chapter 8
家に帰ると即座にベッドに駆け寄り、目覚し時計の前に座った。
なぜ私が音ごときにびくつかなければならないんだ?今日の彼は自問の連続である。
たかが目覚まし時計の音になんでこうも神経が過敏になるのだろう。よく考えてみれば、朝、この目覚まし時計の音で起きたところからすでに気分が悪い。とても驚かされたように心臓が強く打ち始めやがる。確かにこれくらいの衝撃を受ける音でなければ起きることができない、ということはわかる。そりゃ目も覚めるだろう。だからと言って動悸がするほど驚くこともなかろう。つまりはこの音が原因だということなのか。今日めまいがしたのも最近体調が悪いのもこの音のせいなのだ。私にとってとてつもなくいやな、強烈に不愉快な音なのだ。
しかしチャーリーは目覚まし時計を買い換える訳にはいかなかった。気分が悪くなろうが、めまいがしようが、クビになるよりはマシなのである。もう二度と遅刻をしたくなかったのだ。だが彼にとって目覚し時計の音はただ不愉快なだけだったのだろうか。彼は今日起こった出来事をそれ以上思い出そうとはしなかった。あのとき自分がどんな気持ちになったか考えようとしなかった。
不愉快な音。
彼はそう結論づけた。そして本質の部分を黙殺し、自分に嘘をつこうとしていた。
それからというもの、チャーリーはだんだんと音に対する感覚が鋭敏になっていった。日常生活におけるあらゆる音を意識し、何の音であるかを考えるようになった。ちょっとでも聞き慣れない音を耳にすると、たまらず調べに行くのであった。会社でも、音の出所を確認するために、たびたび顔を持ち上げる彼の姿が目立つようになった。当然仕事は手につかず、仕事のペースは半減した。ウィルズはそんなチャーリーを見てこう思うのだった。彼にはもともと社会的適応性がなかったのだ、と。規律を守るとか与えられた仕事をこなすとかの能力がかけているのだ。ウィルズだけでなく、同じオフィスにいた誰もが彼のオドオドした社会人らしからぬ姿に不信感を感じていた。長い耳をぴんと立て、エサを食べる口を動かしては止め動かしては止めて慎重に天敵の近づく音を聞き逃すまいとする臆病者の兎を連想させた。つい最近までの彼の自信に満ちあふれていた姿は影も形もなくなっていた。
自分はおかしくなり始めている。ふとそんな考えが頭をよぎる。まさか私は目覚まし時計の音が…。彼はその考えを首を振ることによって掻き消した。
|