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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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入れと言う声を聞いた鈴原が扉を開け、椿を中へと促す。
椿は覚悟を決め、部屋の中へと足を踏み入れた。

「君が倉橋椿か?」

ハッキリとした良く通る声だと椿は思った。
大きなはめ殺し窓を背にした机に陣取っている30前後の男性。
恭介ルートのスチルで12年後の姿ぐらいしか椿は見たことが無かったが、面影はある。
オールバックにして小型の熊ぐらいなら素手で倒せそうなほどの鋭い眼光を放っている人。
一見して冷酷そうな印象を抱かせる切れ長の目、スラリと伸びた手足。スーツの上からでも分かるくらいに鍛えられている体。
己に対する絶対的な自信が彼の纏う雰囲気から伝わってくる。
この人が水嶋春生はるき。椿の母・倉橋百合子の兄にして、水嶋グループの次期社長。ゲーム内では社長になっていたが、今はまだ専務の地位にいるようだ。
あまりの眼光の鋭さに、子供相手なんだからもうちょい柔らかい対応出来ないのかよ、と椿は心の中で悪態を吐いた。

「答えられないのか?」
「あ、くらはしつばきです」

関係ないことを考えていると、椿は返事をするのが遅れてしまい慌てて自分の名前を名乗る。
何の感情も滲ませない表情と声色に伯父が何を考えているのか読めなくて不気味な気持ちでいっぱいだった。
伯父は何かを窺う様に椿をジッと見た後、小さくため息を吐いた。

「それはおかしいな。私は何度も君の父上から椿の写真を見せてもらっているのだが、そこに写っていたのは君ではなかった。本当に君は椿なのか?」

その伯父の言葉を聞いた椿は背後関係をなんとなくだが読めてしまった。
伯父が見た写真に写っていたのは、恐らく美緒ではないかと椿は考えた。
つまり、父親は美緒の写真を椿だと偽り伯父に見せていたのだ。置かれている状況をバラす危険性がある椿を外に出すことは出来ないし、母親を連れて行こうにも自分の悪事をバラされても困る。なので美緒を椿だと偽って写真を伯父に見せていた。
だからこそ伯父はこうして現れた椿が写真と全く違う子供だと言う事に不信感を持ち警戒している。
椿が体の弱い子であまり外出出来ず、母親も出産後に体調を崩しがちになっているとか言えば5年間妹である椿の母親と会わず仕舞いでも説明は付くのかもしれない。
もしかしたら駆け落ちだと思っているのは母親と富美子だけなのかもしれないと椿は感じていた。
父親と伯父の間に交流がある時点で両親が駆け落ちだったと言うのも疑わしいものだ。
伯父に写真を見せる事が出来て、姪である椿を認識している時点で伯父は妹の百合子と姪の椿を気に掛けてくれているのではないかと考えた。
この椿の推察は細かい所は違うが、大まかな所は合っていた。

実のところ、初めて椿を見た伯父はすぐに写真に写っていた椿の方が偽物なのではないかと感じていた。
と言うのも、椿が妹・百合子の面影があり、また自身の母親と目元がそっくりであったからだ。
しかし、椿の言う事を全て鵜呑みにする事も出来なかった。なぜ、彼女がここまで来たのか春生は皆目見当もつかなかったからだ。

美緒を椿と偽り伯父に見せていたと知り、椿は父親の思考が残念すぎると感じていた。その場凌ぎの嘘を吐いてもいずれはバレるのになぜとしか言えない。
そもそも家に愛人とその子供を招き入れる時点で愚かとしか言い様がないのだ。
母親も母親である。父親のどこが良かったのかと椿は問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。
椿自身が父親の顔も見たことが無いので想像でしかないが、余程父親の見た目が良いのか、口が上手いのか。あるいは両方か。
ここまで来たら、父親はただの詐欺師だ。絶対に両親には離婚してもらわねばと椿は決意を新たにする。

伯父は、目の前にいる椿を疑っているが、彼女は自分こそが本物の椿だと証明する最大の証拠を所持している。
そう、母親と富美子から預かって来た手紙だ。何が書かれているかは椿は読んでいないので分からないが、恐らく今2人が置かれている状況を記しているのだろう。
これがあればきっと信じてもらえる。たとえ信じてもらえなくても疑問に思った伯父が倉橋家に来てくれればいいと椿はそう思っていた。
父親や他の使用人から頑なに拒まれるだろうが、それがさらに伯父の不信感を煽る結果にもなる。
倉橋家の離れに軟禁されています。なんて書いてあっても、伯父は母親が父親に惚れ込んで嫁いだと思っている以上、そんなマイナス要素をわざわざ知らせる利点が両者には無い。
あるいは第三者の陰謀論も考えているかもしれないが、そちらの方が伯父にとっては望ましいかもしれない。
大体、倉橋家との縁が続いた所で水嶋の得にはならない。むしろさっさと離婚して、他の家に嫁がせた方がよっぽど水嶋の為になる。
ゲーム内での倉橋家は中流企業の経営をしていたはずだ。倉橋家自体、歴史も何もない微妙な家系であった。
そんな家に名家である水嶋家の娘が嫁いでも、倉橋家のメリットが大きすぎるだけだ。
さらに母親への扱いは水嶋に対する冒涜でしかない。本来であれば母親は使用人や父親自身がちやほやして頭を下げなければならないほどの家の出なのだ。
それを離れに捨て置き、自分は愛人とよろしくなんて水嶋を馬鹿にしているにもほどがある。
名家・水嶋としてのプライドを伯父が持っているのであれば、妹思いなどは抜きにしても手を出さざるを得ないはずだと椿は考えていた。

椿は印籠よろしく鞄から2つの手紙を取り出し、横に居た鈴原に手渡した。
鈴原はそれを伯父に渡し、彼は封を切り中身を取り出し読み始める。
読み進めていく中でも伯父の表情は全く変わらず椿は伯父の考えを読む事が出来ない。果たして信じるのか信じないのか。
最終的には子供の武器を椿は使用するしかない訳だが、それを使用する前にぜひとも助けてもらいたい。

数分後、2つの手紙を読み終えた伯父はおもむろに椅子から立ち上がり、椿の目の前までやって来た。
そして、しゃがみこみ椿と視線を合わせた彼の目は先ほどの冷たいものではなく、どこか慈愛が込められたような目であった。
椿は勝利を確信しニヤつきそうになる己の口元を抑えるのに必死だった。

「よく1人でここまで来たものだ。まだ4歳なのに怖かっただろう」
「たすけてくれるの?」
「当たり前だ。…鈴原。倉橋の家に連絡を入れろ。今から行くとな。資金援助の件で向こうから会いたいと言って来ていただろう?タイミングが良い」
「畏まりました。椿様はいかがなさいますか」
「このまま1人で帰す訳にもいかない。どのみち百合子を連れ帰るつもりだ。それに椿にはまだやってもらいたい事もある。いいね」

有無を言わさぬ物言いに、椿は思わず反射的に頷いていた。
その後、伯父は残った仕事を部下に振り分け、伯父と椿は水嶋が用意した車に乗り、倉橋の家に向かった。
車には伯父と鈴原の他に、物腰が柔らかそうな女性も同乗していた。

「椿様ですね。私、水嶋専務の第二秘書をしております宮村と申します」
「宮村はこう見えても武道を嗜んでいる。君の護衛役として付いてきてもらった」

ゲームとか漫画とかだと嗜んでいると言うセリフはプロ級であると言う意味でしかない。
そしてこの場合も恐らくそうなのだろう。宮村のスーツのスカート部分から除く足を見れば一目瞭然だ。全く無駄な肉が付いておらず、明らかに筋肉だと分かる。
蹴られたら絶対痛いと簡単に予想がつく。物腰柔らかそうな顔して怖い。絶対怒らせないようにしようと椿は強く決意した。

そうして椿が宮村の足に釘づけになっている内に、車は倉橋家の前までやって来た。
颯爽と降りる伯父は先ほどまでの姪に対する慈愛に満ちた表情から一変し、熊を素手で倒せそうな目力を持つ表情に変わっていた。
出迎えた倉橋家の使用人は伯父にペコペコと頭を下げ、家主がまだ帰宅していない事を伝えているように見えた。
玄関先でのちょっとした押し問答の後、伯父達が倉橋の家に入ったのを確認し、椿と宮村も伯父から与えられた仕事をこなすため車から降り、離れの方向へと2人で向かった。

出て来た時と同じ場所に到着し、瓦礫を押し込み退かした。

「確かに子供1人しか通れませんね」
「じゃあ、お母さま達にちゃんとつたえてくるね」
「はい。お気を付けて。すぐに離れの方に向かいますので」

そこで宮村と別れ、椿は穴を潜り離れの母親の元へと向かった。
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