二十六年ぶりの聖夜PDFで表示縦書き表示RDF


出来るだけ気をつけたのですが、急いで書いたので、誤字脱字があるかもしれません。
クリスマスまでに投稿できてよかったです。
二十六年ぶりの聖夜
作:パンクドラえもん


 やはり、来るんじゃなかったかなーー。何が何でも行かない、と断れば良かった。
 田舎すぎる故郷の道を、つい二ヶ月前に購入した新車で走っているうちに、圭太は激しい後悔と自己嫌悪に苛まれていった。これからのことを思うと、胃は余計むかむかしてくる。
 そのせいか、子どもの頃の自分とは正反対の性格な、明るくて素直な一人息子誓夜にはいつも甘かったのに、今は嫌悪感を湧いている。「うるさいなあ、気が散るから黙ってろよ、誓夜」
 ミラーに映る誓夜に、圭太は嫌悪感を露わにして舌を打つ。
「子どもに当たるのはやめてくれない?」
 核心を突かれ腹が立った圭太だが、ミラー越しに睨んでくる妻の裕美とは、決して目を合わせようとしない。
「八つ当たりなんてしてないだろ、うるさいんだよ。おまえもいつも、うるさいって言ってただろ」
「いつもあなたは、はしゃぐ誓夜には怒らないのに?」 次から次へと返してくる裕美に、圭太は苛々と目を向ける。
「いつもよりうるさいんだよ」
「いい加減にして。お義父さんに、そんなに会いたくないわけ?」
 知的で勘が鋭く、何事もそつなくこなす上出来の妻だが、すぐに自分の意表をついてくるところに、圭太は苛つくことが多かった。
「あの人は関係無いんだよ、今は誓夜の話をしているんだ」
「でも、元を辿ればお義父さんにいくんでしょ? 違う?」 ーーそうだ。確かに、会いたくない。二度と、会わないと、家を出るときに誓ったのだ。
 でもーー
「おまえにはわからないんだ」
 わからないんだ、裕美には。両親が千葉で二人で暮らしている、裕美には。
 裕美もそれに気づいたのか、直ぐに口を噤み、目を反らした。



 久しぶりに、本当に久しぶりに見た父は、昔の骨付きの良い体からは想像できないくらい痩せ、頭には黒より白のほうが多く見えた。 十八年ぶりーー、圭太の人生の半分ぶりの再会とは思えないくらいの適当な挨拶を済ませ、懐かしい、こじんまりとした居間へ足を運んだ。
 懐かしいと思っていることを気づかれぬよう、じろじろ周りを見ないようにしていたが、それでも、見えてしまう、クリスマスツリーは。
「ツリーだ! すごいっ、白いツリー!」
 そして余計なことに、小学四年の一人息子、誓夜まで見つけ、叫ぶ。
「本当、白くてきれいなツリーですね」
 沈黙に堪えられなくなった裕美も、嬉しそうにツリーに目を向ける。
「いいなあ、ホラ、パパ、白いのはきれいでしょ? だから僕は白が良かったのに」
 誓夜のはしゃぎ声に、圭太は彼の口を塞ぎたくなった。
 去年の十一月、ツリーを買いに行った日だった。白いのが良いと言った誓夜に、緑にしなさい、と珍しく強い口調で言ったのだ。白の、ツリーは絶対にダメだ、と。
「緑も、きれいじゃろ」
 父が取りなすように、淋しげに笑った。
「そっかな、僕は、白のがきれいだと思うけど」
 白のが、きれいーー、白のが、良いーー。
 覚えている。今から約三十年前、圭太は言ったのだ。白のが、ホワイトクリスマスみたいで、きれいでしょ? と舌足らずな口で言うと、父と…、母は、呆れながら笑い、買ってくれたのだ。
 その四年後のクリスマスに、母は事故で亡くなった。白いクリスマスツリーが、赤黒く染まったようだった。
 緑にしておけば良かった、と二十六年前の圭太は泣いた。


 圭太は沈黙に圧されそうになり、否、これ以上父と居るとどうかなってしまいそうで、父と遊んでいる誓夜を置いて、昼食を作っている妻の手伝いに、台所へ行った。
「あら、お義父さんは?」
「誓夜と遊んでいるよ」
 今日は父に合わせ、和食らしい。裕美が珍しく魚を煮ている。
「もうできるから、手伝わなくたって良いのに」
「いいんだよ、暇なんだから」
「お義父さんと話してればいいじゃない」
 裕美の意味深な言葉に、圭太は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 大根の切り方が、粗くなるのがわかる。
「言っておくけど」
 裕美は圭太の切る大根を一瞥し、溜め息を吐く。
「私と誓夜、昼、食べたら出掛けるから」
 圭太はその言葉に息を呑んだ。
「はあ? どういうことだよ」
「実は、ここへ来る前に誓夜と約束したの。田舎見学ついでに、雪だるまを作りに行くって」
「ちょ、おい、どういうことだよ、てことは…」
「そういうわけだから、悪いけどお義父さんと留守番していてね。夕方までに帰ってくるから」
 そういうと裕美はさっさと昼食を運んで行く。
「おい、待てよ…」
 すがりつくその言葉は、誰も受け止めてくれず、情けなく宙を舞う。



 昼の、慣れない和食を食べ終わると、裕美はいそいそと誓夜を捕まえ、父に挨拶をする。恨めしそうに睨む圭太を交わし、引き戸を音を立てて開け、和風の家を出ていく。
 裕美の策略をわかるから、余計に腹が立つ。
 やっぱり、来るんじゃなかったな…。
溜め息を吐いたそのとき、居間から顔を出した父に声をかけられた。
「いつまで突っ立ってるんじゃ、居間、こんか」



 ーーすがるなよ。
 差し出された薄いお茶をちびちびとしながら、圭太は年老いた父を、上から視線で睨んだ。
 帰ってきたのは、裕美に強く言われたからだ。本当は、こんな田舎にーー、こんな季節に帰って来たくなかったんだ。
「誓夜には何をやるんだ?」
「え?」
 あまりにも急な質問に、圭太はお茶を喉に絡ませてしまい、咳き込む。
「何やってんじゃが、誓夜にクリスマス何をやるか訊いてんじゃ」
 久しぶりに聞いた、父の呆れた、嗄れた笑い声。
「ああ…あいつ、飛行機のラジコンを欲しがっているけど、高いし、危ないだろ。何か適当にゲームでも買ってやろうかなって」
 話しかけられて慌てて咳き込んでしまったことが恥ずかしくて、少し早口になってしまった。
「ほうか…。わしは、誓夜の欲しいのあげたらええと思うがな」
「………」
 おまえの口出すことじゃない、と喉まででかかった。
「してもなあ。月日は早いなあ」
「ああ……」
 本当に、月日の流れは早い。早すぎる。
「人殺し!!」ーー、母の葬儀の日、実の父に、まだ世の中の何もわかっていない、今の誓夜と同じ年、小学四年生のとき、叫んだのだ。
 初めて人に、そんな言葉をぶつけた。

 それからだった。誕生日プレゼントも、子どもの日も、お正月も。
 父から何かを貰わないようになったのは。貰うのを、拒むようになったのは。
 ーー、こんな田舎も、一人前にクリスマスなんだな。辺りにはツリーの飾りが施され、クリスマスソングまで聞こえてきそうな雰囲気だ。
 でも、この町だったら、クリスマスソングと言っても、きよしこの夜とかなんだろうな。


 クリスマスは、特別だった。誕生日プレゼントは決してもらわなかった圭太も、クリスマスだけは、25日の朝、枕元のプレゼントを、抱きしめた。
 クリスマスプレゼントは、父ではなく、サンタさんのプレゼントだから…。そう、信じていた。毎年12月25日、そんな圭太の姿を覗き、父が安心しているとは知らずに。

 二回目に人殺しと叫んだのは、中学一年生の初夏だった。
 学校で、サンタさんの真実に気づいたとき。みんなは小学生のときから既に知っていたと聞いて、騙された、と思った。
 騙された、ダマサレタ、だまされたーー、あいつに。人殺しに。母を、クリスマス・イヴの夜に殺した、あいつに。制限速度を超えて走った車に、母を乗せて殺した、あいつに。自分だけは助かった、あいつに。

「人殺し!!」ーー、悔しそうに、恨めしそうに、驚いている父に向かって、ぶつけた。
 葬儀の日から、二年半ぶりにぶつけた言葉だった。二年半ぶりのくせに、葬儀の日より、滑らかに出た。
 その年から、クリスマスにも何ももらわなくなった。
 それでも枕元に置いてあるクリスマスプレゼントを、嗚咽を漏らしながら、力一杯に投げた。



「もうクリスマスじゃな…」
 父が懐かしそうに呟いた。父も、昔を思い出していたのだろうか。
「うん……」
 何を話す気だろう。まさか、母のは出さないだろうな。さっきから何故か、苛々している。
「母さんが死んだんは、こんな風に雪が降っていた日だったのう」
「やめろよ」
「東京のツリーが見たくてな…、うん、白くてきれいなツリーじゃった…」
「…やめろよ」
 お茶を持つ手が、心なしか震える。目の前で悠々と母の話を語っている父に、老人に、ぶっかけてやろうか。
「おまえには、悪いことをした。クリスマスっちゅーのは、子どもが大喜びする祭りなのにな、悪い思い出を作っちまって、悪いことをしたのう…」
「やめろよ…」
 頼むから、やめてくれ。力なら、こっちが勝てるのだから。
「ほんでも母さんは、きれいな白いクリスマスツリーを見れて、満足だと思うがのう…」
「やめろっつってんだろ!!」
 手に持っていたぬるいお茶を、父をめがけて、妻を亡くした老人をめがけて、力一杯に投げた。
 頼むから、クリスマスに人殺しなんて、叫ばせないでくれ。

 お茶は宙を切り、父を超え、小さくて白い、クリスマスツリーにかかった。
 ああ、そうか。この感触は、昔、枕元のクリスマスプレゼントを投げたときに、似ているんだ。
「ツリー、滅茶苦茶じゃのう」
「うん…」
 三分後、父は塗れ布巾を台所からとってきて、濡れた床と、ツリーを拭いた。
 圭太は震える手で、お茶の入っていた湯呑みを握っている。
「ほいでもなあ、白いツリーは、緑茶かかったら緑になるかと思ったんがの」
「なるわけ、ないだろう」
 目に、涙が滲む。最悪のクリスマスだ。いつも、クリスマスは最悪で、大嫌いでーー。
「なるわけないんだよ。白いクリスマスツリーは、緑なんかになんないんだよ」
 嗚咽が、漏れる。
「そうじゃの…もう遅いな…、圭太」
「なん、だよ」
 恥ずかしい、こんなの。泣いているところなんて、父に見られたくない。
「誓夜になあ、好きなもん、買ってやったらいいじゃろ」
 なんでこんなときに、誓夜の話になるんだろう。父が、わからない。
「クリスマスってのは特別なんじゃ。サンタは親なんじゃよ。何が何でも親なんじゃよ」
「うん……」
「親がサンタになって、好きなもん買っちゃらんと、だめじゃろ」
「…無理だよ、高いんだよ。二万四千円もするんだよ、それに、危ないんだよ」
 父は相槌も打たずに、黙って聞いてくれている。
「外でやんなきゃだめなんだよ。でも今、冬だろ。冬だから、外でできないだろ。したらあいつ、絶対に家ん中でやるとか言い出すに決まってるんだよ…、危ないだろ…」
「うん…そうじゃの。父さん、なんもわかってなかったの…」
「そうだよ…父さんはなんもわかってなかったんだよ…」
「騙してるとは思ってなかったんよ、サンタは、親じゃから……、ほいでも、誓夜って良い名前じゃのう…」
 急に、話が変わる。だから、父の気持ちがわからないんだ。
「裕美は、誓うじゃなくて、聖なる、のが良いって言ったんだよ……、でも、したら聖夜になるだろ、聖夜って、クリスマスだろ…」
 嗚咽が、咳をきって出る。
「ほいじゃの、ほいじゃの……やっぱ父さん、何もわかってなかったの…」
「しょうがないよ、父さんなんだから…」
 そいじゃのう、そいじゃのうと噛みしめるように呟く父の背中から、傾いた夕焼け空がちらちら見える。
「そろそろ、誓夜が帰ってくるよ、父さん…」
 冬の夕焼けは早い。もう、あっという間に夜になるだろう。
 あと少しで、聖夜が、訪れる。母を奪った聖夜が、クリスマスプレゼントも、誕生日プレゼントも奪った聖夜が、父を人殺しと呼ぶようになってしまった聖夜が、あと数時間で、訪れる。
 メリークリスマス、なんて言えないけれども、一緒に酒くらい、飲めるかもしれない。シャンパンの偽物、シャンメリーを見たら、父はどんな反応をするだろう。
「ただいま!!」
 誓夜がーー、聖夜が、二十六年ぶりに訪れた。














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