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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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昨日12日に「お前みたいなヒロインがいてたまるか!」2巻の発売を無事に迎えることができました。
お手にとってご覧いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。

また、アリアンローズ様の公式HPのお前みたいな~2巻詳細ページにて、HP用に書き下ろしましたSSが公開されておりますので、よろしければご覧下さい。
 恭介と透子のイベントを見た数日後、椿の携帯に恭介から『再来週の土曜日、美術館に行くぞ。夏目も一緒だ』 という簡素なメールが届いた。

 あぁ、再来週に決まったのか、と椿はとりあえず一回は断っておこうと『えー』とだけ書いたメールを送信する。
 すると、すぐに恭介から着信がきた。

「はい、もし」
『僕が夏目と二人で出掛けたのが周囲にバレたら大変だろう。いつもレオと二人にならないようにフォローしてるんだから、お前も協力するべきだ』
「最後まで言わせてよ! 必死すぎでしょ! そこまでして美術館に行きたいわけ!?」
『で、行くのか? 行かないのか?』
「いや、行くけどさ」
『そうか。九時半頃にお前の家に行くから』
「……分かった。それじゃ、美術館まではうちの車で行きましょう」
『何でだ?』

 恭介が透子に興味を持っているという情報が水嶋側に知られるのを少しでも遅らせるためだ。
 いや、伯父の耳に入っても問題はないかもしれないが、そこから使用人伝いにうっかり祖父の耳に入ってしまったら絶対に何かしらの邪魔が入る。
 両思いになる前に邪魔が入ったら、恭介と透子がくっつくのが難しくなるから、椿は避けたいのだ。

「うっかりお祖父様の耳に入ったら後が怖いからよ。ただでさえ、レオンとのことで私、釘を刺されてるんだから」
『そうだったのか?』
「そうよ。相手がグロスクロイツ家だからまだ実行に移してないけど、夏目さんは一般家庭だからね」
『……言われてみればそうだな。じゃあ、椿の家の車で移動することにしよう』
「それでよろしく」


 という恭介との電話の後、あっという間に時間が過ぎ、ついに透子と美術館に行く日がやってきた。
 恭介は予定より三十分も早く朝比奈家へと到着する。

「まだ時間が早いから、時間を潰してもいいか?」

 玄関に入って早々に言われた言葉だが、椿の耳には一切入ってこない。
 理由は彼の服装にある。

「脱げ」
「は?」
「その服を脱げ」
「なんでだよ」
「上品すぎて落ち着かない。どっからどう見ても良家の子息にしか見えない。もうちょいラフな服装にして。目立つ」
「注文が多いな! 別にいいだろ? 良家の子息なのは事実なんだから」
「堅苦しすぎなのよ! もうちょいラフな感じで良いの! 初デートに浮かれた男の服装そのものじゃない!」

 初デート、という言葉に恭介が過剰反応し、顔を真っ赤にしている。
 照れている場合ではないのだ。

「大体、ほぼほぼスーツじゃない。それに身長も高いし、顔も良いから服装もそれだとかなり目立つのよ。もうちょいダサくして目立たないようにして。志信さん。伊達メガネ持ってきて」
「畏まりました」
「僕の意見は無視か」
「今の恭介には発言権などありません」

 すぐに志信がいくつかの伊達メガネを持って戻って来る。
 椿は箱を差しだし、恭介にメガネを選ばせ掛けさせた。

「……ダメだわ。どっからどう見ても勉強の出来るイケメンにしか見えない。メガネでダサくするのは失敗ね」
「最悪、瓶底メガネという選択肢もございますが」
「夏目さんが戸惑うから止めた方がいいわ。突っ込もうか流した方がいいのか悩む夏目さんが目に浮かぶもの」
「左様でございますか……。それでは恭介様、ひとまずジャケットとベストを脱いで頂けますか? 変わりにこちらのニットカーディガンを羽織って下さい。ズボンは後で黒に履き替えて頂いて」
「おぉ! 良いわね。一気にラフになったわ。でも目立つわね」

 今の恭介の見た目はただのシャレオツ男子である。
 椿としては、もう少しダサさが欲しいところだ。

「あ、そうだ。ハイウエストにしたらいいんじゃない?」
「それ絶対にダサくなるやつだろ!」

 お前は何がしたいんだよ! と恭介は機嫌を損ねてしまう。

「恭介の顔が無駄に良いのが悪い」
「褒められてるのか貶されてるのか微妙な言い回しは止めろ」
「褒めてはないわね。とりあえずはラフな格好になったから良いわ」

 あまりに堅苦しい格好だと透子が気後れして自然と会話が減ってしまうかもしれないことを椿は心配していたが、上品なラフさである今の恭介の格好でも大丈夫だろうとそのままの格好で行くことに決めた。

「やだ、もう九時半過ぎてるじゃない」
「お前が人で遊んでる間にな」
「待ち合わせ十時だからそろそろ出ないと。志信さん、車の準備は?」
「すでに玄関前に移動させておりますので、すぐに出発できます」
「よし、じゃあ行こう」

 ことごとく自分の発言をスルーされ続けた恭介は唖然としていたが、椿に無理矢理背中を押されて車へと押し込められる。
 車内では、椿が志信に美術館の情報等を聞いたりしていたが、美術館が近くなってきた辺りで急に恭介の口数が少なくなった。

「何よ恭介、緊張してるの?」
「べ、別に緊張なんてしてない!」

 すぐに拒否した恭介であったが、微妙に声が裏返っていたのを椿は聞き逃さなかった。
 彼女はおもむろに鞄からある容器を取り出して、恭介に見せつける。

「……飴か?」

 怪訝そうな顔をしている恭介を無視しして、椿は口を開く。

「緊張して意中のあの子と上手く喋れない、そこの貴方! もう心配ありません!」
「何を始める気だ」
「タカミネットがお勧めするこちらの商品。その名も『ヨクシャベレール』! こちらの飴を舐めると、あら不思議! 舌が回るようになり、饒舌になるんです!」
「やっぱ飴じゃないか! あとタカミネットってなんだよ! つーかネーミングセンス悪すぎだろ!」
「それでは、実際に体験した人の話を伺ってみましょう。東京都にお住まいの不破志信さんです」

 椿は運転している志信に向かって空気マイクを向ける。

「……この『ヨクシャベレール』のお陰で友人が増えて彼女も出来ました。それに就職も決まり、宝くじにも当たりました。本当に『ヨクシャベレール』には感謝しかありません」
「絶対に事前に打ち合わせしてただろ! たかが飴を舐めただけで宝くじに当たるか! あとそのネーミングは本当になんとかしろ!」
「さあ、そんな『ヨクシャベレール』ですが、今なら特別価格でご提供。なんと無料! 無料ですよ! お客さん」
「この世には、無料より高いものはないっていうことわざがあるのを知らないのか!」

 大きな声を出した後にため息を吐いた恭介はこれ以上ないくらいに呆れている。

「もー。緊張している恭介を和ませようとしただけでしょ」
「どこかだよ! ずっと大声を張り上げてただけだろ!」
「ある意味、『ヨクシャベレール』の効果とも言える」
「舐めてもないのに効果もクソもあるか!」
「お陰で喉が開いたでしょ?」
「どっちかと言うとガラガラになっただけだろ」
「じゃ、これ舐める?」

 椿が『ヨクシャベレール』を恭介に差し出すと、彼は訝しげな表情を浮かべながらも無言でひとつ手に取ると口に放り入れた。
 少しの間舐めた後、恭介は前のめりになり、膝に腕をつき「……のど飴なのが更にむかつく」と呟いた。

 こうして車内でコントを繰り広げている間に車は美術館へと到着する。

「夏目さん、もういらしてるかしら? 待ち合わせ場所は噴水でしたわね。参りましょうか。あぁ、不破。貴方は車で待っていて頂戴。秋月家と立花家の予定は把握しているのでしょう? いざとなれば恭介さんや美術館の警備員がいらっしゃいますから」

 一気に令嬢スイッチを入れた椿を見て、恭介はいつもながら切り替えが早いと感心していた。
 車に志信を待たせて椿と恭介が待ち合わせ場所である噴水へと行くと、噴水の周りに腰掛けている透子を発見する。
 キョロキョロと周囲を窺っている透子はすぐに椿と恭介の姿を見つけると立ち上がり、笑みを浮かべながら「おはようございます!」とこちらに向かって手を振っていた。

「ごきげんよう、夏目さん。お待たせしてしまったかしら?」
「いえ、大丈夫です! 私が待ちきれなくて、勝手に早く来ただけですから」
「まぁ、そうなの? 私も恭介さんも今日を楽しみにしておりましたのよ? ねぇ、恭介さん」

 まだ一言も話していない恭介へと椿はパスを出した。
 彼はボーッとして透子をガン見していたので、彼女に見えないように椿は恭介の脇を小突く。

「……あ、あぁ。期間限定の展示は日本初公開の作品がいくつもあるからな」
「そうなんですよね! 私も楽しみにしてたんです」
「特に、晩年に描かれた作品は深みがあって良い」
「初期の頃の絵も若さが見られて良いですけどね。ところで朝比奈様は好きな画家とかいますか?」

 突然話を振られた椿は「え? 画家?」と驚きの声を上げる。
 ハッキリ言って椿に絵の良し悪しは全く分からない。

「ふぇ、フェルメールとかかしら?」
「あぁ、あの光の描き方は素晴らしいですよね。私も挑戦してみたことがあるんですけど、同じように描いてる筈なのに、何かが違うんですよね」
「残念ながら、次の次の展示がフェルメールのようだな」
「へぇ、何が展示されるんでしょうね」
「そこは美術館次第だろう。まだ日本で公開されていない作品があればいいけど」

 透子が再び恭介との会話に戻ってくれて椿は一安心である。
 中等部三年の時に真珠の耳飾りの少女のモザイクアートを経験しておいて助かった、と椿は心の底からホッとした。

 美術館に入った後も、恭介と透子は専門的な話ばかりで後ろを付いて行っている椿には内容がさっぱり分からない。
 だが、分からないからと聞き流していると、透子や恭介に話を振られることがあるため油断できない。

「……で、椿と笹舟を作って温室の水路から流して競走したんだ」
「それ、どっちが勝ったんですか?」
「確か椿の方だったな。その後、何度もやったけど、勝った回数は悔しいけど椿の方が多かった。最後辺りは僕が勝ってたけど」
「笹舟でも全力を出すなんて、さすが朝比奈様ですね。あと、水嶋様って負けず嫌いなところがあるんですね。そういうのは、あまり興味の無い人だと思ってました」
「そりゃ、誰だって負けたくはないだろ」
「そうですか? 私は勝てたら嬉しいな、って感じなので、負けても特に悔しいとかはないんですけど。……あっ! 朝比奈様は負けるのが嫌いだったりします?」

 透子に笑顔で問われた椿は素っ気なく「人並みですわ」とだけ答える。
 今の椿はおまけだ。付属品だ。
 だから主張してはいけない、と分かっているものの、椿は恭介に頭突きをしたくてたまらない。
 なぜ、椿の話題をわざわざ透子に振るのか。
 もっと他の話もあるだろうに、椿の話をしても透子の好感度は高くならない。
 笑顔で話を合わせてくれているが、内心どう思っているかなんて分からないのだ。
 透子には今日、楽しいと思ってもらい、次も恭介と出掛けたいと思ってもらわなければならないというのに、と椿は思いながら素知らぬ顔をして展示品に目を向ける。

「お前、もうちょっと愛想良くしろよ。会話のキャッチボールくらいしろ」
「み、水嶋様! 朝比奈様は作品を見ていて邪魔されたくないのかもしれませんし」
「……恭介さん、ちょっとこちらにいらしてくださる? ああ、夏目さんはこちらでお待ちになってて?」

 気を使って黙っていた椿に対する恭介の言い種に、彼女は我慢できなくなった。
 椿は物陰に恭介を連れて行き、真正面から思いっきり睨み付ける。

「何、人の話題を出してくれてんのよ。夏目さんが気を使って話を合わせてるだけかもしれないでしょ。学校のこととかを話なさいよ」
「……仕方ないだろ。お前の話を出すと食いつきがいいんだから」
「だからって会話に困ったときに私の話題を出されても困るんだけど。折角人が邪魔しないようにしてるんだから」
「分かった。分かったよ」

 これ以上椿から五月蠅く言われたくないという気持ちが丸わかりの返事であったが、彼女もこれ以上透子を待たせておけないと思い、話を終える。

「あ、お話は終わりました?」
「えぇ、意見の統一を行っておりました。さぁ、参りましょうか」
「え? あ、はい」

 椿は頭に? を浮かべている透子の背中を押して移動を促す。
 その後も、あれだけ注意したのに恭介は椿の話題を時折出しては彼女に睨まれるということを繰り返していた。

 ようやく見終えた頃にはお昼近くになっており、椿は美術館に併設されているカフェか、他の店に食べに行くかを悩んでいると、恭介がポケットから携帯電話を取りだし、「ちょっと出てくる」と言って外に出て行ってしまう。

「電話ですかね?」
「でしょうね」

 と言ったっきり、椿と透子の会話は終わり、沈黙が続く。
 だが、椿はこれはある意味でチャンスなのではないかと思い、恭介が居ない内に透子が本音ではどう思っているのか、迷惑だと思っていないのかを聞いてみようと考えた。

「……夏目さんは、高校生活をどのように過ごしたいと考えていらっしゃるの? 友達を百人作りたいと思っているとか、あまり目立ちたくないとか、卒業できればそれで良いと思ってるとかございますか?」
「高校生活ですか? 友達はもう清香ちゃんが居ますし、百人も作りたいとは思ってないです。目立ちたくないのはありますけど、お金持ちの人が大半だから一般家庭の私が目立つのは仕方ないかなって思ってます。でも、折角鳳峰学園に入学したんですから、楽しみつつ学びたいですね」
「……そうですか。そ、それと、恭介さんが夏目さんに話し掛けているのは、迷惑ではありませんか?」
「迷惑じゃないですよ? むしろ何で私に? って疑問はありますけど」

 取りあえずは透子に迷惑だと思われていないと知り、椿は安心する。

「なぜ、と仰いましたけれど、恭介さんは家庭の事情もあったのですが、幼い頃から水嶋家の御曹司だからとすり寄られることが多くて、軽く人間不信なんですの。それで、夏目さんから親切にされて、それが見返りを求めない下心のない優しさだったので、感動したと申しますか。簡単に申し上げますと、恭介さんは夏目さんとお友達になりたいのだと思います」
「……落とし物拾って届けただけですよ?」
「それだけ、これまで見返りを求められることが多かった、ということですわ。だからこそ恭介さんは嬉しかったのでしょうね」
「普通に親切にしただけなのに……」

 そんなことで? という文字が透子の顔に浮かんでいる。
 一般家庭で育った彼女には、すり寄られるということがピンとこないかもしれない。

「ですので、これからも恭介さんが話し掛けると思いますが、もし迷惑だとか困るとかございましたら私でもよろしいですし、言いにくいのであれば、藤堂千弦さんや杏奈さんにでも仰って下さい。藤堂千弦さんは御存じかしら?」
「あ、はい」
「最後に私の耳に入ることは変わらないのですが、私に言いにくいからと我慢なさってストレスを溜め込むのはよくありませんから。遠慮せずに仰って下さいね」

 透子と恭介にはくっついてもらいたいが、大事なのは彼女の気持ちだ。
 恭介から構われることが困ると透子が思った場合は、椿が彼を止める。
 無理強いしても良いことなどないし、困るという気持ちは椿が一番良く知っているからだ。

「……あの、早速で悪いのですが」
「え!? まさか恭介さん、既に何かしでかしてましたの!?」
「いや、あの、大したことではないんですけど……携帯番号を交換した日から毎日電話が掛かってくるんです。あの……やっぱり勉強したいですし、メールだったら手の空いた時に返せるから良いんですけど、電話だとどうしても手を止めなければならないので。でも楽しそうに話している時に、私から言い出すことも出来なくて」

 あの馬鹿野郎……! 

「電話が迷惑だとかじゃないんです! だけど、ちょっと頻度が……。それに電話代も心配ですし」
「分かります! 分かりますわ夏目さん!」

 ガシッと椿は透子の手を握る。

「あああ朝比奈様! 手が! 手が!」
「毎日の電話、お困りでしょう。相手の電話代が気になるお気持ちは良く分かります! えぇ。大丈夫です。安心して下さい。恭介さんの二つ折りの携帯電話を逆パカしてやりますから大丈夫ですわ!」
「それ全然大丈夫じゃないです! 無茶しないで下さい!」
「遠慮なさることはございません。私にお任せ下さい」

 椿はグッと拳を握る。
 反対に透子は物凄く焦っている。
 と、そこへ電話を終えた恭介が戻ってきて、透子の手を握っている椿を見て顔を顰める。

「……お前は何をしてるんだ」
「夏目さんとお話しておりました」

 椿の言葉を恭介は信用していないのか、疑いの目で見てくる。

「あの、本当に朝比奈様と話していただけなんです」
「……そうか」

 やはり透子の言葉には素直に耳を傾けるようで、あっさりと恭介は納得する。

「それで、家に戻ってこいとかの電話でしたの?」
「いや、大したことじゃない」
「そう。では、昼食はどうします? 併設されているカフェはここから拝見する限り混んでおりますし、外に出た方がよろしいかと思いますが」
「そうだな。夏目、何か食べたいものはあるか?」
「え? そうですね。うーん……特にありません。何でもいいです」
「そんなことを仰るとゲテモノ料理になりますわよ?」

 すぐさま透子がとんでもなく驚いた表情を浮かべながら、椿の方を見てくる。

「ゲ、ゲテモノ!?」
「落ち着け夏目。椿の嘘だ。冗談だ」

 即座に椿は携帯電話を取りだし志信に電話を掛ける。

「不破、ゲテモノ料理のお店を探して頂戴」

 スピーカーにしていたお蔭で志信の『畏まりました』という声が周囲に響く。

「本気ですよ! 朝比奈様、本気ですよ!」
「椿! イタリアンかフレンチにしよう!」
「水嶋様! 私、正式なマナーが分かりません!」
「じゃあ、何でも良いから食べたい物を口にするんだ!」

 透子はブツブツと「何か……何か……」と言いながら忙しく目を動かしているが、すぐに食べたいものが思い付いたのか、彼女は勢いよく手を上げた。

「朝比奈様! 私、カツ丼が食べたいです!」
「カツ丼ですか? では、そうしましょう。不破、お店を探して頂戴」

 すぐに志信の『畏まりました』という声が聞こえてきた。
 途端に恭介と透子は安堵の表情を浮かべる。

 昼食のためにカツ丼のお店に移動した一行は美術館でのことや学校の話などをして、昼食後に解散となり、透子の家まで車で送り届ける。
 水嶋家まで恭介を送り届ける途中で公園に寄って貰い、二人でベンチに座って電話の件を彼に聞いてみた。

「恭介、あんた毎日夏目さんに電話してるんだってね」
「な! なんでそれを知ってるんだよ!」
「別に、携帯番号とメアドを交換したって聞いたから、カマをかけてみただけだけど?」

 夏目から聞いたと言ったらしこりが残るかと思い、椿はそこは隠しておいた。
 恭介は上手く騙されたと知り、ムッとしている。

「あのね、夏目さんも暇じゃないのよ。毎日電話してたら他のことが出来ないでしょう? 相手にストレスを与えてたらどうするのよ」
「……ストレスになってるのか!?」

 恭介はその考えに本当に思い至らなかったようだ。

「一度、夏目さんと話して曜日と時間を決めたら? 彼女だって暇じゃないんだろうし。それかメールだけにするとか」

 神妙な顔をした恭介は「分かった」とだけ答えて押し黙ってしまう。
 相手の迷惑を考えていなかったことを知りショックを受けていると思い、椿も特に喋り掛けるようなことはしない。
 黙ったままの恭介を連れて車に戻り、水嶋家で彼を降ろしたが、どこか気落ちした様子だったため、少し言い過ぎたかなぁと椿は、罪悪感を覚えた。

 椿だけが色々と疲れた一日ではあったが、電話の件はともかくとして恭介と透子の距離は縮んだ気がする。
 こうして奇妙な三人でのお出掛けが終わったのだった。
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