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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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朝比奈陶器の創立記念パーティー以来、椿の元にレオンから以前にも増して頻繁に連絡が来るようになっていた。
杏奈に助けを求めても「フラグ回収乙」と返され、恭介に至っては「まぁ頑張れ」と放り出される始末であった。
確かに、看病と言うのは男が恋に落ちるシチュエーションで最もベタなシチュエーションである。
しかし、知り合いでもある病人を椿が放っておける訳も無く、幼い弟妹の世話をする時と同じようにレオンを介抱してしまった。
椿には下心など全く無く、むしろ100%混じり気のない純粋な善意から来る行動であった。
レオンとの間にフラグ立てたつもりは一切無く、自身の恋愛は恭介の事が片付いた後で縁があればと思っていたので、あの程度の事で恋に落ちるのかと椿は頭を抱えるしかなかった。

杏奈から聞くところによると、レオンは日本語教師を付け読み書きの習得を頑張っているらしい。
そして、夏に来日して椿をそこかしこに連れ出す計画を立てている事も杏奈から聞き、椿は驚きのあまり解けた体操服のズボンの紐を思いっきり引っ張ってしまい、紐が穴の中に入り込んでしまった。

杏奈も杏奈で、なぜ春の遠足出発前に椿に教えたのか。
そのせいで椿はトイレの個室でズボンを脱いで紐を穴から取り出す作業をするハメになってしまった。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、早くしないと他の生徒達に置いて行かれてしまう。
ようやく穴から紐の端っこを取り出す事に成功し、椿はズボンをはいて紐をしっかりと結んだ。

そうしてトイレから出ると、すでに他の生徒は出発した後で、集合場所には付き添いの保護者が1人居るだけであった。

「すいません。待っていてくださったんですね。お待たせしました」
「いや、杏奈から頼まれていたから構わない。他の生徒は既に出発しているから行こうか」

今年の監視役に当たっている杏奈の父親に促され、椿は寄り道せずに早足で行こうと決め、出発した。
とりあえず、最後尾の人目指して行くかと椿は歩き始めるが、道中で杏奈の父親と会話は全く弾まなかった。
元々無口な人に加え、芸術家らしくあまり他人に興味も無い人なので、椿から話しかけると返事は返ってくるのだが、杏奈の父親から椿に話しかけられる事は無かった。
今年の春の遠足は北関東まで足を伸ばし田舎道をのんびりとハイキングしながら自然公園まで目指すと言うものだ。
何の因果か前世の自分の地元に来るとは皮肉である。
しかもこのルートは、前世の自分が学校の登下校で良く使った道であった。なので自然公園までの道は迷うはずがなかった。
その為、遅れても大丈夫だと椿はすっかり安心しきっていて色々と考え込んでしまっていた。

考え込んでいた椿が下に向けていた視線を前に向けると、前方にようやく歩いている人影を発見する事が出来た。
その子も1人で歩いており、近くに大人が居て体操服を着ていた事から鳳峰の生徒だと言うのは一目瞭然であった。
椿は歩く速度を速め、その子に追いつこうと早足で近づく。
そしてある程度近づいて、その子が藤堂千弦だと言う事気が付いた。
取り巻きの子どうしたよと椿は狼狽えたが、今更Uターンする事も出来ず、腹をくくる。
藤堂が1人で居る今がチャンスかもしれないと椿は思い思い切って藤堂に話し掛ける事にした。
椿が近寄ると、藤堂も椿に気が付き少しばかり渋い顔をした。

「お手洗いで考え事してたら置いて行かれちゃった。藤堂さんは1人?蓮見さん達は?」
「いつも私に付き合わせるのは悪いと思いまして、今回は先に行って貰いましたわ」

椿達の背後では杏奈の父親が藤堂に付いていた教師に、自分が見ているので先に行って下さいと伝えていた。
教師も杏奈の父親の言葉に甘え、椿達に断りを入れると先に歩いて行ってしまう。
他に任されてる仕事があったのか、教師は急ぎ足でその場を後にする。
そのお蔭で、椿にとっては藤堂と腹を割って話せる有難い状態になった。
椿はおもむろに草むらから服にくっ付くイガイガを数個採取し、藤堂に見せつけた。

「ねぇねぇ、このイガイガ服にくっ付くんだよ?知ってた?っえい!」

と椿はイガイガを藤堂の腹部に向かって投げつける。

「何をなさるの!あ、本当にくっ付いてますわ。じゃなくて!取ってくださいませ!」
「虫じゃないんだから自分で取れるでしょー。はい取れた。これすごくね?」

藤堂の服からイガイガを取り道に捨てると、目を見開いた藤堂が椿を凝視し立ち止まっている。

「どうしたの?具合でも悪い?」
「むしろ貴女の方が具合が悪いのではなくて?」
「何が?」
「その口調ですわ!」
「そりゃいつもは令嬢スイッチ入れて猫被ってるからね」

アハハと豪快に笑い椿が口にすると、藤堂は狼狽えて目を泳がせてしまった。

「ちょ、ちょっとお待ちになって。まさかそれが貴女の素なんですの?」
「だからそうだって。あ、猫じゃらし!」
「どちらに行くつもりですか!脇道に入るのはお止めなさいな!」

藤堂は椿の服の裾を掴み思いっきり引っ張っている。
服が伸びるから止めて!と椿は慌てて脇道に入るのを中止した。
立ち止まった椿を見て藤堂は裾から手を離し、伸びてしまった裾を戻しながら椿は文句を口にした。

「もー服伸びちゃうじゃん」
「それは申し訳ありません。ってそうじゃなくて!なぜ、いつもああいう態度をとってますの?」
「ああいう態度?えーっと傲慢で我儘で人を見下して他者を寄せ付けない他人を小バカにした態度の事?あれはね、他の人からバカにされない為かな。あとなめられないように」
「と、言いますと?」
「ちょっと私、とある事情から人から怖がられて一定の権力を持たないといけない立場なんだよね。だから思いっきり恭介と水嶋の虎の威を最大限に借りているって訳」

藤堂は椿の言っている事がいまいち理解出来てない様で首を傾げている。

「でしたら別にそう言う態度を取らずとも貴女だったら派閥を作る事くらい簡単ではなくて?」
「私って人の上に立つタイプじゃないし、何より不特定多数と関わってボロが出るのが嫌だったからさ。だったら畏怖の対象になって遠巻きにされた方が楽って言う理由だけ。後、うちの学年には藤堂さんが居たしね」
「では、今私にばらした理由は何ですの?」

ようやく彼女の中で何かの合点がいったのか、もしくは線が繋がったのか冷静さを取り戻してきたようでしっかりとした声で椿に訊ねて来た。

「正直、中等部で2人を相手にするのは精神的にキツイから」

2人と言うワードを聞いた藤堂はもう1人が誰かを悟ったらしい。

「さすがにそこまで恥知らずではありませんでしょう」
「さすが藤堂さん。頭の回転が速くて助かるよ。あと、あの子は絶対に来るよ。賭けても良い」
「それで私を丸め込んで利用しようと言うのかしら?」

途端に藤堂が纏う空気が鋭いものに変わった。腕を組み、品定めするかのような視線を椿に投げつけている。
美人が凄むと本当に迫力があるなぁと場違いな事をつい椿は感じてしまう。

「利用って言うか。敵の敵は味方になったら困るからね。丸め込むつもりは全く無いよ。ただ私がどうして畏怖の対象になりたかったか知っておいてもらいたかっただけだから」
「…私があの方の味方になる事は絶対にありえませんわ。あのような品も知性の欠片も無い方を擁護したくありませんもの」
「あれ?藤堂さんあの子の事知ってるの?」
「幼稚園が同じでしたのよ。自分が将来水嶋様の妻になるのだと毎日のように言っておりましたわ。あと貴女から嫌がらせされたとか色々と」

吐き捨てる様に口にした藤堂の表情を見ると、本当にあの子に対してうんざりしていたんだろうなと椿は嫌でも察してしまった。
1年の頃、急速に椿が嫌われて行ったのは同じ幼稚園に通っていた生徒達の話が広まったせいもあるのかもしれない。

「言っとくけど、私あの子と会話らしい会話なんてした事ないからね」
「今の貴女を見ればそれが事実だと分かりますわ。それとは別として水嶋様を助けないのは何故ですの」
「私があの子に注意してそれをあの子が素直に聞いてくれると思う?」

少し考え込んだ後、藤堂は力なく首を振った。

「…思いませんわ」
「でしょ?ああいう子は本人がキツク言わない限り態度を改める事はしないし、まぁあの子はそれで態度改めてくれるかって言うと無理そうだけど。だから恭介には自分でなんとかしてもらわないと困るのよ。そう言えば藤堂さんは私とあの子の関係とかどこまで知ってるの?」

普通にあの子で通じてはいるが、藤堂はどこまで椿達の家庭の事を知っているのだろうか。
聞かれた藤堂は目を泳がせて言いにくそうにしている。
他人からは言いにくいかと思い、椿の方から質問する事にした。

「私とあの子が異母姉妹だと言うのは」
「知ってますわ」
「あの子の母親がやった事」
「朝比奈さんのお母様が被害者だと言う認識ですわね」

なるほど、ほぼ正しく情報が入っている訳か。藤堂家の情報網がすごいのか、はたまたお喋りな情報通が身近に居るのか。
たまたま通りがかって聞いてしまった可能性もあるが、子供である藤堂が知っている時点でお節介な人が居るのは確かだろう。

「うん。ほぼ全て知ってる訳だね。ならあの人達がなりふり構わず実行するってこと分かってるでしょ? 恭介に自分から動いてもらわないとどうにもならないから、基本的に私は恭介が限界になるまでは手助けしないことにしているの。あいつ女子に対してあまり強く言えないからさ」
「貴女が他の女子生徒達に対してあまり注意をしない理由が分かりましたわ。私も、最初から貴女が悪だと決めつけていた事は謝罪致します。思えば、節々で貴女は素を出していた部分もありましたのに、私はそれを見ないふりしておりました。あの方の話を聞いて無意識でも貴女に対して悪い印象を抱いていたのでしょうね」

自嘲気味に藤堂は笑い、椿対し謝罪の言葉を口にする。
椿は今が絶好のチャンスと思い、罪悪感を抱き始めた藤堂に向かって思いの丈をぶつけた。

「そんなに悪いと思っているのなら私と友達になってよ!」
「話が飛躍し過ぎですわよ!なぜそうなりますの!」
「いや、河原で殴り合ったら誤解が解けてお互いの健闘を称え合うでしょ。で友情が生まれると」
「前提条件がすでにおかしいですわ!大体河原で殴り合っておりません!」

混乱している内に強引に承諾させればこっちのものと思っていたのに案外手ごわいな。

「じゃあ、私と友達にならなくて良いから杏奈と友達になって私と仲良くしてよ」
「それ選択肢ありませんわよね!結果同じじゃありませんか!」
「じゃあどうすれば私と仲良くしてくれるの!私と仲良くなったらもれなく恭介と佐伯君が付いて来るからお得だよ!」
「身内を売るようなマネはお止しになって!なぜそんなに私と仲良くしたいのですか」

なんでってそりゃ貴女、理由は1つしかありませんがな。

椿はこれまで以上に真剣な顔をして藤堂をジッと見つめる。
マジマジと見られた藤堂は狼狽えてな、なんですのよ!などと口にしている。

「それは私が藤堂さんの事を好きだからだよ」

椿の言葉を聞いた藤堂は思わず絶句してしまった。
中々言葉を出す事が出来ないようで、彼女はパクパクと口を動かしている。
ようやく出した声は普段の藤堂とは思えぬほど弱弱しく震えていた。

「わ、私、そういう趣味は…」
「いや、人として尊敬しているって意味の好きであって恋愛対象としての好きではないよ」
「紛らわし過ぎですわ!」

顔を真っ赤にして抗議してくる藤堂は本当に可愛らしい人である。

「叫びすぎて喉が痛くてたまりません」
「大丈夫?」
「誰のせいだと思ってますの」
「…私、かな?」

どうにも椿は、良質のツッコミをしてくれる人を見つけると、こうなってしまう。
自分の思った通りの反応とツッコミをしてくれる人が居たら、ボケをかまして相手に構って欲しくて仕方ないのだ。
それで言えば藤堂は恭介と同じ人種なので、椿はつい調子に乗ってしまう。
などと椿が考えていると、草むらから三毛猫が不意に出て来た。意外と毛並が整っているのを見ると飼い猫なのかもしれない。

「あ、猫だ!こっちこーい」

椿は猫にそーっと近寄り、頭を撫でた。逃げない所を見ると人に慣れているようであった。
猫が逃げないのを良い事に、椿は思う存分猫を撫でくり回した。
唖然とした表情で藤堂は事の成り行きを見つめている。

「はー。可愛い。やっぱ猫はいいね。あー、はしゃいだら喉乾いちゃった。お茶飲も」

リュックから水筒を取り出し、蓋を回そうとした椿の手首を藤堂がガシッと掴んで来た。

「猫を触った手でお茶を飲むなんて信じられませんわ!」
「別に死なないって」
「そう言う問題じゃありません!」

最悪お腹壊すくらいなんだから大丈夫大丈夫と思い、椿は藤堂に構わず水筒の蓋を開けようとすると、藤堂は自分のリュックからお手拭きを取り出して椿の手首を掴み、高速で手を拭いてくれた。

「もぅ!ほら反対側の手もお出しになって」
「はい」

椿が反対側の手も藤堂に差し出すとそちらも丁寧にお手拭きで拭いてくれた。

「藤堂さんて末っ子だよね?その割に面倒見が良いよね」
「下の兄がちょっと頼りない所がありますのよ。そのフォローをしていたらこうもなりますわ」

なるほど。上が頼りないと下が良く育つとか言うあれか。

「よろしいですか朝比奈さん。むやみやたらと興味を惹かれたからと言って走り出したりしてはいけませんのよ?貴女は鳳峰の生徒としての自覚を持っ…人の話聞いてますの?猫を目で追わないでくださいませ!」
「聞いてる聞いてる。えっとつまり要約すると猫可愛いって事?」
「全然違いますわ!…あぁもう、こんな人と6年間も張り合ってきたのかと思うと情けなくなりますわ」
「私は毎回突っかかって来られる度に中身これでゴメンって思ってたよ」

絶望的な顔をした藤堂はガックリと肩を落とし意気消沈している。
なんかごめんね。

「貴女が素の自分を見せられない訳は分かりましたし、学園生活で見せている普段の姿が本来のとは真逆なのだと言うのも分かりました。中等部に進学して、仮にあの方が入学された場合は貴女の敵に回るような事はしませんわ。これでよろしいでしょう?」
「…ともだち」
「世間話位は致します!私だって貴女の素を見て混乱しているのだから、少し落ち着いて考えさせてくださいませ」
「わかった。良い返事を期待してるよ」

友達になってくれと押す椿に対して藤堂はとても慎重になっている。
ふざけた調子の椿を藤堂は呆れた目で見た後に深いため息を吐いた。

「水嶋様が『あいつ放っといたらどっか行っちゃいそうで…』って仰っていた言葉が比喩でもなんでもないって事が今理解出来ましたわ」
「え?あいつそんな事言ってたの?なんで保護者面してんのさ。むしろ私があいつの保護者だろうに」
「どの口がそんな事を仰るんでしょうね」

この口かな?

しかし、藤堂の誤解を解けたのは大きな収穫だった。友達になりたいのも仲良くなりたいのも椿の本音だ。
ただ、中等部に進学して藤堂と美緒の二人を同時に相手にするのは精神的にキツイものがある。
敵に回らないと言う確約を持てただけでも御の字だろう。

椿は藤堂と残りの道のりを彼女に監視されつつ、寄り道しそうになったら腕を引かれ連れて行かれると言うのを繰り返し、ようやく目的地の自然公園に到着する。
生徒が見えて来た時点で令嬢スイッチを入れた椿を見た藤堂は目を丸くし驚いていた。
他の生徒は和やかに会話をする椿達を見て呆気に取られている。

すぐさま杏奈が椿達に駆け寄り、藤堂に声を掛ける。

「藤堂さん、本当にお疲れ様でした」
「貴女も苦労なさったのね。それと、今更ですけど朝比奈さん、擬態完璧ですわね」
「私は生まれが良い訳ではありませんし、実父がアレですので、自分で責任を取れるようになるまでは擬態でも何でもやりますわよ。朝比奈と水嶋の看板に泥を塗らない為なら何でもね。両親が私のせいで他人にバカにされないようにするのは当然の事ですわ。背負っている看板が重いのは百も承知しておりますもの」

椿は挑戦的な笑みを浮かべながら藤堂と視線を合わせる。
その視線を受けた藤堂は諦めたように片手を上げた。

「降参よ。もう勝手になさればよろしいわ。…本当に、貴女って食えない人ね」
「ご理解頂けて嬉しいですわ。これからよろしくお願い致します。藤堂さん」

椿の言葉を受けた藤堂は、一言「えぇ」とだけ呟いて、取り巻きの子達の所へと行ってしまう。
取り巻きの子達に囲まれた藤堂は、彼女らに口々に何があったのかを矢継ぎ早に聞かれ答えを濁しながら話を切り上げようとしていた。

「道中何があったのかは態度で大体察したけど、随分博打を打ったわね」

呆れた声色で杏奈が耳打ちをして来る。

「結果良ければ全て良しですわ」

まさかズボンの紐を取り出すのに悪戦苦闘していた時はこんな事になるとは椿も思っていなかったが、上手く行って一安心である。
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