挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

23/179

23

習い事からの帰りの車中で、椿はそう言えばもうすぐ父親の誕生日だと言う事を思い出した。
初等部に入学して、両親からお小遣いを貰っていたのだが、ただ働きでお小遣いを貰うのはどうしても椿は気が引けてしまい、両親に頼んで家の手伝いをしたらお小遣いを貰える制度に変えてもらった。
最初は皿洗い100円とか玄関掃除200円、洗濯干し300円とかの料金表を書いた紙を両親に渡したのだが、難色を示されてしまった。やはり家事は使用人の仕事と言う認識が両親にはあり、それが使用人の仕事なのだから、彼らの聖域を汚すマネをするのは良くないと言われてしまったのだ。
それでも食い下がった椿に両親から渋々与えられた仕事と言うのが『菫の面倒を見る事』だった。
それ毎日してます。何が違うんですか?と椿は聞きたかったが、これ以上ごねてもどうしようもないと悟り、菫の遊び相手として面倒を見ながらお小遣いを貰っていた。
毎日の事なので、少額でも1年貯めれば結構な額になる。両親への誕生日プレゼントぐらいなら余裕で買えるほどだ。
お小遣いの額を頭の中で計算した椿は、ネクタイであれば足りると判断し、運転手にいつも利用しているお店に寄って貰おうと考え、運転手に声を掛けた。

「ちょっと寄ってもらいたい所があるんだけど」
「どちらに行かれますか?」
「銀座に行って頂戴。もうすぐ父の誕生日でしょ。ネクタイをプレゼントしようと思って」
「もうそんな時期なのですね。良く利用されるお店で構いませんか?」
「うん。よろしく」

すぐに車は車線変更をして、銀座の店に向かうルートへと入った。
運転している彼は朝比奈家の運転手兼護衛を務めている不破だ。
父親の送迎は基本的に社用車だし、母親は滅多に外出しないので必然的に椿が1番不破と接する機会が多いのだ。
子供である椿にとって車は必需品であるし、多少の無茶を聞いてくれるような人を欲していた。
なので時間を掛けて椿は不破と交流を深めていったのだ。
と言っても学校であった事や、習い事で何をしたか、具体的にはスイミングで100M泳げるようになったとか、茶道で今日のお菓子はこんなんだったとか、ピアノでこんな曲を習ったとか一方的に椿が不破に話しかけているだけであった。
不破は最初の内は事務的な返ししかしてくれなかったが、いつからか雇い主の令嬢が親しげに話しかけてくれる状況に慣れたのか、はたまた自分を慕ってくれる少女に情が移ったのか、椿が話した内容に対して不破から質問をしてくれるまでになっていった。

徐々に親しくなった不破に、これならお願いを聞いて貰えるだろうと、椿は習い事の帰りに少しの時間で良いから公園に寄って欲しいとお願いした。
最初は渋っていた不破も椿の再三のお願いに重い腰を上げてくれ、不破が側に居る事を条件に了承してくれた。
椿は不破を伴って行った公園でブランコを全力で漕いだり(即座に不破に止められた)、ウンテイの上に上ろうとしたり(即座に不破に止められた)、回転式のジャングルジムをその場で回転させ、勢いがついたところで掴まってグルグル回ろうとしたり(即座に不破に止められた)した。
帰る頃には、椿よりも不破の方が疲れ切っている状態が何度も続き、ついに不破からお小言を頂戴する事になった。

「…椿様。お怪我なさったらどうするんですか」
「子供は怪我をして大きくなるもんでしょ。こけたくらいで死なないって」

アハハと椿が笑うと、不破は呆れたようにため息を吐いて頭を抱えた。

「「朝比奈家の令嬢としての自覚を持っていただきたい」でしょ?分かってるって」

2人の声が重なった事で、不破の眉間のしわが深くなる。

「理解しておられるのならば、少しは自重なさってください」
「無茶な遊具の遊び方はもうしないようにします」

ここで無茶をして2度と公園に寄って貰えなくなるのは困ると思い、椿は安全に遊具で遊ぶ事を不破と約束した。
椿の本音を言えば、徐々に慣らして行ってコンビニとかに寄って貰えるようになるのが目的なのだが、さすがに今はまだ早く、徐々に不破の許容ラインを下げて行かなければならない。

「椿様、到着致しました」

などと回想している間に車は銀座の店の前に到着し、後部座席のドアが不破によって開けられ、椿は車から降りて店内へと足を踏み入れた。
イタリアの紳士服ブランドの店である店舗にはスーツ類や小物類が溢れていた。
椿は既に購入するものは決まっているので、目的の場所まで他に目もくれず歩いて行く。

「ねぇ、こっちの青いネクタイとこっちの赤いネクタイ、どちらが父に似合うかしら?」
「どちらも素敵だと思いますよ」
「頼りになりませんわね。いいわ、両方買いましょう。不破」
「畏まりました」

不破は近くに居た店員を呼び止め、プレゼント用だと店員に告げネクタイを渡した。
品物が渡される間、椿はどこからか投げつけられる不躾な視線を背中に感じていた。
実は椿が店に入った瞬間から感じていたのだが、別にどうでもいいやと無視していたのだ。
面倒な事に巻き込まれる前に早く品物来いと願いながら待っていたが、残念ながら椿の願いは叶わなかった。

「あぁ、やはり百合子さんのお嬢さんね。雰囲気や、顔立ちがそっくりだわ。百合子さんはお元気かしら?」

声を掛けられた方に体を向けると、明らかな見下し目線の女性がそこに立っていた。
椿は彼女に見覚えがあった。見覚えがあったと言うか、ゲーム中何度も出て来たキャラなのだから見覚えがあって当たり前だ。
しかし、今の椿は彼女に会った事が無いので知らない事になっている。

「お初にお目にかかります。朝比奈椿と申します。母のお知り合いの方でしょうか?存じ上げなくて申し訳ありません。母はお蔭さまで元気ですわ」

と椿は美緒の母親である奈緒子に答えた。
そう、彼女は美緒の母親なのである。ゲーム内では芯が強く、多少の気の強さを感じさせる女性として描かれていたが、ここでは性格の悪さがここまで顔に出るのかと思うほどにかなり気が強そうな顔をしていた。
まさかこんな所で出くわすとはツイてないと椿は己の不運を呪った。
そんな椿の心情など知らない奈緒子は値踏みするかのような視線をぶつけてくる。

「あら、そうなの。まぁ、そんな事どうでもいいわ。それより、聞いているわよ?貴女、学校で殿方を従えているそうじゃないの。さすが百合子さんの娘ねぇ。あの方もいつも大勢の殿方を従えていたもの。親子揃って男好きする血筋なのね」

事実と違う言い分に、椿はそれはどこからの情報ですかと奈緒子を問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。
すると奈緒子の発言を聞いた不破が椿の前に立とうとしたが、椿は後ろ手で彼を制止した。
すぐに椿はどうすればこの女に最大のダメージを与えられるかを計算し始める。
同じ土俵に立ってしまうと、母親に被害が行きかねない。かと言って泣き寝入りするのも癪に障る。
そう言えば、秘書課時代に良く炸裂させては無意識に相手にダメージを与えていた同僚が居た事を椿は思い出し、利用する事にした。
椿は深く息を吸い込み、これ以上ない程の笑顔を浮かべながら奈緒子に対して口を開いた。

「まぁ!殿方を従えていらっしゃったとはさすがお母様ですわ!あの見た目とお淑やかな性格ですもの、きっと学年中、いいえ!学校中の殿方を夢中にさせていたに違いありませんわね!お母様は線が細くてか弱くていらっしゃるから、きっと殿方は放っておけないのでしょう。それに控えめな性格でまさに現代に蘇った大和撫子ですものね。学生時代は成績優秀でもあったとお聞きしておりますし、下級生の女子生徒からは『お姉様』と呼び慕われていたとか。さすがお母様ですわ。まるで聖母の生まれ変わりのようですわね!いいえ!まさに聖母そのものですわ!気品に満ち溢れ、お優しく、慎ましやかで、それでいて芯の強さを併せ持つ母を持てるなんて私は何て幸せ者なのでしょう!貴女もそう思いませんか?」

相手に口を挟む隙を与えず一息で上記を言い終えた椿は、さぞや晴れ晴れとした顔をしていた事だろう。
椿のこの天然砲は無事に思惑通り相手にダメージを与えているようで、奈緒子は椿に対して嫌味が通じなかった苛立ちからか歯を食いしばり、こちらを刺すような目で睨んでいた。
怒りに任せて椿を怒鳴りつけても構わない。これだけ人目がある所で怒鳴れば噂は一気に知れ渡るだろうし、9歳の子供を怒鳴りつけるなど、周囲のいい笑い者にしかならない。

「…それでも、それだけ従わせても選んだ殿方が中規模の会社社長と朝比奈の三男ですものね。百合子さんにはお似合いだわ」

さすがに年季が入ってる分、奈緒子は乗ってこない。思惑が外れ椿は心の中で舌打ちをした。
しかし、椿は勢いを衰えさせる事なく、更に畳みかける。

「そうでございましょう!朝比奈のお父様はそれは素晴らしい方ですのよ?お優しくて私の事も大事にしてくださいますし。お母様も常に笑顔でいらっしゃって、益々お美しさに磨きがかかっておりますもの。やはり女性は愛されてこそ美しさを発揮するものだと母を見ていて実感いたしましたわ。…ところで、私まだ貴女様のお名前をお聞きしておりませんでしたけれど、どちら様でしたでしょうか?これだけ母を褒めて下さったんですもの。きっと母の事が大好きでいらっしゃるんですよね?」

奈緒子の発言のどこに母親を褒める要素があったのか疑問だろうが、こう言う相手にダメージを与えるには同じ土俵に立つよりも、土俵の周りをグルグルして『ねぇ、今どんな気持ち?』をやった方がよほど効果があるものだ。
しかも、椿は相手を侮辱するような事は何も言っておらず、ただ両親を褒めただけだ。
さらに椿は、お前誰だよ。名乗りもせず気安く話掛けてくるとかどこの礼儀知らずだと言う意味も会話の中に含ませていた。
倉橋の件は話題にするのも朝比奈の父親に失礼だと椿は思い、あえて話には出さないでおいた。

恐らく大好きの部分が奈緒子のプライドを傷つけたらしく、一気に彼女の顔が赤くなり、激昂しているのが椿からでも良く分かった。

「…ほんっとうに!親子揃って脳内お花畑なのね。貴女の母親はね!他に想い人の居る方と無理やり結婚したのよ?」
「あら、それは母がその事実を存知上げていなかっただけですわ。あの方に想い人が居られると分かっていたら、きっと母の方から身を引いていたはずですもの。それに悪いのは想い人を選ばなかったあの方ですわ。まぁ、結局全てを捨ててでも想い人と結婚したいと思えるほどの魅力が相手に無かっただけなのでしょうね。母に何の責任も無かったとは申しませんが、それのみで母だけが悪かったと言うのはいかがなものでしょうか」

順調に奈緒子から母親に対しての禁句を引き出せた事で椿は内心ほくそ笑んだ。
他人が言うならいざ知らず、張本人である奈緒子がそれを口にするのは道理に反している。
しかしながら、これ以上言うと椿にやり込められた悔しさと恨みが母親に向きかねない。
椿が相手の正体を知らない事が前提の発言だからこそ、まだ奈緒子は理性を保っていられるのだ。
まさか9歳の子供がこんな高等な嫌味を言うなど思ってもいないだろうから、ここら辺りが引き際だなと思い、さてどうやって締めくくるかと椿は思案する。

その時、運転手の不破がちょうど良いタイミングで椿達の会話に割って入ってきた。

「失礼。椿様はそろそろ帰宅のお時間でございます。帰宅時間が遅れれば旦那様方に理由をお話しせねばならなくなりますので、これで失礼致します」
「あら、もうそんな時間?お父様へのプレゼントは?」
「既に受取は済んでおります。さ、椿様。旦那様にご心配をお掛けしてはなりません」
「そうね。…それでは失礼致しますわ。ご機嫌よう」

言外に不破はこれ以上何か言うつもりなら朝比奈と水嶋に言いつけるぞと奈緒子を脅したようなものだ。
大事にされてはやはり困るのか、途端に口を噤み悔しさを滲ませている奈緒子を尻目に椿達は店を後にした。
あの程度であればこちらに被害が来る事はなさそうだと走り出した車の後部座席で椿は人の悪い笑みを浮かべた。

「あのお店には悪いけど2度と利用しないわ。プレゼントに罪はないから買い直しもしない。あと今日の事は母には言わないように」
「畏まりました」

車内で椿は不破に母親には内密に、でも父親には連絡しても構わないと遠回しに伝えた。
自宅に帰り、玄関ホールに入ると母親がそわそわしながら立っており、帰宅が遅くなった椿を待ち受けていた。

「椿ちゃん、遅かったから心配したのよ?」
「ごめんなさい。お父様への誕生日プレゼントを買っていたら遅くなりました」
「そうだったの。それで、素敵なプレゼントは買えたかしら」
「はい!」

そう笑顔で母親に告げるが、椿は奈緒子との会話を思い出し、少しだけ鬱な気分になった。
随分と久しぶりに年季の入った本物の憎悪を浴びせられたせいである。
ぬるま湯に浸かっていた現状に平和ボケしてたんだなと椿は実感した。
こんな気分の時は幸せ補給の為、母親に抱き付くに限ると思い椿は無言で母親に抱き付いた。
突然の椿からの抱擁に母親は少しばかり驚いた様子であったが、珍しく娘が甘えて来た事を嬉しく思い、優しい手つきで椿の頭を撫でた。

「あらあら、椿ちゃんが甘えて来るなんて珍しいわね」
「…ここ数年は独り占め出来なかったから」

ただ単に寂しかっただけだよと椿が嘘の理由を言うと、母親はその場にしゃがんで真正面から椿を抱きしめてくれた。

「お母様は素晴らしい方です。私の自慢のお母様です」
「まぁ、嬉しい。私も椿ちゃんの事を自慢の娘だと思っているわよ。ちょっとお転婆が過ぎるけれどね」
「それは諦めてください」

椿の返答に母親は「もぅ!」と声に出し、わざとらしくぷぅっと頬を膨らませる。
玄関ホールに居た他の使用人達は椿親子を微笑ましく見つめていた。

後日、父親が会社帰りにお土産として高級プリンを買って来て『頑張ったご褒美だよ』と椿に手渡したので、不破があの日の事を父親に知らせたのだと理解した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ