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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

番外編

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ロミジュリ未満③

 もうすぐクリスマスだなんだと世間が盛り上がっている中、剣道部の練習試合に付き添っていた倖一と光は役目を終え、帰りにファストフードにでも寄ろうかと相談しながら歩いていた。

「腹減ったぁ」
「お前、何もしてないだろうが」
「見てるだけでも疲れるんですぅ。あ、そうだ! 朝比奈さんも誘う? 今日も来てたでしょ? いや~健気だよねぇ」

 満面の笑みを浮かべる光に、倖一は苦笑いを浮かべる。
 練習試合のことや倖一が付き添いをすることを菫にバラしたのは、紛れもなく光。
 倖一も試合中にコッソリとこちらの様子を窺う菫の姿を確認していた。

「もう帰っただろ。それにファストフード店に行こうとしたら、あっちの使用人に怒られて止められるっつーの」
「確かに」
「それにコッソリ見てたから、ここに来てるのを俺に知られたくないんじゃないか?」
「そうかな? 折角、デレデレする倖ちゃんが見られると思ったのになぁ」
「ふざけんな」

 倖一は光の肩を軽く小突く。
 他愛もない話をしながら歩いていたところ、止めて下さい! という焦ったような女性の声が駐車場の方から聞こえてきた。
 光が、何だろうね? と言うよりも早く、倖一は声のした方へと一目散に走って行ってしまう。
 慌てて光も倖一の後を追いかける。

「……離して下さい!」

 倖一が駐車場の方へと向かうと、先程まで練習試合を見に来ていた菫が彼女の手を掴んでいる男の手を振り払っている姿が目に入ってきた。
 すぐに菫と男の間に使用人の男性が割り込み、男から彼女を遠ざけようとしている。

「朝比奈!」

 倖一から大声で呼びかけられ、菫が振り返り、彼の姿を確認すると明らかに安堵したような表情を浮かべていた。
 よほど怖かったのだろうと、関係のない光ですら男に対して憤りを感じる。

「倖一様……!」

 駆け寄ってきた菫を倖一は背に庇い、使用人と口論をしている男を睨み付けた。
 使用人と男の会話から、男は鳳峰学園高等部に通っている菫の上級生だと推測される。
 男は、菫を背に庇っている倖一を見て、あからさまに表情を歪ませた。

「その男は誰? 俺以外の男に近寄るなんてありえないよ」

 菫が口を開くよりも前に、男を止めていた使用人がその問いに答える。

「あちらの方は、菫様のご友人です」
「あんたには聞いてない! 使用人風情が俺に話し掛けるな! あと俺から手を離せ!」
「申し訳ございませんが、菫様が危険だと判断しましたので、手を離すことはできません。貴方様が何と仰ろうと、菫様をお守りするのが私の使命でございますので」
「守る? だったら、あの男から菫さんを守れよ! 俺は菫さんの彼氏だぞ!」

 すぐに菫が、違います! と反論する。
 この場にいる人間で、男の言うことを真に受ける人は誰も居ない。
 倖一はできれば今すぐにでも菫をこの場から逃がしたいと思い、男を押しとどめている使用人へと声を掛ける。

「付き添いは貴方だけなんですか?」
「ええ。ご自宅との往復だけでしたので、一人で十分だと」
「ですよね。……光」

 朝比奈家の誰かに連絡しろ、と視線で訴えると、すでに光は携帯を操作していた。

「あ、もう送ったよ?」

 軽い口調で口にした光は携帯電話の画面を倖一へと見せた。

『菫ちゃんが変な男に絡まれて、使用人の人が止めてるせいで身動きが取れないんです。助けて下さい(>_<)』

 最後の顔文字を見て、倖一は脱力した。
 一応緊迫した状況なのに、何をふざけているのかと思い、彼は光を睨む。

「それを誰に送ったんだよ」
「恭介さん」
「は?」
「だって、俺、朝比奈さんの家族のアドレス知らないし、知ってるの姉ちゃんか恭介さんくらいだもん。姉ちゃんを経由したら時間が掛かるだろうし。だったら、恭介さんに送るよね?」

 まあ、菫の姉に送らなかっただけマシだ、と倖一は思った。
 椿にこのことを伝えようものなら、どんな重火器を装備して来るか分かったものではないと彼は考えていたからだ。
 けれど、倖一の考えは光の一言により覆される。

「あ、恭介さんから返事きた。……ねぇ、倖ちゃん。バーサーカーが猟犬と狂犬を引き連れて部屋から出てったってきたんだけど、これ、誰だと思う?」

 絶対に菫の姉だ、と分かり、倖一はその場に膝から崩れ落ちそうになる。
 猟犬と狂犬ということは、不破志信と護谷晃である可能性が高いことも彼は分かっていた。
 よりにもよって、最悪の組み合わせである。
 目の前の男が破滅する未来しか見えず、倖一はちょっとだけ彼に同情した。

「庶民がジロジロと見るな! 俺が誰か知らないのか!」

 わめきちらす男を見て、倖一の同情心は一気に吹き飛ぶ。
 もうどうにでもなってしまえ、と倖一が思っていると、それまで震える手で彼の制服を掴んでいた菫が、顔を上げて相手の目を見据えた。

「どのような身分であったとしても、ご自分の方が身分が上だからと相手を下に見るのは、してはならないことです」

 男は、まさか菫からそのようなことを言われるとは思っていなかったようで、呆然としている。

「どの立場であっても、尊敬できる方はいらっしゃるし、そうでない方もいらっしゃいます。身分だけで相手の人となりを判断するのは間違っています。倖一様と光様、それにうちの使用人にも謝罪して下さいませ」
「菫さん、どうしてそんなことを! あ、そうだ。その男に騙されてるんだろう? だから庇うようなことを言ったんだね」
「私は騙されてなどおりません。私は倖一様を十年以上前から存じ上げておりますから。倖一様はお優しくて誠実な方です。それと、私が先輩とお付き合いをしているという勘違いは止めて下さい。私は誰ともお付き合いはしておりません。迷惑です」

 キッパリと拒絶され、男はショックだったのか目を見開いて唇を震わせている。

「だって、いつも挨拶してくれたじゃないか」
「いつも? 委員会のときや、私が仲良くしている先輩と一緒にいらっしゃるときは挨拶をしないのは礼儀に欠けると思いまして、しておりましたが……」
「体育祭でも応援してくれたし」
「同じ色でしたので、チームメイトを応援するのは当たり前では?」
「ちゅ、昼食のとき、俺の近くの席にいつも座ってたじゃないか!」
「申し訳ありませんが、いらっしゃることにすら気付いておりませんでした」

 とんでもなく衝撃を受けたような表情を浮かべた男は黙り込んでしまった。
 そんなことで、相手が自分を好きだと勘違いするのか、と倖一は男の考えが信じられなかった。

「全部、社交辞令じゃんね? 勘違いするなんて、どんだけ女に耐性ないんだろうね」

 傷口に塩を全力で塗り込む光の口を倖一は手で塞いだが、ばっちり男には聞こえていたようで怒りで顔を真っ赤にさせている。

「……お前ら! 覚えてろよ! 俺が父さんに頼めば、お前らみたいな庶民は簡単に潰せるんだからな!」

 自信満々に言い放っているが、倖一はともかく光に限っていえば、この男がどれだけの家の息子であろうとも彼に手を出すことは叶わない。
 だって、光は水嶋グループ御曹司の婚約者の弟。
 光は何も悪いことはしていないのだから、確実に水嶋家がフォローに入るはずである。
 その場合、痛い目を見るのは間違いなく、目の前の男とその家族。

「ここは俺に任せて、倖ちゃんは朝比奈さんと逃げてって言ったら、俺、めちゃくちゃ格好良くない?」
「嘘でも、ちょっとは怖がってやれよ。あと、使用人の目の届かない場所に連れて行くのはさすがにまずいだろ。どうやって家に送るんだ」
「え? タクシーで送って、家の人にお金払って貰えばいいんじゃない?」
「いいのか? それ」

 相手の家の負担になるのはちょっと、と倖一が思っていると、使用人が顔だけ動かして、そうして下さいと言ってきた。

「分かりました。行くぞ、朝比奈」

 菫を連れて移動しようとしていた倖一は、動く素振りを見せない光に向かって手招きをした。

「お前も来るんだよ」
「なんで俺も?」
「財布は多い方がいいだろ?」
「支払い要員!? 俺、支払い要員として連れて行かれるの!? ひどい! おばさんに言い付けてやる!」
「勝手にしろ。早く行くぞ」

 文句をたれている光の襟元を掴み、歩き始めると、使用人に押しとどめられていた男が声を上げる。

「人をおちょくりやがって! 名前も名乗らず立ち去るとか、庶民はやっぱり碌な躾をされてないみたいだな。常識知らずの親を持つと子も常識知らずに育つ良い例だ」

 心底馬鹿にしたような男の言葉に、倖一は足を止めた。
 親を馬鹿にされて腹が立った彼は、柄にもなく男の挑発に乗ってしまう。

「倉橋だ。倉橋倖一」

 男は確認するように倖一の名前を繰り返す。
 ついでだとばかりに、倖一は隣に居た光を指差した。

「それと、こっちは夏目光だ」
「ちょっと、俺を巻き込むのは止めてくれる!?」
「旅は道連れって言うだろ」
「情けが全くないじゃん! あと、これ旅じゃないからね!」

 軽く言い合いを始めてしまった二人を見て、菫は狼狽えて、やんわりと二人を止めようとしている。
 そんな中、倖一の名前を聞いて黙り込んでいた男は口元に嫌らしい笑みを浮かべた。

「やっぱり、菫さんはその男に騙されていたんだ」

 何かを確信したような口調に倖一も菫も足を止める。
 ニヤニヤと笑みを浮かべている男は、視線を倖一へと向けた。

「倉橋……倉橋ねぇ。お前、水嶋家と揉め事を起こした倉橋家の縁者だよね?」

 肯定することもできず、倖一は口を閉ざしている。
 その場の人間が黙っている中、菫だけが不安そうな表情で倖一と男を交互に見ていた。

「菫さん、その男の縁者はねぇ。不倫した挙げ句に子供をつくって、貴女の母親とお姉さんを軟禁していたんだよ!」

 男の話を聞いた菫は、考える間もなく彼の言葉に反論する。

「嘘です! そのような話は両親から聞いておりません! 父は倉橋家の方ではありませんし、貴方の話はでまかせです!」
「だったら、家に帰ったときにご両親に聞いてみるといい! 菫さんの母親は離婚」
「少し黙っていて下さるかしら」

 その場の人間に聞こえてきた、抑えきれない怒りを含んだ冷え切った声。
 男の背後から、彼に対して侮蔑の視線を投げかけている、どす黒いオーラを身に纏った菫の姉・椿が登場した。
 ご丁寧に両脇に志信と護谷を侍らせて。
 なるほど、これはバーサーカーだ、と倖一はそっと彼女から視線を外した。

「お姉様……」

 菫の声に微笑みを返した椿は、登場時の視線を再び男へと向けた。

「貴方、三年生だったわね。人の家の家庭事情をベラベラベラベラと。余計なことを言ってくれたわね。何様のつもりなのかしら。もちろん、覚悟があってのことなのでしょうね? ねぇ」

 どう落とし前つけてくれるんだと言わんばかりの椿。
 余計なことを言ったと分かったのか、男は顔色を変えて、ですが、などといい訳を口にしている。

「志信さん。すぐに両親に連絡を。それと水嶋の伯父にもね」
「畏まりました」
「椿様! 俺は何をすれば? あ、こいつを殺りましょうか?」
「晃さんは黙って立っていてくれるかしら」
「仰せのままに」

 突然現れた椿達に菫は面食らっていた。
 けれど、彼女は先程男から言われた言葉の真偽を確かめようと、口を開く。

「お姉様。先程、先輩が仰っていたことは事実なのでしょうか?」
「……私の口からは何も説明できないわね。それをする権利があるのは両親だから。まずは家に帰りましょう」

 近づいてきた椿は菫の手を握ろうとするが、彼女はサッと手を動かして拒否した。

「菫?」
「しばらく一人にして下さい」
「ダメよ。危ないでしょう?」
「あの」

 混乱している菫をこのまま帰すのは可哀想だと思い、倖一が二人の会話に割って入る。
 チラリと椿から視線を向けられるが、その目が、お前、居たのかよと言っているように見えたのは、多分倖一の勘違いではない。

「何か」
「混乱が収まるまでは待ってくれませんか? 少し考える時間を与えてはくれないでしょうか?」
「…………………………分かったわ」

 了承するまでにかなり時間があったが、それでも椿は頷いてくれた。
 思っていたよりも、椿から信頼を得られていることに倖一は安堵する。

「じゃあ、後のことはこちらに任せてちょうだい。晃さん。私達は乗ってきた車で帰るから、あっちの車を運転して、菫と倖一君達を自宅まで送り届けてくれるかしら? あと会話に口出しはしないこと。いいわね」
「畏まりました。では、参りましょうか」

 護谷に背中を押され、倖一は菫を連れて、駐車場にある車に乗り込んだ。
 車が走り出して、しばらくは無言だった菫だったが、おずおずと口を開いた。

「倖一様は、その、御存じだったのですか?」
「リアクションが取れなかったことで察してくれ」

 そうですか、と言ったっきり、菫は再び黙ってしまう。
 結局、家に着くまで全員、無言のままであった。

 護谷から自宅まで送るという話を丁重に断り、朝比奈家の最寄り駅まで送ってもらうことになった倖一と光。
 では、と言って車から降りようとする菫に彼は声を掛けた。

「知らなかったことは罪じゃない。一人を除いて誰も悪くないし、その一人は朝比奈の母親でも姉でも、決してない」

 倖一の言葉に、力なく笑った菫は振り返ることもなく家へと入って行った。
 彼女の姿を見送った後で車は走り出し、背もたれに体を預けた倖一は、両手で顔を覆った。
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