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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 体育祭が終わって、椿は久慈川から誘われていたこともあり、美術室へと行ってみることにした。
 美術部には杏奈や透子も居るし、三年生ということで上級生もいないし遠慮しなくてもいいかなと思ったのである。
 一、二年生は緊張するかもしれないが、杏奈や透子が上手くフォローしてくれるだろう、と椿は事前に彼女達に美術室へ行くことを伝えた。

 放課後、美術室へと向かった椿は軽く扉をノックした後で中へと足を踏み入れた。

「失礼致します」

「だ~か~ら~。名取さんが好きだって、ちゃんと本人に伝えるのが一番でしょ」
「幼馴染みとして好きだって受け取られたらどうするのよ! まずは男だって意識してもらわないと」
「それはそうだけどよ。気持ちを伝えて意識してもらうって方法もあんだろ?」

 てっきり絵を描いているとばかり椿は思っていたのに、何やら部員達は部活ほったらかしで話し合いをしていた。
 中心には杏奈と透子が居て、美術室へと入ってきた椿に全く気が付いていない。
 これは邪魔かな? と思った椿であったが、内容が蛍のことだったので取りあえず声を掛けてみようと未だに話し合っている部員達へと話し掛けた。

「あの」

 しかし、話し合いに夢中になっている部員達は椿に気付かない。
 仕方がない、と彼女は移動して一番近くに居た下級生の女子生徒の肩を軽く叩いた。
 振り返った女子生徒は椿の顔を見て息をのむ。
 近くに居た生徒も異変に気付き、その女子生徒の方へと視線を向ける、と同時に椿にも気付き一瞬で固まってしまう。
 これでは埒があかないと思い、椿は先ほどよりも大きな声を出して杏奈を呼んだ。

「杏奈さん!」
「でも、それだと…………あれ? 椿?」
「さんが抜けておりますわ。今日、美術室へ伺うと伝えたではありませんか」
「……今日だってことすっかり忘れてた。マズイわね。皆! 椿さんを逃がさないで!」

 いきなりの杏奈の指示に部員達は即座に動き出す。
 ある者は美術室のカーテンを閉め、ある者は入り口のドアの鍵をかけた。
 部員達の連係プレーに椿は「何!? 何なの!?」と動揺している。

「さて、椿さん。今、貴女はどういう状況なのか分かっているかしら?」

 と、椿の目の前に立った杏奈と透子。
 彼女は周囲を見渡して、出入り口をかためられていることを知り、逃げられないことを悟った。

「……監禁されてますわね」
「なぜそうなったのか分かってる?」
「さっぱりですわ。私、何かしました?」

 分かってない椿の言葉に、ふぅ、やれやれといった風に杏奈が首を振る。

「……椿、貴女は今聞いてはいけないことを聞いてしまったのよ」
「秘密の話を聞いてしまった朝比奈様をここから出す訳にはいきません」
「あ、朝比奈先輩だ」

 至極真面目な様子の杏奈と透子とは裏腹な非常に呑気な蛍の声を聞いて、椿は肩の力が抜けた。

「……ごきげんよう、蛍君。それで、秘密の話とは蛍君と名取さんのお話でよろしいのかしら?」
「どうしよう、八雲さん! やっぱり聞かれてたよ!」
「落ち着いて、夏目さん。上手く椿さんを言いくるめるのよ」

 丸聞こえの会話に椿は脱力する。

「杏奈さんも夏目さんも落ち着いて下さいませ。私は蛍君が誰を好きなのか、という話を誰かに漏らすつもりはございませんわ。そんなことをしてもメリットが何もないではありませんか」
「他の人に漏らさなくても、名取さんに漏らす可能性はあるわよね? 椿さんってお節介なところがあるから」
「馬鹿なことを仰らないで下さいませ。私だって、名取さんに伝えたらどうなるのかくらい分かりますし、そこまで首を突っ込むほど名取さんと親しい訳ではございません」

 だからいい加減に厳戒態勢を解いてくれ、と椿は目で杏奈に訴える。

「朝比奈先輩……これ、昨日描けたんです。どうですか?」

 椿と杏奈の会話を聞いているのかいないのか、のほほんとした蛍の様子を見た彼女は、貴方当事者でしょうが! と心の中で突っ込みを入れた。

「……とても綺麗ですわね。そちらもコンクールに出すご予定なのかしら?」
「これ、気に入ったんですか?」
「そうですわね……」

 気に入ったと言い掛けた椿は中等部でも似たような流れになったことを思い出す。
 ここで気に入ったと言うと、蛍はまた椿に絵をあげようと言い出してしまう。

「素敵な絵だと思いますわ。ぜひ皆さんにご覧になっていただきたいと思います。それから、蛍君。皆さんは貴方のお話をしていたのではなくて? 当事者なのですから、ちゃんと参加しないと」

 椿は、さり気なく欲しいとは思っていないと伝えて、話を変えると蛍は一言「意見はでつくしたから」と呟いた。

「ということは、蛍君がアドバイスを求めていらっしゃるのね?」
「はい。人の意見を聞いてみたらどうだ、とうるさいのに言われて」
「ああ、ご友人の。それで参考にできる意見はございました?」

 問われた蛍は緩く頭を横に振る。

「好きだと伝えるっていう意見ばっかりで。多分、茜は本気だと思ってくれないし」
「そうですわね。名取さんにとって蛍君は弟とか守ってあげなくちゃと思っている相手ですから、いきなり好きだと伝えても恋愛感情ではなく友情の方だと思われてしまいますわね」
「そうなんです」
「でしたら、まずは名取さんの意識を変えてもらう必要がございますわね。要は蛍君が一人でも大丈夫なのだと思われないと進展はしないかと。その時にいつもと違う顔を見せれば、名取さんはドキッとするのではないかしら?」

 椿の言葉を聞いた蛍はしばらく考え込む。
 彼は黙って床を見ていたが、ややあって不安げな表情を浮かべながら顔を上げた。

「どうやって?」

 具体例をあげようとした椿であったが、そういえば二人が普段どういう感じなのか分からないことに思い至る。
 まずは、蛍に普段の名取の様子を聞いてみようと椿は考えた。

「蛍君と名取さんは普段、どのように過ごしていらっしゃるの?」
「……朝、茜が家まで起こしにきて早く着替えてって言われながら着替えてます。それで、あれは持ったのかとか言われて、色々持たされるんです。あとお昼はバランスを考えて、これも食べた方がいいとか。次の授業は移動教室だからねって教えてくれたり」

 予想以上の名取の世話焼きっぷりと蛍のダメ男っぷりに椿は頭が痛くなりながらも、これなら蛍に頑張ってもらうだけで彼女の意識を変えることは可能だと考えた。

「それ、それです。まずは朝一人で起きられるようになって下さい。名取さんの手を一切借りないようにするのです。一人で何でもできるのだと名取さんに思わせることで、彼女はきっと寂しくなるに違いありません。あとは、そうですわね。男らしさを見せるのもひとつの手ですわね。固い蓋を代わりに開けるとか、高いところの物を取って差し上げるとか。いつまでも守られる存在ではなく、自分は男なのだと名取さんに印象づけるのです」

 真剣な表情で蛍は椿の話を聞いていたところを見ると、彼は実行に移そうと前向きに考えているようだ。

「あの朝比奈様がちゃんとアドバイスしてる……!」
「他人に興味がなくて見下してる朝比奈様先輩が?」
「自分が一番で他人の気持ちなんてどうでもいいと思ってるのに?」

 いつも通りな感想に椿は乾いた笑いをこぼす。
 すると透子が椿のことを話していた生徒達に向かい、少し怒っているような表情で口を開いた。

「もう。だから朝比奈様は皆が思ってるような人じゃないって言ったでしょう」
「先ほど人を言いくるめようと杏奈さんと話していた方の台詞とは思えませんわね」

 横から椿が突っ込みを入れると、透子は何ともばつの悪そうな表情を浮かべている。

「あれは……朝比奈様が蛍君の気持ちに気付いてると思わなくて。蛍君も人に知られるのは嫌かなって」
「まあ、あまり人にペラペラ話す内容ではございませんしね。突っ込みはいれましたが、さほど気にしておりませんので」

 普通に透子と話している椿を不思議そうな顔で生徒達は見ていた。
 噂で言われているような椿とは全く違う様子の彼女に戸惑っているのだ。
 けれど、そんな生徒達の戸惑いを無視して杏奈が椿へと声を掛ける。

「でも、タイミングよく椿さんが来てくれて助かったわ」
「何がですの?」
「一度、二人で遊びに出掛けたらどう? って話しててね。その下見をどうするかってことも話してたのよ」
「部員の皆さんで遊びに出掛ければよろしいのでは?」
「予定が合わなくてね。仕方ないから私と夏目さんと蛍君とあと何人か呼んで行こうかと思ってたのよ。でも椿さんが来てくれるならちょうどいいわね」
「何が?」

 椿が聞き返すと、杏奈が近寄って来て彼女の耳に顔を寄せる。

「レオも呼ぼうと思ってたから、椿が来てくれると嬉しいなって思って」
「……それは別に構わないけど。でも夏目さんが来るなら恭介さんも?」
「それが、水嶋様ったらお茶会に呼ばれてるみたいで行けないって」
「奇数になるのね」

 だが、このメンバーであれば椿は一人になることもないかなと思い、一緒に下見に行くことに決めた。
 その後、杏奈から行き先は遊園地だと聞いて行く日も教えてもらった後で、椿はしばらくの間、美術部の活動を見学させてもらった。


 翌週の休日、椿が遊園地に行くと、待ち合わせ場所には既に透子と蛍が来ており、仲良さそうに話をしている最中であった。
 少しして遅れる形で杏奈とレオンがやってきて、椿達は遊園地の中へ入る。

「さて、じゃあ美術部と帰宅部チームに分かれるわよ」

 入って早々に杏奈から言われた台詞に椿は目を丸くさせる。
 反対にレオンはため息を吐いて額に手を当てていた。
 杏奈は二人の意見を聞くつもりはないのか、蛍と透子の手を引いて早足でどこかへと行ってしまう。
 残された椿とレオンは互いに顔を見合わせた。

「……仕方ない。入り口でパンフレットを貰ってきたから、端によってどこに行くか決めましょうか」
「いいのか?」
「置いて行かれたから帰るなんて子供みたいなことしないわよ。遊園地まで来たんだから、遊ぶに決まってるでしょう? レオンは絶叫系って平気?」
「平気だ。じゃあ、最初に絶叫系を制覇してから何か食べに行こう」
「そうね。……ここからだとジェットコースターが一番近いわね」

 パンフレットの地図を見ながら椿達は移動を始める。
 二人で絶叫系のアトラクションをいくつか楽しんだ後で、休憩しつつクレープを食べた。

「やっぱり絶叫系のアトラクションは最高だわ」
「落ちる瞬間がいいよな」
「それ、本当にそれよ。足がぞわっとするのがたまらないのよね」

 先ほどのアトラクションの感想を言い合い和気藹々とした雰囲気の中、二人は他のアトラクションに乗り、時間を過ごした後で、土産売り場へと足を向ける。

「そういえば、レオンって今月誕生日だったでしょう? 何か欲しい物はある?」
「そうだな……。それなら、二つセットになってるキーホルダーがいい。片方は椿が持っててくれ」
「そんなのでいいの?」
「お揃いっていうことに価値があるんだよ。別に椿はつけなくても構わない。持っててくれるだけでいい」
「それでいいって言うなら構わないけど」

 本当にいいのかとすっきりしない気持ちになっている椿であったが、レオンがいいと言っているのだからと、彼が指差していたキーホルダーを購入した。
 レオンに品物を渡すと、彼は片方を椿の手に乗せる。

「素晴らしいプレゼントをありがとう。留学の良い思い出ができた」
「どういたしまして」

 お土産屋で家族への買い物を済ませた二人は、時間も時間ということで最後に観覧車に乗ろうということになった。
 二人は向かい合って座り、徐々に小さくなっていく地上を椿が見ていると、レオンから声を掛けられた。
 椿は視線をレオンに向けるが、彼はとても真面目な顔をしており、何かを決意しているようにも見える。

「レオン?」
「俺は一年間、椿に迷惑を描けたりしなかったか?」
「え? ああ、うん。全然話し掛けられることがなかったからビックリしたくらい。迷惑なんて掛けられてないわ」

 返事を聞いたレオンがホッとしたように表情を緩める。

「俺は椿を大事にしたいし、側に居て欲しいとずっと思ってる。今、そういう状況じゃないのは分かってるけど、それでも……俺はもうドイツに帰らなければならないから言わせて欲しい」
「うん」
「俺は他人を下に見て相手の気持ちを考えなかった自分を叱ってくれた椿に感謝している。自分のことよりも人のために動こうとする椿を尊敬しているけど、たまに無理をしているんじゃないかと心配になるんだ。俺はそういう椿を支えたいし、椿が弱音を吐ける存在になりたいとも思ってる。俺は、優しくてお節介で面倒見が良い椿が好きだし、愛してるんだ」

 椿は何も言うことができずに、ただじっとレオンの言葉を聞いていた。

「こんなことを言われても椿は困るだけだと分かってるけど、俺がどういう想いでいるのかを知っていて欲しかったんだ。俺の好きだという気持ちは本物だし、この先も揺らぐことはない。待てというならいくらでも待つし、我慢できる。それぐらい椿は俺にとって大切な存在なんだ」

 真剣なレオンに対して茶化して答えることなど椿はできない。
 一度目を閉じた椿は息を吐き出して再び目を開ける。

「レオンの気持ちは嬉しいよ。こっちの我が儘で真剣に考えることを放棄しているっていうのに、今でも私を好きだと言ってくれてありがたいと思ってる。私のことを大事に思ってこっちの気持ちを尊重してくれることは助かるけど、悪いなとも思ってるの」
「椿が罪悪感を持つことはない。椿を好きになったのは俺の勝手だし、好きになってほしいからという下心も勿論ある。椿が俺を選ばなくても俺は椿を責めたりはしないから、俺を好きにならなくちゃいけないなんて思わないでくれ。一番は椿が幸せになることだから。けど、選んだのが俺じゃなかった場合、多分、いや絶対に俺は泣くと思うけど、あまり触れないでやってくれ。次に会う時はちゃんと祝福するから。でも本音は俺を選んで欲しい」
「……ありがとう」

 改めて言われると椿は照れ臭くて仕方がない。
 何となくレオンと目が合わせづらくなり、彼女は外へと視線を向けた。

 観覧車が下に降りるまで二人は話すこともなく無言であったが、不思議と居心地は悪くなかった。
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