挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

18/179

18

翌年、朝比奈家に椿と7歳違いの妹・すみれが誕生した。
菫はドイツの血を引くクォーターなだけあって色素は薄く、目鼻立ちもしっかりしていて髪もフワフワな女の子であった。

「…天使だ。天使は本当に居たんだ」
「フラッシュはたいてないけどカメラで連写はよせ。無言も止めろ。なぜ下から撮ろうとする」
「水嶋様、椿は自分の世界に入り込んでるから聞こえてませんよ」

なんて愛らしい妹なんだ。目に入れても痛くないほど可愛いとはこの事か、と椿は一心不乱に菫の写真を撮り続けていた。
今日は、菫のいとこにあたる恭介と杏奈も母親の出産祝いに来ていた。
しかし椿は菫の写真を撮るのに忙しいので、2人の事は放置状態であった。
椿は満足するまで菫の写真を撮り、恍惚とした表情で生まれて間もない妹を見つめていた。
そんな椿をやや引き気味で見ている恭介と杏奈。

ちなみに、椿の妹フィーバーぶりよりも父親の娘フィーバーぶりの方がひどかった。
1部屋埋まるほどのおもちゃや洋服、それもピンク系を性別が分かる前にも関わらず買い込んでいた。
女の子が生まれるとは限らないじゃないかと周りが言えば『僕には分かる。野生の勘だ』と父親は言い張っていた。
実際その通りになっているのだから、野生の勘恐るべしである。

だからと言って父親の椿に対しての対応が淡白になったと言う事は無かった。
よく実子が生まれると連れ子に対して冷たくなるとか言うけれど、そうはならず変わらず椿を可愛がってくれている。
むしろ今まで構われ過ぎてた愛情が菫が生まれた事で分散されて助かったほどだ。

椿達はしばらく母親と菫の部屋に居座っていたが、菫のミルクの時間と言う事で1階のリビングに移動し、出されたおやつを堪能していた。

「今日のおやつはバウムクーヘンか」
「そう。朝比奈のお祖母様から出産祝いで頂いたの。ドイツの老舗のですって。やっぱり日本のとは少し違うわね。どちらも美味しいけれど」

前世の時は一枚ずつ剥がして食べたなー。今じゃ絶対に出来ないけど。

そんな事を考えながら食べていると、あっという間に椿のお皿に盛られたバウムクーヘンが空になった。
3人だけだったら際限なくおかわりをする所だが、今は母親の出産祝いで色んな人が来ている事もあり、どこで誰に見られているか分からないので椿はおかわりしたいと言う己の欲求に耐えた。
夕食の後にまだ残ってたら貰おうと椿は近くに控えていた使用人の1人を手招きし、夕食時にデザートで出して欲しいと耳打ちした。
椿のお願を聞いた使用人は全く表情を変える事無く、畏まりましたと口にした。

「そう言えば、去年の水嶋のパーティー、椿は欠席していたでしょう?」
「そうね。お母様が心配だったし」
「椿、水嶋様の婚約者って事になってたわよ」
「は?」

杏奈が声のトーンを落とし、顔を近づけて椿に囁く。
何それ初耳だと椿は驚き今の会話を聞いていたであろう恭介の方を見るが、全く動じてない所を見ると彼は既にこの事を知っていたのだろう。
しかしながら、こんな面倒くさい察してちゃんな男はご免である。
椿は詳しい話を杏奈から聞こうと質問をする。

「どういう事?」
「『随分お孫さん同士仲がよろしいんですね。ご結婚も視野に入れておいでなのかしら?』と聞いた人に対して水嶋のお祖父様が『そのようなものです』って答えた事から水嶋様と椿は婚約しているって見なされたみたいよ」
「どうせ明言したわけじゃないとか言い訳してたんでしょう?あのお祖父様は」
「ご明察」

現時点で椿には恭介とどうこうなるつもりは全く無く、また恭介も椿に対して友情は感じているだろうが、恋愛としての好意は持っていない。
いずれ恭介は他に好きな子を見つけるかもしれないし、その間の虫除けくらいはしてやるかと楽観的に考えていた椿は祖父の案に乗る事にした。
仮に恭介に好きな相手が出来なかった場合は、どこかの令嬢に押し付ければいいと椿は思っていた。
そもそも、恭介が椿を恋愛対象として見る事は絶対に無い。
恋愛対象から外れるような行いを恭介の前でしているし、良いところで仲の良い女友達にしか成り得ないのだ。
椿が欲しいのは恭介からの信用と信頼だけなので、恋愛はノーサンキューなのだ。

「そう言えば、お前藤堂から何か言われてるのか?」

椿がもの思いにふけっていると、ふと思い出したかのように恭介が訊ねてきた。

「恭介さん、女の争いに男が口出しして良かった事なんて一度もありませんわ。それにこの位の事なら私1人で対処出来ますし、ご心配には及びません」
「…そうか。何でもないならいい。あまり無茶をするなよ」

今まで恭介の目が届かない所で藤堂に嫌味を言われていたから知らないと思っていたので、恭介から藤堂の話が出て来たことに椿は正直驚いた。
だが、藤堂との事に恭介が口を出して来たら余計にややこしい事態になるのは明らかなので、今はそっと静観していてもらいたい。

あれからも藤堂には色々と嫌味を言われている。ただの嫌味程度だし椿自身は何とも思っていないので藤堂の事は放置している。
一応、藤堂からの嫌味の例えを挙げるのであれば、

『まぁ、朝比奈さんは逆上がりも出来ませんの?私は出来る様になりましたけど』
『朝比奈さんは随分ゆっくりと食べておられますのね。周りの皆さんはもう食べ終わっておりますわよ。貴女が食べ終わらないと皆さんが食堂から出て行けないんですけど』
『朝比奈さん、寝ぐせがついてますわ。寝坊でもしたのかしら?鳳峰の恥さらしですわね』
『スカートにチョークの粉が付いてますわよ。なんて見苦しいんでしょう』

等々、椿は全くダメージを受けないのだから仕方がない。特にチョークの事はご親切にどうもくらいに思っていた。
食事が遅いのは、マナーとか周囲の目を気にしてしまい少量しか口に入れないから時間が掛かってしまうのだ。
食堂は4年から座席が自由になるが、それまではクラス毎に座って食べなければならない。
連帯責任とか協調性とかを養うのに必要な事らしい。

ここまで藤堂があれこれ言って来る理由を椿は察している。
藤堂が好意を持ち、憧れの君である恭介と椿の仲が良いと言うのもあるだろうし、自分と同じくらい影響力があるから警戒している事もあって椿に対して敵対心を抱いていると言っていいだろう。
彼女の中で朝比奈椿が悪役として位置づけられているとしたら、仲良くなるのは難しいかもしれない。
会う前からなぜか藤堂の中では椿の印象が悪かったようで、初めから椿に対しての言葉が刺々しかった。

恭介との会話の後、ふと思い出したかのように杏奈が椿に対して出来るだけ小声で囁いた。

「ところでさ、レオから手紙の返事が来ないって苦情が山のようにきてるんだけど」
「あー忘れてた。だってあいつの手紙全部ドイツ語なんだもん」
「それに対して全部日本語で返すあんたもあんたよ。あそこまで会話がかみ合ってない手紙初めて見たわ」
「ドイツ語を勉強したら負けだと思ってる」

小声で囁いた杏奈と同じく、椿も小声で返事をする。

そう、あの時のクリスマス以降レオンから度々、椿宛に手紙が届くようになった。
全部ドイツ語で書かれた手紙を見た瞬間に椿の脳が読むのを拒否した為、全て読まずに机の引き出しにしまっている。
そして椿は5回に1回の頻度で日本語で社交辞令をこれでもかとしたためた手紙を彼に送っていた。
いい加減飽きてくれと椿は願っているのだが、彼からの手紙は一向に止む気配を見せなかった。

「椿、レオって誰だ?」

聞き慣れぬ人物の名前を聞き、恭介が椿に訊ねてきた。
そう言えば、あの日の事は恭介に言ってないから知らないんだっけ、と椿は恭介にレオンの事を紹介する。

「レオン・グロスクロイツ。朝比奈のお祖母様の弟さんのお孫さんで杏奈のはとこよ」
「グロスクロイツ…ドイツの自動車メーカーの老舗か。あと飲食関係の会社もいくつか経営していたな」
「良くご存じですわね」
「一応教えられているからな。お前が知らなさ過ぎなんだよ。祖母の実家くらい勉強しておけ」

恭介から呆れた視線を向けられ、思わず椿は明後日の方向を見てしまう。
まだ子供だからそう言う情報はいらないと思ってたなんて言い訳にしかならないなと椿は反省した。

会った事の無い人に対して悪い印象を抱くような事を言うのは止めた方がいいかなと、椿はあの日の事を詳しく言わなかった。
ただ、侮辱されたので殴ったらなんか知らんが気に入られたと言う事を恭介に伝えるだけに留めた。
恭介は椿の説明に納得してなかった様子だが、その後、特にそれ以上深く聞いてくる事も無く、水嶋家から迎えが来たと言う事もあり、最後に菫の顔を見に行った後に帰宅した。
聞き分けが良すぎるのも問題があると思うが、父親との関係が改善された位じゃ簡単には治らないようだ。
聞き分けが良いと言うよりは、しつこくして相手を傷つけたくないから口を噤むと言った方が正しいのかもしれない。
特に恭介は父親から避けられていた事があり、なおさら親しい人が自分から離れていくのを恐れている気がする。
だからある程度の信頼関係が無いと他人と仲良くなれないのかもしれないなと椿は予想していた。

恭介が帰宅した後、杏奈と2人で話をするにはリビングは来客が多いので、彼女を椿の部屋に案内した。

「椿の見た目には合ってるけど、中身とは程遠い内装よね」
「言うな。自分が一番良く分かってる」

ピンクを基調としたお姫様のような部屋が許されるのは子供時代だけなので、そこは目を瞑っていただきたい。

「杏奈からレオンに言ってよ。私仲良くする気ないんだけど」
「水嶋様と同じ人種なのよ?言った所で無駄無駄」
「大体、殴ったら興味惹かれるとかどこの乙女ゲーだよ」
「ここが乙女ゲーだよ」

と言うコントは置いておいて椿は本題に入った。

「で、水嶋のお祖母様の件なんだけど、どう思う?」
「推測しか出来ないけど、話を聞く限り転生者である可能性が高いんじゃない?」
「やっぱりか」

前に母親から水嶋の祖父母の馴れ初めを聞いた時、椿は何となくその話に違和感を覚えたのである。
椿は恋花をプレイしたものの、設定資料集などは全く買っていなかったので、椿の家庭環境はゲームで判明している事以外分かっていなかった。
ゲーム内でも伯父くらいしか身内は出て来ていなかったような気がする。
けれど、この世界がここまでゲームの設定とかけ離れているのはおかしいと椿は感じていた。
特に顕著なのが椿の母親だ。
ゲーム内の母親は選民意識に凝り固まった人で、かなり強烈な女性だった。今の母親のように庇護欲をそそられるような人では決して無かったはずである。
加えて、母親から聞いた祖母の話を総合すると、どうしても転生者だったのではないかと疑わずにはいられなかった。
実は、祖父の最初の婚約者候補は祖母こと八重であった。だが、八重は病気を理由に婚約を辞退する。
後に聞いた話ではあるが、婚約を打診される前、とあるパーティーで八重は祖父の顔をこっそりと拝んだことがあったらしい。人が多かったので、祖父は気付いてはいなかったとのこと。
あの水嶋の御曹司だということで、興味をひかれたのだと後に母親へと語っていたそうだ。

恐らくだが、そこで八重は気付いたのだ。
『恋花』では、祖父の名前まで公表されてはいなかったが、祖父と伯父は、顔と背格好がとても良く似ている。伯父がもっと年を重ねれば、祖父と瓜二つになるだろうと簡単に想像がつく。
ゲームスタートの年代から遡ると、ちょうど椿達の祖父母の時代になると気付いたのかもしれない。
だから、水嶋姓を名乗り、伯父とそっくりな祖父を見て、ここが『恋花』の過去に当たる世界なのでは、と思ったのだろう。

そして、八重が辞退した後、祖父の婚約者が美緒の祖母に決まりかけていた時期に、偶然にも祖父と出会い恋に落ちた、と言うのが母親から聞いた水嶋の祖父母の馴れ初め話である。
椿は、偶然ではなく、故意に接触したのではないかと疑っているが、真実は分からない。
八重は自分が椿の祖母だと思ったから婚約を辞退したのに、『恋花』の椿の母親と似た性格である美緒の祖母が候補に挙がったことで、そちらが本当の椿の祖母だと勘違いしてしまったのではないだろうか。
選民意識に凝り固まった、気が強く我が儘な女性が育てる子供は、きっと同じ性格に育ち、『恋花』の椿の母親になる、と考えたのだろう。
そう考えると八重は椿のためなどではなく、美緒のために未来を変えようとした可能性が高い。
椿の祖母が違えば、母親も違い、結果として椿が生まれることは無いからである。
母親が幼い頃から贅沢は敵だとか、慈しみの心を持てとか、人の物を欲しがるのは浅ましいことだとか言い聞かせられていたことから、八重は母親がゲーム内のような性格にならないように育てつつ、倉橋から遠ざけようとしていたのではないだろうか。
美緒の祖母の性格云々は水嶋の使用人からの伝聞でしか無く、椿に性格が似ていると言ってもプライドの高い典型的な令嬢と言う印象しか椿は持てなかった。
祖父母との件が彼女の性格を歪ませてしまったのかもしれない。だとしたら、八重の行動は浅はかだったとしか言いようがない。
ゲームの設定の歯車が狂った原因が八重と言う女性である以上、彼女が転生者だと考えるのが妥当だろう。

「祖父母の結婚時期がズレたから秋月家が絡んできてややこしくなったんじゃないかなって言うのが私の仮定」
「なるほど。それでも大まかな設定はそのままだけどね」
「そうなんだよね。性格は違っているけど、登場人物はそのままだし設定もそのままだし」

そこに至る過程は違っていても本妻とその娘、愛人と愛人の子供と言う設定はそのままなのだ。唯一違うのは母親が生きている事であろう。
けれど病死や事故死と違い、母親の死は自らの意思であった。原因を取り除いた結果死なずに済んだのかもしれない。
確証はないけどそうであって欲しいと椿は強く願っていた。

けれど、これだけ変わっているのであればゲームの未来なんてあって無いようなものだ。
ゲーム内での攻略知識はほぼ役に立たないと見て良いだろう。
登場人物程度の知識だけ覚えておいて、後は自分で何とかするしかない。
幸い椿には杏奈が付いているし、1人じゃないのはとても心強い。

祖母は母親が倉橋と出会うよりも前に亡くなっているので、祖母自身が何を考えていたのかを知る術はもうない。
始まりはどうであれ、ちゃんと家族として夫や子供達に愛情を持っていたのだと椿は祖母を信じたかった。

そして、考えるべきは中等部に進学した後の事だ。
美緒があの性格のまま成長していたとしたら、敵と見做している椿の言う事など聞くはずが無い。
美緒の為に注意したとしても、彼女はそれをイジメだと受け取ってしまう可能性が高い。
それを打開する為の策として椿はある人物に目を付けていた。
その人物とは藤堂千弦であった。
正義感が強く、学年内で最大グループのボスに君臨している彼女の言葉であれば、美緒も少しは聞く耳を持つのではないだろうか。
鳳峰学園の模範生として、鳳峰の品格を重んじている彼女からしたら、美緒のような子は注意の対象になる可能性が高い。
勿論、藤堂だけに全てを任す気は椿には無く、自分も美緒に注意をするつもりではある。
ただし、藤堂と同じ事を同じように美緒に言ったところで効果は無いと思われる。
藤堂は育ちの良さもあって椿に対してキツイ嫌味を言う事はまず無いし、常軌を逸した嫌がらせもしない。
それを踏まえれば、藤堂は正義に位置する人物であると言っていい。
美緒に対して打開策を見出すことが出来なかった椿は、好戦的な言葉を投げかけた藤堂を一目見た瞬間に彼女こそが学年のボスに相応しいと直感していた。
そして、あの時の椿の物言いによって椿の評価は、口数の少ない人見知りの激しい大人しい令嬢から、実は高慢ちきで自分達を喋る価値も無い人間と見下していた、に変わってしまっていた。
勿論椿は他の生徒を見下してなどいない。令嬢生活がまだ2年ちょいしかない椿は、不特定多数と積極的に交流を持つ事でボロが出るのではと思い、他者と関わるのを恐れているのだ。
その為、椿は話し掛けるなオーラを振りまいているので、尚更お高く止まっているとか見下していると言う認識を周囲から持たれてしまう。
当初は誤解を解こうとも思ったが、藤堂の存在が椿に歯止めをかけた。
周囲が藤堂を正義だと認識しているのであれば、その対極に位置する存在が要るのではないだろうか。
悪が悪らしく振る舞えば振る舞うほど正義がより輝くともどこかで誰かが言っていたような気がする。
それに分かりやすい悪が居た方が、学年の女子は一致団結し結束を強める事になるんじゃないかと椿は考えた。
幸い、椿は既に周囲から嫌われているし、恭介と水嶋、朝比奈のお蔭で権力があると思われている。
それを利用し、あえて悪役を演じる事で、例えば美緒に対してキツイ物言いや高慢な態度を取ったとしても周囲に違和感や疑問を抱かせないように出来るのではないか。
初めから椿の評価が最低であれば、中等部に上がって美緒に苦言を呈した所でいつもの事と見逃してもらえる気がする。
それに、他の生徒達から恐れられ、こいつだったら家の権力を使って実行しかねないと思われる事で、仮に美緒が恭介に対して強行策を取ろうとした時に周囲が美緒のストッパーとして機能するのではと椿は考えた。
もしも、美緒が中等部に入学せず、さらに性格も変わっていたのだとしたら、ただの取り越し苦労になるが、そちらの可能性は美緒の母親の性格を考えれば低いと思われる。
最悪を想定して事前に準備をしておいた方が良い、と言う様な事を椿は杏奈にぶちまけた。
神妙な顔をして聞いていた杏奈は、話を聞き終え長いため息を吐いた。

「それ、椿に何もメリットないじゃない」
「あるよ。少なくともお母様の心の平穏と恭介の幸せは守れる」
「椿自身はどうなのよ」

そう杏奈に問われた椿は苦笑を浮かべるしかなかった。
なぜなら、椿は現時点で十分幸せを感じているからだ。
優しい両親に可愛い妹。それなりの容姿に家柄の良さ。倉橋の件を引いたとしてもマイナスにはならない。
父親か伯父辺りにお願いして良い人とお見合いし結婚する事だって可能だろう。
正直に言えば恵まれすぎていると思っている。
大体、大切な人を守りたいと思う事の何が悪いのだろうか。

「そりゃ、私が傲慢な令嬢を演じる事で一緒に居る杏奈も悪評を被るかもしれないけど」
「いくらだって逃げ道くらいあるわ」
「確かに。杏奈ってちゃっかりしてるもんね」
「茶化さないで」

杏奈なりに椿を心配しているのだろう。いくら前世で大人として生きていた記憶があったとしても、言うほど人生経験が豊富だった訳では無い。
椿の判断が合っているかどうかなんて神様以外知る由もないのだ。

「悪いけど、これは譲れない。どうしてもダメだと言うなら、私とは縁を切って頂戴」

自分と縁を切れと言われ、椿の決意が揺るがないと分かり杏奈も心を決める。

「毒を食らわば皿まで、か。私フォローくらいしかしないわよ」
「一緒に戦って欲しい訳でもないからね。私の我儘で迷惑かけるけどごめんね」
「いいわよ」

渋々と言った杏奈の態度に椿は安心すると同時に巻き込んでしまう事に罪悪感も覚えていた。
仮に美緒の性格がゲームのままで秋月家との確執も無かったのなら、椿は美緒の邪魔をするつもりは一切無かった。
どうせ勝手にくっ付くだろうと放置していたに違いない。
けれど、美緒はゲームの美緒ではなく転生者であり、それも大いに勘違いをした子であった。
それに秋月家との確執の件もあり、恭介が美緒を選んだ場合秋月家が出しゃばってくる可能性が非常に高いのだ。
戦う戦うと言っても、椿だって平穏が1番だと思っている。
しかし、あの美緒の性格を考えれば恐らくはそうはならないだろうと予測も出来る。
あの美緒の性格上、恭介に付きまとう事は容易に考えられる為、恭介の為にも椿が美緒をイラつかせ、彼女の目を自分に向けさせる事で恭介の負担を軽くしようと言う考えもある。

取りあえず、下地作りの為に自分の悪評を利用させてもらう事にしよう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ