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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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12

頻繁に水嶋家を訪れる朝比奈の真意を読み取ることが出来ず、百合子は1人ため息を吐いていた。
いくら何でも兄に会いに来るついでと言うには頻繁過ぎるのではないだろうか。
しかしながら、百合子は朝比奈と会話する事自体は嫌ではないのだ。
むしろ彼の来訪を心待ちにしているほどであった。

一時期はあれだけ名家の独身男性が百合子の元を訪れていたのに、今では全く来なくなっていた。
彼らと話していても自慢話ばかりで面白味が無いので、来ないのなら来ないで良かったと言うべきではある。
それに娘の椿に対しての態度も良くなかった。あからさまに邪険にしているのが透けて見えるのだ。
倉橋との事があって、多少は異性を見る目が鍛えられた百合子からすれば、上辺だけのお世辞を言う男を見抜いてしまっていた。
百合子自身はまだ再婚するつもりは無かったのだが、水嶋家の令嬢である以上どこかには嫁がねばならない事は覚悟していた。
だから、せめて椿も含めて自分を大事にしてくれる人が良いと願っていた。

そこに現れたのが朝比奈だ。
彼は百合子に対していつも紳士的であったし、椿に対しても好意的で一緒に遊んでいる姿を見かける事もあった。
また、彼の実直な人柄や百合子の悩みを真剣に聞いてくれた事、それに彼と一緒に居ると穏やかな気持ちになれる事から、百合子は朝比奈に惹かれ始めていた。
同時に百合子はこれ以上朝比奈に深入りするのは良くないとも思っていた。
なぜなら朝比奈には15年近く片思いしている女性が居るからだ。
水嶋からお願いすれば朝比奈と結婚する事は可能である。
だがそうなった場合、倉橋の時と同じ結果になる事は分かりきっていた。
朝比奈は決して百合子を見ない。むしろ権力を駆使して無理やり結婚した百合子を軽蔑するだろう。
それだけはどうしても避けたかった。

そして朝比奈の片思いしていると思われる女性に百合子は心当たりがあった。
彼の幼馴染で兄・春生の妻であった一之瀬理沙こそが朝比奈の片思いの相手なのではないのかと考えていた。
そうであれば朝比奈が水嶋家に訪ねて来る理由にも納得が出来るのだ。
理沙の息子であり、百合子の甥でもある恭介は顔立ちが理沙に良く似ていた。朝比奈は今は亡き想い人の面影を恭介に見ているのではないだろうか。
だから自分の事を口実に、恭介に会いに水嶋家に来ているのだと百合子は予想していた。
そうであれば、百合子に勝ち目など無い。

一方で百合子は安堵もしていた。
朝比奈は自分が死ぬまで彼女を愛し続けていくと言っていた。言い換えれば朝比奈は誰のものにもならないと言う事だ。
その考えが百合子の脳裏を過ぎった瞬間、己の浅はかで醜い感情を自覚し落ち込むことになった。
大事に思うのであれば、相手の幸せを願うべきなのだ。

百合子が自室で1人思い悩んでいると、扉が控えめにノックされた。
どうぞと返事をした百合子は、入って来た使用人から電話が掛かってきている事を伝えられる。

「どなたから?」
「八雲恵美里様からです」

八雲?と一瞬悩んだ百合子であったが、下の名前ですぐに相手が誰かを理解した。
八雲恵美里、旧姓・朝比奈恵美里は朝比奈薫の妹であり、百合子の初等部時代からの友人であった。
結婚した事は知っていたが、当時は自分の事で立て込んでいて碌に話もしていなかったので、八雲に苗字が変わっていた事を百合子はすっかり忘れていたのだ。
百合子は使用人から受話器を受け取り、電話に出た。

「もしもし」
『あ、百合子?お久しぶりね。元気?』
「えぇ元気よ。恵美里さんもお元気かしら」
『元気元気。それよりもおめでとう!』

相変わらず底抜けに明るい友人の声を聞いて、百合子は自然と頬が緩むのを感じた。

「おめでとう?」
『そうよ。あのクズと離婚しておめでとうよ。まだ若いんだから独身生活を謳歌しなさいよ』

まさか離婚しておめでとうと言われるとは百合子は予想していなかった。
それだけ他人は倉橋の人格に問題があると分かっていたと言う事なのだろう。
知らなかったのは自分だけであったのかと、改めて百合子は自分の男を見る目の無さを自覚した。

「そうは言っても水嶋家の人間ですもの。いずれは誰かと再婚せねばならないでしょうね」
『水嶋グループだもの大変よね。そうだ。家の兄なんてどう?最近水嶋家に顔を出してるんでしょ?頼りないかもしれないけど、ちゃんと稼ぐし三男だし、割と好物件だと思うわよ』

全く悪気が無く恵美里はサラッと口にしているが、百合子は何も言えず黙り込んでしまった。

『どうしたのよ?…まさか、あのバカ兄貴が何かしでかしたの!?』
「ち、違うわ!朝比奈様は何もしていないわ!むしろ私の事を心配して下さって…そうよ、あの方は、お優しい方ですもの…」

徐々に声が小さくなる百合子に、もしかしてと女の勘が働き、恵美里は口を開く。

『ねぇ、百合子は薫兄さんの事をどう思ってるの?』

その質問に百合子はどう答えようかと悩む。
朝比奈の妹である恵美里に言えば、上手く仲を取り持ってくれるかもしれない。
だが、相手の幸せを願うと決めたのに、こうもあっさりと手のひらを返していいのだろうかとも思ってしまうのだ。

『薫兄さんの事嫌い?』

押し黙ったままの百合子に再度、恵美里は訊ねる。

「…嫌いでは、ないわ」

本当の事は言っていないが嘘では無い。

『良かった。嫌われてたらどうしようかと思ったわ』
「でも、朝比奈様は他にお慕いしている方が居られるのでしょう?ご本人がそう仰ってたわ」
『えぇ!?』

いきなり電話口で大きな声をあげた恵美里に驚き、百合子は思わず受話器を耳から遠ざけた。
恵美里は大声を出した事を謝罪し、百合子の真意を訊ねる。

『どういう事なの?』
「えっと、私が朝比奈様にお慕いしている方はいらっしゃるか訊ねたら、15年近くお慕いしている方がいらっしゃるとお答えになったのよ」
『……なんて質問をしちゃったのよ』
「ご、ごめんなさい。まさかそんな重い話になるとは思いもしなかったんですもの」

やはり、いけない質問だったのかと恵美里の反応で百合子は察する。

『いえ、別に悪い訳じゃないんだけど…。ところで百合子は薫兄さんの好きな人って誰だと思ってるの?』

恵美里の質問に百合子は心の奥底では否定して欲しいと願いながら重々しく口を開いた。

「…理沙さん、でしょ?」
『…』

電話の向こうで黙ってしまった恵美里の反応で、百合子はやはりそうなのだと絶望した。

『…本当に同情を禁じ得ない』
「恵美里さん?」
『私から話す訳にはいかないけど、薫兄さんの好きな人は理沙さんではない事だけは確かよ』
「え?」
『あーもう!あのバカ兄貴。今度本家に来たらお尻蹴飛ばしてやるんだから』

不穏な事を話している恵美里に百合子は戸惑うが、それよりも朝比奈の好きな人が理沙ではないのであれば誰なのかと言う事の方が重要であった。
だが、恵美里に聞いたところで話してくれないのは先ほどの会話から分かっていた。
百合子は悶々とした思いを抱きながら恵美里からの問いに答えていた。

『仕事が忙しくなければすぐにでも百合子のところに行くのに』
「裁判の準備で忙しいのでしょう?時間はあるのだから私に会いに来るのはいつでも構わないわ」
『まぁ、私の弁護士としての名前を売るのに絶好の裁判だからね。気合も入るわよ』
「医療事故、でしたかしら?あまり無理なさらずに」
『守秘義務で言えないけど色々大変よ。前例が少ないからね』

声の感じからして本当に大変そうだと百合子は感じ、無理をする恵美里の事だから倒れる事態にならないかと心配になる。

「根を詰めるのも結構だけれど、それで体を壊しては元も子もないわ」
『家族のフォローもあるから大丈夫よ。あ、娘が起きたみたいだからそろそろ切るわね。それじゃまた電話するわ』
「えぇ。今日はありがとう。久しぶりに話せて楽しかったわ。それでは、ご機嫌よう」
『ご機嫌よう』

受話器の向こうから幼い女の子の声で恵美里を呼ぶ声が聞こえ、百合子は笑みを浮かべた。
確か椿と同じ年だと聞いているので、自分達のように仲良くなってくれると嬉しいなと百合子は思っていた。
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