あるものだし、紅葉狩りで拾った落ち葉は山のようにあるので、いくらでも作れるのだ。

「大切に使ってくれるかしら?」
「はい!もちろんです。私、姉さまからしおりをもらうの楽しみにしてるんです」

そう、椿は菫の誕生日などに押し花のしおりをこれまで何度もプレゼントしていた。
菫は読書家と言う訳では無かったが、姉の真似をして読みもしない本にしおりを挟んでみたいのだ。
菫にとって7歳違いの姉・椿は憧れの存在であった。
何でも器用にこなし、綺麗な立ち居振る舞いや優雅な動作の椿に菫は憧れている。
そして、優しく気品に満ちた椿が菫は大好きであった。

椿の素を知る人が聞けば、5回くらい聞き返された事だろう。

菫は椿から貰ったしおりをジッと見つめた後、ほぅとため息を吐いた

「きれいですね。倖一さまに差し上げたらよろこばれるでしょうか」

その人物の名前を聞いた瞬間、椿の機嫌は一気に悪くなる。

「あの少年に、わびさびの心が分かる訳ないわよ」

ケッと言う言葉が聞こえてきそうな勢いで椿は吐き捨てた。
熱に浮かされた菫は椿の言葉が届いていないようで、まだポーッとしている。
それを椿は面白くないと言う心境で見ていた。

事の発端は、今年の夏のある出来事であった。
夏休みに、父親以外の家族が揃ってデパートに行った時の事だった。
簡単に言えば、菫がちょっと目を話した隙に居なくなってしまったのだ。

朝比奈の護衛も数名居たのだが、それでも見失ってしまった。
護衛の彼らが仕事に手を抜いてたと言う事は決してない。
むしろ、しつこいくらいに周囲に気を配っていた。
では、なぜ菫を見失ったのか。
それは、幼少期の椿と杏奈の態度に大きな原因があった。

椿と杏奈は前世の記憶を持った転生者である。
だからこそ、行動や思考が大人そのものだったのだ。
興味を引かれたからと言って、脇目も振らずに、むやみやたらと走り出したりしないし、迷子にならない様に大人の近くに常に居るようにしていた。
また、聞き分けも良く、1度注意された事は繰り返さないと言う聡明さもあった。
要は手の掛からない子供だった訳だ。

周囲の大人は、当たり前だが2人に前世の記憶があるのだと言う事を知るはずが無い。
だから、護衛も母親も油断していたのだ。
菫も2人と同じく手の掛からない子供であると。

菫は転生者ではない、ただの5歳児である。
年の離れた姉や周囲が大人だらけだと言う環境もあり、通常の5歳児よりは聞き分けも良く聡明で、比較的に手の掛からない子供であったが、それでも結局は子供だ。
だが、周囲の大人は椿と杏奈を子供の基準として見てしまっていた。
菫が生まれるまで、朝比奈一族の中で最年少は椿と杏奈だったので、基準が2人になるのも無理はない話であった。

そして、普通の5歳児の菫は、普段あまり見掛けない風船を見て興味を引かれてしまった。
気が付いた時には風船に向かって走って行ってしまったのだ。

菫が居ない事に最初に気付いたのは、椿であった。
周囲を見渡しても菫が居ない状況に、すぐにどこかへ行ってしまった事に気付き、慌てて護衛に菫が居なくなった事を伝えた。

そこから先は大騒ぎであった。
母親は誘拐されたらどうしよう。事故にあってたらどうしようと狼狽えていたし、樹も母親の不安な心を察したのか、ずっとぐずっていた。
椿も生きた心地がせず、祈るように事の成り行きを見守る事しか出来なかった。

そして、連絡した警察がやって来たのとほぼ同時くらいに、朝比奈側にデパートの従業員から迷子センターにそれらしい女の子が来たと言う知らせが届いた。
すぐに母親と連れ立って、迷子センターまで行くと、菫よりも2,3才年上と見られる男の子が菫と手を繋いでおり、何かを喋っていた。
さっきまで泣いていたのか、菫の目は赤くなっており、少年が宥めてくれていたのが分かった。

すると、菫が母親に気付き、少年から手を離して駆け寄って来た。
母親は半泣きになりながら菫を抱きしめていた。
椿も菫の元気な顔を見て安心し、迷子センターに連れて来てくれた少年にお礼を言った。

「僕、ありがとうね」
「別にいいよ!それよりも、あいつ変なおっさんに外に連れて行かれそうになってたぞ」

その少年の言葉を聞いた朝比奈の面々(母親と弟妹除く)の空気が一気に凍った。
護衛の1人が少年に、事の詳細とその男の風貌を詳しく聞き出した結果、恐らく誘拐未遂だろうと判断した。
警察に連絡したと言っても、菫が無事であった為、この時点では警察に被害届を出す事はしなかった。
必要があれば内々で処理するだけである。

「僕が居てくれて助かったわ。ありがとう。私は菫の姉で、椿と言うのだけど。君は?」

助けてもらっておいて何もしない訳にもいかない朝比奈側としては、少年の名前を知りたかった。
しかし、少年の名前は母親と椿に衝撃を与える事になる。

「俺の名前は、倉橋倖一くらはしこういちって言うんだ」

倖一の名前を聞き、椿の脳内は少しの間、活動を停止していた。
そして、動き出した頭で様々な可能性を考えた。

1つ目は、苗字が同じなだけ
2つ目は、実父の親類縁者
3つ目は、実は椿の異母弟

あの男の面影が無いか、椿は倖一を凝視した。
似ているような気もするし、似ていないような気もする。

椿に凝視された倖一は負けず嫌いな性格なのか、真正面から椿と視線を合わせてきた。
口は悪いし、礼儀もなっていないが、迷子の菫を保護するくらいだから心根は優しい子なのだろうし、年上の椿に見られ狼狽えるどころか真正面から視線を合わせてくる事から度胸もあると見た。

考えた末に出た結論は、3はない、と言う事だ。
いくら後妻が素晴らしい女性であったとしても、倖一の様な性格の子供が育つとは考えにくかったからだ。
と、言うか3であって欲しくないと椿は切実に思った。

だとしたら1か2だが、出来れば1であって欲しいと椿は思っていた。
2だった場合、とても面倒な事になりかねない。
覚悟を決めて、椿は倖一に話し掛けた。

「倖一君のお父さんとお母さんは?」
「迷ってる」
「君が迷子なんでしょう?」
「ちげぇよ!俺はロボット見てたんだ。母さんがそこに居ろって言うから待ってたのに、全然帰って来なくてさ!仕方ないから俺が探しに来たんだ。そしたら菫に会ったの!」

菫を呼び捨てにするとは、なるほど少年、君はいい度胸をしているよ。
あと、それを世間では迷子と言うんだ。君が迷子だ。

頑なに自分は迷子では無いと言い張る倖一に根負けし、椿はそう言う事にしておくよと答えた。

「倖一さま!」

そこへ、母親の抱擁を終えた菫が嬉しそうな顔で駆け寄って来た。
姉である椿をガン無視である。

「だから、様って付けなくていいってば」
「ダメです!倖一さまは倖一さまなんです」

プゥと頬を膨らませた菫が倖一に反論している。
笑みを振りまきながら嬉しそうに倖一の傍を離れない菫に椿はまさか!と不安になる。

「分かったよ。様付でいいよ。勝手にしろ」
「はい、かってにします!」

倖一はガックリと肩を落としている。
ガックリと肩を落としたいのは椿の方である。

菫が倖一と話していると、30代後半くらいの女性が迷子センターに入って来た。
倖一は女性の姿を見ると、その場で大きく手を振って気付いて貰おうとしていた。
大きく手を振る倖一に気付いた女性が早足で近づいてきた。

「もう!勝手に居なくなって」
「母さんが来ないからだろ!トイレ長すぎ」
「倖一!」

間髪入れずに倖一の母親は倖一の頭をバシッと良い音を出しながら叩いた。

「っいってー」
「余計な事は言わなくていいの!」

このままだと叱られそうな様子の倖一を助ける為か、菫が倖一の腕にしがみついた。

「ん?あら?可愛い子ね。どこの子かしら」
「あの!あさひなすみれともうします。倖一さまをおこらないでください」

いきなり出て来た外国の血が色濃く出ている美少女に言われ、倖一の母親は面食らう。
埒が明かないと思った椿が説明しようとしたが、それよりも早く椿の母親が話しかけていた。

「菫の母親の朝比奈百合子と申します。倖一君は誘拐されそうになっていたうちの娘をここまで連れて来てくれましたの。倖一君がいなかったら、今頃、娘は誘拐されておりました。ですので、どうか倖一君を叱るのは止めてあげてください」
「……そういう、事情でしたか。倖一、話も聞かずに叱ってごめんね」
「ったく!母さんは馬鹿力だから困るよ」
「本当に調子が良いんだから」

至って普通の親子の会話に椿は思わず頬が緩んでしまう。
しかし、母親の名前を聞いた瞬間、倖一の母親の顔が強張ったのを椿は見逃さなかった。
あまり長居するのは良くないと判断し、椿は母親に話し掛けた。

「お母様、あちらにも予定があるのですから、あまり引き止めるのは」
「えぇ、そうね。本当にありがとうございました。このお礼は必ず致しますので」
「どうかお気になさらずに。お嬢さんがご無事で良かったです」
「椿さん、申し訳ないのだけれど、樹さんを連れて車に戻っていてもらえるかしら」

椿は、はい分かりました。と返事をしようとしてたが、えっ!と言う倖一の母親の声にかき消されてしまった。
椿と母親は同時に倖一の母親の顔を見ると、彼女は血の気がひいて真っ青になっていた。
どうかしたのかを聞こうとしたが、倖一の母親は倖一の腕を引っ張り、この場から立ち去ろうとしていた。

「あの!本当に、本当に!お礼とか大丈夫ですから!どうかお気になさらずに!」
「痛い!母さん痛いよ!」
「我慢なさい!」

そんな会話をしながら、倖一親子は風の様に颯爽と出て行ってしまった。

後日、事の詳細を聞いた父親が伯父に聞いたところ、 倉橋倖一は、あの倉橋の血縁者で間違いないと言う話であった。
そして、倖一の父方の曽祖父が倉橋の会社を興した創業者であった事実が判明した。
仕事が軌道に乗ったあたりで椿と美緒の曽祖父である弟に会社を乗っ取られ、倖一の曽祖父は着の身着のまま、家を追い出された。
その後、倉橋の家で働いていた使用人の女性と結婚し、地方都市に移り住み、孫にも恵まれ数年前に大往生した。と言う話であった。
母親と倉橋が結婚するにあたり、一応は水嶋もそこら辺の事を調べていたのだが、当時の倉橋側が上手く隠していたらしく、使用人の女性と駆け落ちした、と言う事になっていた。

実際は、使用人の女性との結婚をずっと反対されていた倖一の曽祖父が、これ幸いと弟にあっさりと会社を譲って出て行ったと言う話である。
知らぬは倉橋本家の人達だけであった。

母親との離婚後、倉橋の会社は全ての取引先から取引を断られ、収入のほとんどを失っていた。
このままでは倒産するしかない状態で、彼らは親戚が居た事を思い出したのだ。
そして、倒産まで秒読みと言うところで、遠縁に当たる倖一の父親に白羽の矢が立った訳である。
銀行員であった倖一の父親は、本家の圧力と脅迫に負け、銀行を辞めて倉橋の会社の社長に就任する。
銀行員時代に培った人脈や本人の人徳もあり、なんとか融資をもぎ取り、捨てられていた企画書を発見したお蔭で、ある分野の特許を取得でき、ライセンス料が入るようになり、会社は持ち直した。
その働きもあって倉橋の会社は前よりも知名度を上げ、現社長である倖一の父親は水嶋家とのいざこざとは無関係ということもあり、取引は上手く行っているらしい。

と、言う話を父親から又聞きした椿は頭を抱えるしかなかった。

菫の血縁者である父親やレオンを見ていれば分かるが、その意思を変えるのは容易いことでは無い。
せめて倖一が倉橋の人間でさえなかったらと椿は思ってしまう。

なぜなら倖一は、朝比奈の伯父二人が卒業した有名私立進学校の初等部に通っており、口は悪いが面倒見が良く成績優秀で見た目も整っており、さらにリーダータイプであるという非の打ち所のない少年であったからだ。

自他共にシスコンと認める椿は、菫が想いを寄せる倖一を忌々しく思っていた。
せめて致命的な欠点があれば、それを理由に反対も出来たのだが、本人がどうしようも出来ない事をあげつらう事はしたくなかった。
調べれば調べるほど、倖一の良い所が出て来る状況に椿は歯ぎしりするしかない。

そんな訳で、椿は面白くない訳である。
可愛い妹をかっさらおうとしている倖一を好きになれるはずが無かった。

ようやく、椿の機嫌が悪い事に気付いた菫が顔を覗き込んで来た。

「姉さま、どうしたの?」

椿の具合が悪いのかと思い、菫は心配そうな顔をしている。
気取られたくない椿は貼り付けたような笑みを浮かべ、大丈夫だと口にした。

「だいじょうぶならよかったです。あ、姉さま!また私といっしょにピアノひいてください」

立ち上がった菫が椿の腕を取り、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。
椿は時間があれば、菫と一緒にピアノを弾いていた。
弾いている曲は童謡レベルのものであったが、思いの外、菫が喜ぶのだ。

大好きな姉と一緒にピアノを弾いているだけで、それだけで菫は嬉しくて嬉しくて堪らない。

菫の笑顔を見ていると椿の穢れた心が浄化していくような気がした。
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