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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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お久しぶりです。
活動報告には書いておりましたが、実は先月事故に遭いまして足を骨折しました。
関節部分の骨折だったため足を曲げることが出来ず、パソコン操作が出来なかったので更新をお休みしておりました。
先週病院に行ったら足を曲げても良いと許可が出ましたので、まだ御存じではない読者様もいらっしゃるのではないかと思い、短時間だけパソコンを触って一度更新と共にお知らせした方が良いと思いました。
怪我は順調に回復しており、恐らくはGW前くらいには更新再開出来るのではないかと希望を持っているのですが、こればかりは予想が出来ませんので延びる可能性もあります。
しばらく更新が出来ずに申し訳ありませんでした。もうしばらくお待ち頂けますと幸いです。
 文化祭の準備は着々と進み、当日を迎えた。
 椿は更衣室でチャイナドレスに着替え、美容師に髪を結ってもらっている。

 椿のクラスの出し物である人探しビンゴであるが、あらかじめ決められたエリアから出なければ行動は自由なので、出し物のスタッフをやりつつ他のクラスの展示や出し物も楽しめるのだ。

 髪のセットが終わった椿は最初のエリアである教室棟Aの一、二階へと向かう。
 始まったばかりの文化祭ではあるが、やはり外部からの客が居るということでそれなりに混み合っている。
 椿は、人の来ない場所に移動してパンフレットを広げた。
 佐伯のクラスがやっているティールームと千弦のクラスやっている石鹸&お香ショップが椿としては気になった。
 ここで廊下をウロウロしていなくて大丈夫なのかと思うかもしれないが、そもそも客に配られるビンゴカードの中に"チャイナドレスの人"という項目が印字されているものは一枚しかない。
 ビンゴカードの束があったので、どんなのがあるのかと椿が興味本位で見てみた時に一枚しかないことに気が付いたのだ。
 へこまなかったかと問われれば確かに微妙にへこんだのだが、実際考えれば椿に話し掛けられる生徒などほとんど居ない。
 楽しむための出し物が一気に恐怖の出し物に変貌してしまう。
 だからこそ椿は絶対に自分を探す生徒が居ないことを知り、こうして他のクラスの出し物を目一杯楽しもうとしている訳である。

 残念ながら午前中は杏奈が美術部の受付があるので一緒に行動は出来ない。
 そこまで広い範囲ではないので、誰か知り合いに遭遇するだろうし、少しの間だけ話し相手になって貰えばいいか、と椿は安易に考えていた。

「よし、まずはティールームで腹ごしらえしよう。佐伯君も居るしね」

 パンフレットをしまった椿は佐伯の居る二組へと足を進めたが、やはりというかなんというか、二組の生徒達は彼女の登場に戸惑い怖がっている。

「あの、朝比奈様」
「何かしら?」
「お一人ですか?」
「ええ、何か問題が? 一人ではいけないのかしら?」
「と、とんでもないです! どうぞ好きな席に座って下さい!」

 どうも、と口にした椿は隅っこの席に腰を下ろした。
 ふと椿が前方へと視線を向けると、他の生徒に背中を押されているウェイター姿の佐伯が目に入る。
 彼は困惑しつつも、他の生徒から懇願され渋々とメニューを持って椿のところへとやってきた。

「お手数お掛けしまして申し訳ございません」
「誰が相手でも仕事ぐらいちゃんとして欲しいよ……」

 はぁっと息を吐いた佐伯は肩を落としている。
 椿の接客をするのは別に構わないが、他人から押しつけられるのは佐伯でもやはり気分が悪いということだ。

「これ、メニューね。おすすめはガトーショコラ。有名なお店から提供して貰ってるから美味しいはずだよ」
「では、ガトーショコラで。紅茶はアッサムのミルクティーでお願いします」
「了解。ちょっと待っててね」

 丁寧にお辞儀をした佐伯はメニューを持って裏へと行ってしまう。
 数分後、トレイに紅茶とガトーショコラを乗せた佐伯がやってきて椿の前に置いてくれる。
 そのまま佐伯は椿の反対側に腰を下ろした。

「佐伯君?」
「朝比奈さんが帰るまでもてなしてくれってさ」
「あらあら、では三時間ほど居座って差し上げようかしら?」

 聞こえていたのか二組の生徒達が一斉にギョッとした顔をして椿を見てくる。

「朝比奈さんのクラスは確か、人探しビンゴだったっけ? チャイナドレスを着てるってことは、朝比奈さんが人探しビンゴの仮装担当ってことだよね? 教室の中に入っちゃって平気?」
「チャイナドレスの人と印字されたビンゴカードが一枚しかございませんから、配ることも無いでしょう。ですので、誰も探しにいらっしゃらないということで私、一日中暇を持て余しておりますの」

 椿が笑顔でさらりと言ってのけると、彼女のクラスメイトのやったことを察した佐伯は眉を顰める。

「朝比奈さんはそれで良いの?」
「どちらかと申し上げれば、よろしくありませんわ。ですが、そのようなことをさせたのは私の普段の態度が悪いからに他なりません。ただの自業自得ですわ」
「最初は怖がってた僕が偉そうに言えた義理は無いけど、そろそろ何もしなかったら何もされないって気付かないものなのかな?」
「言葉を交わせば疑問に思って、あれ? とはなると思いますが、噂を信じて凝り固まった思考では無理でしょうね」
「損な性格というか、役回りを買ってるというか……」
「自分が望んだことですもの」

 悪役を演じると決めた当初は、まさかここまで上手くいくと椿は考えていなかった。
 それほどまでに、他の人にとって水嶋家の権力は凄まじいのである。
 一方、佐伯は椿が悪を演じている本当の理由を聞いたことがないので、尚更他の生徒が彼女を敬遠することに納得がいかないのだ。
 今も、やや諦めているような椿の言葉に彼は胸を痛めている。
 だが、椿は連絡事項が伝わらない、学校行事であまり協力出来ないということに困ってはいるものの、特にそれだけで嫌だとかは思っていない。

「佐伯君。楽しい文化祭にそのようなお顔は似合いませんわ。接客なのですから笑っていないと」
「うん。ごめんね。折角お客さんとして来てくれたのに湿っぽくなって」
「話を出したのはこちらですもの。気になさらないで。……さて、ガトーショコラと紅茶を頂いたら他のクラスに参りましょうか」
「あれ? もういいの? 三時間居座るんじゃなかったの?」
「えぇ。ちょっとしたイジワルで申し上げただけですもの」

 軽い口調とわざとらしい笑みを浮かべながら椿が口にすると、佐伯は一瞬目を丸くした後でなるほど、と呟いた。
 温くなった紅茶とガトーショコラをゆっくりと頂いた椿は、佐伯に別れを告げて二組から出て行った。
 他の生徒はさぞかしホッとしていることだろうと思いながら、椿は千弦のクラスである五組の石鹸&お香ショップへと向かう。

 教室内へと入り、一番最初に椿の目に入ったのはピラミッド状に積まれた固形石鹸の山であった。
 教室の真ん中に置いてあったので、かなり目を引く。
 椿はしばし、積まれた固形石鹸を眺めていた。

「あら? 椿さん?」
「ごきげんよう、千弦さん。あれ、すごいですわね。手作り石鹸なのですか?」
「ごきげんよう。あれは業者が作りましたの。圧巻でしょう?」
「えぇ。目立ちますわね。あれは売り物ですか?」
「いいえ。展示用ですから、あまり品質の良いものとは言えませんの。ですので売り物にはなりませんのよ」

 説明を受けて、あれが張りぼてであるということを知る。
 見た目が綺麗でも中身はアレということに椿は妙な親近感を覚えた。

「売り物はこちらになります。何かご希望はございます?」
「石鹸よりもお香の方がいいかしら。コーン型とスティック型とどちらがございますの?」
「コーン型ですわ。香りもラベンダー、ペパーミント、カモミール、ローズ、ベルガモットの五種類ございますのよ」
「落ち着くのならラベンダーですわね。ローズにも興味を惹かれますが」

 椿はラベンダーとローズを手に取り、交互に匂いを嗅ぐ。
 どちらにしようか悩んでいた椿であったが、これ別に両方買っちゃえばよくないか? ということに気付き、両方購入することにした。

「お買い上げありがとうございます。それにしても、チャイナドレスは目立ちますわね」
「人目を引くのは確かですわね。廊下を歩いていたらチラチラ見られておりましたもの」
「さすがに十月で半袖は寒くありませんこと?」
「気合いですわ」
「……寒さも暑さも気合いでどうにか出来るものではございませんわよ」
「校内に居れば空調が効いておりますから寒くなどありませんわ」

 椿は単純に用意されていたピンクのファーの細長いストールがどうしても気に入らなかったのだ。
 前世でTVでよく見たバブル期の女性が良く羽織っていた、というイメージが強かったのでどうしても許容できなかったのである。

「外のエリアにも移動されるのでは? その場合はどうなさるの?」
「外は担当エリアから外されておりますし、チャイナドレスの人が印字されたビンゴカードが一枚しかございませんので、誰も私を探しになど参りませんわ」
「相変わらず嫌な気の使われ方をされてますわね。ヒント担当の方がよろしかったのでは?」
「まぁ、確かにヒント担当の方が……と思いましたが私に話し掛けられる人がほぼ居ないのですから、逆に私が話し掛けたら相手に逃げられるでしょうし。それを考えれば仮装担当で誰も探しに来ないポジションは双方が満足出来る結果なのかもしれませんわね」

 佐伯と話している時は拗ねたような態度をとってしまったが、よくよく考えれば仮装担当でもヒント担当でも人が寄って来ないことに変わりは無いことに椿は気付いた。

「貴女が学校行事などどうでもいい、と協力的で無ければ何も問題は無かったのでしょうね」
「だって参加は義務でしょう? 一人だけ何もせずに楽をするのは気が引けますもの。ですが、現状は楽をしている訳ですからね。同じクラスに千弦さんや篠崎君がいらっしゃれば遠慮無く仕事を与えてくれるので助かるのですが、顔見知りの方は同じクラスにいらっしゃいませんし、皆さん遠慮なさるので仕方ありませんわ」
「来年はご友人のどなたかと同じクラスになれればよろしいですわね」
「十クラスもあると難しいですが、そうなればよろしいと本当に思いますわ。あぁ、千弦さん、仕事中ですのに長々とお話をして申し訳ありませんでした」
「さほどお客様もいらしておりませんし、少しくらいの私語は大丈夫ですわ。椿さんはまだここら辺にいらっしゃるの?」
「えぇ。二時間でエリア変更になっておりますから、あと一時間ほどは他のクラスの出し物を見て回る予定です」

 では、と椿は五組から出て廊下をブラブラし始めるが、プラネタリウムや迷路に参加したりしている内に時間が来てエリア移動となった。
 勿論、移動先でも椿を探しに来る生徒など居るはずもなく、彼女は昼休憩の時間までエリア内の出し物をこれでもかと楽しんだのである。

 昼休憩になり、美術部の受付を終えた杏奈と椿は合流し、午前中の出来事を互いに語り合い昼食をとる。

「それで、午後はどこから?」
「教室棟Bの一、二階ですわ。三年生のクラスですわね」

 パンフレットを広げた椿は杏奈と共にエリア内の出し物を見ていく。

「パターゴルフがあるわね」
「ガラス細工がございますが、これは職人さんに作ってもらったものかしら?」
「でしょうね。普通に売ってるものよりお手頃価格で買えるんじゃない?」

 などと話をして、椿と杏奈は教室棟Bの一階まで移動し始めるが、途中で彼女は一人廊下で佇む恭介を見掛けた。
 恭介はこちらに背を向けているので、椿達には全く気付いていない状態である。
 彼が一人で居るなんてチャンスでしかないのに、どうして周囲に女子が居ないのかと椿は考えていたが、すぐにその理由が分かった。
 横を向いた恭介の向こうに美緒が居たのである。

「相変わらず頑張ってるわね」
「まぁ、他の方に迷惑をかけている訳ではないですから。恭介さんも迷惑でしたらご自分で対処なさるでしょうし」

 杏奈とヒソヒソ話をしていた椿の耳に美緒の大きな声が聞こえてきて、彼女は視線を前に向けた。

「み、水嶋様! せめてこれだけでも受け取って下さい!」

 必死の形相の美緒は面倒臭そうにしている恭介に小箱を押しつけている。

「……受け取ったら付いて来ないんだな?」
「はい!」

 恭介は少しだけ考えた後、美緒から小箱を受け取って立ち去って行った。
 美緒は彼の後ろ姿を眺めながら分かりやすくガッツポーズをしているが、自分を見ている椿に気付いたのか、どこか勝ち誇ったような笑みを彼女に向けてくる。
 そのまま、彼女は取り巻きに連れられ移動してしまった。

「今の何?」
「さぁ?」

 美緒の行動が全く分からない椿と杏奈は共に首を傾げるしかない。

「まぁ、ただのプレゼントでしょうね。さ、杏奈さん。まずはどちらに参ります?」

 特に問題は無いだろうと深く考えずに、椿は杏奈と一緒に三年生のクラスの出し物を見て回る。
 二時間経過し、最後のエリアに移動した椿と杏奈はクラスの出し物を見ながらまったりと過ごしていた。

「あら、ダーツがございますわね」
「景品は焼き菓子etcだってさ」
「やりましょう」

 焼き菓子をゲットするために! と気合いを入れて教室へと足を踏み入れようとした椿であったが、背後から声を掛けられ足を止める。
 振り返ると息を切らせた笑顔の透子が椿を見ていた。
 後ろからは同じく息を切らせた鳴海が小走りに透子の後からやってくる。

「……夏目さん?」
「やっと見つけましたよ! これでビンゴです!」

 ビンゴ? と思い、椿は透子の手元に視線を向けると見覚えのあるビンゴカードを持っていた。

「……うちのクラスの出し物に参加なさってましたのね」
「はい。三つリーチで真ん中がチャイナドレスの人だったので、朝からずっと探してたんです」
「それは、ビンゴになって良かったですわね」

 良かった、と椿は口にしているが、チャイナドレスの人という欄が印字されているのは一枚しか無いことを彼女は知っている。
 かなりの枚数のビンゴカードがあったはずだから、その一枚を透子に渡したのはわざとだろうと想像出来た。
 また、透子は朝から探していたと言っていたが、椿は指定されたエリアから出ていないし、きちんと探せば簡単に見つかるのに今まで見つからなかったのは何故なのかと不思議に思った。

「夏目さん。ヒント担当の生徒から伺わなかったのですか?」
「聞いたんですけど、見つけられなかったんですよね」
「ちなみに午前中はどちらを探してらしたの?」
「グラウンドです。あと教室棟Bの三階ですね」
「……そうですか」

 透子がチャイナドレスの人と印字されたビンゴカードを持っていたので、ヒント担当もイジワルして教えなかったのか、渡した生徒と繋がっていてわざと教えなかったのかのどちらかだ。

「それで、他のヒント担当の方からここを教えられたのですか?」
「あ、いえ。チャイナドレスの人が教室棟Bに居るって聞こえたので急いで来たんです。まさか朝比奈様だとは思いもしませんでした。やっぱりスタイル良い人は何を着ても似合いますね。Tシャツとジーパン姿でも格好良く見える人に私もなりたいです。朝比奈様が羨ましい」
「……別に貴女もスタイルが悪いという訳でもないでしょう?」
「私と朝比奈様の腰の位置をちゃんと見て言ってください……。寸胴ですよ? 悲しいほどに」

 悲しげな声を聞いて、透子の思わぬ地雷を踏んでしまったようで椿は慌てふためく。

「も、申し訳ございません。まさか気になさっているとは思わずに」
「いえ。変なことを言ってごめんなさい。でも、小学校の時から足を伸ばそうとして鉄棒に足を掛けてぶら下がったりしましたけど、効果はありませんでしたし……」
「ちなみに、ぶら下がった後の結果は?」
「頭に血が上ってふらふらになりました」

 だろうな、と椿は思い何とも言えない気持ちになって透子を見つめると、彼女も意図に気付いたのか反論し始める。

「ち、違いますよ! 数えるくらいしかやってませんよ? 毎回ふらふらになっていた訳じゃありませんからね!」
「そのようなことは思っておりませんわ」
「絶対! 絶対に思ってますよね! ついでにアホの子とか思ってますよね!」
「思っておりませんわ。ただ、夏目さんらしい、とは思いますが」

 透子らしいと言われ、彼女はガックリと肩を落とした。

「それが夏目さんの良さ、ですわ。さ、ビンゴカードをお出しになって? ハンコを押しますから。後はうちのクラスに行って景品を受け取って下さいませ」

 半泣きになりながらも透子はビンゴカードを差し出した。

「夏目さん。私は貴女をアホだとは思っておりません。噂に惑わされずに人の本質を見抜いてくれる素晴らしい方だと思っておりますから。多少おっちょこちょいなところも貴女のチャームポイントですわ」
「あ、ありがとうございます」

 途端に照れだした透子を見て、取りあえずフォローが上手く行ったことに椿は安心した。

「ところで、きょ、うは鳴海さんとご一緒でしたのね? さすがに午後まで探していらっしゃったら疲れましたでしょう? 他のクラスの出し物には参加されました?」
「面白そうなものには参加しました。私も清香ちゃんも色々と景品を貰ったんですよ」
「満喫なさっているようで良かったです。うちのクラスの景品は……確か砂時計やハンドクリームがあった気がしますわ。早い者勝ちですから、良い物が残っているとよろしいのですが」
「だから、真ん中に拘らずに他のところでビンゴを目指そうって言ったじゃない」
「だって、トリプルビンゴは夢だったんだもん!」

 本気では無いだろうが、透子と鳴海の軽い言い合いが始まったことで椿は、まあまあと二人を宥める。

「清香さんも気を使ったのでしょうね。夏目さんが早くビンゴになるようにと思ったのでしょう?」
「はい。そうです。…………え?」

 椿は勢いで鳴海の下の名前を言ってみたのだが、当の本人は下の名前で呼ばれたことに気付き、何故か固まってしまっている。
 もしや下の名前で呼ぶことは許容できないことだったのか、と椿は選択を誤ったのではと恐ろしくなった。
 口を開けたまま椿を見つめる鳴海と心の中が修羅場の椿がしばらく見つめ合っていると、ふいに透子が鳴海の肩を軽く叩く。

「良かったね、清香ちゃん! ずっと朝比奈様と下の名前で呼び合ってみたいって言ってたもんね」
「ちょ、ちょっと透子!」
「夢が叶ったね! 空耳じゃないよ?」

 透子からのフォローに椿の動悸が激しくなる。
 彼女の言っていることが本当ならば、勇気を出して良かったと思うが鳴海からの反応がないので判断が出来ない。

 焦った様子を見せている鳴海から視線を外した透子は、笑顔のまま椿の方を見てきた。

「朝比奈様は清香ちゃんから下の名前で呼ばれるのは嫌ですか?」
「……いいえ。むしろ、下の名前で呼んで欲しいし呼ばれたいと思っております」
「だってさ、清香ちゃん」

 あまりにストレートに聞かれるものだから、椿は思わず思っていることを素直に口にしていた。
 一方、透子から振られた鳴海は「え!?」と驚き、再び固まってしまった。
 椿は、尚も言葉を続けようとしている透子の肩を叩いて止める。
 折角透子がフォローしてくれたのだ、と椿は緊張しながら鳴海に向かって口を開いた。

「鳴海さん。これからは貴女のことを清香さん、とお呼びしてもよろしいかしら?」
「は、はい! もちろんです! 下の名前で呼んで頂いて、とても嬉しいです」
「その言葉を聞いて安心しましたわ。清香さんも、私のことは椿、と呼んで下さると嬉しいです。ぜひ呼んで下さい」
「はい。えーと、では……椿様」

 照れている鳴海とは反対に、椿は笑顔のまま固まる。
 透子は椿が固まった訳を察し、鳴海の肩を揺さぶった。

「き、清香ちゃん。"様"、じゃなくて"さん"で呼んだ方が良いんじゃないかな?」
「さん付けなんて恐れ多い!」
「清香さん、私は"さん"で構いませんわ。大丈夫です」
「いえ、申し訳ないのですが、"さん"だと私が落ち着かないと申しますか……。椿様のお気遣いは嬉しいのですが、どうしても私には無理なのです。分かって下さい」

 あまりにも申し訳なさそうに言われるものだから、椿も透子もそれ以上は言えない。

「……分かりました。無理強いは出来ませんものね。下の名前で呼んで下さった、ということ自体が嬉しいのですから、それ以上を求めるのは間違っておりましたわね」
「申し訳ありません」
「気になさらないで」

 取りあえず、鳴海のことを下の名前で呼ぶという目標は達成出来たのだ。それだけでも椿としては大満足である。
 肩の荷が下りた椿は隣に居る透子へと視線を向ける。

「夏目さん。フォローして頂き、ありがとうございました」
「いえ、もしかしてって思ってお節介やいただけですよ。でも喜んでくれて良かったです」
「……貴女は、本当に性格から何から素晴らしい方ですわね」
「え?」
「褒められたいから、人から良く見られたいから、という理由で人に優しくするのが大半の人間ですもの。見返りを何も求めずに動くことが出来る方は、ほんの一握りしかおりませんわ。だから、私は貴女を凄いと思いますの」
「あ、ありがとうございます。でも、私は朝比奈様が言っているような素晴らしい人ではありませんよ? ちゃんと負の感情もありますし、腹が立つこともある人間ですよ?」
「それをおくびにも出さない、人に気付かせないということが凄いと思いますわ」

 特に声と顔に良く出る椿からしたら、爪の垢を煎じて飲みたいくらいである。

「嬉しいですけど、そこまで評価されると、何だかむず痒いですね」
「少なくとも、私の目にはそう映っております。さて、夏目さん。そろそろ移動されないと本当にビンゴの景品が無くなってしまいますわ」
「あ、もう十四時ですもんね。引き留めてしまってごめんなさい。行こう、清香ちゃん」
「そうね。では、椿様。私達はこれで失礼致します」
「ええ。残りの文化祭を楽しんで頂戴ね」

 和やかに会話を終えた後、鳴海と透子は何やら楽しそうに話し合いながら立ち去って行った。

「椿さん、夏目さんの好感度を上げてどうしたいのよ」
「え? 好感度? 感謝したから、その言葉を伝えただけですわ」
「無自覚なの!?」
「無自覚も何も、私は本心で彼女を素晴らしい方であると思っておりますからね。言葉にするのは当然でしょう?」

 額に片手を置いた杏奈は「これ、誰ルートよ」と呟いている。

「これまでのことから考えて、恭介さんルートなのでは?」
「現時点で水嶋様に対する好感度よりも、椿さんに対する好感度の方が高いと思うけどね」
「そうかしら? そんなことは無いんじゃない? 親愛と愛情は別物でしょう?」
「親愛が邪魔をして愛情に歯止めをかけなければいいけどね」

 椿は二度ほど透子とのイベントを起こしているが、それ以上に恭介も彼女とイベントを起こしているのだ。
 それも割と重要なイベントである。
 だから椿は恭介の相手が透子だと思っているし、彼女が二人の仲を邪魔するとは微塵も思っていない。

「大丈夫でしょう。恭介さんが頑張ると思いますわ」
「まぁ、ゲームじゃないからどう転ぶかなんて分からないわよね」
「そうそう。それに、一枚しか無いビンゴカードがこれで無くなったのですから、エリアに関係なく移動が出来ますわね」
「もう誰も探しに来るわけないものね。まだ見てないところにでも行く?」
「その前にダーツです」

 椿と杏奈は、先程入ろうとしていた教室に入る。
 チャイナドレス姿の人間がダーツをする、というのは中々にシュールな光景であった。

「……食券カード一年分かぁ」
「貰っても困るもの引き当てたわね」
「うーん。夏目さんに差し上げようかしら?」
「景品だって言ったら受け取ってはくれそうよね」

 などと話しつつ、その後もいくつかのクラスの出し物を楽しんだ後で、椿達はカフェテリアで休憩することにした。
 残り時間も少ないということで、カフェテリアに居る生徒は少ない。
 少ないのだが、目立つ人物が椅子に座っていたため、椿は飲み物を受け取った後でそちらに向かって歩いて行く。

「恭介さん。お隣、よろしくて?」
「あ? ああ、椿と八雲か。お前一日中その格好だったのか? とんだお祭り人間だな」
「クラスの出し物の関係で仮装担当でしたのよ! 浮かれた人間みたいに仰るのは止めて下さいませ」
「違うのか?」
「違いますわよ!」

 仕事でなければ体型がハッキリと分かるチャイナドレスを着ようとは椿だって思わない。
 文化祭の出し物という後押しがあるから着たのだ。
 恭介にとんだ勘違いをされてイラッときた椿であったが、机に置かれた蓋の開いた小箱とガラス細工を見て数時間前の美緒と彼のやり取りを思い出す。

「……それ、立花さんから受け取っておりましたわね」
「見てたのか? 朝からずっと付いてきてたんだが、いい加減一人になりたくて、付いてくるなと言ったら押しつけられたんだ。受け取ることで大人しくなるならまぁいいかと」
「そうでしたか」

 と言いつつ、椿は中身であると思われるガラス細工をジッと見つめる。
 小さめのイルカのガラス細工であったが、必死に美緒が恭介に押しつけていたことが気に掛かる。

「見てたから欲しいはず、とか言われたんだが、僕はこのクラスに行ってもないのに……。あいつが何を考えているのかさっぱり分からない」

 すると、恭介の台詞から何かに気付いた杏奈が口を開いた。

「水嶋様、これまでにも立花さん関係で気に掛かることはありましたか?」
「特には……。いや、そういえば、いきなり話し掛けてきては、こっちが何か言葉を返すと上機嫌になって去って行く、ということが何度かあったな」
「例えば?」
「……確か、入学式の後に自分のことが嫌いかどうかと聞かれたんで、別にと答えたら異様に喜んでいたな」

 思い当たる節のあった椿は杏奈の方を見ると、同じことに思い至った彼女と目が合う。
 再度、恭介に美緒の件を聞き、椿は彼女が高等部でのイベントを再現しようとしていることを確信した。
 確信したのだが、恭介から話を聞く限り、彼は明らかに受け身の状態で自ら動いている訳ではなく、イベント自体もポジティブに捉えれば起きていると言えなくもないが微妙な状態である。
 そして今回のガラス細工の件なのだが、高等部一年の文化祭で恭介はクジラのガラス細工を気に入ったのに、プライドが邪魔をして買えずにスルーした後に美緒がこっそりプレゼントしてたイベントを再現しようとしたのでは? と椿は考えた。
 だが、あれはクジラであってイルカではない。
 大体、恭介はガラス細工を見てもいないし、美緒のセリフも押しつけるようなセリフではなかった。
 にも拘わらず、美緒は喜んで椿に向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
 どう好意的に見てもあれはイベントが起きているとは椿には考えられない。そもそも恭介がガラス細工を見てもいないのだからフラグも立っていないのだ。
 ポジティブ過ぎる美緒の考えに椿は脱力する。
 それは杏奈も同じだったようで、彼女も肩を落としていた。

「何だ。どうした?」
「いえ。何でもございませんわ」

 恭介に理由を説明できる訳もなく、椿は言葉を濁すしかない。

 こうして、椿は美緒の考えを知ることになり、高等部一年の文化祭を終えたのである。
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