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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 二学期のテストが終わったクリスマス間近の放課後。
 椿はサロン棟の廊下を足早に、でも優雅に歩きながらいつもの個室の扉を勢いよく開けた。
 突然開いた扉に中に居た面々は驚き、固まってしまっている。
 椿は、そんな面々を眺めながら、これから話題にしようとしていた相手が居ないことを確認した。

「よし、恭介は居ないわね」
「椿さん! お行儀が悪くてよ!」

 久しぶりの千弦の注意を聞こえないふりしてかわした椿は、レオンの側に行き彼の手をそっと取って握りしめた。
 やや頬を染めているレオンの目を椿はしっかりと見つめる。

「レオン、一生のお願いがあるの」
「いいぞ」
「ちょっとは躊躇しようよ! グロスクロイツ君!」
「せめて用件くらい聞きなさいよ!」

 あっさりと椿のお願いを了承したレオンは、二人のツッコミを聞いて眉をピクリと動かした。

「椿が無理難題を吹っ掛けてくる訳がないだろう? 何を言ってるんだか」
「それでも一応は聞きなさいよ! 椿からのお願いなんて滅多にないことでしょうが!  見なさいよ、椿の顔を!」
「いつも以上に綺麗だと思うが?」
「ちょっと外で目玉を洗ってきたら!? フィルターが分厚すぎでしょ! どう見ても面倒なことをあんたにお願いしようとしてる顔じゃない!」

 椿は、さすがにレオンはだませても杏奈の目は誤魔化せないか、と彼らから視線を外して吹けもしない口笛を吹いた。

「ほら見なさいよ! あのわざとらしい誤魔化し方」
「鼻筋から唇までのカーブが素晴らしいな。椿は横顔までも美しい」
「どこ見てるのよ!」
「や、八雲さん! グロスクロイツ君には全部逆効果だと思うよ?」
「そうですわ。一旦、落ち着いて椿さんのお話を伺いましょう? 重要なお話かもしれませんし」

 千弦と佐伯に説得され、落ち着いた杏奈は息を吐いてソファの背もたれにもたれ掛かった。
 椿は場が静まったのを確認し、真剣な表情を浮かべる。

「レオン。クリスマスにプラネタリウムへ行かない?」
「行こう」
「だから最後まで話を聞きなさいよ!」
「断る理由がない」
「まあ、杏奈もレオンも落ち着いて。最後まで私の話を聞いて欲しいの。あのね。恭介がクリスマスに閉館後のプラネタリウムを貸し切ったのよ」

 レオンは、二人っきりじゃないのか……と呟き杏奈は、道連れにレオを選んだだけなの!? と声を張り上げた。
 椿は二人の台詞をスルーして、更に言葉を続ける。

「私の名前で」
「水嶋様、最悪ね!」
「あいつ、もっとやりようがあっただろうに」
「だから、レオンの力が必要なの」
「そういうことなら喜んで」

 椿とレオンの間で話がまとまりかけた瞬間、杏奈が待ったをかけてきた。

「それだけじゃないでしょ。椿がそれだけで終わる訳がないわ。何か他にもあるはずよ」
「……さすがに杏奈は気付いたわね。そうよ。レオンにはお願いしたいことがまだあるの。プラネタリウムが終わった後は恭介達とは別行動を取る予定なんだけど、施設のすぐ近くにある公園の噴水を操作させてもらえるように交渉したの。それで、恭介達が噴水前でいちゃついている時に、その噴水をタイミング良く操作したいのよ。あとライトアップも。だからちょっと静かにして私についてきて欲しいんだけど」

 という作戦を聞いた杏奈は、思わず「相変わらず、くだらないことを考えてるわね」と口にすると、椿が目の色を変えて反論してきた。

「くだらなくないわよ! ムードって大事でしょう! クリスマスよ! 聖夜よ! 付き合って初めてのクリスマスよ! なのに私が居るとかおかしいでしょ! 恭介はどうでもいいから、夏目さんに素敵な思い出をプレゼントするのよ! それが私にできるクリスマスプレゼントよ!」

 椿が早口でまくし立てると、部屋に居たレオン以外の全員が彼女に向かって冷ややかな視線を送っていた。
 そちらの方を見たくなかった椿は唯一、嬉しそうにしているレオンに視線を向ける。
 彼は椿と視線が合うと柔らかく微笑みかけてきた。

「レオン。私とプラネタリウムに行ってくれる?」
「椿が望むのなら喜んで」

 すぐにレオンは杏奈から椿を甘やかし過ぎだと注意を受けたが、恋をしている男には全く通じず、最終的に彼女からさじを投げられたのだった。
 こうして椿は、いちゃついているカップルの後ろをただひたすらついて回るという苦行を回避したのである。


 クリスマス当日までの間だが、椿は志信や佳純に頼んで公園の管理・運営者とやり取りをしてもらい、噴水やイルミネーションのタイミングなどの打ち合わせをしつつ過ごし、当日を迎えた。
 椿は早めに到着し、管理・運営者の立ち会いの下で入念にリハーサルをして、プラネタリウムの施設へと移動し残りのメンバーが到着するのを待った。
 待ち合わせ時刻の十分前に三人が到着し、四人は会話もそこそこに施設へと入る。

「それじゃ、二人はお先にどうぞ」
「え? 隣で見ないんですか?」
「私はレオンと見るから。折角のクリスマスなんだし、恭介と二人で座ったら?」

 でも、と言いたげな透子だったが、行くぞ、という恭介に連れられ、彼女は椿達から離れていった。

「さて、できるだけ離れた場所で見ましょうか」
「ああ」

 椿は恭介達が席を決めたのを見た後で、彼らから離れた場所の席を選んだ。
 隣にレオンが座ったが、椿は口数の少ない彼の様子が気になった。

「……やけに静かね」
「緊張してるんだよ」
「緊張? レオンが?」

 いつも冷静で涼しい顔をしているのに、珍しいこともあるものだと椿はレオンをマジマジと見つめる。
 椿に見られて恥ずかしいレオンは赤くなった顔を片手で顔を覆ってしまった。

「あんまり見るな」
「なんで?」
「なんでって……。そりゃ、椿には格好良い所しか見せたくないからだよ。椿だって俺の格好悪い所なんて見たくないだろう?」
「そうでもないよ。完璧な人ってやっぱりどこか人間味が感じられないっていうか、どうしても自分よりも上の存在だって思っちゃうんだけど、今のレオンは等身大の男の子って感じで、私は割と好きだけどな」
「な、何を!」

 急に慌てだして大声を出したレオンは、赤い顔をさらに真っ赤にさせて彼女の逆方向に顔を向けた。

「ちょっと、レオン。上映前に暴れないで」
「誰のせいだと……」

 全く分かっていない椿の様子にレオンは冷静になり、振り回されてばかりの自分が情けないこともあって、ジトッとした目を椿に向ける。

「無意識が一番質が悪いってことが良く分かった」

 何のこと? と椿が悩んでいる内に部屋が徐々に暗くなり、プラネタリウムの上映が始まった。

 今回のプラネタリウムのテーマは『世界旅行』である。
 アジア、ヨーロッパ、北欧、南アメリカ、アフリカの星空が映し出されていく。
 今日の準備の為に寝る間も惜しんで色々と動いていた椿は、ゆったりとした音楽と暗い部屋ということもあり、開始早々に夢の国へと旅立っていた。
 彼女が目覚めたのはカイロの星空あたりで、別に寝てませんけどと言わんばかりの表情を作って残りの星空を見ていたのである。
 けれど、最後の最後だったので、あまり意味はなかった。

 上映が終わって部屋が徐々に明るくなり、椿達は席を立って部屋の外へと出た。

「北欧の星空、凄かったですね! オーロラも! 恭介君は中学の修学旅行で見たんでしょう? いいなぁ」
「今日のも中々良かったが、本物には敵わないと思う。いつか、透子にも見せてやる」
「じゃあ、旅費を貯めなくちゃですね! あ、朝比奈様はどの都市の星空が良かったですか?」

 キラキラした笑顔を振りまいている透子であったが、恭介は渋い顔をしている。

「止めろ、透子。そいつ、寝てたぞ。僕のところからはバッチリ見えてた」
「失礼ね。ちゃんとパリまでは覚えてるわよ」
「序盤も序盤じゃないか! お前は何しに来たんだよ!」
「プラネタリウムを見に来たに決まってるでしょう?」
「どの口が……!」

 尚も文句を言いたそうにしていた恭介をレオンが彼の肩に手を置いて止めた。

「落ち着けよ」
「あのなぁ、レオもちょっとは怒れよ! 隣で寝てたんだぞ! 何も思わなかったのか!?」
「寝顔も可愛いなとしか思わなかったし、椿の寝顔を独り占めできたことに満足してる」
「ダメだ、こいつ! 透子、透子は分かるだろ?」
「いつも気を張ってるから、きっと疲れてたんですよ」
「僕の味方はゼロか!」

 頼みの綱の透子にまで椿の肩を持たれ、恭介はツッコミを入れた自分が間違っているのかという思考に陥る。
 そもそも、椿の最強のイエスマンであるレオンと彼女に憧れを抱き、何度も助けられてきた透子に聞くのが間違いだ。
 杏奈でも居れば同意を得られたのは間違いないが、残念ながら彼女は不在である。

「……寝てたことは謝るよ。ごめんね」

 恭介のあまりの孤立っぷりに、椿は罪悪感を覚えてしまった。
 けれど、謝罪したのは、二人に近くの噴水まで早く移動して欲しいという気持ちもあったのは事実。

「ということで、プラネタリウムも終わったし、後は勝手に帰宅ということで、ここで解散です」
「なんだ、食事に行かないのか?」
「噴水見てから二人で行けばいいでしょ? 私は家に帰って菫と樹とケーキを食べるのよ」
「せめて、レオンともう少し過ごしてやれよ」
「そこは考慮するから。じゃあ、恭介、夏目さん。良いお年を」
「まだ、水嶋のパーティーがあるだろうが」
「細かいわね。いいでしょ、別に。ほら、さっさとイルミネーションでも見に行きなさいよ。ここから出てすぐの所にあるから」

 ほら、と言って椿は公園の方へと恭介の背中を押す。
 こうなった椿は人の話を聞かないと知っている恭介は大人しく彼女に従った。
 恭介と何度もお辞儀をしている夏目を見送り、椿とレオンは噴水の見える場所まで移動した。

「さあ、大事な仕上げよ」
「俺はここで大人しくしてれば良いんだな?」
「指示が聞こえなかったらマズイからね」
「分かった」

 と言ったっきり、本当にレオンは黙り込んだ。
 椿は双眼鏡で恭介達の位置を確認し、イルミネーションを点灯させていく指示を出す。
 そうして、噴水の前まで二人を誘導し、「今よ!」と無線に向かって知らせると、二人が噴水の真ん中まできたタイミングで思いっきり噴水が噴き上がった。
 あまりのタイミングの良さに、恭介と透子は互いに顔を見合わせて笑い合っている。
 椿は、これで仕事は終わったと双眼鏡を下ろした。

「上手く行ったのか?」
「完璧よ。あまりの完璧っぷりに鳥肌が立ったわ」
「それは良かったな」

 心から喜んでいる椿を見て、レオンも笑みを浮かべる。
 だが、双眼鏡を持っている椿の指先が赤くなっているのを見て、彼は自分の手袋を外した。

「椿」

 呼ばれた椿がレオンの方を向くと、彼は手袋を差し出している。

「え?」
「寒いだろう? 指先が真っ赤だ」
「いや、車に手袋あるし。それを借りたらレオンが寒くなるじゃない」
「ポケットに手を突っ込むから大丈夫だ」

 いや、でもと言っている椿を見て、埒があかないと思ったレオンは彼女の手を取って強引に手袋をはめた。
 先ほどまでレオンがはめていた手袋は、ほんのりと暖かく、かじかんでいた指の感覚が戻っていくのを感じる。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

 椿は照れ臭くなりレオンから視線を外して礼を言うが、彼はポケットに手を突っ込んだまま、笑顔で彼女を見つめていた。
 少しして、恭介達が帰ったのを確認した志信が迎えにきて、レオンが本家の車に乗る前に、椿ははめていた手袋を彼に手渡す。

「別に返さなくても良かったのに」
「車にあるって言ったでしょう? 物は大事にしないと」
「椿が使ってくれるならそれで良かったんだけどな。ちゃんと大事に使ってくれるだろう?」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」

 車の前で話していると志信と本家の使用人から声を掛けられ、会話の途中であったが二人はそれぞれの家の車に乗り込んだ。
 椿はいつも車の外を眺めているのだが、今日の彼女は車が走り出してもずっと手をさすっている。

「椿様。まだ指先が冷えておりますか?」
「ううん」

 そう言いながらも、家に着くまで椿はずっと手をさすっていたのだった。
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