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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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「薫、お前理沙の事が好きなんだってな」

いつものように水嶋家に行き、春生の自室に形ばかりの挨拶をしようと部屋に入った瞬間、朝比奈は部屋の主から言葉をぶつけられ呆気に取られていた。
妹の恵美里から自分が15年近く片思いしている女性は春生の妻であり、自分の幼馴染の理沙であると百合子が勘違いしている事を聞かされていた。
その話を聞いた時に朝比奈が思ったのはただ1つ、春生の耳に入ったら殺される、であった。
その恐れていた事態が目の前で起こっている。
目の前の春生は相変わらずのポーカーフェイスで表情が読めないので、本気なのか冗談なのか判別できなかった。

「いや、違うからね!僕が好きなのは百合子さんだけだから!間違っても理沙なんて好きにならないよ!」
「”なんて”…だと」
「理沙は成績優秀、容姿端麗、慈愛と母性に満ち溢れた素晴らしい女性です」

失言した事に気付き、朝比奈は理沙への褒め言葉を一気に捲し立てた。
春生も本気で怒っていた訳では無いのか、それ以上理沙の事について突っ込んでくる事は無かった。

「心配しなくてもお前が誰を好きかなんてとっくの昔に知ってる。ったく、ややこしくしやがって。お前がさっさと百合子に告白しないから拗れるんだろうが」
「分かってるよ。でもさ、百合子さんが僕を好きだなんて言う保証ないでしょ。断られて気まずくなるくらいならこのままでも」
「じゃ、別の男との再婚話進めるか」
「やめて!」

思わず朝比奈は両手で顔を覆う。
意気地なしの自覚はあるが、どうしても1歩踏み出すことが出来なかった。

「じゃあ、さっさと何とかしろ。最終決定権を持ってるのは親父なんだぞ。ぼさっとしてたら前の時みたいに他の男に掻っ攫われるのは分かってるだろ」
「…分かってるよ」

もたもたしていたら百合子の父親が選んだ男に攫われるのは朝比奈だって分かっていた。
煮え切らない態度の朝比奈に業を煮やしたのか、春生に部屋を追い出されてしまった。
朝比奈は廊下を歩きながらどうやって百合子を口説くべきかを思案していた。
月並みな言葉では百合子の心に響かない。
かと言って誰も思いつかないようなセリフなんて朝比奈も思いつかない。
30歳を過ぎても女性1人口説けない自分を情けなく思う。

何度目かのため息を吐いた朝比奈は、いつの間にか百合子の居る部屋の前まで来ていた。
機会があれば言おうと消極的な事を考えながら控えめに扉をノックし、百合子の返事を待つ。
すぐに百合子から声が掛かり、中に居た使用人が扉を開け朝比奈を中に招き入れた。
百合子は紅茶を飲んでいたのかカップをテーブルに置き、朝比奈に挨拶するために立ち上がり軽く会釈をしていた。
朝比奈も軽く会釈を返し、近くのソファに腰を下ろす。
すぐに使用人が朝比奈の紅茶を淹れ、テーブルに出す。
シュガーポットから砂糖を取り出し、紅茶に入れスプーンでかき混ぜた。
紅茶の香りを堪能しつつ、朝比奈は紅茶を一口飲み自分の気持ちを落ち着ける。

「相変わらず良い茶葉だね」
「今日はダージリンにしてもらいましたの。お口に合った様で何よりです」
「紅茶を飲むのは水嶋家に遊びに行く楽しみの1つでもあるからね」
「そう言って頂けて嬉しいですわ」

それから百合子と他愛無い会話をして時間だけが過ぎて行き、重要な話は出来ず終いであった。
そう言えば百合子に渡すものがあったのだと言う事を朝比奈は思い出し、部屋に居た使用人に来た時に預けていた荷物を持って来てもらう様に頼んだ。

「お持ちいたしました」
「ありがとう」

紙袋を使用人から受け取り、中から四角い箱を取り出した。
百合子は何かしらと興味津々でその箱を見つめている。
朝比奈は箱の蓋を開けて中からカップとソーサーを取り出した。
カサブランカが描かれたカップとソーサーを百合子に見える様に差し出す。

「朝比奈様、それは?」
「僕が描いた世界に1つしかないカップとソーサー。本当はアクセサリーにしようかなって思ってたんだけど、僕の特技と言えばこれぐらいしかないからね。ちなみに手描きなんだ」
「…」
「カサブランカは僕が持つ百合子さんの勝手なイメージなんだけどね。自分で言うのもなんだけど、かなり良く出来たと自負してるんだ。貰ってくれるかな?」
「…これを私に?」
「勿論。その為に持って来たんだから」

カップとソーサーを箱にしまい、どうぞと朝比奈は百合子に手渡した。
百合子はゆっくりと蓋を開け、カップを手に取りじっくりと眺めていた。
時折カップに描かれた百合を指でなぞりうっとりとした表情を浮かべている。
するとカップから勢いよく顔を上げた百合子が満面の笑みで朝比奈と目を合わせた。

「ありがとうございます!とっても嬉しいです。朝比奈様の描く絵は温かみがあって、お人柄の良さが色濃く出ていて私、朝比奈様の絵が大好きなのですよ?昔から朝比奈様の絵のファンなんですもの」

あの時と同じように、いやそれ以上に嬉しそうな百合子の笑顔を見た朝比奈は、頭が真っ白になっていた。
昔、百合子に対して感じた感情を思い出してしまったのだ。
あの時の百合子の笑顔と今の百合子の笑顔が重なり、朝比奈は彼女に想いを伝える為に考えていた事、全てを記憶の彼方に追いやって慎重さも忘れ、無意識、そう彼は無意識の内に声に出してしまっていたのだ。

「結婚してください」

と。
朝比奈の言葉を聞いた百合子は何を言われたのか最初は理解出来ていなかったが、何度も頭の中で言われた言葉を反芻し、自分が朝比奈にプロポーズされた事を理解した。
理解した途端に百合子は茹蛸のように顔を真っ赤にさせ、え?え?と声にならない声をあげていた。
そんな百合子の反応を見て、我に返った朝比奈は今しがた自分が口に出した言葉が何だったのかを理解し、慌てふためいた。

「ち、ちがっ!いや、違わないけど違うんだ!」

ここに春生が居れば的確なフォローもしてくれただろうが、生憎部屋には朝比奈と百合子と使用人しか居ない。
使用人はさすがと言うか何というか、心の内は分からないが、平然と側に立っていた。

「あ、あの落ち着いてくださいませ!」
「はい!落ち着きます!」

テンパっている2人のテンパっている会話は非常に滑稽である。
しかし、小休止した事でお互いに落ち着きを取り戻したのか荒くなった息を整えた朝比奈が観念したように語り出した。

「…ずっと、ずっと百合子さんが好きだったんだ。朝比奈の三男として周囲に期待されずに居た僕に、朝比奈の為に何が出来るのか悩んでいた僕に、君はどう生きればいいのかを教えてくれた。初めて他人に認められて嬉しかったんだ」
「私は何も」

百合子には朝比奈に対して何かをした記憶は無かった。
意図して言った訳ではないので、記憶に無くて当たり前なのだ。

「百合子さんが気付いていなくても、僕は確かに救われた」
「で、でも。15年近くお慕いしている方がいらっしゃると」
「…勇気が無かったんだ。頼りになる兄の友人と言うポジションを捨てる勇気がね。1度は君を諦めた。でも諦めきれずに未練がましく想い続けた。僕はもう君を他の男に渡したくないんだ」
「朝比奈様…」

朝比奈は深く深呼吸し、気持ちを落ち着ける。
大丈夫、僕はやれると自分に喝をいれた。

「百合子さんを愛しています。どうか僕と結婚してください」
「…はい」
「あ、収入面で苦労をかける事はしないよ!これでも不労収入があるからね。使用人だって沢山は無理だけど雇えるし、使ってない家がいくつかあったから気に入った所をもらえば大丈夫!無ければ建てればいいだけだし。椿ちゃんの事も心配しなくていいよ!朝比奈家は寛容だから差別する事もないし、僕も椿ちゃんを大事にするよ!」
「あ、あの朝比奈様?」
「勿論、百合子さんは一番大事にすると誓うよ!嬉し涙しか流させないし、どんな事からも守ってみせる。だから…」
「朝比奈様!」

百合子の言葉が聞こえていないのか、朝比奈は喋り続けていた。
いい加減、話を聞いて欲しい百合子は少しだけ大きな声を出して朝比奈の話を遮った。

「百合子さん?やっぱり嫌だった?」
「違います!…私も朝比奈様をお慕いしております。ですので、プロポーズをお受けいたします」

百合子の返事を聞き、朝比奈はポカンと口を開けて放心していた。
それほどまでに百合子の言葉は信じられないものであったのだ。
朝比奈はベタながら、自分の手の甲を思い切り抓り、その痛さでこれが現実であると分かり心の底から喜びが湧いて来る。

「本当に?」
「えぇ。本当にです」
「僕と結婚してくれるの?」
「はい。むしろ私は結婚に1度失敗して子供もおりますけれど、よろしいのですか?」
「そんなの全然問題じゃないよ!百合子さんと結婚できるだけで僕は幸せなんだから」

本当に嬉しそうな朝比奈を見て、百合子も想いが通じた喜びに浸っていた。

「あ、あの、百合子さん」
「はい、なんでしょうか」
「その、お願いなんだけど、僕の事を下の名前で呼んでくれると嬉しいな」
「そうですね。では、えっと…薫、様」

朝比奈から目を逸らし、再び顔を赤くさせた百合子が囁き、朝比奈は「様は付けなくて良い」と言って、「薫さん」で呼び方が決定した。

「百合子さん」
「薫さん」
「百合子さん」
「薫さん」

互いに名前を呼び合い、顔を見合わせ笑顔を浮かべている。

朝比奈の様子を見に来た春生は完全に部屋に入るタイミングを逃し、百合子と朝比奈のラブシーンの一部始終を目撃し、朝比奈に箪笥の角に小指をぶつける呪いをかけていた。

朝比奈と百合子の件はすぐに屋敷中に知れ渡り、一気にお祝いムードになった。
勿論、椿にも知らされ、彼女は落ち着くところに落ち着いたとホッとしたのだった。

それから朝比奈の行動は早かった。
PowerPointで資料を作成し、百合子の父親である水嶋家当主の水嶋総一郎に『朝比奈家三男の自分と結婚する事によって得られる水嶋のメリット』と題してプレゼンを行った。
再婚するには早すぎると難色を示していた総一郎も父親として、また経営者として朝比奈薫が娘・百合子にとって最良の相手であると認め、再婚を許可した。
ちなみに、プレゼンしろと朝比奈に入れ知恵したのは春生である。
打算的な所がある自分の父親の性格を良く知っている為、効果があると踏んだのだ。

そして、百合子の娘の椿の事だ。
椿は朝比奈の事を慕ってはいるが、父親として認めてくれるのか心配していたのだ。
百合子にそれとなく椿の本心を聞いてはくれないかと頼むと、彼女も1度椿と話をしなければならないと思っていたのか了承してくれた。
数日後、百合子から聞いた話では、椿は二つ返事で賛成していたと言う事で朝比奈は胸を撫で下ろした。
ただ、椿は非常に聞き分けの良い子なので、無理をしているのではないかと言う不安もあった。
そこら辺はこれからの自分の頑張り具合だろうと、朝比奈は気を引き締めるのだった。

朝比奈家の面々にも百合子と結婚する事を伝えると、かねてから百合子に対する想いを知っていた家族は良かった良かったと祝福してくれた。
その際、百合子の事はカモフラージュで実はゲイなのではないかと疑っていた事や、最後の1人がようやく片付いてくれたやら言われ放題になり、盛り上がる家族とは反対に打ちのめされた朝比奈であった。

水嶋家と朝比奈家の顔合わせも済み、椿が小学校受験の願書を出す前に籍を入れる事を決めた。
式も挙げたいと朝比奈は思っていたが、百合子が2度目だからと固辞した為、ウェディングドレスと白無垢を着て写真撮影の後に親族で食事会と言う事になった。
朝比奈は教会で式を挙げたいと思ってはいたが、百合子と結婚できるだけで幸せなので、これはこれで良しと思っていた。
百合子が自分の為にウェディングドレスを着てくれると言う事の方が重要なのだ。
早くその日が来ないかと朝比奈は心待ちにしていた。
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