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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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そして迎えた七夕祭。
まず会場内に入って真ん中にある笹の束に椿は目を奪われた。
約300人の短冊を飾る事になるのだから多いに越したことは無いが、あの笹の大群は圧巻の一言であった。

生徒達がクラス別にそれぞれ集まったところで開会式が始まった。
始めに校長と来賓の挨拶があったのだが、お偉いさんの挨拶はどこの世界でも変わらないのだなと長い話を聞きながら椿は痛くなった足を少しだけ崩して前世の記憶を呼び起こしていた。
結論までの過程がくどすぎると思いつつ、空想の世界に逃げ込んでいる間に挨拶は終わり、教師から会場内の説明が始まった。
短冊コーナーは真ん中のみで、机の近くに居る教師に短冊を貰い記入する事になっている。
飾るのは自分でやってもホテルの従業員にして貰っても構わないとの事。
料理は3か所に分けられており、学年毎に場所は決まっているので間違わないようにしないといけないと言う説明が終わると同時に生徒達がバラバラと一斉に思い思いの場所に散って行った。

「椿は短冊書きに行かないの?」

椿が振り返ると片手に星の形をしたケーキの皿を持った杏奈が立っていた。
話終わって解散したのはさっきなのに素早いなと椿は感心する。

「その前に人探しですわ」
「あぁ、先ほど女の子に囲まれてたわ」
「…あそこですわね」
「いってらっしゃいませ」

杏奈にフォークを持った手をヒラヒラとされて健闘を祈られた。
女子が集まっている中心には大抵恭介がいる。一定の距離を開けているので揉みくちゃにならないのは、さすが躾の行き届いた令嬢達と言うべきか。

「恭介さん」

さすがに女子の群れを割って入る勇気は椿には無いので、外側から恭介を呼び出した。
すぐにモーゼの如く女子が左右に割れ、その間を通って恭介がこちらに向かって歩いて来る。

「どうした」
「恭介さん。短冊書きに行きませんか?」
「いやだ」
「でも私1人だと恥ずかしくて…。人に話しかけるのも苦手ですし、恭介さんが一緒じゃないと行けませんわ」

椿は伏し目がちにし指を唇に当て、か弱い子アピールを繰り出した。
毎回思うけれど、この『僕はやりたくないけど、お前がどうしてもって言うから仕方なくやってやる』パターンに持っていくのは本当に面倒くさいものがある。
会場に入った時も来賓の挨拶聞いてる時も今だって、さりげなく恭介は何度も笹を見ているのでやりたいのは丸分かりなのである。

「八雲はどうした」
「杏奈は今食事中で、同じクラスの子と一緒に居りますの。私、邪魔出来ませんもの」

これは嘘なのだが、嘘も方便と言うし許してもらいたい。
その言葉に恭介は渋々、と言う風を装い椿のお願いを聞いてくれる事になった。

「…仕方ないな。どうしてもって言うなら付いて行ってやる」
「まぁ、ありがとうございます!恭介さんはやっぱりお優しいですわね」
「褒めた所で何も出ないがな」

仕方ないとか言いつつ、恭介はちょっとワクワクしたように口角をヒクヒクさせていた。
椿は恭介の隣を陣取り、短冊を書きに机まで向かい教師から短冊を2枚受け取り、1枚を恭介に手渡した。
さて、書こうかと椿がペンを取った辺りで藤堂が鼻息荒く2人の所へやってきた。

「朝比奈さん。嫌がる水嶋様に無理やり短冊を書くのを強要するなんて、いとこで婚約者だからと言って見過ごせませんわ」

取り巻きの子達もそうだそうだと囃し立てている。
違うんです。これ儀式なんです。そうなるお約束なんです。と椿は言いたかったが、恭介のプライドの問題で言う事が出来ない。
こうしてまた、学年内で水嶋様を我儘ないとこ兼婚約者が特権振りかざして振り回しているという悪名が広がる事になる。
こうしたやり取りは何度もしている為、傍目には嫌がる恭介に無理強いしている椿と言うイメージが定着してしまっているのだ。
お蔭で『我儘な婚約者に付き合ってあげるお優しい水嶋様』と言われているので、恭介のイメージは年々アップしているのだが、逆に椿のイメージは年々最低を更新していっている。
杏奈を巻き込んだらどうしようかとも思ったが、彼女は割と世渡り上手だし、周囲からは椿が朝比奈の娘でいとこだから従わされているんだと思われているようで、その評価を聞いた椿は胸を撫で下ろしたのだった。

「大丈夫ですわ。恭介さんはお優しいですから、私の我儘にも付き合ってくださるのよ?ね?」
「別に付いて行くぐらいなら構わない」
「で、ですが…」

藤堂としては助け舟を出したつもりだったのだろうが、恭介にとっては逆効果である。
椿は藤堂に近づき、彼女の耳元に顔を寄せたが、かなり警戒され体を少し反らされた。

「な、なんですの」
「藤堂さんは恭介さんが何を願うか興味ありませんの?」

椿が顔を引くとハッとした表情をした藤堂と目が合う。
だが、さすが藤堂家の令嬢である。すぐに表情を戻した。

「いくら水嶋様がお優しいからって調子に乗らない事ね」

フンッと顔を椿から背けたが、立ち去る様子を見せない所を見ると恭介が何を書くか興味があるのだろう。
椿はペンを恭介に渡し、それぞれ短冊に願いを書いていく。椿は家内安全を念を込めて書き、ホテルの従業員に出来るだけ上の方に付けてくれと頼んだ。
さて、注目の恭介はと言えば、しばらく何を書くか悩んだ後にスラスラと短冊を書き始めた。

「恭介さんは何を願ったのですか?」

椿が恭介に訊ねると、彼は自信に満ちた表情と態度で椿に短冊を見せて来た。
それを椿と、背後にいつの間にか居た藤堂達が同時に読み上げる。

「「「商売繁盛」」」

何とも言えない空気が辺りに広がり、藤堂が責め立てる目で椿を見ていた。

「ちょっと、朝比奈さん。この空気どうしてくださるの?」
「…なんかもう本当にごめんなさい」

恭介の想定外の願いに一瞬椿は素に戻ってしまった。
令嬢らしからぬ言葉遣いをしてしまったせいか、藤堂達が驚いている様だった。

「あ、今のは」
「貴女が謝罪の言葉を口にするなんて…」

え?驚いたのそっち?と素に戻ったのバレてなくて良かったと安心したと同時に、椿の印象が謝れない女子になってるの事に地味に傷ついた。

「私だって悪いと思ったら謝りますわよ」
「あ、いえ。ただ意外だと思っただけですわ。…あ、私達も何か食べにまいりましょうか。ねぇ皆さん」
「そうですね」
「行きましょう千弦様」

失言だった事に気付き、途端に居心地が悪くなったのか、藤堂達はそそくさとその場から立ち去ってしまった。
今のやり取りで藤堂の椿に対する印象がほんの少しだけだが変化したのであった。
そして、問題は恭介である。

「商売繁盛って恭介さん」
「分かってるよ」

大方本来の願いを書こうとして土壇場で冷静になったのだろう。それで当たり障りのない願い事を書いてしまった。
椿が家内安全で恭介が商売繁盛とは中々に夢が無い2人であった。

「家に帰る途中で笹と短冊買うからいいんだよ」
「家で書くのが一番ですわ。玄関ホールの目立つ所に置いておいたら伯父様も書いて下さるんじゃないかしら?」
「それもそうだな!」

本当に恭介は伯父が大好きなのだなと嬉しそうな顔をしている恭介を見て、順調に家族の絆を深めていっている事に椿は安心した。

ふと椿が手を見ると、短冊を書いた時に手にボールペンのインクが付いてしまっていた。
椿は恭介に一旦別れを告げ、手を洗うために女子トイレへと向かう。
女子トイレに入ると、上級生と思しき女子生徒が洗面台にもたれかかっているのが椿の目に飛び込んで来た。
椿は驚き女子生徒に近寄り顔を覗き込むと、彼女の顔の白さにさらに驚く事になった。

「大丈夫ですか?顔色が悪いですわね。何か持病がおありなのでしょうか?」
「…いえ、ただの…貧血だと思いますわ」
「貧血は"ただの"ではございません。そちらの椅子まで移動できますか?私の肩に手を置いてくださいませ」

椿は彼女の腰を抱きかかえ、もたれて来る彼女の重さを踏ん張って耐えながら椅子へとなんとか移動させた。
本当は横にさせたいのだが、ここはトイレなので無理がある。
これは大人を呼ばないと自分の手には負えないと椿は判断し、椅子の背もたれに体を預けている彼女に話し掛けた。

「今先生を呼んでまいりますからお待ちくださいね」

急いで椿は女子トイレから出て、会場外の扉前に居た女性教師にトイレで貧血になっている女子生徒が居ると伝えた。
女性教師はすぐに他の女性教師を伴い、トイレ内でぐったりしている女子生徒を会場近くの控室まで運んでくれた。
控室内のソファに女子生徒を横たわらせた後、女性教師は椿に向かって礼を言って来た。

「朝比奈さん教えてくれてありがとうね」
「いえ。それであの方は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。横になってればすぐに治るでしょう」
「それを聞いて安心しました」
「もうすぐ、6年生の劇が始まるし、朝比奈さんは会場に戻りなさいね」
「はい」

女性教師に言われ、椿は控室から出て会場へと戻るが、始まったばかりで具合が悪くなったのならまだ何も食べていないかもしれないし、時間的に小腹も空いているかもしれないと思い、七夕モチーフのゼリーを選びスプーンを持って控室へと行き、女性教師にそれを渡した。

椿が会場に戻ってしばらくすると6年生による七夕の劇が始まった。
恐らく織姫が派閥リーダーで、彦星が学年のアイドルなのだろう。思わず接待と言う言葉が椿の脳裏をよぎる。

劇自体はありきたりな織姫と彦星の物語だった。
いずれ椿達もやらなければならないので、きちんと見ておこうとじっくりと椿は観察をする。
彦星は絶対恭介になるだろう。彼は嫌がりそうだが、煽てて宥めれば了承してくれるはずである。などと考えている内に劇は終わっていた。
さすが鳳峰、衣装と小道具が学芸会レベルではなかった。
小学生の劇なので演技力云々は関係ないが、皆真面目にやってたし楽しそうだった。
たまにセリフが飛んだのか止まる場面もあったが、近くの子が教えてあげたりしてなんとか乗り越えていた。
その度に椿はヒヤヒヤしながら手に汗握り見入ってしまっていたのだった。

思わず母親目線で劇を見ていた事に気付き、椿はその場に膝をつきたくなってしまった。
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