ギターシンデレラ
東の島の不思議の国、その端っこの方にある、コンクリートでできた大きな街は、ほんのりエレクトリックな薫りがして、セメントでできたおとぎ話を、聞いて育って大きくなった、元子供で今も子供な大人達が、癒しを求めて彷徨っている、そういう狂った場所だった。
なぁ、笑ってくれないか?
無神論者の老人が、そんな囁きをそよ風に向けてしている時、仔猫がそれを馬鹿にして、その顔を可愛いなと思いながら通り過ぎたのは、ギターを抱えたシンデレラ。
夢に燃えた彼女は、今日もバイトに向かう途中。石の道も、灰色の空も関係ない。心の中で呟いてやる。柔らかい水の空気に触れる言葉を。草原を歩くイメージ。コロナが輝く真空の世界。行ってみたいと思わない? きっと、死んじゃうだろうけど。
満月、ネオンに、カラフルな酒場。
彼女が働くその店では、いつも大体、音楽をやる。彼女はウエイトレス兼ギター&ボーカルで、客達がノッて来るとギターを弾いて歌い始める。ギターを好き勝手にかきならして、激しいけれど優しいような、そんな声でシャウトする。世界平和だって夢じゃない。夢にしているのはお前だろう? 何でもいいから、動け、動け。考えは行動の後に付いて来る。まぁ、そうとも限らないけど。少なくとも、今日はそんな気分なんだ。
彼女はこう思っている。
この街の人達は、音楽が好き。だって音楽は、人生を救う為の武器だもの。いつも弱虫達の味方なの。
そんなある日の事だった。
その晩は客が少ない夜で、闇はいつも以上に暗く思えた。でも、シンデレラは気にしない。暗いのって嫌いじゃない。気分を変えたくなったら灯りを点ければ良いだけの話。暗い場所では、光が余計に輝いて見えるし。……或いはその客は、そんな彼女の心に惹かれてその店を訪れたのかもしれない。
まるで浮浪者みたいに見えた。ドアにその大きな影が現れた時、シンデレラは明るい顔で彼に向かって「いらっしゃい」とそう言った。「今晩は、とても冷えるわね」と、そう続ける。その男は不必要に大きかったし、それにとても汚かったけど、彼女はまったく気にしなかった。
カウンターに座ったその客は、水を注文して他には何も頼まない。シンデレラは、そんな彼の前で嫌な顔を少しも見せず、静かにギターを鳴らし始めた。ちょっと悲しく響く感じの。
「いいギターだ」と客は言う。シンデレラはにっこり笑って、「ありがとう」と、そう返す。
「でも、ちょっと悲し過ぎるわ」
客はそれに頷いて、「確かに、少し悲しいな」とそう返した。シンデレラは、それからちょっと笑ってジンを注ぐと、そっと客の前に出す。「俺は頼んでないぞ」と客は言う。するとシンデレラは、明るく笑ってこう返した。
「奢りよ。あなたの事、ちょっと気に入っちゃったから。それに、どうせ店のものだしね」
「すまないな」と、客は言う。少しの間の後で、こう続けた。
「何かお礼がしたいな。そうだ、その悲しいギターの理由を教えてくれ。俺がその悲しみを消してやろう」
それを聞くと、「嬉しいけど、あなたにそれができるかしら」とそう言って、シンデレラは語り始めた。
どうやら今日は、お城でパーティが開かれるらしい。お城の王子様が、たくさんの女性を城に招いているのだとか。シンデレラは、それがとっても悲しいのだ。
「君もそれに行きたいのか?」
と客は尋ねる。シンデレラは「そうね。ある意味では、行きたいわ」とそう答えた。「でも、この服じゃ、門前払い。文字通り」
客はそれに頷いた。それから、
「なら、俺が衣装を用意してやろう」
そう言うと、指をパチンと弾く。すると、その途端に何処からともなくネズミ達がドレスをくわえて現れた。
「わぉ、嘘みたい」
シンデレラは目を丸くして、それに驚く。
「ごめん。なら、もうちょっとお願いがしたい。エレキギターも用意してくれない? 会場でギターが弾きたいんだ。このギターだと少し都合が悪いの」
客はそれにも頷いた。「いいだろう」と言い、指を鳴らす。すると、またネズミ達が現れギターを引きずって来た。
シンデレラは、早速そのギターを抱えてみる。
「いい感じ、なんだか凄くしっくり来る」
試しに鳴らすと、いい音が。これなら、いけそう。響きそう。
「断っておくが、この魔法は夜中の0時で解けるぞ。それが過ぎれば、そのドレスはボロになるし、ギターも鳴らなくなる」
客のその言葉を聞くと、シンデレラはこう言った。
「良いのじゃない! 好都合!」
好都合?
客は少しだけ不思議に思った。
お城のパーティ会場に入り込むと、シンデレラは舞台へと上がった。何でもない事のように自然な顔で。こういう時のコツは知っている。当然な風を装って、堂々としていれば上手くいくんだ。まぁ、そうとは限らないけど。
何人かの人間が、舞台に上がるシンデレラを止めに来たけど、彼女は「シークレット・イベントよ」と言ってギターを見せた。こいつを弾くのがアタシの役目。
「じゃなきゃ、こんなカッコしているはずがないでしょう? 王子様に怒られても良いのかしら?」
そう言うと、その人間達は怖気づいて、退いていった。
ちょろい、と彼女は思う。
絢爛豪華なパーティ会場。宝石みたいな光たち。夜の闇の美しさなんて、想像すらしていないだろう。
悪いけど、反吐が出そう。
それから彼女はエレキギターを、ひとかきした。ギャン。不協和音が印象的に鳴り、会場のみんなの目がシンデレラに。
「はぁい、みんな、注目ぅ」
と、シンデレラは声を上げる。
「今から音楽をやるわ。あ、こーいう不協和音を出す楽器とかって、保守的な人は嫌いっぽいわよね。伝統を壊しているだとか何だとか言ってさ。
でも、実は民族楽器の多くは、不協和音を活用しているって知ってた? 本当は伝統的に使われてきた音の活用なんだ、こういうの。クラシックなのだけが、伝統じゃない。
それに、音の種類で音楽の性質は決められるものでもない。だって、今でこそ、クラシックとかって保守的なものだと思われているけど、当時はそうじゃない。音楽は、貴族や王族に民衆が立ち向かえる数少ない手段だった。つまりは、当時のロックンロールだった訳。反骨の証。
アタシはね。音楽のそういう側面を信じている。それが全てじゃないにしろ、絶対に音楽にはそういう力もあるのよ。弱者の味方。体制に歯向かう音。この世が間違った方向に行ってしまいそうになった時に、それを修正する役割を…
さて、MCはこのくらい。そろそろ、始めるわよ。聞いてください。
Duck!」
それからシンデレラは歌い始めた。激しくギターをかきならしがら、優しい声でシャウトして。
(歌)
ある日、ニュース見ながら、文句を言ったの。この世の中は、間違っている!
そんなボクに、君はこう言う。
『アヒルみたいにガーガー言うなよ。そんなのアヒルに悪いだろう?』
なになに、それ?
それ、なになに?
そんなの、まったく、意味分からない!
言うべき文句は言うべきでしょう?
だからボクは、文句を言ったの、アヒルみたいにガーガーと!
Duck! Duck! Duck!
ガーガ・ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーガ・ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーーー!
テレビを見てたら、政治家こう言う。
若い人達は奴隷です。奴隷の自覚に目覚めるべきだ。文句を言わずに働きなさい。低賃金で死んでもね!
なになに、それ?
それ、なになに?
そんなの、まったく、意味分からない!
納得なんかできないでしょう?
だからボクは、文句を言うんだ、アヒルみたいにガー!ガー!ガー!ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーガ・ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーガ・ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーーー!
華麗に決めるよブレイク・スパイラル!
だけど、世の中、デフレ・スパイラル!
ボクの財布はスッカラカン!
Duck! Duck! Duck!
ガーガ・ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーガ・ガー!
Duck! Duck! Duck!
ガーーー!
……まぁ、文句を言っているだけじゃ、駄目なんだけどね…
最後は少し静かに、音楽が終わると、シンデレラはこう言った。
「税金使って、街中から女を集めるナルシス王子も最悪だし、それに群がってやって来る女達も最悪!
こんな国、さっさとひっくり返れば良いのだわ!」
その後で警備兵が彼女を取り押さえにやって来た。もちろん、シンデレラは逃げ出す。抱えていたギターを警備兵に向かって投げつけ、人々の合間を縫って走る。時刻は後少しで0時だった。鐘が鳴り響いて、それを知らせている。
階段を下り終え、彼女が茂みに入った辺りで鐘は鳴り終わった。その姿はボロボロに変わり、警備兵達は彼女を見失う。彼女はラッキー、狙い通りと家に帰った。
ンフフ。
夜の小道で良い気分。
こーいう姿の方が、アタシは好き。
あの客には感謝をしなきゃ、言いたい事がお蔭で言えた。
ネズミの鳴く声。コウモリ達。夜に咲く花。素敵な笑顔。月に涙の子守歌。夜食にカボチャでも食べようかな?
それから、
その夜のシンデレラのテロライブは、少なからず話題になり、この国を変える声に変っていった。
それと、これは余談だけれど、
シンデレラのテロライブを見て、反省した王子様は、彼女の事が好きになってしまって、彼女の事を探したのだけれど、もちろん彼女が名乗り出るはずもなく、今晩も彼女はバイト先の酒場でギターを弾いて、世界平和を訴えているのだとか。
優しい声で、シャウトしながら。
こいつ、浅井健一とか、チバユウスケとか好きだなって思ったあなた、正解です。
偶には、こういうノリも良いじゃないですか…
因みに、作中曲は、ある日勝手に浮かんできたメロディに、てきとーな歌詞を付けたものです。今なら、まだ歌えるけど、多分、そのうち忘れます。