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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 祖父が別宅に引きこもってからしばらくして、椿は伯父に水嶋家へと呼び出されていた。

 水嶋家に行くと、リビングには恭介と透子が揃っており、椿が到着したことで伯父は呼び出した理由を話し始める。

「今は親父が大人しくなっているから、水嶋のパーティーで恭介と椿の婚約が正式に発表される可能性は低くなっているが、持ち直してしまったら分からない。だから先手を打とうと思う」
「先手?」
「そうだ。と、その前に、恭介と夏目さんには覚悟を決めてもらわないといけない」

 覚悟と聞き、恭介と透子の背筋が伸びる。

「恭介。この先、夏目さんとどうなりたい? 結婚したいと思っているのか?」
「……それは」
「伯父様、それは」

 結婚して妻となったら、透子が祖母や母親のようになるかもしれないと恐れているのに答えられる訳がないと思い、椿は割って入ろうとするが恭介が無言で見つめてきたため、口を閉ざす。

「僕は……これから先も透子と一緒に居たいと思っています。できれば、いえ。この先の人生をともに歩みたいと思っています」

 恭介の覚悟はとっくに決まっていたことに椿は驚いたが、透子と共に生きることを選択したことの方が彼女は嬉しかった。
 それは伯父もだったようで、優しい眼差しで恭介を見つめている。

「そうか。では、夏目さんは?」
「正直、結婚だとか全く実感がないというか……想像ができないんですけど。でも、恭介君と離れるなんて考えられません。一緒に、居たいと私も思ってます」

 見つめ合い、互いに頬を染めて微笑み合う二人。
 絵になる恭介と透子を見て、椿は口元がにやける。
 伯父が軽く咳払いをすると、すっかり二人の世界に入ってしまった恭介と透子は我に返る。

「二人の気持ちは分かった。それなら、パーティーで恭介と椿の婚約は周囲の目を欺くためのものだと発表し、恭介と夏目さんが交際している事実を告げることにする。婚約まで言ってしまうのは二人の気持ちを考えるとまだ早いだろう」
「まあ、そこで発表してしまえばお祖父様といえども、以降の手出しはできませんね」
「そういうことだ」

 伯父の言葉を聞いた椿は良い案だと思っていたが、透子は浮かない顔をしている。

「あの、そんな騙すようなことをしたら、溝が深まるばかりなんじゃないんですか? きちんと話し合いをして、納得してもらう方がいいんじゃないですか?」
「お祖父様は私が恭介さんと結婚することが幸せであると信じ切っているのよ。年のせいで頑固だから、こっちのいうことは聞かないし。まあ、この間のことで多少は聞く耳を持ってくれてるかもしれないけど」
「先に宣言してしまえばこっちのものだ」

 椿と恭介が説明するが、透子は納得していない。

「前に、恭介君のお祖父さんとお祖母さんが何をしたのか聞きましたけど、強行した結果が今なんですよね? だったら、その時と同じことになりますよ? 家族同士がすれ違うなんて悲しいし、このままずっとなんてことになったら、いずれ後悔するに決まってます」

 透子にハッキリと言われ、三人は祖父母と同じことをしようとしていたことに気付き、言葉を失う。

「だから、恭介君のお祖父さんとお話ししてみようと思うんです」

 次いで言われた言葉に三人は驚きのあまり目を瞠った。
 あまりに無謀すぎると椿が止めに入った。

「夏目さん。お祖父様は夏目さんに良い感情を持ってないのよ。きっと傷つくようなことを言われるわ。悪いことは言わないから止めた方がいいと思うの」
「僕もそう思う。お祖父様に泣かされる透子を見たくない。そうなったら、今度は椿に変わって僕がお祖父様に文句を言いに行くと思う」
「でも、恭介君のお祖父さんは書類上でしか私を知りませんよね? 私も恭介君や朝比奈様から聞いた話でしかお祖父さんを知りません。だからお祖父さんがどういう人なのか全く分からないんです。話してみないと分かりませんよね? 相手のことを考えずに流れに任せれば楽だと思いますけど、私はやれることはやりたいんです。私も全ての人が善人だとは思ってませんから、色々と言われる覚悟はしてます」

 言い切る透子を見ると、彼女は折れるつもりは全くないということを椿と恭介は悟る。
 こうなってしまっては透子が意見を曲げることはないと二人は知っていた。

「おすすめはしないし、泣かされるかもしれない」
「じゃあ、そうなったら恭介君が慰めて下さいね」

 ニコッと屈託なく笑った透子に恭介は面食らった後で穏やかに微笑みを返した。


 数日後、透子は水嶋家の車に乗って別宅へと来ていた。
 正直にいえば上手く行くとは透子も思っていない。けれど、恭介の祖父と話をしてみたいと彼女は思ったのだ。
 相手のことを何も知らないままで流されるのは良くないと透子は思っていたからこその来訪だ。
 呼び鈴を鳴らすと、しばらくして水嶋家の執事である瀬川が現れ、透子は彼に向かって深々と頭を下げた。

「旦那様からお話は伺っております。大旦那様は縁側においでですので、ご案内致します」

 と、瀬川に案内され、透子は恭介の祖父が居る部屋に移動する。

「失礼致します。大旦那様、お客様です」

 部屋に入った透子は、大旦那様と呼ばれた男性に視線を向ける。こちらに背を向けて縁側に座る恭介の祖父は、どことなく肩を落としているように見えた。
 瀬川に声を掛けられた恭介の祖父がゆっくりと振り向き、透子を捉える。
 一瞬だが、鋭い目付きになり透子は一気に緊張する。
 けれど、本当に一瞬のことで、彼は透子に興味がないように視線を庭へと戻した。

「今、お茶を持って参りますので、座ってお待ち下さい」

 そう言い残して瀬川が出て行き、透子は恭介の祖父から少し離れた場所に座った。

「あの」
「何をしにきた」
「え?」

 透子の方を向かぬまま、恭介の祖父は彼女に話し掛けてくる。
 表情が見えないので、透子は彼がどういう意図を持って話し掛けてきているのか分からず狼狽える。

「孫娘に言い負かされた私を笑いにでも来たか」
「……いいえ。私は貴方と話をしに来ました」

 背を向けている恭介の祖父に向かい、透子ははっきりと告げる。

「話? 何を話すと?」

 意外だと思ったのか、彼は透子の方へと体を向けて座り直した。
 対面して分かるが、恭介の祖父は大企業の社長を務めていただけあって、威圧感が物凄い。
 ちょっとでも油断するとのまれそうである。
 透子は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

「恭介君と私のことを反対していると聞きました」
「それで私を説得しにきたということか」

 その言葉に、透子は首を横に振る。

「説得はついでです。恭介君も恭介君のお父さんも朝比奈様もお祖父さんは聞く耳を持たないからと諦めて、パーティーで私が恭介君と交際していると発表しようとしているので。それは止めたいなと思いまして。今回の原因は私ですし、お互いに相手を知らないままでいるのはどうなのかなって思ったんです。私は、人間関係を築く上での基礎はお互いを知ることだと思ってますから」
「それなら私は君を知っている」
「はい。でもそれは書類上の私ですよね? 水嶋さんはフランスで一から事業を始めたと聞きました。だから、相手と言葉を交わすことが何よりも重要だということを知っているはずです。書類だけじゃ信頼関係は築けません」

 真っ直ぐに恭介の祖父を見つめる透子。
 確かに書類では、彼女がこのような考えをしていることまで彼は知ることはできなかった。
 彼は率直に透子を面白いと思った。

「では、君の意見を聞かせてくれ。……私は間違っていたと思うか?」
「……それは、どれに関してのことでしょうか?」
「結婚を強行した私の、私達の対応だ」

 恭介の祖父から問われ、透子はしばらく考え込む。

「…………全部が全部、間違いという訳ではないと思います。ただ、相手の女性に対して謝罪はするべきだったとは思います」
「だが、あの時八重を守れるのは私しか居なかった。周囲の攻撃から八重を守るためには日本から出なければならなかった」
「だったら、相手の女性はどこに怒りをぶつければよかったんでしょうか? ぶつけるべき張本人が居なくて、怒りや憎しみを溜め込んで、その結果として悲劇が起きたんじゃないでしょうか」
「そうだとしても仮に謝罪をしたところで、あの女が許すとは思えん」
「でも、謝罪がなかったら許すことすらできませんよ?」

 透子の言葉に彼はハッとする。
 彼は八重を守ることだけしか考えてはいなかった。その根底には自分達が正しいという思いがあったからだ。
 証拠に男を騙した八重が悪いと言われても、彼が悪いと言われたことは一度もなかった。
 水嶋家の妻となった八重を周囲が妬んで言っていると思っていたのである。
 けれど、孫娘の椿から指摘され、孫息子の交際相手からも言われ、彼は周囲が見えておらず、また意固地になっていたことを自覚した。

「……そうか。そうだな。その通りだ」

 なんとなく元気がなかった恭介の祖父の目に光が戻る。
 ついでに透子を見る彼の目は非常に優しいものになっていた。

「フランスに居た頃は相手と話をして人間関係を築くのは当たり前に感じていたが、いつの間にか忘れていたな。年を取って謙虚さを忘れて傲慢になっていたが、椿以外に指摘してくれる人間が居なかったのは、私がそういう人間関係しか築けなかったということか」

 まるで彼は自分に言い聞かせているようである。
 これまでのことを後悔しているように透子には感じられた。
 恭介の祖父は目を閉じて何かを考え込んでいたが、しばらくしてから目を開けて透子と視線を合わせる。

「透子さん。散々君を侮辱してきたことを謝罪させてもらいたい。申し訳なかった」

 そうして、頭を下げたのを見て、透子は目を丸くした。

「あの、頭を上げて下さい! 何かされた訳じゃありませんから、気にしてません!」

 透子は、恭介の祖父の肩を押して頭を上げてもらおうとしている。
 しばらく頭を下げたままであったが、透子の必死の説得により、彼はようやく頭を上げた。

「私に言われたくはないだろうが、これからも恭介の側にいて、あの子を支えてやってくれるか?」

 問われた透子はしっかりとした声で「はい」と口にした。


 別宅から透子が帰宅した後、恭介の祖父は息子である春生に電話を掛けていた。

「恭介と椿の婚約話は白紙に戻す。好きにしろ。水嶋のパーティーで透子さんを紹介するなら、ちゃんと向こうのご家族に話は通しておきなさい。これから先、長い付き合いになるのだから」

 電話の向こうで動揺している息子の声を無視して、彼は受話器を置いた。

「ああ、椿の言葉遣いを注意し忘れてしまったな……。まあ、今度会った時に直接本人に言えばよいか」

 非常に晴れやかな表情を浮かべているが、水嶋家では透子があの祖父を攻略した! と大騒ぎになっていた。
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