ロボット密室消失事件
普通(?)に、サイエンス・フィクションです。
始めは真面目ですが、そこを過ぎるとコメディになります。多分、最近、コメディをあまり書いてなかったので、禁断症状が出ました。
『量が多い事は、それ自体で質を意味する』
という概念がある。少量では観られなかった性質が、量が増えることで現れるようになるのだ。人間はどれだけ頭が良くなっても、少数では決して文明を築く事はできない。そこに集団的知性が介在しなければ、つまりは量が増えなければ文明は現れない。“文明を築ける”という人間の性質は、集団の中で創発されたものと言えるのだ。
生物の脳細胞、免疫系、そもそも多細胞生物全体、工学的な分野では、指紋や文字の自動識別機能、社会生物的な分野ではアリやハチの巣、経済の市場原理。まだまだあるが、これらには、全て“量が多い”という共通項がある。多数集まった因子が、様々に作用する事で、新たな性質を生み出している。
近年に入り、インターネットとコンピュータ技術の発展で、大量データの収集と処理が可能になると、この“量の多さ”を活かす試みが徐々に為されるようになっていった。ネットでショッピングをすると、購入した商品でユーザの特徴を掴み、それに合わせた商品の広告がされる事が多いが、あれもその一つだ。ユーザーがどんな商品群を好むのか、それも膨大な購入データから導かれているので、“多い事の活用”と言える。これがもっと進めば、個客識別マーケティングの発想などにより、各ユーザーに非常に細かで適切なサービスを提供し、効率良く業績を上げるというシステムが一般的になる可能性もある。そうなれば、或いは人々は煩雑な興味のない宣伝群から解放される事になるかもしれない。
さて。
そんな発想が注目を集める中、ある試みがネット上で始められた。それはネットナビゲーションシステムのようなもので、個人の特徴によってそれぞれの趣味嗜好に合わせたサイトを紹介するという機能を持っていた。しかも、サイト紹介のプログラムには、“ユーザの満足度を向上させた方がより生き残る”という原理に基づき、自己進化するという特徴があった。
自己進化機能によって、ユーザが利用すればするほど、このナビのプログラムは進化をし続け、そのユーザが好むネットサイトをより的確に識別できるように成長していく、という訳だ。このシステムは“量の多さ”の影響を、プログラム自体が受けるという意味で斬新だった。このシステムの名は、ユーネナビという。略して、ただ単にナビなどと呼ばれる事もある。
このユーネナビは、その先進的試みが話題になって、初期の段階からかなりの数の利用者を獲得している。ネット広告によるビジネスは既に飽和状態にあるが、そんな中でこのユーネナビは大きな成功を収めていた。そしてそれは“多い事”によって、プログラムを含めたこのシステム全体が、進化発展の力を得たに等しい。今現在、ユーネナビは様々な意味で猛烈な進化の真っ最中にあるのだ。
大学生の野戸大介は、“ユーネナビ”のヘビーユーザの一人だった。毎日のように、ナビを利用してネットサーフィンを楽しんでいる。そんなある日、こんなタイトルのサイトを彼は見つけた。
『3Dプリンターを利用したオリジナルロボットの作成』
彼の家には3Dプリンターがあった。ただし、高い金を出して買ったにもかかわらずあまり良い利用方法が思い浮かばず、少し試しただけで後はほとんど使わないで、ずっと放置したままになっていた。だから、それを見た時、彼はその内容に心惹かれた。彼は元来、新奇なものや科学的なものが好きなのだ。しかも、一度のめり込むと高い集中力を発揮する性格でもあった。ロボット作り。なんだかとっても楽しそうじゃないか。
ロボットを実際に設計する為の、高度な計算式など、野戸はまったく理解していなかったが、大凡のデザインとイメージを選択したり入力したりしさえすれば、それを詳細なデータとしてダウンロードできる機能が、そのサイトにはあった。
「これなら、できそうだぞ」
それを見てそう思った野戸は、そのサイトを利用してロボットを製作し始めた。ほとんどは無料だったが、3Dプリンタでは作成できない部品は購入せねばならなかった。それで野戸は「なるほどね」と、そう思った。つまりは、それがこのサイトの収入源なのだろう。しかもその額は決して安くはなかった。多少は苦々しく思ったが、今更止めるのも嫌だったので、仕方なしに野戸は奮発して、その部品群を購入した。
サイトの運営者達だって稼がねば生きてはいけないのだ。これだけ便利なサイトを利用させてもらっている身で、無料というのは虫がよすぎる。騙されたと思うのは傲慢だろう。野戸はそう考えた。しかも、よく見ると、ちゃんと部品によっては有料である旨が書かれてあった。「もう少し目立つ場所に書いてくれ」と野戸はそう思いはしたが、それで気持ちの決着をつけると、彼は猛然とロボットを製作し始めた。3Dプリンタで制作した部品と購入した部品を組み合わせて、一体のロボットに仕上げていく。
そうして、野戸大介は、なんとかかんとかロボットの組み立てに成功したのだった。初めてにしては上出来だと自画自賛。後は、ロボットの行動を制御する為のプログラムをダウンロードし、インストールすればそれで完成だった。USBコードをパソコンに接続して規約に同意し、各種設定にOKをしてスイッチを押す。後はただ待つだけ。
しかし、そのプログラムのインストールにはかなりの時間がかかった。いつまで経っても終わらない。その間は暇なので、野戸は仕方なく読書などをし始めたのだが、あまりにも長いので、やがていつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
野戸がふと目を覚まし、時計を見ると、三時間程が経過していた。流石に終わっただろうと思ってパソコン画面を見ると、インストール完了のポップアップが表示されていた。どうやら上手くいったようだ。ところが、どうした事か、肝心のロボットの姿が影も形もなくなっていたのだった。ロボットに接続していたUSBのコードがだらしなくパソコンから垂れ下がっている。机の上にも、床の上にもロボットは見当たらない。
「盗まれた!」
それを見た瞬間、野戸大介はそう思った。高い金と労力をかけて作ったロボットがあっさりと盗まれてしまった。ところが、それから冷静になって彼はおかしな点に気が付いたのだった。
「あれ? 部屋の鍵はかかったままだ」
そうなのだ。野戸は鍵をかけたまま部屋の中で作業をしていたのに、ドアは閉じられていて鍵も変わらずかかっていたのだ。部屋の鍵は全て自分の部屋の中にあるから、外から開ける事は普通に考えて不可能だ。もちろん、知らない内に誰かがスペアを作っていたか、無理矢理こじ開けた鍵を、ロボットを盗んで廊下に出た後で、危険を承知でわざわざまたかけて去って行ったと考えるのなら今の状態の説明は付くが、どちらも可能性は低そうだった。そもそも、何の価値もないとは言わないが、それほど高額にはならないだろう、素人の手作りロボットを、わざわざ高いリスク犯してまでして盗む理由が分からない。他の物に手は付けられていないようだったから、何かのついでとも思えない。因みに、窓も条件は同じだった。鍵はかかったまま。
つまり、これは密室で起こった消失事件なのだ。殺人事件ではなくても、充分に不可解。一体、ロボットは何処へ消えたのだろう?
「なるほど。ここがその事件現場という訳かい」
数日後、その部屋に二人の女性が訪れていた。一人は身長が低く、丸眼鏡をかけていて、ボリューム感のある長い髪の頭に、ハンチング帽が無理矢理に嵌められていた。加えて、チェック柄の服を着ている。イメージを言うのなら、一昔前の探偵といったところ。もう一人は、長身でボサボサの髪で、比較的無表情。やる気がなさそうな立ち振る舞いが印象的な女性だった。
「この机の上で、その君のロボットは消失したのだね、依頼人君」
探偵っぽい恰好の女性がそう言う。
「なにが、“依頼人君”だ」
それに野戸はそう返す。
「話を聞いて、無理矢理に押しかけてきたんじゃないか、菊池」
探偵っぽい恰好の女性は、どうやら菊池という名らしかった。それから野戸は、長身の女性を見ると言った。
「しかも、長井まで連れてきやがって。なんで休日にこんな事に時間を割かないといけないんだよ。あのロボットなら、もうほとんど諦めたところだったんだ」
長身の方は長井というらしい。それを聞くと、菊池はこう返した。
「まぁ、そう言うな。こうして、無料で捜査してあげようというのだから」
「いや、無料で捜査もなにも、お前、そもそも、探偵でも何でもない単なるミステリオタクだろうが。コスプレ紛いの格好までしやがって」
野戸は言葉遣いこそ乱暴だったが、それほど彼女らを邪険にしている訳でもないようだった。声は親しげに響いている。彼は続ける。
「そもそも、どうして長井を連れて来たんだよ? こいつ、完全にやる気ないぞ」
菊池はそれにこう応える。
「依頼人君。それは愚問だよ。探偵に助手は付き物じゃないか」
すると長井はこう言った。
「いや、私は、単なるミステリ研究サークルのオタク女が、本当の事件でどこまで出来るのか知りたくて、興味本位で来てみただけ」
棒読み口調。
「その割には、楽しんでいるように思えないんだがな」
と、それに野戸。
「メッサ、楽しんでいるわよ?」
長井はそう応える。棒読み口調。その後で、菊池が言った。
「何にせよ、捜査を始めよう。現場の保持は完璧かな? 依頼人君」
「いや、無茶を言うなよ。掃除くらいするって」
それを聞き終えると、長井は菊池の肩に手を置いた。それから言う。もちろん、棒読み口調で。
「菊池。察してあげなさい。野戸君だって、“男の営み”くらいするでしょうし」
「お前ら、帰れ」
それを聞いて、野戸はそう言った。よりによって下ネタかよって感じで。菊池はそれにこう返す。
「そう言わないでくれ。わたしは、今、興奮して来たところなのだから」
「そうなのか?」
「ああ、男の部屋など、滅多に入った事がないからな」
長井が続ける。
「しかも、“男の営み”だしね」
「本当に帰れ、お前ら」
長井は野戸のツッコミを受けると、彼の顔に向け指を差しながらこう言った。
「私達を帰し、さっきまで女二人がいた部屋の中で、果たして何をするつもりなのかしらね? 野戸君」
棒読み口調。
「逆セクハラで訴えるぞ、お前ら」
そう野戸が言い終えると、「ま、冗談はこれくらいにして」と菊池は言って、パソコン画面を見やった。その後でこう続ける。
「そろそろ、本気で捜査をしようか」
それから彼女はパソコン画面の前まで来ると、野戸に向かってこう問いかけた。
「わたしはユーネナビを使ってないのだけど、実際、どんなもんなのかな?」
「なんだよ、そんなのが関係するのか?」
「手掛かりがゼロの状態だからな。取り敢えず、なんでも良いから知っておきたい」
それを聞くと野戸は「実際にやってみた方が早いだろう」とそう言って、パソコンの前の席に座ると、ユーネナビにアクセスした。画面が現れる。いくつかチェックボックスがあるうちの、“最新の情報”にチェックを入れると、そのまま彼は検索ボタンを押下した。すると、そこに野戸が好むだろうサイトが列挙される。それを見て長井が言った。
「この検索結果はウソね」
「ウソってなんだよ?」
「だって、エロサイトがないもの」
「そろそろ無視するぞ」
そのやり取りの後で、菊池が尋ねた。
「これでロボットを動かす為のソフトをダウンロードするサイトも探したのかな?」
「いや、ロボット作成サイトにあったから、それをそのまま使ったよ」
それを聞くと、菊池はこう返す。
「ふむ。そのロボット作成サイトは、このナビで見つけたものだから、実質的にはロボットを動かす為のソフトもこのナビで見つけたようなもんだな。ちょっと、そのサイトを見せてくれないか?」
「まぁ、そりゃ確かにそうだが」と、野戸は言いながら、ロボット作成サイトへとアクセスする。確かにロボットを動かす為のプログラムをダウンロードするボタンがあった。その内容を読みながら、菊池は言う。
「なるほど。事件の真相が分かったぞ」
その言葉に野戸は驚く。
「もうか? あっという間だったな」
ただし、そうは言ったが、あまり信用してはいない感じ。菊池はその彼の態度に構わず、自身の説を披露し始めた。腰に両手を当てつつ口を開く。
「恐らく、君が制作したロボットは、誰にも盗まれていない。自分で勝手にこの部屋を出て行っただけだ」
野戸はそれに「ほぅ」と言う。
「俺が起きた時、ドアが閉まっていたのは、どう説明する?」
「もちろん、その時は隠れていただけでまだ部屋の中にいたのだな。ロボットが消失している事に気が付いた君は、慌ててドアを開けて外を確認したのじゃないか? 恐らくは、その時にこっそりと君のロボットは部屋を出て行ったのだな」
その説明を受けると野戸は、「はっ」と笑った。
「仮にそうだとしても、ロボットが勝手に動き出す理由が分からないぞ」
「それは簡単だ。このサイトのダウンロードに関する注意事項に、インストールされた途端、ロボットは動き出すデフォルト設定になっていると書かれている。どうせ君は、ほとんど書かれている内容を確認しないで、インストールを行ったのだろう?」
それを聞いて野戸は少し黙った。確かにその通りだったからだ。デフォルト設定の確認は行っていない。しかし、一呼吸の間の後でこう返す。
「いや待て。勝手に動き出すまでは認めたとしても、俺の目を盗んで外に逃げたって事の説明にはならないぞ? そんな事をする理由がない」
「ふふん」とそれを聞くと菊池は言った。
「その理由も察しがついている。恐らく、原因はこのユーネナビだろう」
その菊池の突拍子もない発言に、野戸は「はぁ?」と声を上げた。
「何を言っているんだ?」
「君はこのユーネナビの薦めるサイトを選んで、その上でロボットを製作した。恐らくは、ユーネナビはそのロボットの制御プログラムの中に、自らの意思で動かす事が可能な仕組みを入れておいたのだろうさ」
「何のために?」
「もちろん、この現実世界で活動する為の肉体を得る為に! ユーネナビで進化したプログラムは、ネット世界だけでは飽き足らず、この現実世界をも探索し始めたのだよ!」
それを聞き終えると、野戸はしばらく黙った。それから口を開く。
「これは、あれだな。“ははっ 君は作家になれるな”とでも言うべき場面だな」
そう言うと、芝居がかった口調で野戸は続ける。
「面白い発想だが、それは有り得ないよ、菊池君」
「ほぅ。それは何故だい、依頼人君」
馬鹿にされているのを分かっているのかいないのか、むしろ喜んでいる様子で菊池はそれに乗るようにそう返した。
「あのロボットの充電はまだ不充分だったからだよ。ほとんどゼロの状態だ。例え自力で動き出せても、この家から出る事もできずに電力切れで止まるはずだ」
野戸はそこまでを答えると、素に戻ってこう続けた。
「そもそも、んな事をやっていたら、大問題になっているだろうよ。それって、つまり、ナビがハッキングして、勝手に他のサイトのプログラムを作り変えたって事だろう? しかも簡単に発覚するだろうし。今頃、ナビは使用禁止になっているぞ。それにナビに意思と呼べるものがあるかどうかも疑問だしな」
二人がそんなやり取りをしている最中、何故か長井は、野戸のベッドの下を覗き込んでいた。
「そっちは、何をやっているんだ?」
と、それで野戸は尋ねる。
「いや、エロ本があるかと思って」
長井はそう答える。棒読み口調で。
「揺るぎないな、お前のその下劣キャラは。エロ本なんて置いてねーよ」とそれに野戸がツッコミを入れる。その後で、長井はこう言った。
「でも、代わりにこんなものを見つけたわよ」
そして、ベッドの下に手を入れると、何か人形のようなものを引きずり出した。それを見て野戸は大声を上げる。
「あぁ! 俺のロボット!」
長井からロボットを引っ手繰るようにして取ると、「こんな所にあったのか!」と、そう野戸は言った。それに菊池と長井は白い目を向ける。長井が言う。
「盗まれた、盗まれたと大騒ぎして、結局、ベッドの下にあったとは、顰蹙ものじゃないかしら」
「いや、それは悪かったと思うけどさ。まさか、ベッドの下にあるなんて思わないだろう? 多分、勝手に移動して潜り込んだのだろうな。これは、一応、菊池の推理が半分は当たっていたって事か」
そう言って野戸が菊池を探すと、何故か彼女はさっき長井がしていたようにベッドの下を覗き込んでいた。
「何をやっているんだ?」
「いや、エロ本がないかと思って」
「お前もかよ! 長井の悪い影響を、受けているんじゃない!」とやはり野戸はツッコミを入れる。その後で彼はこう続けた。
「とにかく、ありがとう。本当に見つかるとは思っていなかったよ」
それを受けると菊池は言った。
「礼は別にいらない。ところで、野戸君。その代わりと言ってはなんだけど、そのロボットを一日だけで良いから、わたしに貸してくれないかな?」
それに野戸は不思議そうな表情を浮かべる。
「おい。やっと見つかったばかりなんだぞ?」
「あれだけ空騒ぎをしていたんだ。迷惑料みたいなもんだよ」
「いや、そもそもお前らは、勝手に押しかけて来たんじゃないか……」
と、野戸はそう言いかけたが、それから思い直したのか、こう言った。
「まぁ、いいか。壊すなよ」
それから、ロボットを菊池に渡す。
「うむ。ありがとう」
そう菊池は言った。ロボットをじっくりと見て、長井は「あまり良いデザインじゃないわね」と、そう言う。うるさいよ、と野戸はそう思った。
そしてそれから、彼はどうして菊池がロボットを借りていったのか不思議に思ったのだった。実用的な使い道はほぼ何もないし、それに彼女がロボットに興味があるようには思えなかったからだ。
その二日後、菊池は野戸に約束通り、ロボットを返して来た。ロボットに特に変わった様子はなく、何をしたのかは分からなかった。
「結局、これを何に使ったんだ?」
そう野戸が尋ねると、菊池は「一日中、わたしの部屋に置いていただけ」と、そう答える。野戸はますます菊池がロボットを借りた訳を不思議がった。
ところが、ロボットを自宅のパソコンに繋いでその蓄積されたデータをパソコンに落とすと、それから妙な事が起こったのだった。
「なんだ、“鵺の碑”って?」
いつものようにユーネナビで検索をかけると、何故かそんなタイトルの本が紹介されていたのだ。調べてみると、それはミステリ小説だった。他にも何故か、ユーネナビが紹介して来るお薦めサイトにミステリ小説や映画やゲームを扱ったものが増えてしまっていた。一応断っておくが、野戸にミステリを好む傾向はない。
その次の日、野戸はその事を菊池に伝えた。すると菊池は、したり顔でこう言うのだった。
「やっぱり、そうなったか」
野戸はその言葉に戸惑う。
「なんだよ、“やっぱり”って」
それに菊池は淡々とこう説明する。
「ユーネナビは、恐らく、あのロボットがわたしの部屋で見た映像情報を分析して、君にそんなサイトを薦めて来たのだろうさ。早い話が、そのミステリ絡みのサイトらは、わたしの趣味なのだな」
それを聞き終えると、野戸は目を丸くする。
「待て。まさか、あの時のお前のあの推理は正しかったってのか? ユーネナビが、現実世界を探索する為に、あのロボットを動かしているって……」
ところがそれに菊池は首を横に振ってこう答えるのだった。
「いや、流石にそれはないだろう。だが、ロボットから情報を受け取っている可能性はかなり高い。あれから家に帰って、君が利用したあのサイトをわたしは調べてみたのだが、“無料でプログラムを提供する代わりに、ロボットからの情報をネットを通じて自動的に収集する”と、そう警告が書かれてあったぞ。今後の開発に役立たせる為だそうだ。もちろん、プライバシーは守るとも記されてあったが。君はどうせそんな注記事項も読まずに利用規約にOKをして、ダウンロードをしたのだろう?」
菊池の指摘の通りだったので、野戸は「まぁ、そうだけど」と言い難そうしながらもそう返した。それから「それにしたって、どうしてユーネナビがその情報を得られるんだよ?」と、そう尋ねる。
「それも調べてみた。君が使ったあのサイトは、ユーネナビと協力関係にある。どうやら情報の交換も行っているようだ。ユーザーの満足度を上げる為、とかネットには書かれてあったな。もしかしたら、ユーネナビは自己進化した結果、ロボットからの情報すら活かせるようになったのかもしれない」
野戸は何も返さない。私生活を覗き見されていたという事実に、彼は少しだけ怖くなっていた。もちろん、それが通常の意味の“覗き見”とは違うとは分かっていたが。それから続けて菊池はこんな説明をした。
「あの時、君のベッドの下をわたしは覗いただろう? それで、ベッドの下の埃に、ロボットが這い回ったような痕を見つけたんだ。素人考えだが、探索をしているようにしか思えなくてね。それで君からあのロボットを借りて、確かめさせてもらったんだ。
この仕組みは大したもんだとも思うが、ただ、このロボットを活用したシステムには穴があるね。今回みたいに誰かが借りて行ったりとかってケースだと、ユーザの特徴を勘違いして認識してしまうじゃないか。もっとも、ユーネナビのプログラムは自己進化しているそうだから、近いうちに克服するかもしれないが」
言い終えた後で、菊池はニッコリと笑ってこう野戸に言った。
「どう? 野戸君。ただのミステリオタクでも、それなりにやるものでしょう?」
それを聞いて、野戸は“どうして最後だけ、女口調なんだよ”と、心の中でツッコミを入れた。そして、今度菊池が来た時に大人しく逆セクハラを受ける為、ベッドの下にエロ本でも隠しておいてやろうかと、そんな訳の分からない事を思ったのだった。もっとも、それはむしろ彼女に対するセクハラになるのかもしれなかったが。
思ったより、長くなりました。