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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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鳳峰学園初等部は他の私立とは違う。公立とはもっと違う。
通う生徒は上流階級の子供達。つまり日本経済を支える企業の子供が多数通っている訳だ。
基本的に子供同士の揉め事に親が出て来る事は滅多にない。
内容がお互い様な状況であったならばケンカ両成敗で終わる。
学校内の揉め事は学校内で収めるのが暗黙の了解だ。しかし、行き過ぎた事態が起きれば家同士の問題に発展し親が出て来てしまうのだ。

子供とは言え、生徒は金持ちの子供。プライドが高く多少傲慢で自分が上に立ちたいと言う野心も持ち合わせている面倒な子供が割と多い。
それ故教師は細心の注意を払って生徒に接している。
ご機嫌伺いをして舐められてはいけない。かと言って厳し過ぎたりすると親が出て来て面倒な事になる。そのさじ加減が難しい。
だから、初等部、中等部の教師は鳳峰の卒業生が9割を占める。
金持ちの子供には金持ちの教師。扱いだって分かっているだろうし、上流階級の中でもさらに上の人物が教職に就いている場合、子供達はとても聞き分けが良くなる。

それでも一般家庭出身で鳳峰の教師になる人は一定数存在している。
そう言う人達は事前に他の教師陣から暗黙の了解の事や生徒の扱い方等を教えてもらう。
余計な事さえしなければ、生徒だってバカではないのだから教師の言う事位はちゃんと聞くのだ。

なぜ椿がこんな事を考えているのかと言うと、その例外が発生したからだ。
そもそも担任が急病で休んだのが原因だった。
さらに、その日プールの授業があったのも悪かった。
代わりの教師が一般家庭の出身の新米教師だと言うのがもっと悪かった。
そして、その教師がとても熱血な、公立学校であったならば生徒の人気者になりそうな教師であったのが運の尽きであろう。

何があったのかと簡単に言えば公立学校でなら良く見かける光景をやってしまっただけだ。
プールの後、女子更衣室に落し物が落ちていた。その落し物が下着であった。
事もあろうにあの教師は現物を椿達に見せながら授業の後、男女全員が揃った教室で「このパンツ誰のだー?」をやったのである。

この場合『更衣室に落し物があったので心当たりがある生徒は職員室に来るように』が正解である。
低学年ならいざ知らず、高学年の第二次成長期を迎えた思春期真っ只中の生徒達に向かってこの配慮の無さと、ここが鳳峰学園だと言う新米教師の認識の甘さに椿は頭が痛くなってきた。

そして教師がパンツを見せたと同時に1人の女子生徒が下を向いてプルプルと震えているのが椿の目に映った。
日頃の凛とした姿とは程遠い姿にパンツ忘れたのが彼女なのだとすぐに椿は察し、頭を抱えたくなる。
よりにもよって藤堂の下着だとは、なぜ更衣室に忘れたりしたのだと椿は藤堂に詰め寄りたかったが、そんな事は出来るはずが無かった。。
しかし、今の藤堂の態度は見る人が見ればバレバレであった。
現に隣に座っている藤堂の右腕とも言える少女が藤堂の様子に気付いてオロオロし出していた。

「なんだ?誰も居ないのか?仕方ないな。他のクラスに聞いてくるか」

新米教師がそう言い放ち、椿は心の中であらゆる罵詈雑言を彼に向かって吐き捨てる。
おのれはでくの坊か!アホか!
思春期の子供がどれだけ恥ずかしいか傷つくか想像も付かないバカ者が!
学年中の晒し者にする気かよ。あの教師を採用したの誰だ。

こんな事で藤堂に恩を売る気は無かったが、ここで藤堂に失脚されてしまうと椿は困ってしまうのだ。
一目置かれている藤堂が今回の事で他の生徒のからかいの対象になり、彼女が萎縮してしまうのを椿は恐れていた。
典型的な良家の子女である藤堂は下ネタの類に耐性があるはずもない。調子に乗った男子に色々と言われてしまう姿が容易に想像が出来た。
さすがにそれは可哀想だと思い、椿は静かにそっと右手を挙げた。

「私です」
「ん?」
「ですから、その下着は私のです」

瞬間、生徒達がざわつき出す。
え?あれ朝比奈さんの?とかあいつ今穿いてないのかよとか教室の色んな場所から生徒達がコソコソと言っているのが椿にも聞こえていた。
元より無い評判が落ちた所で痛くもかゆくもない。

「なんだ。朝比奈のだったのか。気を付けろよ」

椿は席を立ち、教師から下着を受け取った。
勿論彼に対して忠告する事を忘れずに。

「…先生は、大学が鳳峰でしたでしょうか?」
「そうだぞ」
「でしたらご存知ないのも仕方無いと思いますが、ここは先生が通っていたような公立学校ではございませんわ。通っている生徒はいずれも名家の子息令嬢ばかり。子供同士の諍いに親が出て来ることはございませんけれど、それが教師相手だとすれば話は別ですわ。私達を軽視することは、即ち私達の家を軽視すると言うことだと自覚して頂きたいのですが。鳳峰学園での教師のあり方を他の先生から伺っているはずです。それを守れないのであれば、教職を退いた方が傷が浅く済みますわよ」
「あのな。恥ずかしいかもしれないけど八つ当たりは止せ」
「八つ当たりではなく忠告です」

これ以上話す事は無いと、椿は踵を返し自分の席へと戻った。
そこで丁度チャイムが鳴り、不機嫌そうな教師が椿を一睨みして教室から出て行った。
教師が出て行った後も教室はシンと静まり返り誰1人声を出すことも無く、動く事もしない。
ただ遠慮がちにチラチラと椿を見て来るだけであった。
椿は埒が明かないと思い立ち上がり、椿に視線を向けているクラスメイト達を睨み付けた。

「…何か?」

その内の男子生徒と目が合い、椿は不機嫌さを前面に押し出した声を出した。
椿に問われた男子生徒は首を横に振り「何もないです!」と大声で叫んだ。
それをきっかけに他のクラスメイト達も我に返ったのか慌ただしく動き出し、帰り支度を始める。
クラスメイトを横目に見ながら椿も帰り支度をし、鞄を持って教室から廊下に出た。
さっさと帰ろうと椿が玄関まで歩いていると、藤堂の右腕とも言える少女が廊下で椿を待ち構えて居た。

「少しよろしいでしょうか?」
「食堂の個室に行けばよろしくて?」

用件は分かっているので、恐らく呼び出されたであろう場所を椿が提示すると、彼女はなぜ言う前に分かったのだろうと思ったのか、不思議そうな顔を浮かべていた。
しかし、椿は彼女にその理由を丁寧に説明する気も無く、その場で彼女から個室の部屋番号を聞き、その場所へと向かった。

扉の前に立ち、コンコンと扉をノックをすると中からどうぞと言う声が聞こえ、椿は扉を開けて中に入った。
案の定、中には藤堂が居り、1人でソファに鎮座していた。
いつものような凛とした雰囲気は感じられず、どこか後ろめたそうにしている。
椿は藤堂の近くまで寄って行き、鞄から先ほどの下着を取り出し、藤堂の前に差し出した。

「はい。これ貴女のでしょう?」

藤堂は苦々しい顔をしながらも無言で下着を受け取り、自分の鞄に仕舞った後で口を開いた。

「私に恩を売ってどうなさるつもり?」
「恩を売ったつもりはありませんわ。あの教師の振る舞いがあまりにもアレでしたので。それに早く帰りたかったのもありますわね」
「私借りは作りたくありませんのよ」
「ですので、私は貸しだとは思っておりませんわ」
「嘘ですわ!貴女が何の目論見も無く私を助けるなんてありえませんもの!」

敵対関係である椿が自分を助けたのが信じられないらしく、椿の言葉を藤堂は頑なに拒否する。
今、藤堂に全てを暴露する訳にもいかない椿は、どうやって藤堂を納得させるかを考え、交換条件を提示する事にした。

「でしたら、神楽坂のチーズケーキが有名なお店があるんですけどご存知?それで手を打ちますわ」
「耳にした事はありますけれど、そんな物でよろしいの?」
「えぇ。他に思い浮かびませんもの」

貸しは菓子で返してもらう。なんてな。などと言ったら杏奈や恭介から白い目で見られそうな事を考えながら、椿は藤堂からの返事を待った。
椿との間にしこりを残したくないのならば、早々に返した方が良いと判断し、藤堂は2つ返事で承諾した。
藤堂に下着は返したので、椿はここに残る用事も無い。
椿は藤堂に習い事の時間が迫っているので帰ると告げ、個室を後にした。

翌日、椿が杏奈と一緒に居る所に藤堂が鼻息荒く単身乗り込んできた。

「騙しましたわね!あのお店、一見さんお断りのお店じゃありませんか!」

と、プンプンと怒っている藤堂を尻目に椿は杏奈にコソッと耳打ちした。

「ね、藤堂さんて可愛いでしょう?」
「あんた本当に良い性格してるわ」

藤堂はひとしきり椿に対し悪態を吐いた後、迎えに来た少女になだめられ腕を引かれ去って行った。
良くも悪くも藤堂は真面目な人なのだ。

あれから例の新米教師が椿達のクラスに臨時であろうとも付く事は無かった。恐らく学年主任の耳に入って配慮してもらっているのだろう。
職員室で会った時などは、彼は椿を目に入れると睨み付け、ことごとく下着の件を持ち出そうとして狭量っぷりを見せびらかしている。教職に就いている前に1人の大人としてその態度は如何なものかと椿は呆れてしまう。
見かねた同僚の教師が彼に注意をするが、「自分の父は学園の理事長と懇意なので問題ない」と返して来る始末であった。

さらに後日、それまで椿を目の敵にしていたあの新米教師が椿を見るたびにビクつくようになり、コソコソと視界に入らないように逃げるように去って行くようになった。
椿は親に何も言っていないし、学校側も言った素振りもない。
どう言う事だと椿は不思議に思っていたが、どうやら佐伯が手を回してくれたようだ。

春以来、恭介は佐伯と頻繁に話すようになり、前よりかは佐伯も恭介と普通に喋れるようになってきている。
何度か恭介と杏奈と佐伯で個室を利用し、彼からお菓子を提供してもらっていた。
その時に椿は佐伯から、新米教師の事を聞いたのだ。

「鳳峰の教師としてちょっとあの態度は無いかなって思ってね。それに理事長のコネって言ってたし。見かねて母に言ったら予想外に憤慨しちゃってさ。次の日には学校に苦情を言いに行ったんだよね。やっぱり理事長の娘としては見過ごせなかったみたい」
「なんかもう本当にごめんね」
「いいんだよ。子供の言った事をいつまでも根に持つあの教師の方がおかしいんだから」

佐伯の言った通り、子供の言った事を根に持ってネチネチ言って来る方がおかしいのだ。
椿の言い方も良くは無かったけれど。それでも学校の決まりを無視するのは新米教師の為にもならない。
そう言えば、佐伯の母親は理事長の娘だったと言う事を椿は今更思い出していた。
佐伯ルートをおざなりにクリアした弊害とでも言えば良いのか、つまりストーリーをあまり覚えていなかったのだ。
だが、佐伯のお蔭で大事になる前に解決したのは有難かった。

「大体、ここで苦情を言わなかったらあの教師、また揉め事起こすぞ。その時に表沙汰になって理事長の面目丸つぶれになったら目も当てられないだろうな」
「学校の信用問題に関わるものね。学校の理念に共感して子供を通わせていたのに、そのトップが人事ミスしたってなったら次の年の新入生は目に見えて減るでしょうね」

恭介の言う通り、あの新米教師は自分が窮地に陥らない限り態度を改めるつもりは無かっただろう。
最悪、上流階級の中でも上位に位置する家の子供と親を敵に回したら、他の名家からもそっぽを向かれるのは間違いない。
大人しくしていれば給料が貰えて安泰な生活が出来るのだから余計な事はするものではないと思うのだが。

「でも、むやみに敵意を向けられるのが無くなったんだからオッケーよ。あれすっごいうざいもん」
「お前はむやみやたらと敵を作り過ぎだ。この戦闘脳め」
「恭介、戦わずに得られる平和なんて無いのよ」

椿がしみじみと呟くと、杏奈は呆れた視線を椿に向けて来る。

「あんたのその『欲しい物は戦ってでも奪い取る』って思考やめなさいよ」
「無理だね」

と椿は即答した。
前世から染みついてる性格を今更変える事は不可能である。
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