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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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椿は意気揚々と美緒に脳内で宣戦布告をしたものの、現状まず初めにしなければならないのは母親の救済であると考えた。
今の椿は武器を何1つ持っていない。前世の記憶があるだけで倉橋家から美緒親子を追い出すことも出来ないただの子供だ。

仮に母親がゲーム内と同じような手腕で父親と結婚したのだとしても、愛人が母屋で実権を握り、母親が離れに追い出され、捨て置かれているのにも関わらず大人しくしている時点で母親がゲームと同じ性格をしているとは椿はどうしても思えなかった。
そもそも椿から見た母親は非常に穏やかな女性で、ゲーム内で父親や美緒の母親に対してヒステリックに喚き散らしていたあの母親の性格とは真逆なのである。
ここが『恋花』の世界なのだと気付かなかったのも母親の性格が変わり過ぎていたせいもあった。
たまに母親が寝込む事があっても、使用人から母親は体が弱い人だからだと聞かされていたのもあり、椿は体力の無い人は大変だなぁと的外れな事を思っていたのである。
ごく偶に母親が心ここにあらずな感じでボーっと遠くを見つめていたりするのを椿は物陰から見た事があったので、当時は母親が精神的に脆い人なのかなとしか思えなかったのだが、今思えばあれは父親と美緒の母親の事でストレスを溜め込んでいたからなのだと理解できる。
それでも母親は椿の前では常に穏やかな笑みを浮かべ、椿から1日の報告を楽しそうに聞いてくれていた。
仮にあの穏やかな姿が演技で実際はゲーム通りの苛烈な性格であるのだとしたら大したものだとは思うが、常識的な母親の愛情を受けて育った椿からすれば、4年間育ててもらった恩もあれば情もあるし、死なれるのはさすがに良心が痛む上、寝覚めも悪い。
この際母親の性格云々は置いておいて、とにかく母親には早々に父親と離婚し、水嶋家に戻ってもらわなくてはならない。
それに離れに1人しか居ない使用人から、母親が病気で寝込んでいると聞かされる回数が最近増えて来ていた。恐らく母親はすでに鬱の状態になっているのではないかと椿は推測していた。
最悪の未来を変える為、椿は母親宛の手紙を書き、庭に咲いていた花を摘み一定の量になったところで離れに居る母親の所へと向かう。
意気揚々と母親の部屋のドアに手をかけようとした瞬間に背後から声を掛けられた。

「お嬢様。百合子様は寝込んでおいでです。風邪がうつりますからあちらに行きましょうね」
「だ、だったらこれをお母さまに」

恐らく病んだ母親を見せない為か使用人は椿を母親に近づけさせないようにしていた。
使用人に背中を押され部屋から遠ざけられそうになり、慌てて椿は使用人に手紙と摘んできた花を差し出す。
妙齢の使用人は一瞬だけ同情の眼差しで椿を見たが、さすがは年季の入った使用人と言うべきか、すぐに笑みを浮かべ椿と同じ目線になるようにしゃがみ込み、椿から手紙と花を受け取った。

「はい。百合子様にお渡ししておきますね。きっとお喜びになられましょう」

この妙齢の使用人、名前を富美子と言う。母親が幼少の頃から水嶋家で使用人をしており、結婚時に母親と共に倉橋家にやって来た使用人であった。
今現在、この離れには母親と椿と使用人の富美子しか居ない。
父親がそう仕向けているからだが、他の使用人は母屋の美緒親子しか世話をしていない。
椿の母親が何も言わないのを良い事に父親は椿達を蔑ろにし居ないものと見なしている。
そして、離れには必要最低限の物しか無く、食材も1週間に1度母屋の使用人が持ってくるだけで外との接触はない。
TVもなければ電話も無い、新聞だってない。外の情報が何も入って来ないまま4年も軟禁状態で居れば母親が心を病んで当然だとも言える。

本妻をここまで蔑ろにしているにも関わらず水嶋の方からアクションが何もないのが椿は不思議で仕方なかった。
大体、4年もの間、連絡の無い娘がどうしているのか気にならないのだろうかと椿は疑問に思った。
ゲーム内での椿の祖父は娘である椿の母親を死なせせてしまった罪悪感から椿を甘やかしていたと言う面もあるのだが、恭介や椿を猫かわいがりしていたので、割と家族想いの人間であったのではないかと記憶していたのだが違っているのだろうか。


しかし、ここで伯父や祖父の名前を出す事は椿には出来なかった。これまで椿は祖父や伯父など、母の実家の情報は誰からも教えられていないからだ。知らないはずの情報を4歳の子供が喋れる訳がない。
なので、唯一使える策が病気の母親を思いやり、健気に尽くし母親に正気に戻って貰うと言う運任せな事しか出来ないのである。
中身30近い女が舌足らずな声を出し邪気の無い純真無垢な行いをするのは苦行でしかないが、背に腹は替えられない。

翌日から椿は庭の花を摘み富美子に手紙と共に手渡す作業を始めた。
比較的に母親の心が落ち着いた日には会える時もあったので、椿はここぞとばかりに母親に甘え『貴女にはこんなに可愛い娘がいるんですよー変な気は起こしちゃダメですよー』と無意識に圧をかけたりしていた。
そんな日々を椿が半年近く続けていると、母親が正気に戻る前に富美子がキレる結果となった。

その日椿はいつも通り富美子に手紙と花を渡し、いつも通り母親の体調を聞いただけであった。
キレる要素はどこにも無かったはずだ。それとも富美子の中の堪忍袋の緒が切れた結果なのだろうか。

富美子は椿から手紙と花を受け取ると立ち上がり、母親の部屋の扉を勢いよく開け、中に居る母親にツカツカと早足で近づくと心ここにあらずな母親の胸元を掴み手を振りかざして母親の頬を勢いよく叩いたのだった。
乾いた音が意外と大きくて、あぁ本気で平手打ちするとこんな音になるのかと椿は場違いな事を思っていた。

「百合子様いい加減になさいませ!貴女はもう母親なのですよ!たかだか男に騙されただけで何ですかその体たらくは!それでも水嶋のご息女ですか!家族の反対を押し切った意志の強さはどこに捨てられたのです!恥ずかしくないのですか!椿様に申し訳ない事をしていると思わないのですか!あの女に舐められて悔しくはないのですか!」

富美子は母親を叩いた後、呼吸をおかず一気に捲し立てた。
頬を思い切り叩かれ、呆然としている母親と同じくその光景をぽかんと口を開けて突っ立って見ている事しか出来なかった椿。
少しの間の後、母親は顔をクシャクシャに歪めて、まるで子供のように大声で泣き始めた。
泣きながら話し始めた母親の言ってる事は殆ど聞き取れなかったが、富美子の相槌で椿は話の内容を読み取ることが出来た。

ゲーム通り両親は家族の反対を押し切り駆け落ち同然の結婚をし、個人的に母親を心配していた富美子が無理やり使用人として付いてきた。
口振りから察するに、母親は父親を酔わせて既成事実を作った訳では無く、結婚を強行する為に父親と共謀して、できちゃった婚をした。
母親自身は父親が元恋人に未練があったのは知っていたが、それでも自分を選んでくれたと信じており、同時進行で元恋人と繋がっていた事を知らなかった。
そして、椿が生まれた後に母親は離れに追いやられ、代わりに美緒親子がやって来た。
そこでようやく自分が水嶋の娘だから利用されていた事と、倉橋が自分をこれっぽっちも愛してないと言う事を知り、悲しくて悲しくて全てがもうどうでも良くなった。
さらに、幼少期より自分を目の敵にしていた美緒の母親が父親の元恋人であったのもショックが大きく、自分が死んだ母親と同じ事をよりにもよって美緒の母親にしてしまった事に罪悪感を感じ、自分を責め続けていた。
また、結婚後一度も親兄弟と連絡を取っておらず、家を出る前に啖呵を切って出て来たのに今更都合よく帰る事は出来ず、しかも現在は外と連絡を取る手段が何もなく、軟禁状態に陥っている。

と言うのを聞いて、父親と美緒の母親の悪役っぷり徹底し過ぎてるなと言うのが椿の感想だった。
父親は言わずもがなだが、本妻を押しのけて堂々と母屋で暮らしている辺り、美緒の母親も一枚噛んでいるに違いない。
ゲーム内の美緒の母親は芯の強い耐え忍ぶタイプの女性として描かれていたが、椿の母親の死後ちゃっかり後妻に収まる所を見ると割と強かな女性であると前世の自分は思っていた。

やはりこの世界がゲームの世界とずれているのは確かだと母親の話を聞いて椿は確信する。

「とにかくどうにかして旦那様か春生様にこの事をお知らせいたしませんと」
「…どうやって?外に出る事も出来ないのに」
「それは…」

離れには電話が無いし、そもそも外出自体出来ないので手紙を書いたところで出せる訳がなかった。
連絡手段がない時点で詰んでいるのだ。母親が正気に戻ってくれたのは良かったが、この状態が長引けばまた病むのは目に見えている。
母屋を経由しないと離れから外に出る事が出来ない上、監視カメラも付いている為、外に出れる可能性は低い。
それに父親は母親がまだ病んでいると思っているからこそ離れに対して監視が緩い。
母親が正気に戻ったと知れば離れに使用人を増やし、椿達の監視をいっそう強くするのは目に見えている。その前になんとかしなければならない。
富美子も外に出られないとなれば椿しか居ないのだが、たった4歳の子供を1人で外に出す事を2人が了承するかどうか。
追い詰められて極限の状態の中、藁にも縋る思いで了承してくれないかと椿は願い、2人に向かって自分が行くと口にする。

「お母さま。つばきが行く」
「椿ちゃん、何を言ってるの?」

椿が行くと聞き、母親は耳を疑った。まだ4歳の子供、それも1度も外に出た事が無い子供である。
無事に外に出る事が出来たとしても、交通ルールも分からない、交通機関の乗り方だって分からない子供を1人で行かせるなんて到底出来るはずがなかった。

「あそこの塀のした、ちょっとくずれてるの。つばきなら通れるから。つばきがお祖父さまたちにたすけてって言う」
「無理よ。危ないわ」

椿は庭を探索している時に塀の下の部分が少しだけ壊れており、塊を退かすと子供1人であれば通れそうな穴が開いているのを発見していた。
後ろからこっそり大人が付いて行って見守る形でなら外出を了承したかもしれないが、母親はやはり4歳児を1人で外に出す事に難色を示していた。

「ですが百合子様。それ以外に方法がございません。椿様はとてもご聡明なお子様です。きっと百合子様の事を知らせてくださいます。それに近くのバスに乗りさえすれば水嶋本社の近くまでは行けます」

そこに富美子が助け舟を出す。富美子は箱入り娘として育てられた母親よりも多少現実を分かっていた。
自分達が外に出る事が出来ない以上、4歳の椿に託すしか道は無いのだ。
幸い、近くのバス停には水嶋本社の近くまで行けるルートのバスが通っている。
それに乗りさえすれば4歳児でも無事に辿り着く事は出来るかもしれない。

「…でも…そうね、近くまで行けるのであれば危険性は低いかもしれないわね。打てる手がそれしかないのだから仕方ないわ。椿ちゃん。車に気をつけるのよ?横断歩道の渡り方は分かる?」
「わかる!つばきにまかせて」

元気に返事をする椿を見て、思えば生まれた時から手の掛からない子供であったと富美子は思い返していた。
椿は生まれた時からあまり泣かない子だった。お腹が空いた時やおむつを替えて欲しい時は不満げな声をあげ富美子か母親を呼んでいた。
いつの間にか寝返りをうち、いつの間にか歩けるようになり、いつの間にか文字を書けるようになっていた。聞き分けが良く、1言えば10分かる子であった。教えた訳でもないのに食事作法も身に着いていた。
母親にかかりきりになっても遠くに行くでもなく特に危ない事もせず、庭に出て遊んだり、ひなたぼっこをしたりして1人で時間を潰す事が出来る子であった。
だから甘えていた。1人でも椿は大丈夫だと放ったらかしにして、母親にかかりきりになっていた。
椿から何度も手紙と庭で摘んだ花を渡され、母親の体調を気遣う姿に富美子は自分がいかに椿に甘えていたのかを思い知り愕然とした。
いくら賢くて大人びているとは言え、まだ母親に甘えたい盛りの4歳の子供なのにも関わらず椿に我慢をさせ、気を使わせている、大人である2人が椿を放ったらかしにして何をしているのかと富美子は恥ずかしくなったのだ。
正気に戻った今こそ、この家から出るチャンスなのだ。4年間も軟禁され、外の情報も入らない状態で4歳児を外に出すのは不安でしかない。
けれど、方法がそれしかない。椿にかけるしか道がないのだ。
富美子は世間の交通ルールやバスの乗り方等をノートにまとめ、椿に何度も教えた。

数日後の決行日、富美子と母親に外の事を事細かに教えられた椿は、水嶋本社の住所と祖父と伯父の名前を聞き、母親と富美子から手紙と富美子さんが隠し持っていた交通費を託され、塀の下から外に出た。
外に出たのがばれないように、監視カメラの死角に入るように移動し、倉橋の家から遠ざかる事に成功した。
目指すは水嶋本社。倉橋の家からはバスで20分程の距離のはずだ。

しかし、視線が随分下だから見難い事この上ないと椿はバスの停留所の案内板を見上げてつくづく実感した。
今まで外に出たことなかったからあまり実感したことなかったけれど、バス停の行先表示を見るだけでも一苦労である。
椿がそんなにまごついてたのか人の良さそうなおばさんが見かねて椿に話しかけて来た。

「お嬢ちゃんどこまで行きたいの?」
「えっとね。パパのわすれものとどけにいくのよ。ここまで」

と、椿は水嶋本社の住所が書かれた紙をおばさんに見せた。

「あぁ、それなら次に来るバスに乗って終点で降りれば大丈夫よ」
「ほんとう?ありがとうおばさん」

おばさんから住所を書いた紙を返してもらい、椿は言われた通り次に来たバスに乗り込んだ。
バスの中で椿は本当に上手く行くのか不安になる。
ゲーム通りではないのならば、祖父や伯父は自分達の反対を押し切って駆け落ちした人間などとうに見限っている可能性だってあり得る。
手紙を渡しても一蹴されてしまえばそこで終わりだ。どうか家族想いの人でありますようにと椿は願い、終点に着いたバスを降り、水嶋本社の前に立つ。

まずは受付で祖父か伯父を呼び出して貰わねばならないと思い、椿は受付へと向かった。

「すいません」
「はい。あら?」

受付嬢は声の主が目の前に居ない事を不思議がったが、机に伸ばされた小さい手を見て子供だと理解し、椅子から立ち上がり机の前にまで回り込んできた。

「どうしたのかしらお嬢ちゃん」
「あの、みずしまそういちろうさんか、みずしまはるきさんに会いたいんですけど」
「…失礼ですが、どういったご関係でしょうか」
「えっと、お母さまのなまえがゆりこ。くらはしゆりこです。みずしまそういちろうさんはつばきのお祖父さまです」
「確認しますのでお待ちください」

受付嬢のお姉さんは丁寧な口調で椿に断りをいれ、どこかに電話をかけ始めた。
少女の言ってる事が事実であれば、彼女は社長の孫と言う事になる。
相応の対応を取らねばならないと口調が丁寧になった彼女はさすが水嶋本社の受付嬢と言える。
電話を終えた彼女は椿に笑いかけると近くのソファまで案内してくれた。

「すぐに迎えが来られますのでこちらでお待ちになってください」
「ありがとうございます」

受付嬢にお礼を言い、椿は祈るような気持ちで迎えを待った。
数分の後、スーツを着た年若い男性が息を切らして椿の方に走り寄って来た。

「えっと、君が」
「くらはしつばきです」
「そうですか。僕は専務の第1秘書の鈴原です。社長は昨日から海外へ行っておられますので、水嶋専務がお会いになるそうです。こちらへ」

鈴原に言われるまま、椿はエレベーターに乗り込んだ。道中の会話は全くないのが不気味であった。
最上階に着き、フカフカのカーペットの上を歩かされ、一際目立つドアの前に立たされた。

「専務、お連れいたしました」
「入れ」

ドアの向こうから聞こえた冷たそうな声の印象に椿は知らぬ内に背筋が伸びる。
さぁ、ドアを開けた瞬間に試合開始だと椿は気を引き締めた。
+注意+
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