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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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148(最終話)

 それから冬休み、三学期を経て三月になり、ついに椿はゲームのエンディングである鳳峰学園高等部の卒業式を迎えた。
 入院中の美緒は本人が希望していたこともあり、外出許可が出たので卒業式に出ることになっている。

 三学期の間の出来事でいえば、バレンタインの日にレオンが用事があるとのことで来なかったことくらいで、椿は何事もなく平穏な日々を送っていた。
 ただ、なんとなく寂しいなと思って、あげるって約束してたし! と自分に言い訳をして、バレンタインに彼女が作ったしおりをレオンに送ったり、ホワイトデーにお返しを貰ったり、たまに美緒の病室に顔を出して彼女と憎まれ口をたたき合ったりしていただけである。
 そうして美緒と会話をするようになって、二人の仲が変わったかというとそうでもない。
 ただ、お互いにちゃんと相手を見て話をするようになった、というだけである。

 また、美緒の母親だが、祖父が美緒の祖母に謝罪し、前を向けたことで彼女も娘と向き合おうと思ったのか、少しずつであるが歩み寄っているらしい。
 母親の愛だけを求めていた美緒の母親にとっては、ようやく長年の願いが叶った状態というわけだ。
 よって、美緒の母親は自らの母親の愛を得ようと椿の母親に対して嫌がらせをする必要はなくなった、ということになり、秋月家との確執はこれで全て解決される。
 椿があれこれと心配する必要はもうない。

「……十四年は長かったな」

 卒業式が粛々と進行している中、卒業生として座っている椿はポツリと呟いた。
 椿の声はマイクの音でかき消され、誰の耳にも届くことはない。
 自分の手元を見ながら、椿は十四年の間に起こった出来事を振り返っていた。
 美緒によって『恋花』の世界だと気付かされ、母親を救うために行動したこと。
 恭介と出会い、伯父との仲を取り持ったこと。
 同じ転生者である杏奈と印象が最悪だったレオンとの出会い。
 美緒を警戒して、わざと悪役を演じていたこと。
 そして、もう一人のヒロインである透子との出会い。

 椿は自分が転生者で、前世での人生経験があるということで、自分が正しいことをしているという自信を持っていた。
 だから、あまり人の話に耳を傾けようという意識を持てなかったのかもしれない。
 けれど透子と出会い、彼女と関わり合っていく中で、椿は自分の考えが絶対に正しいものではないということを知ったのである。
 どんな相手であろうときちんと向かい合う、という大事なことを椿は透子から教えてもらった。
 つくづく透子は不思議な人だと椿は思う。
 彼女のことを考えて、フッと椿が笑みを漏らしたと同時に、卒業生の答辞が始まることを司会が知らせる。
 椿が壇上を見ると、ちょうど生徒代表の恭介が壇上に登っている最中であった。
 まるで緊張などしていない恭介の態度に、鋼の心臓をしているよね、と思いながら椿は彼を見つめる。

 簡潔にまとめられた恭介の答辞が終わり、その後も式は粛々と進んでいき、卒業生や在校生のすすり泣く声が聞こえる中、二時間以上にも及ぶ卒業式は終わりを告げた。

 卒業生が校門前の広間に集まり最後の別れを惜しんでいたが、椿は透子の横にピッタリと貼り付いていた。

「……椿さん? 別に私の側に居なくてももう大丈夫ですよ?」
「恭介が女子に囲まれてるからね。居ない隙に何か言ってくる奴がいないとも限らないでしょ」
「言われるだけなら大丈夫です」
「ダメよ。一応、恭介から頼まれてるからね。もうすぐこっちに来るだろうから、そうしたら私は杏奈のところへ行くわよ」

 椿の言葉を聞いた透子は「もう」などと口にしている。

 周囲に生徒が居るにも拘わらず、椿が素の状態で話しているのは、単純に怖がってもらう必要がなくなったからだ。
 ということで、三学期に入ってから、椿はくだけた話し方をするようにしていたのである。
 清香に幻滅されるかな? と心配していた椿であったが、気位の高い令嬢と思っていた彼女は最初の内は驚いていたものの、口調だけで中身は変わっていなかったこともあり、すぐに馴染んでくれた。
 だが現在、彼女達の周囲に居る生徒達は、椿の話し方に慣れないのかチラチラと視線を送っている。
 彼らは特に話しかけてくるわけでもないので、椿はそちらを見ることもせず、透子との会話を続けた。

「透子さん。私は貴女が恭介を選んでくれたことが本当に嬉しいの。私にとって恭介は物凄い手のかかる弟みたいなものだから、貴女が居なかったらどうなるのか心配していたのよ。だから、底抜けに明るくて優しい透子さんが恭介を好きになってくれて本当に良かったと思っているの」

 途端に透子は照れ臭そうにし始め、頬を染めている。
 憧れの椿から褒められて彼女は本当に嬉しいと思っているのだ。

「あと、私は透子さんを割と結構、というか物凄く好きだって知ってた?」
「え?」
「貴女の裏表のないところとか、ちゃんと相手と向き合おうとするところとか大事なことを貴女から教えて貰ったの。貴女の言葉に救われたのは、恭介や立花さんだけじゃない。私もよ」

 意外なことを言われ、透子は口をポカンと開けているが、すぐに正気に戻り手と頭を勢いよく横に振り始めた。

「そんなことないですよ!」
「そんなことあるわよ。それに、無意識だからこそ、私は貴女を凄いと思っているのよ」

 椿は横に振っている透子の手を両手で握りしめて彼女の目を見て微笑みかける。

「ありがとう」
「あの、私は感謝されるようなことはなにも……」
「私が勝手に感謝してるだけよ」

 椿から感謝される覚えがない透子は戸惑っている。
 そんな透子を見て、椿は優しく笑みを浮かべていると彼女の視界に女子生徒を引きはがした恭介がやってくるのが見えた。

「……恭介が来たみたいだから、私は杏奈のところへ行くわね。それじゃ、また大学で」
「あ、あの! 迷惑じゃなければ、春休みにどこか遊びに行きませんか?」
「迷惑なんてとんでもないわ。遊びに誘ってくれるのは嬉しいもの」
「本当ですか!? じゃあ、どこに行くか、今度相談しましょう!」
「ええ。それと、透子さん」
「はい」
「私ね、貴女とお友達になりたいと思っているの。……友達になってくれるかしら?」

 椿からの問いに透子は一瞬だけ全ての動作を止めた。

「と、え? 私、椿さんの友達じゃなかったんですか!?」
「え!? 私、もう友達になってたの!?」
「だって、あれだけ話してるし、てっきり友達だとばかり……」
「でも、私達って友達よね? とか話してなかったし」

 互いの認識が違っていたことを自覚した二人は落ち着くと顔を見合わせて笑い合う。
 ここで、恭介が椿達に合流し、彼女は二人に別れを告げて背を向けた。

「椿」

 不意に恭介に呼び止められ、椿は足を止めて振り返ると、彼は真面目な顔をしてこちらを見ていた。

「何?」
「椿は僕にとってイトコであり、姉であり、妹であり、母だった。多分、数え切れないくらい迷惑をかけたと思うし、それ以上に助けられてきたと思う。……ありがとう。椿のお蔭で僕は、これ以上ないくらいに幸せになれた」
「こ、ここで、それを言うのは反則じゃない!?」

 不意打ちすぎて、椿は感動し半泣きになっている。
 そんな彼女を恭介はからかうこともなく、柔らかな笑みを浮かべていた。
 居心地が悪くなった椿は、そのまま恭介達に別れを告げ、ハンカチで目を押さえた後で杏奈の元へと早足で向かった。

 杏奈は友人達と写真を撮っていたが、椿が来たことに気付き、輪から離れて彼女の方へと近づいてくる。

「結局、エクストリームアタックをせずに済んだわね」
「最初からやる気なんてなかったわよ。私は死ぬつもりなんて微塵もないんだから」
「そりゃ、そうよね。でも全部解決して良かったじゃない」
「本当にね。透子さん様々よ」
「夏目さんも一役買ったでしょうけど、一番頑張ったのは椿でしょ? 椿が行動しようと思わなかったら、おば様の未来はなかったし、菫や樹も生まれなかった。それに水嶋様親子のことも解決できなかったじゃない。……椿が最初にどうにかしようと思ったからこそ、この結末になったのよ。もっと胸を張りなさいよ」

 杏奈に肩を叩かれ、椿は困惑しつつも笑みを零す。

「私は当事者じゃないから、あまり余計な口出しはできなかったけど、本当は物凄く心配してたんだからね。椿は自分のことを後回しにしてたから。でも、これで椿はもう自分のことを後回しにする必要はなくなったわけよね」
「……そういうことになるよね」
「だから、今度は椿が全力で幸せになるのよ!」

 杏奈の言葉に実感が持てない椿はとりあえず頷いた。

「なんだか分かってないみたいな顔をしてるわね。まあ、時間はあるんだし、いいか」
「ははは」

 乾いた笑いしか出てこなかった椿が杏奈から目を逸らすと、近くに居た白雪と目が合う。
 彼は椿に向かって手を振ると二人の方へとやってきた。

「保科君と話してたんじゃなかったの?」
「ちょっとくらい離れても大丈夫よ。……それにしても周りに人が居る状態で、その話し方をされると思わず周囲を見回しちゃうわ。慣れって怖いわねぇ」
「それ、千弦さんや佐伯君にも言われる。一瞬、ドキッとするんだってさ」
「付き合いが長いと慣れるのにも時間が掛かりそうで大変ねぇ」

 同情めいた視線を杏奈に送った白雪は大きなため息を吐く。

「そういうものなのかな? まあ、時間が経てば慣れるよね。それよりも白雪君は法学部に行くんだってね。法曹関係の仕事につく予定なの?」
「一応、弁護士を目指してるの。あたしは白雪の会社を継げない立場だから、せめて弁護士になって会社を支えたいと思ってるのよ。で、そういう椿は文学部に行くって言っていたけど、将来はどうするつもりなの?」
「私は図書館司書の資格と高校の国語の教員免許を取るつもり。卒業したら鳳峰学園の高等部の先生になろうと思って」

 杏奈も白雪も普段の椿からは考えられない堅実な考えに驚きを隠せない。
 馬鹿にされていることに気付いた椿は不機嫌になる。

「ごめんごめん。まさか、椿がそんなことを考えているなんて知らなかったから」
「聞かれなかったからね!」
「でも、なんで高等部の教師に? 中等部でも初等部でもいいじゃない」
「私が大学を卒業して就職する時、菫が十六歳になるからよ! 高等部の教師として菫を見守ろうってわけ!」

 ドヤ顔で言ってのけた椿に杏奈も白雪も落胆したような表情になる。

「え? まさかそんな理由で高等部の教師になろうと思ったの?」
「そんな理由とは何よ! 大事! 大事よ! 最重要よ!」
「こんなに馬鹿らしい理由で将来を決める人、初めて見たわぁ」
「馬鹿じゃない! 一番近くで可愛い妹の学校生活を見られるのよ! それに何かあった時に私が出て行けるし」

 説明をすればするほど椿に向けられている二人の目が冷たくなる。
 その後、千弦と篠崎、佐伯と合流し、杏奈から椿の進路について説明をすると彼らは白雪達と同じような状態になったのであった。
 ムキになって椿が話していると、静かに寄ってきた護谷に声を掛けられる。

「椿様。あちらでグロスクロイツ様がお待ちです」

 レオンが来ていると知り、その場に居た面々はニヤニヤとして椿を小突いたりしてくる。
 彼女は眉間に皺を寄せながらも受け流し、護谷の後に付いていく。

 少し歩いていくと、卒業生達が居る場所から離れたところにレオンは佇んでいた。
 椿がレオンの近くに行くと、護谷はそのまま離れていき話が聞こえない場所で待機している。
 人が居ないとはいえ落ち着かない、と椿は地面に視線を落とす。

「卒業おめでとう」
「あ、ありがとう」

 無事に高等部を卒業し、恭介は透子と公認の仲になり、椿は彼との婚約がなくなった。
 椿を縛り付けるものは何もなくなったのだ。
 水嶋家のパーティー以降、二人で話す機会がなかったことから、これはきっとレオンから重大なことを言われるに違いないと椿は身構える。

「そう身構えなくても大丈夫だ」

 宥めるようなレオンの言葉に椿は視線を彼に向ける。
 レオンは穏やかな表情を浮かべていた。とてもこれから口説こうという男の顔ではない。

「椿を縛り付けるものは何もなくなった。でも、そっちにかかりきりになってた椿に、いきなり俺とのことを考えろ、なんて言ったって無理だということは分かってるよ。すぐじゃなくてもいい。少しずつでいいから、俺のことを考えてくれると嬉しい」
「……でも私は、レオンのこと」
「大丈夫だ。今すぐ結論を出す必要はない。ゆっくりで良いんだ。仮に、俺がこれから椿と関わっていく中で、椿が別の奴を選んだとしても俺は何も言わない。これは前に言った通りだ。俺の魅力が足りなかったというだけだからな」

 優しく微笑みを浮かべるレオンの言葉に椿は完璧に言うタイミングを失ってしまった。
 男性にしつこくされていた時にレオンの顔を見てホッとしたこと、文化祭でレオンから言われた言葉、クリスマスの出来事。
 これらのことを考えた椿は、もしかしたらレオンのことを好きなのかもしれないと思っていたのだ。
 だから、レオンにそれを伝えようと思っていたのだが、彼は返事はすぐでなくても構わないと言ったことで、椿は言うか言わないかで脳内会議を始めてしまう。

 ゆっくりでいいとか言ってたし、今すぐ好きだとか言ったらレオンに尻軽女とか思われない?
 ガッカリされたり、最悪冷められる可能性もあるんじゃ……。

 という考えになった椿は急激に怖くなり、この場で伝えることを止めてしまった。
 だけど、椿はこれだけは伝えようと勇気を振り絞って口を開く。

「ま、前向きに……考えるから」

 レオンは、よほど嬉しかったのか満面の笑みを浮かべると、椿に向かって跪いた。
 彼は椿の手を取ると自分の方に引き寄せて、その手の甲に軽くキスをしたのである。
 いきなりの行動に椿は驚き、恥ずかしそうに頬を染めた。

「待つよ。俺はどれだけでも待つ。椿から選んでもらえるような人間になるから。だから、俺がこれ以上ないくらいに椿を愛しているということは知っておいて欲しいんだ」
「そんなの、もう知ってるし……」
「いいや。まだ椿は分かってない。俺が椿をどれくらい大事に思ってるのか、俺はほんの少ししか椿に見せてない。枷はもうなくなった。遠慮はしないから覚悟しておいてくれ」

 力強いレオンの眼差しを受けた椿は、この時点で彼に勝てないことを悟った。


 レオンの言葉通り高等部を卒業後、彼は頻繁に日本にやってきて椿と二人で出掛けることが増えていく。
 天の邪鬼な椿は中々素直になることができず、結局のところ、この二人は付き合うまでに四年近くかかり、結婚するまでにさらに二年という年月を要してしまう。
 原因は、菫のことで色々あったり、レオンが椿の好きという言葉を友情として捉えていたりしたことだ。
 最終的に椿が「私と結婚するか、私が他の男と結婚するか、どっちか好きな方を選べ!」とレオンの胸ぐらを掴んで逆プロポーズをかましたことで決着したのである。

 結婚してからも二人の関係は変わらないままであったが、さすがに椿に甘々になるのは二人っきりの時だけであり、子供や孫からレオンは厳格な人、と思われ、後に彼が残した妻への手紙で度肝を抜かされるのだった。
 椿の方はグロスクロイツ夫人として完璧に仕事をこなし、社交界でも一目置かれる存在となる。
 また、椿はレオンからの愛を一身に受け、家族に囲まれながら穏やかで幸せな人生を送ったのであった。

 最悪の状況を周囲の手を借りて解決していき、自分のことよりも他の人のために奮闘していた女性が掴んだ幸せな人生。

 これは乙女ゲームの悪役令嬢に転生した、とある女性の物語である。
本編は、これにて終わりとなります。
2年とちょっとの間ですが、最後まで書けたのは皆様の応援があったからです。
本当にありがとうございました!
以降は、不定期に番外編を更新していく予定ですので、もう少しお付き合い頂ければ幸いです。
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